えふえふ | ナノ



無自覚の告白

ただのいい間違いから始まったことだった。
相手も悪気があったわけでも、こっちがその気があったわけでもない。ただの事故だ。
それでも結果よければ全てよし。その言葉がしっくりくるだろう。



後ろから聞こえてきた「母さん」という言葉に、反射的に振り返ってしまった。
この場所にいたのはフリオニールとティーダのみ。必然的にティーダが呼ぶ相手もフリオニール1人しかいない。だから振り返った、それだけである。
「どうした」と振り返ると困った顔。何をそんなにうろたえているのかと思ったが、先ほどの呼称を思い出して声を上げる。

「うわ、まずった。間違えた。父さんでもないしのばら、うん。のばら!」

言い直したのはいいが、のばらは愛称であって名前ではない。そう言い直すのも今更億劫になり苦笑いをしたが、まだ彼は引きずっているようである。

「別に母さんってこんなに筋肉質じゃなかったのにな……なんで間違ったかな……」
「フリオニールって母親みたいなところがあるからね」

唐突に聞こえてきた第三者の声に、驚いて狭い武器倉庫の入り口を見る。そこにはニコニコと微笑む白いセシルの姿があった。「手伝うよ」と乱雑に置かれた剣をまたぎながら拾い集めると、近くの箱へとまとめて入れてくれた。部屋の外に置かれている素材は、彼に頼んだもので間違いはない。

「どこがだ?」
「こうやって率先して整理をしてくれるし。器用だし、料理もしてくれるし。」
「そりゃあ、旅をしてたらそのくらい出来るようになるだろう」
「そうッスか?」

純粋に首を傾げる彼に、思わず2人は笑ってしまった。確かに彼の運動能力
はずば抜けているが、生活面ではしっかりしているとは言えない。一人暮らしをしていたのか身支度は整っているが、他人のことまで手伝っていることは見た事がない。
誰が散らかしたのかわからない矢を拾い上げると、フリオニールへと渡す。それを丁寧に蔓でくくると、綺麗な筒へと入れて壁へと立てかけた。

「ほら。そういうところ」
「ああ……武器の手入れに慣れているせいだろう」
「そう言ったらバッツはどうなるんだよ」

酷い時はジタンと共に拾ってきた宝も混ざり、足の踏み場もない彼の部屋を思い出し、3人は吹き出した。
埃を払いならが薄暗い倉庫の奥を探っていると、新しい剣が顔を出した。
細身の剣に目を輝かせてティーダは素振りを始めたが、すぐさまフリオニールに怒られてしまう。「ほら」とセシルは笑う。

「母さんって言ったら、ウォルは親父みたいだよな」

「バカ親父みたいに甲斐性なしじゃねーけど」と付け足すのは彼らしい。
剣の刃こぼれを確認して、箱に入れる姿を見届けてセシルも深く頷いた。
気がつけば彼は皆をまとめる大黒柱となっている。誰も反対もなくこの戦いでの指示は彼が出しては皆が従う、という統率力を持つのは元々の素質とカリスマ性だろう。

「ウォーリアか。確かに」
「若いのにこれだけの大所帯の子持ちって、大変だね」

冗談めいた笑いの渦が上がったところで、また古い扉が軋む音がした。

「すまない。掃除は終わったのか」
「噂をすれば」

そこに立っていたのはウォーリアオブライトだった。名の通り雄々しい騎士の鎧を身に着け、扉のふちに手をかけて仲間を気遣う。
確か聖域で仲間の鍛錬をしていた。少し髪が乱れ、鎧は汚れて見えるのは、白熱した戦いになった証だ。

「ウォルはどう思うッスか?」
「何の話だ」
「フリオのこと、どう思ってる?」

突然のことでティーダが何を言い出したのか、わからなかった。
目を見開いていると、真剣に考えているウォーリアの姿がある。すぐに「どうとも思っていない」と言われなかったのが嬉しかった。

「彼は大切な仲間だ。その他にあるか」
「相変わらず堅いッスね」

真面目な返答に不満の色を見せるティーダにウォーリアは不審がり眉を寄せる。「今度は一体何を企んでいるんだ」と詮索を入れると、強く言い放った。

「好きかどうかってこと」

そんなに単刀直入に言わなくてもいいではないか、と名指しで言われた本人が慌ててしまう。突然の奇妙な質問に怒りだすかと思えば、彼は真剣に悩んでいた。

「好きか嫌いかって言われれば、好きだ。皆仲間として大切に思っている」
「そうじゃなくて!」
「ならばどういう意味だ」
「好き、なんて他に1つしかないって」
「はは、本当に夫婦にするつもりかい?」

セシルの爆弾発言にフリオニールは可哀想なほどに顔を真っ赤にした。バラのようにも見えるし、唖然としながら口の開閉を繰り返している様は人形のようにも見える。
ウォーリアは相変わらず入り口に立ち、冷静に目を瞬かせているだけだ。

「私と彼が、か?」
「な、ななな何を言い出すんだ!」
「でもお似合いかもね。パートナーになってもいいんじゃないかな」

セシルすらも微笑み同意する。
きっと「恋愛感情」なんて毛頭にないだろう。それでも夫婦と言われたら男女の恋愛感情が頭に浮かんでしまう。
別にそんな目で見た事はない、言い切る事も出来る。しかし言われてしまえば意識してしまう。
男らしい体に、皆の先陣を切り敵に立ち向かう姿に見惚れたことは何度もある。彼のようになりたい、背を預けられる存在になりたい、そう願ったこともある。
もしかしてこの感情は恋だったのだろうか。それすらわからなくなってきた。
混乱して頭を抱えていると、武具を避けながらゆっくりと近づいてくる影があった。

「そうだな。ならば正式に発表しておこう」
「正式? 発表?」

目の前には微笑むウォーリアの姿。一体何を言っているのだろうか。そう考える前にいきなり体が宙に浮いた。
「後は僕たちがやっておくよ」「ありがとう。よろしく頼む」という2人の会話も頭に入ってこない。“憧れの人に抱き上げられている”その事実だけが頭をぐるぐると回っていた。

「お、降ろしてくれ!」

鍛えているはずなのに軽々と持ち上げられると凹むものだ。抵抗をしたいが「暴れると落ちてしまうぞ」と言われたら口での抵抗しかできない。それをいい事に平然と暗く傷んだ床を踏みしめていくと真っ直ぐ歩を進める。
真剣な凛々しい横顔は男でも見惚れてしまう端正さと男らしさがある。時折気遣って抱き直してくれるところも相まって、思わず顔が赤くなる。
きっと、ウォーリアは真面目にパートナーとして考えているのだろう。
夫婦はただのからかいで、例え話。
彼の思いは純粋にパートナーとして、力を合わせることを毛頭としている。
改めて。自分は、彼の事をどう思っているのだろうか。
憧れの戦士であるのには変わりはない。しかし、恋愛感情とはまた違う。ぐるぐると頭を駆け巡る困惑と悦び。否定したくても出来ない感情たちに、思考が支配される。
感情の渦に耐えるように目の前の逞しい体にしがみつけば、上から声が聞こえてきた。

「皆聞いてくれ。今日からフリオニールは私のパートナーとなった」

気がつけば、ここは白で覆われた神のいた聖域。さっきの2人を除いた面々が好き勝手に振る舞う場所だった。
大の男が抱えられている奇妙な姿に、別の行動をしていたはずの皆の視線が1つに集まった。様々な奇異の目に晒されては真っ赤になってしまう。それでもウォーリアは悠然と立ち続けて手を離す気配もない。そんな孤高な姿にまたしがみつく力が強くなってしまった。
恐る恐る声をかけてきたのはジタンである。

「えっと、パートナーって? 2人でチームでも組むのか?」
「そうだな。夫婦はチームとも言うだろう」
「夫婦ぅ?」

ヴァンから素っ頓狂な声が上がるのも無理もない。男同士ではおかしいことなのだ。それでも彼は臆する事なく頷いた。

「彼は戦士として優秀だ。同時に包容力もある」
「まあ、そうだけどさ」
「ウォーリアは何か勘違いしていないかな」

縦を磨いていたラムザが、諭すように微笑んだ。

「確かに一緒に戦っている間に家族のような絆は生まれた。けど夫婦とそれは違うと思う」

腑に落ちない表情をするウォーリアに皆は首を傾げている。
確かに今の彼はいつも通りに見えて少し様子がおかしい気がする。焦っているというか、気が急いているというか。
不安な顔で端正な顔を見上げていると、「心配するな」とでも言うように微笑まれてまた胸がざわめいた。

「もしかして、フリオの事好きなのか」
「なら確かめてみようぜ!」

バッツの背にもたれかかり、ジタンは笑う。女好きな彼は恋愛感情にも聡いところがある。
同時にバッツが名案だと声を上げ、その小さな体が床へと転げ落ちた。恨めしい視線を向けるが、提案に興味は津々。不満の声を上げる前に、頭を擦りながらもニシシと笑う彼を見上げる。

「どうやって?」
「キスだよ、キ・ス」
「それでこの感情がわかるのか」

一本も引かない男らしさに困るのはフリオニールである。
必死で顔と口を隠して抵抗をするが、抱えられている腕の力は緩まない。
ちゃんと鍛えているのはお互い様だ。しかいナイトとして皆の先陣を切る彼に敵う訳がない。

「やっ、待って、ウォーリア……っ」
「フリオニール……」

熱っぽい声で、耳元に呼びかけるなんて反則だ。「ひゃっ」なんて間抜けな声を上げて手を離してしまったが最後、唇が塞がれて舌が口内をかき回してくる。
いきなり舌を入れるなんて聞いてない。慌てて抵抗するが、力の入らない腕では抵抗にはならなかった。
力の抜けていく体は、すがるものを求めて彼のマントにしがみついてしまう。異口同音に聞こえるどよめきも囃し立ても内容まで理解できなかった。ただ永遠にまで感じられるこの時間が、心地よいものだということしかわからない。
リップ音を立てて離れた彼に、思考はとろけてしまい視線すらも定まらなかった。ぼんやりと虚空を見つめながら息を整えていると、頬に腕が添えられる。

「すまない。大丈夫か」

空が先ほどより高くなっているのは、彼が座り込んだためだ。無骨で傷だらけの手にすり寄ると、今度は髪をかきあげられ額へと口づけが落ちる。
父親のような優しい手にうっとりとしていると、ヴァンの大げさな咳払いが聞こえ来た。

「イチャついてる所悪いけどな。皆がいること忘れてないか」
「え、あ、い、イチャついてるなんてそんなわけ」
「いや、イチャついてるだろ……盗られないように夫婦になるー……なんて言い出したのか?」

ウォーリアの答えを待つ為に視線が集まる。一番強い視線はフリオニールから。わかりやすい彼に皆バレないように苦笑していた。

「そうかもしれないな」

素直に認めたウォーリアの言葉に、口笛と歓声が上がった。
フリオニールも待っていた言葉に真っ赤になるしかない。驚き丸くなる目を真っ直ぐ見つめられて、照れ隠しの変な悲鳴すら上がってしまった。

「改めて、私たちは夫婦になる。よろしく頼む」

強行と言えば強行だ。しかしもう反論も否定の言葉も聞こえてこなかった。

+END

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無自覚から自覚へ

16.11.10


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