ててご | ナノ



自覚の森の美女

※後天的女体化



 名指しをして仕立てられる、美しい洋服たちには不思議な魔法が宿る。煌びやかなドレスを身につければ、一国のお姫様。名のある海賊が身につけていたボロ布を身につければたちまち大海賊、かの有名な医者の白衣を羽織ればどんな難病すら治すスーパードクター。
人生を作り替える力を持つ不思議な布地たちは、どこからきたのか。荘園と共に謎は深まるばかりである。



 急に開かれた工房の扉が、なすすべなく壁へと叩きつけられては再び戻る。駆け込んできたのは派手な色味のドレスを身につけた女性である。どこかの貴族の令嬢だろうか。腰にはコルセットを巻きつけては鍛えた男の腕ほどに絞り上げ、花びらのように長いスカートを靡かせる。ロングスカートで足は隠しているが、肩は出ているという男の視線を集めるデザイン。胸は目立たないのだが、白磁の肌に赤い口紅をつけた様は、見惚れてしまうほどに美しい。狂眼を含め、男たちは「ほう」と品定めをするような感嘆の声を上げる。
 工房には似合わない令嬢であるが、まっすぐにオイルや溶炉の匂いが染み込んだ紙の上を超えてくる。どうやら道を間違えたわけではないらしい。

「あんな人、いたっけ」
「さぁ」

 ぼそぼそと言葉を交わすのは、研究以外には興味のない囚人と技師である。「自分達には関係がない」と顔を見合わせては、すぐに興味を失い机との睨めっこを開始した。
誰かを探している様子ではあるが、道具を頼みにわけではないだろうと推測する。ならば魔トカゲに薬でももらいにきたのだと決めつけ、各々の図面へと視線を落とした時だった。サバイバーたちの机の前に、彼女が立ち止まったのは。

「もし」
「ん?」
「……匿って、もらえないだろうか」

 どうして声をかけられたのか2人にはわけがわからない。絞りだされた言葉を理解するまで時間はかかったが、お互いに顔を合わせ、目を瞬かせると首を傾げ、思い当たる節を探る。答えが出ないと結論付けるや否や、すぐに興味を失う技師に、何か頭に引っかかるものがあると唸り続ける囚人。だが時間をかけようとも答えは出ない。これ以上は無駄だと顔を下げた時だった。隣に座り込み、縋る目にまとわりつかれたのは。

「報酬なら言い値を出そう。お願いだ……」

 恥辱にまみれた表情で、だが絞り出すような泣き声で言われては断ることもできない。指を組み、祈るような姿に同情心が掻き立てられてしまった。
だが「匿え」と言われても、事情もわからなければ相手の正体もわからない。わざわざこんなひ弱な研究者に頼まなくとも、ハンターの屋敷にいるのだ。戦闘に特化したハンターに頼むのが無難であるし、魔トカゲや狂眼なら研究の手伝いを兼ね合いに出せば護衛をしてくれるだろうに。
 改めて彼女の姿を見つめるが、銀色の髪に、青く透き通った目。長い癖のある銀色の美しい長髪は黄色いリボンで結われて、尻尾のようにぴこぴこと宙を踊る。そこで思い当たる節があった。

「もしかして、写真家殿?」
「……そうだ」
「ああ、貴方だったのか!」

 答えがわかってすっきりとした。血の女王に似た服装であるが、女性としてのシナが幾分か足りない。元が男である明確な理由になる。手をポンと叩いて頷く囚人に身を寄せるように、唇を噛み締めながらも隣まで椅子を引いてきては写真家は座り込んだ。

「夏用の服をオーダーしたが、手違いで女物がきた」
「そういえば、服によって性別までも変わるのだったね」
「しばらく脱げないらしい」

 両腕で体を守るように抱きしめると、不機嫌な表情を見せる。普段より注目を浴びる彼であるが、力が不利になったことも相まって怖かったのだろう。恨みもよく買う立場上、どんな報復をされるかわかったものではないのだから。かすかに震える腕が、不安を物語っている。

「だから、匿ってくれ」

 かように美しい女性に頼られるならば、男冥利に尽きる。だが素直に喜べる状態ではないのだ。電気を発することはできる体質ではあるが、ハンターが相手になると自分の身を守るだけで精一杯。決して胸を張って「守るよ」と言える状態ではないし、勿論ライバルも多い。目の敵にされてしまっては、今後の生活にも支障がでるだろう。

「私は力に自信はないのだが」
「ハンターたちは、貴方の電撃を恐れているから大丈夫だ」

 虫除けの罠のように使われるのは些か納得がいかないが、首を横に降る理由もない。「居るだけなら好きにしたらいい」とだけ伝え、すぐさま机へと向かう。写真家へと探る視線を向けてくる技師も、つられて作業へといそいそと戻っていく。

「ありがたい。お言葉に甘えさせてもらうよ」

 囚人の肩へともたれかかりながら、よほど疲れていたのかすぐに目を閉じては無防備な姿を晒す。
疲れている彼女に無理な体制を強いるのも胸が痛む。「ソファーまで運ぶよ」と声をかけるとしっかりと頷いた為に、眠っているわけではないようだ。
リラックスして力の抜けた体をゆっくりと抱き上げては、仮眠用のソファーへと運び寝かす。いつも作業着のままで寝ているため、油やヤニの匂いが染み込んでいるが彼は文句を言わなかった。代わりに囚人の服の襟首を掴むと、口元へと引き寄せては寝息を立て始めた。物珍しい光景に、つい技師も手を止めてやってきては、顔を覗き込んでは穴が開くほどの視線を向ける。

「よほど疲れてたのかな」
「みたいだね」
「襲うなよ」
「襲わないよ。後が怖い」

 「心外だ」とを膨らませては顔を逸らした技師を見て笑いながらも、写真家のあどけなく長閑な表情を楽しむ。随分と安心をしきっているようで、横でガードNo.26の足跡がしようとも、狂眼の杖が硬い床を打とうとも目を開かない。時折、口をもごもごと動かしては、誰かの名前を呼んでいたのだが、聞き取ることはできなかった。

 写真家がやってきて何時間が過ぎたのだろうか。浅い仮眠を取ったところで体や周囲の様子に変化はない。人がいるところで眠ることができる質ではなかったから、驚くのは写真家本人である。勢いよく跳ね上がると、周囲を見回しては目を瞬かせ、幼い表情を晒すのだ。
真っ先に視界に入ったのは、囚人の白黒のシャツである。もう技師やハンターたちは帰ったようで、他にあるのは壁にもたれかかって電源を落としたガードNo.26だけだ。衣ずれの音に気が付き振り返った事に、つい写真家の表情が崩れた。無言の微笑みに答えるように口角を小さく上げたのだが、我に帰っては表情を引き締め、無愛想に鼻を鳴らすのは照れ隠しである。

「おはよう。居心地が悪くないようでよかったよ」
「体が痛い」
「ハハハ。それに、元には戻っていないね」

 もしかしたら寝て起きれば元に戻るかと思っていたのだが、そのような気配はない。皺一つ付かない不思議なドレスと、不機嫌な美女を交互に見つめていると、欠伸を白く小さな手で隠しながらもソファからゆっくりと足を下ろした。

「戻る為には、キスが必要だと言われた」

 「そんな御伽噺のような話があるものか」と笑いたいが、この秘密の宝の隠された荘園に居る身としては口を噤むしかない。余計なことを呟きそうになったお喋りな口を押さえ、目線をそらすしかなかった。言った写真家本人も、メルヘンなことを口走って恥しいと、顔を赤くしては俯いてしまった。心地よさはない気まずい雰囲気を払ったのは、軽快で陽気な囚人の提案だった。

「なら、トレイシーを呼ぶかい?」
「どうして」
「トレイシーも性別を気にする人じゃない。むしろ女性には気を許す」

 囚人の言葉に「貴方とは仲がいいじゃあないか」と返そうとして、写真家は口をつぐんだ。彼の返答次第では、我を忘れて暴れてしまうかもしれない。「実は恋人だよ」なんて言われた日には、気が狂いそうだ。
唇を噛み締めると、上目使いで彼の端正な顔が緩む様を睨みつける。

「貴方も女性相手の方が後腐れがなくていいだろう」
「そんな理由でレディーに手をだすのは失礼だ」
「まぁ、彼女のも選択権はあるからね」

 素直になればチャンスはあるかもしれない。「貴方が好きだ。キスがしたい」と伝えれば、付き合ってくれるかもしれない。それでもまだプライドが邪魔をする。伏せられた目に憂いを帯びた表情。見るからに拗ねてしまった気難しい伯爵に、囚人は頭痛を覚える。「可愛らしい」という感情を抱いてしまったことを、認めたくないが為に。

「さて。私は部屋に戻るが、貴方はどうする?」
「ついていく」
「男と2人きりでも?」
「貴方に私を襲えるのか?」
「ふむ。それもそうか」

 はっきりと答えられては「興味がない」と言われているようなものである。人知れず肩を落としては、次のプランだと真剣な表情で呑気な彼の見つめ返し、決意を込めては唇を噛み締めた。

「いいから、暖かい所に連れて行け」

 命令形ではあるが、声は震えていることは囚人にも伝わっている。
いつもと違う環境というのは、不安を催すものだ。気の強い写真かであっても例外ではない。小さな女の手を差し出せば、優しく握り返された。安心させるように緩んだ眉に、自然と表情も和らいでしまう。

「よかったら一緒に寝るかい?」
「ふざけたことを言うな」
「冗談だよ」

 慰めるように頭を撫でる無骨な手は子供をあやすよう。他の相手ならば不快感を催すのだが、相手が朗らかに笑う囚人ということだけで絆されてしまうのが悔しい。を膨らませて睨み上げるだけで抵抗は示さず、代わりにを仄かな桃色に染めては唇を噛み締める。

「今日の貴方は可愛らしい」
「普段から可愛らしいなど言われては不愉快だ」
「そうだろうね」

 深く考えないで発言をしているようであるようには見えるが、写真家の無表情を見て困ったように顔をかく。それでも手を離さないのは、完全に拒絶していないから。それだけを支えに彼女をリードすれば、悪態もつかずに素直に追従してくれる。広い屋敷の、薄暗く不気味な長い廊下に感謝したのは今日が初めてである。邪気のない笑みで時折振り返れば、訝しげで赤い顔。珍しく冷静さを欠いた表情に、吹き出しながらもまた前を見つめては外敵へと気を向ける。
ハンターの屋敷から、サバイバーの屋敷まで距離がある。それまでに誰に出会うかもわからない。非力なサバイバーである以上、隠れながら帰還することにはなるだろう。

「走れる靴、かな?」
「いざとなれば抱えて走れ」
「貴方が許してくれるのならそうさせてもらおう」

 「こっちだ」と指差した先には、鬱蒼とした樹林。可憐な少女が好くような花もなく、獰猛な獣が現れてもおかしくはない。貴族の彼女には似つかない蛮族の地である。それでも、手を伸ばしてくるみすぼらしい男についていっては、満更ではないと口角をひっそりと上げる。何かあったら責任は取らせてやる、と勝手なことを考えながら。






 囚人の自室への逃避行は、思ったよりも精神を摩耗するものだった。あえて獣道を通って遠回りをしようとする囚人の言葉を鵜呑みにして、無駄な距離を歩かされた。結果的には誰にも会わなかったからいいものの、身軽な男の足についていくのは一苦労だった。
部屋に雪崩れ込むように入り、目が覚めた時にはもう太陽が東の空に顔を出している時だった。

「あれ、戻っている……」

 珍しく子綺麗に掃除をされたベッドへと寝かされており、部屋主は作業机で黙々と手を動かしていた。電灯を使っているところ、夜通し作業をしていたようだ。その研究熱心さには関心を通り越して呆れてしまう。
高く、薄汚れた天井へと手を伸ばし、見えたのは骨張った男の手。念のためと体を弄り、平らな胸へと手を置いたところで、現状を理解し深く息をついた。

「どうやら時間で戻るようだね。よかった」
「……」
「どうしてそんなに不満そうなのかな」

 囚人が口元を袖で拭えば、紅が白黒のシャツを艶やかに汚す。誤魔化すようにゴシゴシと擦り続けていれば、色が移ったのだろうか。までもが赤くなり、笑顔を明るく彩った。

「気をつけなよ? 羊な顔していても、男はみんな狼なんだ」

+END

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キスで戻ると言えば手を貸してくれるかと期待してた写と、信じてはなかったけどとりあえず試してみる囚

22.10.8

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