*朱い魔女
※マキナ人魚化
澄んだ唄は、青い空高く響く。祝福するかのように、呪うかのように。
ただ、ゆらり、ゆらり、ゆらり
漂いは消える、朱い呪われた唄。
ある嵐の日、一人の人間を助けた。
出で立ちからして上流階級の人間なのだと、すぐにわかった。
ゆらりゆらり
波は揺れる。
「ここは…」
「気がついたか?」
人間は、やっと目を開けた。転覆すた船での生き残りは、この人間一人。昏睡状態であった為、助からないと高をくくっていたのに、まさか目を開けるとは思わなかった。
「君が助けてくれたのか?」
「まあ、そうともいうかな。」
「?助けてくれたんじゃないのか?」
「…うん、そう。」
ぴちゃり、ぴちゃり
髪から母なる海へ、雫が垂れる。
「何で君は海から出てこないんだ?」
「出なくないから。」
人間の髪から垂れる雫は、砂へと溶ける。そのままどこへ行ってしまうのか、それはわからない。きっと海に帰るのだろうけど、それはいつになるのだろうか。
自分と同じだ。
陸に上がってしまえば、いつ海に戻れるかわからない。
海に入ってしまえば、いつ陸に戻れるかわからない。
ぴちゃん、ぴちゃり
雫の音が、小さくなった。
「なら、深くは問わない。だけどこれだけは言おう。助けてくれてありがとう。」
「礼を言われることはしてない。」
「でも僕は助けられた。ありがとう。」
「…どう、いたしまして。」
「名前は、聞いていいのかな?」
「………」
「ダメ?」
「マキナ。」
名前なんて、いつからしまい込んでいただろう。何ヶ月、いや何年何十年何百年。
聞かれては困ることではない。だから答えた。だが覚えられてもいいことはない。ならば答えなくてよかっただろうか。
「ありがとうマキナ。またいつか、ちゃんと礼をさせてほしい。」
笑顔で、そのまま背を向け去る人間を見送って、自然と体から力が抜けた。
またいつか
それが叶うとすれば、またあの人間は「お礼」を望むだろう。
『仮初めの救世主』
過去、誰かにそう称された。
「間違っては、いないからな。」
人の上半身に、魚の下半身。煌びやかな鱗が、雲から覗き始めた太陽を映し出した。
++++
海の魔女
12.5.8
[ 123/792 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]