えふえふ | ナノ



許嫁の葛藤劇

※パロディ
※年上使用人フリ×年下後継者マティ




園芸師として城に仕え始めて何年だろう。両親に連れられてきたのは7年程前か。随分昔からいるような錯覚に陥りながらも、バラの花を見つめて微笑んだ。
この国は豊かで大きく、皆から好かれる賢王が統治していた。
平民だが庭師として働いていた両親の仕事を継ぎ、帰らぬ人になってからも
同情で置いてくれるほどの豊かさはあった。おかげで不自由のない暮らしをさせてもらっている。
14になれば、自分で家も持った。1人暮らしをしながら、庭の手入れと小さな恩返しの為に城へ赴く。それがフリオニールの1日だった。

ある日、見慣れない子供が庭の花壇を踏み荒らしているのを見かけた。
城にいる誰かの子供だろうか、鋭く意志の強そうな目とは裏腹に、金色で美しい容姿の子供は花を乱雑に踏み越えていく。
誰の子供かはわからないが、善悪の区別が付かないのはよくない。それに大切な物を奪われると誰だって腹がたつ。早歩きで近づくと、小さな首根っこを摘んで声を荒らげた。

「命は粗末にしちゃダメだ」

いきなり声がしたことに驚いたようで、子供は紫の小さな目が開かれる。
しばらく顔を凝視してくると思えば、思い出したように暴れだして容赦なく腹や胸を攻撃してくる。一応大工や狩りもやって鍛えているからその程度の攻撃では痛くも痒くもない。
よく見れば、10歳ほどの子供ではないか。ちょうどこの城に来たときの事を思いだしていたが、現実は非常である。美しい思い出を壊すかのように鋭い声が聞こえてきた。

「下衆が、私に馴れ馴れしく触れるな!」

なんと口の悪い子供だろうか。お偉方の子供だろうが口汚い言葉を放っておく事も出来ない。後で何かを言われる、ということよりも目先の正義感が先立ってしまった。

「こら。年上にはちゃんと礼儀正しくしないとダメだ」
「うるさい! 羽虫に礼儀など必要ないっ!」
「友達が出来ないぞ」
「そんなものは必要ない!」

暴れる姿に思わず手を離してしまった。小さな体は地面に落ち、尻餅をついてしまう。目をぱちくりとさせている子供を見ていたが、突然脛に衝撃がきた。何かと思えば、杖ではないか。
どこから現れたのかは知らない、だが宙に浮いていると言う事はこの子供の魔法だということはわかる。

「貴様の顔、覚えたぞ!」

捨て台詞を残して裸足で駆けていく後ろ姿にため息をつきながら、散らかった花壇へと視線を移す。荒らされていたのはバラの花壇だった。
ギョっとした。土に混ざるように赤黒いものが点々と土台であるレンガにまで続いている。子供の跡を追いかけるように。
刺で怪我を負っていたのだ。慌てて背中を追いかけるが、もう姿も血痕もない。
今度見つけたら謝ろう。黄色い綺麗な姿を脳裏に焼き付けそう誓った。
2人を引き合わせたのは、バラと赤い跡。

次の日。子供は同じ場所にいた。
白い庭園に負けないくらい白い肌に白いローブを身につけて、金髪が太陽に当たって光り輝いて見える。水やり用の小さな噴水の縁に座って相変わらず裸足を踊らせていた。
怒っているのかもしれない。だが声をかけずにはいられない。尻込みをしながらも姿を現せば、怪訝な顔をされてしまった。

「来たか無礼者」
「……ごめんな」

突然の謝罪に目が丸くなる。言葉遣いを怒る前に謝りたかった。傷に気付かなかったことに、痛い思いをさせてしまったことにいたたまれない気持ちになった。
何が起こっているのかわからない顔。何かを話すよりも先に小さな足を取ると、転ばないように持ち上げる。
昨日の刺の跡が、点々と足の裏に描かれている。血は止っているが、ちゃんとした手当はしなかったらしい。不注意が招いた痛ましい出来事に思わず眉を寄せた。

「男が慣れ慣れしく触るな、と言ったであろう!」
「ごめん、ごめんな。痛かっただろ」

フリオニール自身も噴水の脇に座ると、子供を足の間に抱え込む。小さな抵抗は見られたが、宥めるようにくせ毛を撫でるとすぐにおとなしくなった。
もしかして両親に構ってもらえなくて寂しいのかもしれない。
慰めるよう抱きしめてやれば、小さな悲鳴が聞こえた。

「甘える人がいなかったら俺に言えよ」
「誰が、貴様なんかに……」
「ほら、足伸ばして」

子供では足が届くか届かないかの高さだ。恐る恐る足を伸ばしたのを見て、ゆっくり水をかけてやる。冷たさに驚いてすくみ上がった肩を優しく撫でると、微笑んで足を揉み洗いする。

「子供は自分に素直になったらいいんだ。後悔したくないだろう?」
「後悔?」
「本当の気持ちを伝えないといつか後悔する。大人になったらわかるかもな」

思い出すのは両親の事ばかり。
事故だからこそ、後悔をしたところで何も変わらないのはわかっている。だからもう後悔をするような選択はしない、そう胸に誓ったのは昔の話だ。

「もう痛い所はないか?」
「……最初から痛い所はない」
「血が出ていたの、知っているんだぞ」

ムキになって顔を逸らす姿に思わず苦笑する。可愛らしい一面があるとわかれば愛着もわく。風邪をひかないように水から上げると、身にまとっていたマントを巻き付けてやる。体を包み込んでもまだ余る大きさに困惑していたが、微笑ましいばかりだ。
タオルは持ち歩いてはいない。咄嗟にバンダナを外して足を包み込めばくすぐったいと笑う声がする。子供らしく笑う顔に安心しながらふと気がついた。
「ええっと、包帯がないか……」とぼやいていると、小さな指が手に持ったバンダナを指差した。

「その粗末な布でいいだろう」
「ダメだ。綺麗な布でやらないと意味がない」
「ほう、今汚い布で私の足を拭いたのか」
「風邪をひかないようにしただけだ。足に巻くとなれば話は違う」
「それがいい」

バンダナを強く握りしめて訴える姿は純粋な子供のものだった。一体何を考えているのかはわからないが、ダダをこねられるのが目に見えている。何を言われても聞かない頑な視線に、折れたのはフリオニールだった。

「はぁ、わかった。ちょっと待ってろ」

軽く水でゆすいでファイアの魔法を唱えて乾かそうとする。
魔法は使い慣れていないから、加減がわからない。どれだけ時間がかかるかはわからないとぼんやり考えていると、横から小さな手が炎を携えて現れた。

「その程度の火力では日が暮れる」

フリオニールが出した火の数倍はあるだろう。子供にこんな力があるもの驚きだが、軽々と維持出来る才能にも感心する。
素直に例を言うと、胸を張って火を差し出してくる。褒められ慣れているが、礼を言われるのは慣れていないらしい。もっともっととせがんでくる姿に、思わず笑ってしまった。

「忘れるところだった。貴様の名前を聞いていなかったのだ」
「貴様、じゃないだろ」
「貴様でなければ虫けらか」
「ちゃんと呼ばないと教えないからな」
「……名前を教えろ」
「まあ、いいだろう。フリオニールだ」

少しずつ、教えてやればいいだろう。ご褒美に頭を撫でてやり名乗ると、「フリオ、ニール」と何度も呟く声が聞こえた。
そろそろバンダナが乾く。
足に巻いてやっていると、突然「マティウス」と聞こえてきた。

「私の名前だ。覚えておけ」
「マティウス、だな」

そうやって子供との時間はすぎていった。
あれから毎日子供はやってきた。いつも裸足で駆け回ってはフリオニールを困らせる。いくら怒っても反省をする様子はなく同じ事を繰り返すのは困ったものだ。悪戯はするが惨事にはならない。怒られる度に学習して、少し困る程度に被害が縮小していき怒ると必ず嬉しそうな顔をする。聡明で、甘えるのが下手子供だ。
親に甘える事の出来ない寂しさは嫌という程わかるために辛くは当たれない。それに弟が出来たみたいで嬉しくもある。
時には泥だらけになるまで花壇整備の手伝いもして、一緒に水を浴びようとしたら怒られた。時には一緒に買い物に出て、下町の常識に付いて根掘り葉掘り聞かれた。
大きくなるにつれて端正な顔は更に美しくなり、化粧をするようになった。
美しい金髪を長く伸ばし、香水の匂いさえするようになった。好きな相手でも出来たのだろうか。それともお見合いの時期なのだろうか。弟のような実の子供のような微笑ましい姿を見つめていた。

「私と結婚しろ」

そう偉そうに告げられたのは、出会って1年も経たないうちだった。
子供の愛情表現に「もっと大きくなったらな」と笑顔で答えると、顔を真っ赤にして微笑んでくれた。
可愛い一面に幸せな気分になったのはそのときだけだ。徐々に己の間違いに気付かされる事になった。
まず、「少年」だと思っていた子供は見る見るうちに美しい「少女」へと変貌していった。
最大の盲点は、戴冠式で露わになった。
皇帝が病に伏しているのは、子供とであって3年経った頃。1年間で快方へとは向かったが、「もう年である」と自らの辞退により跡継ぎが選定されることになった。
困った事に王には1人の女児しかいなかった。だから急遽彼女が皇帝の座につく事になったのだが、当日に事件は起こった。
白いドレスに身を包まれた時期女皇帝は、なんといつも庭に遊びにきていた少女ではないか。
皇帝の子供は気難しく、人前に出てくる事を至極嫌うことは話に聞いていた。まず貴族の集まる場所に行けるほどの身分ではないし、自分とは関係のないものだと思っていた。
いつもとは違う金のヒールの靴を履いて、ドレスを舞い踊らせながら一番美しい笑顔で笑った。「似合うか?」と。
無心で首肯をすれば納得のいかない表情。慌てて走ってきた大臣に連れられて戴冠式へと赴いた。
放心した状態のフリオニールの元に帰ってきたマティウスは屈託のない笑顔で告げたのだ。

「私たちの婚姻も発表してきたぞ」

そんな話は聞いていない、と次々に詰問にきたが一番困っているのはフリオニールである。大胆な行動に驚きながらも、腕にしがみついて離れない彼女に反省の色はない。
家臣たちがいくら問いつめても皇女は何も答えない。ただラジオのように「私はコイツの妃になる」と言うだけだ。
毎日庭にやってきた少女は、自宅に現れるようになった。
城の見張りをかいくぐり、下町の外れにある家に入り込んでくるのは魔法でも使ったのだろう。一体どんな魔法かはわからないが、夜戻ってくると豪華で大人びた胸を強調するレースついた寝巻を着てベッドに寝転んでいるのはどうか思う。しかりつけるのだが、返ってくる言葉はいつも同じである。

「私と結婚する、と言ったのは誰だ」

ふてくされてベッドに寝そべる彼女に顔を抑えるしかない。

「跡継ぎの王女様だって知らなかったんだ」
「言い訳は無用だ。貴様は私の婿になる。これは4年前から同意の上に成り立っている契約だろう」
「今年でいくつだ」
「15だ」

やはり年の差は5歳以上はある。
「それがどうした」と鋭い紫の目が訴えてくる。何を言っても無駄なようだ。

「私はどんな女にも負けない。知恵もある、力もある、美貌もある。何が貴様を渋らせる」

これはちゃんと説明をしないと納得をしてくれないだろう。真剣な顔をする彼女をはぐらかせるのは困難だ。
意を決して息を吐くと、真剣な表情で彼女を真っ直ぐ見つめ返した。

「俺は一般人だ。この城に置いてもらっている、所謂使用人だ。そんな平民の俺が、大国の愛娘である王女を娶れるはずがない」
「愚王は床に付いた。今日からは私が王だ」
「父親の事をそういう風に言うなって」

白い額に指を弾いて当てると、小さな衝撃に目を瞑る。恨めしそうに額を擦りながらも、目尻は赤くなっていく。

「……昔から、私の事をちゃんと怒ってくれたのは貴様だけだ」
「貴様、じゃないだろ」
「アナタ」
「そう、それが正しい」
「私の事はハニーでいい」
「いや、そうじゃなくて……」

どういえばわがままなお姫様はわかってくれるだろうか。猫毛を乱雑にかきながらキラキラと輝く自信たっぷりの目を見ていた。
素直なときはただの子供である。強い魔力を持っていても少女であるのは変わりない。
そうだ、と手を叩いた。

「まだお前は子供だ」
「失礼な奴だ。もうなんだって1人で出来る」
「子供は皆そう言うんだ。大人なら、城を抜け出すのは悪い事だとわかるだろう」
「くっ」

あしらえば悔しそうに次の言葉を探す。長く思案していると思えば、手を叩いて豪語した。

「もういかがわしい書物も読んだぞ!」

その言葉は聞き捨てならない。
顔を真っ赤にして内容を思い出しているのだろうか。ふんぞり返りながらも可哀想なくらいに赤くなっている。
慌てて肩を掴むとおどろおどろしい声で訪ねる。

「待て。どこで見た」
「男は単純だな。ベッドの下や本棚の中にカモフラージュを施して隠してある」
「お前にはまだ早い!」
「私はもう……こ、子供、も産める! 早い訳がなかろう!」
「ダメだ!」

怒鳴りつければ身をすくめて怯えた表情をする。言い過ぎたと謝るが、それでも言うべき事は言わなければならない。

「あまり好奇心で行動すると取り返しのつかないことになる」
「この年の者は知らない知識を持っているのだ、誇れることだろう」
「ダメだ。そういうことに興味があると思われたら大変だ。容姿を自覚しろ」

俯いて何度も言葉をかみしめる姿に、いかに少女に慕われているのかわかる。
だが頷く訳にはいかないのだ。彼女は、この国の王なのだから。

「城まで送る」
「貴様はどこに置いている」
「待て。教える訳ないだろ」
「女の好みを知りたいだけだ」

「胸は大きい方がいいのか」「もっと色気のあるほうがいいのか」「髪は短い方がいいのか」好みの女性に近づこうと努力する姿に胸を打たれる。
だが正直に答えればどうなるかわかっている。最近城での視線が痛いのだ。「幼い王女をたぶらかして国を取ろうとする青年」という自覚している。

「俺は年上の女性が好きなんだ。色気があって、大人で、包容力のある強い女性がいい」

半分は嘘で、半分は本当。
色っぽい女性は好きだ。だが、別に他の女性でも好きになる事はある。例えば、目の前の少女とか。
ショックを受けて立ち尽くす姿、に罪悪感がわけども前言撤回はしない。このまま諦めてくれるだろうかとも考えたが、俯いてしまって表情が読めなくなってしまった。下を向いたまま袖を引かれて、何事かと思えば小さな声が聞こえてきた。

「風呂に入りたい」
「ここには風呂なんてない。城に戻るしかないな」
「1人で入ったことがない」
「おいおい。その手にはのらないからな」
「本当だ。だから一緒に入れ」

すがるような上目遣いに、どれだけこの子供に甘いのか思い知らされてしまう。
離れたいと思った矢先に、甘やかそうとする自分がいる。
仕方ない、と立ち上がり手招きをする。嬉しそうに付いてくる彼女に目配せをするとゆっくりと城への岐路へついた。

「いいか。風呂はマリアに任せる」
「貴様がよく一緒にいる女か」
「そうだ」
「イヤだと言ったらどうする」
「わがままを言うな」
「貴様が私以外の女に会うことは許さん」

拗ねる彼女の手を優しく引いて、夜道を歩く。
2人きりで夜道を歩くなんてまるで恋人同士のようだ。彼女を盗み見ると視線がかち合い逸らされた。もしかして同じ事を考えていたのかもしれない。そう思うとなんだか歯がゆいものがある。
星たちだけが2人を見つめ、虫たちが囃し立ててくる。

「今なら、誰もいないな」
「いや、どこに野盗が潜んでいるかわからない。離れるなよ」

薄明かりに照らされた金色も美しく、異世界に迷い込んだような気さえする。
もし、王女になってから出会っていたら別の関係になれただろうか。別の国の王になら、別の国の兵士なら、また違う出会いからお近づきになれただろうか。
考えようとして、やめた。
いつもの事に慣れきった侍女が、城の前に入り口に立っていたのが見えた。皆苦笑して王女を迎え入れたが、彼を責める者はいなかった。
困った表情で、中には同情した表情で見つめてくるのは何故だろうか。
答えは次の日。「他国交渉の為の護衛の兵に選ばれた」と告げられた。

愛しい女性と離れることは断腸の思いである。それにこれは王女と引き離す作戦であるのは明白だ。
離れるには絶好の機会だと思った。二つ返事で了承すると、挨拶する間なく昼には出兵した。面倒を見てくれた兄貴分のレオンハルトに留守を任せ、衛生兵のマリアと共に。
場所は2つほど国を超えた場所で、帰る時期も聞かされず。途方もない旅に頭を占めていたのは、窓越しに見えた彼女の驚き寂しそうな表情だった。
それから2年が経った。
「マティウスが結婚した」という話を聞いた時には、交渉の真っ最中だった。
やっと幸せになれるのだという嬉しさ半分、妹が取られたような寂しさ半分。でもこれでよかったのだ。マティウスが幸せなら、この想いも断ち切れる。
しかしその前にこの難航している交渉をなんとかしないといけない。頭の固い国王は何を言っても首を横に振る。物資を供給してもらう割に軍事的支援をすると言っても「貴様らの国に何が出来る」と一点張りだ。
頭を抱えていると、横から湯気のたったカップが置かれた。マリアだ。

「お疲れさま」
「ああ、ありがとう」
「国王との交渉の悩み?」
「何故か交渉も頼まれてさ」

傍らまでやってきて手元を覗き込んでくる彼女から、甘い香水の匂いがした。巷で流行っている香水だっただろうか。女性らしい匂いに惹かれるものがあるが、いつも女性を見ると比べてしまう。
彼女の風呂上がりの艶のある黒髪から古びた紙へと視線を移すと、耳元で囁かれた。

「そろそろ、貴方も身を固めたいって思わない?」
「一体どうしたんだ」
「皇女様が結婚したっていうから、貴方ももうすぐなんじゃないかって」

身を寄せてくる彼女からは甘い匂いがする。香水だろうか、それとも化粧でもしているのだろうか。触れるか触れないかの距離で指を滑らせて誘っているのはわかる。
だが、女性を見るとどうしてもマティウスと比べてしまう。彼女だったら、彼女と違って、彼女の方が。いつもこの言葉が駆け巡る。
年の差があり身を引いたのは自分だ。今更こんなんこと、と非難されるだろう。だが心と体はいつも正直だった。

「……すまない」

手で静かに制すともの言いたげな彼女の視線が突き刺さったが、これ以上言える言葉もなかった。
結婚を考えた事もあったが、こんな心情で別の女性を娶る気にもなれなかったし、何よりも1人でいたかった。
自分で引きはがしておいて、それでも未練があるなんてエゴだ。
選んだ道に後悔はあれども、振り返る気にはならない。扉を閉めるまで、中を見る事なんてできなかった。

**

よく朝から、再び頑固な初老の交渉だった。

「この大陸において、一番資源豊かな国はこの国です」
「それで」
「我が国は魔導に長けています。ならば資源をいただく代わりに駐屯兵を置き警備する。交換条件として提供しあう事を提案しているのです」
「それは昨日も聞いたの」

耳でも詰まっているのかと文句を言いそうになって必死で耐えた。今問題を起こせば皇女に面倒をかけるし、この国から無事に脱出出来るかも妖しい。グっと怒りを耐えて無表情を作り、再び明後日の方向を見ている王へと頭を下げた。

「この近隣諸国では領土や資源での争いが絶えぬと聞きます」
「ほう、他所の国を助ける余裕が、貴様らの国にはあると言うのか」
「支援なら出来ます」
「支援程度では話にならぬ」

取りつく島のない返事は今に始まった事ではない。下を睨みつける事で耐えていると「それだけならもう下がれ」とぶっきらぼうな命令が聞こえる。
最近戴冠したばかりの、しかも年端も行かない少女が王となった国だ。舐められるのは予測はしていた。
ここまで舐めた態度を取られると我慢は出来ない。女王は、マティウスは愚王ではない。今ここで叫んでやりたかったが出来ない。

「しかし」
「何度言っても無駄じゃ。早々に巣へ戻るがいい!」
「貴様の物言い、図々しいにもほどがあるぞ」

懐かしい声に振り返ると、扉が乱雑に開け放たれた。戦闘でも始めそうな金色の禍々しい鎧を身に着け、紫を引いた唇をつり上げる。そんな不敵な笑みですら悪魔的な誘惑に見えてしまうから恐ろしい。
こんな魔性の王は他にいない、彼女だ。

「貴様らの資源、ありがたく使ってやろうというのだ。何か文句があるのか」
「何を申すか! 貴様らの国はただ領土があるだけで何も特化した力を持たぬであろう! 先王のカリスマで抑えていた諸国も、貴様のような小娘では束ねきれまい!」
「ほう、でかい口をきく」

ふくよかな唇が弧を描いたと思えば、突然老王の背の壁が吹き飛んだ。何が起こったかなんて、この場にいるものが理解できまい。走るどよめきを、彼女の一喝がかき消した。

「逆らう者は私の力で全て吹き飛ばす。本気を出せば、この国など容易いものだ」

傍若無人で乱暴なこの恐喝、まるで暴君だ。
レオンハルトを振り返るが、困った顔で首を振るだけ。皇女の魔力がここまで強いものだったなんて知らなかった。

「これでわかったであろう。交渉をしてやっている私の慈悲深さを」

腰を抜かして首肯しか出来ない王を見下ろし、嘲笑う。
乱暴に机に紙を置くと「ここにサインしておけ」と吐き捨ててフリオニールの手を取った。

「行くぞ」
「陛下の仰せのままに」

何が起きたかなんてわからない。何も言わずに引かれる手は小さく優しい女のものだった。

扉を潜ると、突然足を踏んづけられた。犯人は言わなくてもわかる、マティウスだ。凶器のようなヒールで、確実につま先を潰すようにと攻撃してきたのだ。

「貴様はいままであんなジジイに手間取っていたのか……」
「悪かった、悪かったよ。初めてだったから困ったし」
「言い訳は無用だ」

すねる彼女の機嫌はどうやって治せばいいだろうか。考えたところで1つ言う事を忘れていた。

「マティウス。結婚おめでとう」

愛娘を取られたような寂しさと、最愛の人を寝取られたような悔しさが入り交じる。それでも心の底から祝福したい。切ない表情をしていないだろうか、と心配しながら彼女に笑顔を向けたが様子がおかしい。
あっけにとられて目を瞬かせていたと思えば、弾けたように笑い出したのだ。

「あれは嘘だ」
「嘘? それでも他の候補の王子はいるんだろう」
「この期に及んで王女の気持ちをないがしろにするのか」
「へ?」
「皇女はお前だけを見て育った。ここまで綺麗になったのも、お前が振り向くのを待っていたからだ」

「疑似でも夫婦なのに混浴すら出来なかったのだぞ」と兄貴分の男に睨まれては反論も出来ない。
押し黙ると、沈黙を貫いていた彼女が手を握って存在を主張する。視線を向けると、上目遣いで睨みつけているのが見えた。

「家臣共と周囲の国が結婚しろとうるさかった。だから疑似結婚をして黙らせたのだ」
「もし俺が戦死したらどうするつもりだったんだ。そのまま本当に結婚したのか?」
「勿論別れた。殺してしまえば家臣も文句は言うまい」

物騒な事を言うが、目は真剣だ。彼女ならやりかねない、血の気が引くのがわかる。
青ざめていても彼女にとっては関係のないことだ。腕の中に飛び込むと、胸にすり寄ってきた。ここまで素直なところなんて初めて見た。

「私は貴様以外の男と添い遂げるつもりはない。ずっと、ずっと想っていたのだ。今更逃げられると思うな」

「2年間、長かった。寂しかった」と言われれば返す言葉もない。もうすっかり女性として成長した体だが、腕に収まるくらいに小さい。
どれだけ大きくなろうとも、甘えたがりなのは変わっていない。柔らかいくせ毛を撫でてやれば、気持ち良さそうに身を捩る。

「帰るぞ」
「え、どこに」
「国に決まっておろう。ボケたか」

手で円を描くと、同じ大きさの渦が現れる。吸引する音と強い魔力を感じて後ずさってしまったが、もしかして転送ゲートなのだろうか。彼女の力が魔導書の最後に乗っているようなレベルのものだとは思いもしなかった。
能ある鷹は爪を隠すというか、女は隠し事が多いというか。恐ろしくて汗すら流れない。

「レオンハルト、先に戻る。書類を手に入れてから帰ってこい」
「わかりました」

深々と下げる頭が徐々にかすんでくる。ゲートが作り出した空間の歪みに頭までぼんやりとしてくる。
目が覚めた時に見えたのは、レースのかかった豪華なベッドの天井だった。
どこだろう、なんて言うのも野暮だ。広くて金や派手な色の家具が多く置かれているこの場所は現皇帝の寝室である。初めて中に入ったが、妖しい造りの部屋になんだか落ち着かない。

「目が覚めたか」
「ここはお前のって、なんて服を着ているんだ」

金の鎧を脱ぎ捨てて、薄着になった彼女の美しさはこの世のものとは思えなかった。
白で長い丈のショーツに身を包みんでは上からローブを羽織り、胸を張る。上品なシルクの布は透けているが下品ではない。

「どうだ。女らしくなったか」

惚れた弱みで美しく見えるだけだろうか、いやそうではない。
魔性の美しさはまるで悪魔に魂を奪われたかのようだ。

「今年では18歳だったか」
「それがどうした。まだガキだとぬかすわけではあるまいな」
「いや、年齢にしては化粧が濃いなって」
「大人の女が好みと言ったのは貴様だが」

あのときの戯れ言をまだ覚えていたとは思う訳がない。
「覚えていないのか」と冷たい視線を送られてもその場しのぎなんていちいち覚えていない。頬をかいて誤摩化せば、納得していない顔で頷いてくれた。どうやら諦めたらしい。

「して、どうだ。美しいか」
「綺麗だって他の人に言われ慣れているだろう」

気持ちを誤摩化しながら笑うと、ベッドの上で丸くなる。どこか寂しそうな表情と背中にどう声をかけていいかわからない。長い睫毛が震える度に思わず息を飲んだ。

「他の男に容姿を褒められるのは当然だ。だが貴様は褒めない」
「いつも、綺麗だったから。言う機会を逃していた」
「本当か?」

先程の愁いを帯びた表情は演技かと疑うほど、明るい表情で身を乗り出す。
年頃の娘は容姿を褒められると嬉しいらしい。特に、好きな相手だと尚更。王ではない、少女らしい一面に思わずほころんでしまったが、すぐさま咳払いをして表情を整える。

「フフン。体にも自信があるぞ。見たいであろう?」

いきなり服に手をかけたので慌てて静止に入る。勢い余って何もつけていない胸に腕が飲まれて思わず全身が震えた。胸も服越しにわかるほど随分大きく成長している。

「俺はまだ了承していないし、まだ発表してない男女がふしだらな真似をしてはいけないだろう」
「戴冠式で発表はした」
「もう無効だ」
「お堅い事を言う。どうせ経験をしたことはないだろうに」
「悪かったな」
「なんだ本当か。よかった」

聞き間違いをしたのかと思い顔を見るが、赤らんだ顔がすべてを物語っている。
これ以上感情を誤摩化すのはバカらしく思えてきた。好きな事は好きとはっきり伝える、それが互いにとって一番幸せ。そう言い聞かせて彼女の肩をつかんで豪華なベッドに押し倒した。

「もう、我慢しなくていいんだな」
「後悔しないようにしろ、と教えてくれたのはお前だ」
「お前が大きくなるのを待っていた」
「どこぞの国の『好みの女になるように幼い頃に育てる』という奴か」
「お前は小さな頃から完成していただろう」
「それもそうか」

謙遜もなく胸を張る、自信過剰なところも好きだ。透き通る肌や、輝いて見える金の髪などの美しい容姿も好きだ。
素直じゃない所も可愛いし、甘えてくる所も妹みたいで微笑ましい。あげるとキリのない賛辞を口にするよりも行動にしたほうがいい。
勢いよく抱きつくと、くすぐったいと声があがる。

「要するに、『私』が好きだったのだろう?」
「そういうことだ」

ゆっくり口づけると、赤いバラのように頬が染まった。

+END

++++
なんだこれ

16.12.26


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