えふえふ | ナノ



探し物はどこですか?

※後天的クジャ女体化





ジタンは無類の女好きである。
女性を見れば声をかけるし、すぐ歯の浮くような台詞を投げかける。少女の尻を追いかける姿を見ていると頭を抱えたくもなる。本能に忠実な少年の姿と言えば聞こえはいいが、獣の本能に従っている姿に同族と思われたくない。
遠くから観察していたが、仲間意識は男女問わずに強く、誰にでも優しい。敵にでも情けをかけてしまう姿には呆れてしまうが、その優しさに当てられてしまったのだから何も言えない。
いつも、彼の事ばかり考えてしまうようになった自分が恨めしい。それでも気になってしまったからには、手に入れたい、それがクジャの想いだった。

魔法書と本棚が多い、まるで書庫のような殺風景な部屋で月見をするのがクジャの日課だ。ただ休むだけが目的な簡易な寝床には本とベッドと机、必要最低限なものしか置いてはいない。
部下のソーンとゾーンに撮らせた写真をうっとりと見つめながら、手に入れた高級なワインを口につける。葡萄が甘く口の中に広がり、目を細めながら舌鼓を打つ。赤く、甘い匂いのするワイン。まるで感情の高ぶった彼の瞳を見ているようで、ゾクゾクしてきた。
行儀は悪いが、指をグラスに入れてすくい取り唇に塗る。赤く光る唇は熟れた果実のようにみずみずしく食べごろを訴える。写真の向こうで、姫に笑いかけるナイトをうっとりと見つめると唇を押し当てた。
いくら一方的な視線と想いを向けても、彼は一向にこちらへと振り返らない。時が止まった笑顔を浮かべて彼女を見つめるだけだ。
それも今日までである。ガラスの机の端に置いていた、おしゃれなガラスの小瓶を手にすると中に入っている透明の液体をワインへとゆっくりと注ぐ。毒などではない、これは立派な薬である。
自らの知恵で作り出した、体のホルモンを調節する力を持つもの。簡単に言えば性別すら変える事の出来る代物である。
コクリ、コクリ。ワインはゆっくりと喉へと流し込まれていく。甘いワインが更に甘く感じ、体も火照り始めた。ぽうっとしてきた意識に「成功だ」とほくそ笑むと睡魔のままにレースで装飾された豪華なベッドへと仰向けに倒れ込んだ。
次出会えば、必ず彼は手に入る。




右を見ても左を見ても人だかり。見上げれば下品にギラギラ輝くシャンデリア。美意識とは反する空間に目を細めながらもクジャは悠々と人垣を進んでいた。
広い会場では、貴族の集会が開かれていた。人間から獣人まで様々な種族の生き物たちがひしめき合う空間に、眉を寄せながら品のない笑い声に耳を塞いでいた。
彼、いや彼女が歩く度にどよめきが起こり人垣が割れて道が出来る。専用の道を通る度に左右から年配の者たちの羨望と情欲の視線が突き刺さる。青いドレスに胸には薔薇のコサージュ。大胆にも肩は露出して胸はドレスを押し上げ、唇には紅を塗ってきた。長い自慢の髪はシュシュで束ねて、肩から下げ踊らせる。誰も、あの武器証人の青年だとは思っていないようだ。「お名前は」「ご職業は」と聞き飽きた言葉が並べられる。
ここにきたのは実験、男たちの反応を見る為にきたのだ。結果はわかりきっていたが上々である。悪戯にウインクをすればウェイターもこぼしたカクテルに気付かずに凝視してくる。
これなら、女好きな彼は簡単に落ちる。確信を得て静かに笑うとまたどよめきが上がった。
さすがに視線にも飽きたし喧騒が耳障りになってきた。外の空気を吸おうと人をかき分けて、いつものバルコニーへと避難する。星は燦々と輝き宝石箱の中のよう。優雅で儚い光に心を奪われていると、下の草むらが揺れた。
ネズミだろうか。目を凝らして手のひらに火を携えると、金色の尻尾が草むらから揺れているのが見えて凝視した。

「ジ、ジタン!?」

間違いない。あの尻尾に金糸は彼だ。まさか、この町に来ていたとは、会いにきてくれたとは!
嬉しくなり頬を染めると、鏡を取り出して身だしなみを整える。髪は乱れてないだろうか、イヤラシい格好をしていないだろうか、先程の中年たちのせいで酷い顔をしていないだろうか。慌てて整え終えると、金糸目掛けてゆっくりと降り立った。
彼は目を丸くして一部始終を見ていただけだった。ジタンがそこにいる、それだけで嬉しくて、嬉しくて自分の性別も忘れて抱きついてしまった。

「会いたかった、会いたかったよジタン、ジタンっ!」

つい興奮してしまい名前を呼んでしまった。「どうして名前を知っているのか」きっとそう困惑しているに違いない。腕に抱かれながら目を白黒させる彼が愛おしくて、腕の力を強めてしまった。
ずっとこうしていたかった。念願が叶い高鳴る鼓動と紅潮する体。しかし裏腹に彼の腕は肩を強く押してきた。

「待ってくれよ! 君は誰なんだい?」

「わからないのか?」と叫ぼうとして止めた。今正体を明かせば、彼の為に体まで作り替えたということもわかってしまう。恋愛にうつつを抜かして暴挙に走った事もバレてしまうし、何よりも気付かれない事に腹がたった。
ここは嘘をついてやろう。彼が気付くまで知らない振りを決め込もうと高をくくった。

「君はタンタラスの一味だから知っているだけさ」
「もしかして、講演を見に来てくれた?」
「そうだよ」
「こんな綺麗な人、舞台からでも見えたら忘れないのに」

初めて歯の浮いた台詞を投げかけられ、赤面してしまう。女性と対人しているときの彼はこんな少年らしい恥ずかしがった表情をするのか、いじらしく目線を逸らして頬を染めるのか。写真と遠目ではわからなかった発見に胸が高鳴ってしまう。
指名手配だということを思い出し、慌ててフードで顔を隠そうとするが、そうはいかない。赤い顔を白い指で包み込むとうっとりとした声で囁いた。

「ボクは、君の事忘れた事ないよ……」
「そんな、俺」
「さあ、行こう」

このまま部屋に、いや根城であるデザートエンブレムへと連れ去ってしまおう。閉じこめて、愛して、愛を独占したい。手を包み込んで銀竜を呼ぼうとすれば、聞こえてきたのは静止の声だった。

「やっぱり、似てる」
「え?」
「レディのお誘いは受けたいんだけどさ。俺、探している人がいるんだ」

まさか振られるとは思ってもみなかったために、体と頭が完全に停止してしまった。どうすればいいかわからない。何故男を釘付けにする美貌ではねのけられるかなんて、わかりたくもない。
他の者に執着する彼なんて嫌だった。何かを待つようにベランダを見上げる彼なんて見たくなかった。勢いで頬を掴むと無理矢理唇を奪っていた。合わせただけの唇は、苦しく涙のしょっぱい味が混ざり、苦いだけ。
悔しくてたまらない。化粧を流す顔を見られたくなかった。俯いて顔を覆うと、慌てて自分の屋敷へと飛び上がった。
彼の探している人物は、一体誰?

次の日のパーティーは出席する気分には慣れなかった。「武器商人のクジャ」の代理で出席しているから、お得意様からの情報収集が出来ないのはまずい。それでも、彼のことが頭から離れなくて、酷い顔をしていた。

(ボクを通して見ていた人は誰?)

無性に悲しくなって、嗚咽を上げながらシーツを抱きしめる。苦しくて、悔しくて、悲しくてたまらない。それでも体と心は正直で、彼をひたすら求めていた。
外の空気を吸いたくなった。キングの屋敷から顔を出すと、塀へと消えていく黄色い尻尾が見えた。

「ジタン……?」

慌てて追いかけようとしたが、今は薄着をしている事を思い出し、恥じらいがわき上がる。
胸元を抑えながら窓から顔だけを出して背を見つめていると、フードを被りパーティー会場へと入っていった。またあそこに誰かを探しに行ったのだろう。
慌てて昨日のドレスに着替え、他の貴族に見つからないように黒く地味なローブを羽織って飛び出した。
人だかりの中、金色だけを追いかけて走る。捨てたはずの金を追いかけるなんておかしな話だ。お金とは比べ物にならない眩しさに目を細めると、裏口へと向かっていった。
あそこは昨日であった場所ではないか。やはりまた誰かを探しているのだとわかって唇を噛み締め、木陰に隠れて背中を見つめた。彼は、木々の間からバルコニーを見上げていた。名前を呼ぶわけでも探しにいくわけでもなく、ただ会場から漏れる光を見つめているだけだった。
一体どれだけの時間そうしていたのだろうか。立っているのも疲れてきて座り込んでしまった。彼も懐から菓子パンを取り出して食べながらも時折視線を向けている。どうやら長い時間ここにいる事は予定内だったようだ。しかしクジャにとっては予定外もいい所だ。火を出して体を温めようにも、風が冷たく全身を打ってくる。つい「くしゅん」とくしゃみが漏れてしまった。
すぐさま彼の視線が近くを彷徨う。慌てて木の陰に身を潜めるが、木の枝を踏んでしまいパキリと音が鳴る。しゃがみ込んでやり過ごそうとしても頭上からマントがかけられてはもう逃げ場はない。目を瞑って自分でもわからないナニかを耐えていると、頭を優しい手が撫でた。

「貴女は、昨日の?」

顔だけ出して恨めしそうな視線を向けると、また赤い顔。彼が近くにいる事に安心してくしゃみが漏れると、肩をさすってくれた。この優しさが、嬉しい。
色っぽく伏せられた目に見惚れていると顔を逸らされてしまった。

「アイツと似ている顔で、可愛い顔しないでほしいな……」
「なんだって?」
「何でもない。君は、なんでここにいるんだ? 今日もパーティーに出ていたのかい?」
「そうだよ」

嘘は得意だ。何食わぬ顔でそう答えれば、しばらく悩む仕草が見えた。一体どうしたんだろう。顔を覗き込んでしばらく待っていると意を決して目を真っ直ぐ見つめてきた。この目を真っ直ぐ見たのはいつぶりだろうか。昨日すら、目を合わせてくれたのは一瞬だった。

「……キング、いやクジャを知ってるかい?」
「えっ」
「ここに来てるはずなんだけどさ」

振り返ってベランダを見つめる姿に合点が行った。彼は自分を、いやクジャを探しにきていたのだ。

「彼、に会って、どうするんだい」
「会えるとは思ってない。だから見るだけだ」
「見る、だけ?」
「そ。顔を見るだけ。アイツは俺に会いたくないだろうから」

「そんなことない」そう叫びたかった。しかし今ネタばらしをすればせっかくの舞台も台無しである。火照り熱くなってきた体をマントごと抱きしめ、彼の切ない横顔を眺めていた。

「いつもはあそこから顔を出してたんだけどな。クジャ……」

甘い囁きに腹がキュンと締まる思いがした。
同じだった。彼も見てくれていた、想ってくれていた。嬉しくなって抱きつくが、何がなんだかわからない顔をしている。無理もない。見知らぬ女性がいきなり興奮して抱きついてきたら誰だって驚く。

「ボク、彼の居場所を知ってるよ」
「本当か! 教えてくれないか!」
「でも条件がある」
「お金なら待ってほしい。誘拐してほしい……も難しいかな」
「魅力的だけど、ボクの物になれば教えてあげる」

答えなんてイエスしかない。それでも彼はしばらく悩んで微笑んでくれた。

「ごめんな。俺はもう心を決めた奴がいるから」

想いが溢れ出して涙すら流れてきた。慌てる彼の顔が歪んで見え、名前は嗚咽に変わる。どうしてもっと早く手を伸ばさなかったのだろう、後悔は彼の優しさで消えていく。抱き込まれて頭を撫でられて、すがりつくしか出来なかった。

「ごめん、こんなに想われてるなんて思わなくて。でも、俺はクジャが」
「続きは本人に言うんだ。さあ、約束だよ……」

化粧がどうなっているかなんてもうわからない。薄い彼の唇に指を押し当てて微笑むと赤らんだ顔が見えた。それすらも綺麗。彼に手を引かれ、姫のように引き上げられた。

「こっちだよ、王子様」

隠した尻尾を振りながら彼の腕を引く。急く力に負けそうになるが、ジタンも必死に付いてくる。
夜の月明かりの下、わざと人気のない道を選んで遠回りをする。ずっと、彼と2人踊るように歩いていたかった。2人しかいない世界を楽しみたかった。それでも早く、早く彼に「クジャ」として会いたいという心が振り子のように揺れ動く。
横を見上げれば、緊張した面持ちの彼がいた。まるでデートを心待ちにした恋人のよう。こちらに見向きもしないことには不満はある。ムキになって胸を腕へと押し付けたが、慌てて腕を引かれただけで反応はなかった。
せっかく遠回りをしたのに、屋敷が見えてきてしまった。膨れっ面を隠せずに腕へと抱きつくと、安心させるように逞しい腕が頭を撫でる。
無意識に優しくしてくれる所が好きになった。必要とされているんだと思えて、気持ちが楽になれた。
雄々しい扉の鍵を取り出すと不思議な顔。どんな関係なのか、そう目が詮索してくるのがわかる。ああ、やっとこっちを見てくれた。それだけで嬉しくなり、気分が高揚した。

「さ。入るといい」
「いや、いいや。ここにいるってわかっただけで俺は満足だから」
「……会いたくないのかい」
「アイツは俺の事を敵視してる。だから会うと喧嘩になるんだ」

初めは敵としか思っていなかった。それでも、温もりを知ってしまった今では争う理由もない。ガーランドに命令されている建前上、動きはするが彼に危害を加える気にはならない。
「ボクが取りもってあげる」と腕を引くが、動く気配はない。どうすればいいのだろう、と思案してふと思いついた。
突然しゃがみ込めば慌てた声が降ってくる。

「ボク、使用人だから勝手に出歩くと怒られるんだ……知り合いなら、君からもキングにお願いしてくれないかな……?」

即席で嘘の涙を作ると、瞳を潤ませながらも彼に乞う。言葉に詰まって顔を赤くする。
泣き落とし作戦第2弾。腕にすがりついて「お願いだよぉ、何をされるかわからないから」と猫なで声を上げると、困った顔で頷いてくれた。
心の中で、ほくそ笑み頬を染めた。
人を入れる事のない応接間を素通りし、簡易の寝室へと導く。まさかプライベートな場所へと入れられるとは思ってもいないだろう。シンプルな部屋を見回して、借りて来た猫のように角にしゃがみ込んでしまった。

「椅子に座っていいのに」
「俺は招かざる客だ」
「すぐ呼んでくるよ。待ってな」

まだ緊張する彼を笑いながら衣装部屋へと足を向けた。
服はどうしようか。悩んだ挙げ句にいつもの露出の高い服に決めた。せっかくドレスを着たのに気付いてくれないとなると、いつもと違うと気付いてくれないほど鈍感な可能性がある。そうなれば本末転倒だ。
胸が服と留め金を押し上げて苦しいが、着られない事はない。腰もきつくはなく、少し丈が長くなったくらいだ。
髪も整え直して鏡を覗き込む。化粧の崩れた酷い顔があったが、見られてしまった今ではもう諦めもつく。必要最低限だけ整えると、深呼吸をして扉を開いた。早く会いたい。

「待たせたね、ジタ」

相変わらず彼は地面にあぐらをかいて、外を眺めていた。バルコニーからの月の光に照らされた彼の横顔も綺麗だ。闇夜が似合う王子様に見惚れていると、緑色の目がこちらを向いた。
驚いた目は予想通りだ。頭のてっぺんからつま先までを舐め回すように何度も見つめ、やっと口を開いた。

「ク、クジャ!? お前、その格好……! さっきの女の子はもしかしてっ」
「んもう、気付いてくれないなんて酷いよ……」

豊満な胸を腕で持ち上げて誇張すれば、視線がそこへと集まるのがわかる。面白くなって腕で揺らせば、赤くなる顔が胸を追う。
彼の傍へとゆっくり近づけば腕を谷間へと誘い引き上げる。力が入らずされるがままの彼をベッドへと引き倒した。

「ボクがあんなに誘っているのに、“ボク”を探しているなんて滑稽だね」
「だってお前、男なのに……レディの格好してるなんて思わないだろ!」
「君が振り返ってくれないからさ」

必死に唇をついばみ合うと深く抱きしめ合う。愛情表現なんて今更だ。口にするよりも繋がっていたい。何度も飽きる事なくリップ音が響く。
空いていた距離を埋めるように深く交わり合うと、熱視線と足が絡み合う。満足した時には息は上がり銀色の糸が月明かりに照らされていた。

「なあ。さっきのドレス、また見せてくれないか?」

留め金で指を踊らせながら月に酔いしれながら囁く。首筋に触れた空気に、身を捩りながらクスリと笑う。

「あれだけ見せてあげたのに」
「お前に夢中でちゃんと見てなかったんだよ」
「しょうがない。特別だからね」

上着に手をかけようとすればさすがに静止の声がかかる。遅かれ早かれ、裸の付き合いになるのは見えているのに。恨めしい視線での抗議も背中に阻まれて膨れながら隣の部屋に踊るように消える。
軽快に着替えを終えると、扉を開け放して月光のステージへと上がる。コツコツ、とブーツが高く響き、光の道が誘ってくれる。
いざ舞台に上がると、青い髪とドレスが輝き、まるで天の川のように夜で輝いていた。

「どうだい? 似合ってるかい?」
「ああ。ああ……綺麗、綺麗だ……」
「綺麗なのは当たり前さ」
「童話の世界に来たみたいだ……」

サラサラと流れる青を避けて、姫の頬へと手を伸ばす。他の男たちとは違う、宝石のような翠に目を奪われていると、ゆっくりと抱きしめられた。優しい抱擁に甘い言葉。「綺麗だ」「色っぽい」「似合ってる」浴びるように聞き飽きた賛辞が心に響いたのは初めてだった。ありきたりでひねりのない言葉だと怒る前に、感情が高ぶり嗚咽すら漏れる。
瞳に合わせたラピスラズリのイヤリングが闇夜に踊る。涙すら装飾の1つかのように輝き、彼女を引き立てた。
何度抱き合っても足りない。
世界には2人しかいないかのように、月の下で求め合い唇を重ね合った。

「クジャ。俺、お前の事好きだ」
「……うん」
「いつもベランダで何をしてたんだ? 嬉しそうだったけど」
「なぁに、焼き餅?」
「悪いか」

子供のように拗ねる彼に気を良くして、焦らすとさすがに怒ったらしい。甘く牙を立てられ、くぐもった声が上がってしまった。獣のように光る目に見惚れていると、今度は鼻に噛み付かれる。何が気に入らなかったのかは知らないが困った物である。

「何見てたんだよ。紙っぽかったし……ラブレターか?」
「ふふ、もっといいものさ」
「なんだよ」

自分の為に拗ねる姿にときめきを覚えて気分が高揚する。
首に抱きつくと唇を耳に近づけて懐を開く。赤くなる彼の目は胸へと注がれていて、また気分がよくなる。
どんな服を来ていても必ず持ち歩いている、彼の秘密の写真。しっかりと口紅の跡がついてしまった物を取り出すと彼の前へと出した。

「これだよ」
「これ、俺? いつの間に」
「君は鈍感だからね」
「悪かったな」

甘く囁きながらまた懐へと入れようとすれば、逞しい王子様の腕が止める。もしかして自分の写真にすら嫉妬しているのだろうか。胸へと入れることを頑に拒む彼に笑みを浮かべると、ゆっくりと口へとくわえた。

「……撮り直せよ」
「なんで」
「写りが悪い」
「別にいいよ。君が見えるだけで嬉しい」
「お前、その誘い文句は無意識かよ……」
「さあ。どうだろうね」

クスクスと笑いながら、彼の目の前で写りの悪い彼へと口づける。
ひったくられたことに不機嫌になるが、彼の方が不機嫌である。意地悪な魔法使いのような表情をしている姿にまたそそられる。
ああ、こんなにも愛されているのだ。自分自身に嫉妬してしまうほど、愛されている。そう思うだけで気分が高揚してゾクゾクしてきた。
破り捨てんばかりの勢いに、思わず笑ってしまった。

「もう写真はいいや」
「いいのか」
「本物がいてくれたら、偽物なんて必要ないよ」

嬉しくなって抱きつけば、ゆっくりとまた唇が重なる。

「今更離せなんて言っても無駄だからな」
「主役が舞台を降るなんて許されないよ」

体を重ねながらも器用にドレスをずらしていくと、首筋に甘く柔らかい物が当たる。お返しだと胸を当てると、欲に満ちた視線を感じる。
彼からの欲望は悪い気がしない。視線の集まる胸を突き出せば、唾を飲み込む音がした。

「んふふ……レディの裸は初めてかい?」
「……悪いかよ」
「大歓迎だよ……」

もう胸が見える位置にまで乱れてしまったドレスを隠すかのように、彼は体を密着させる。視界には入らないが、体で直接柔らかい女体を意識してしまい逆効果ではないだろうか。
顔を真っ赤にさせて硬直する彼を笑う。

「ジタン……」
「クジャ」

産まれたままの姿になると、激しく互いを求めて抱き合った。
見つめているのは星々しかいない。邪魔をする太陽がくるまで、夜の2人だけの舞台はずっと続いていた。
1人で踊る事に慣れていたはずなのに、温もりを知ってしまえばもう引き返せない。もう沈んだ月を忘れながらも、寄り添う彼の逞しい体に身を寄せた。

++++
AC記念

17.2.2


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