ててご | ナノ



何気ないけども大切な時間

※現パロ



 最近、目が覚めると見覚えのない外套が肩にかかっている。
誰のものかなんて、考えるまでもない。豪華な刺繍に、派手で美しい青色。いつ帰ってきたかわからないが、同棲しているジョゼフのもので間違いはない。
主にフォトグラファーとして動く人気の敏腕デザイナーは、忙しい。この前歩いていたらモデルにスカウトされと言うから、神は1人に二物も三物も与えすぎてはないか。別に同じようにはなりたいわけではないが、唸ってしまう。
規則正しい生活と態度をモットーとしており、夜も早ければ朝も早い。ゴシップやSNSで「年寄りみたいだ」とからかわれていたが、本人はにこやかにページを閉じており、気にした様子はなかった。

「っと。もう22時か。起きないと」

 うってかわって、ルカは完全な夜行性である。天体観測と研究という、趣味と実益を両立した結果だ。別に困ることはないが、同居人と顔を合わせられないことは心残り。休みすら合わないとなると、どうしようもない。
 春にしては分厚い外套を手に、隣の部屋へと忍び足。膝の上で寝ていた黒い犬を連れては廊下に飛び出した。案の定、彼の部屋からは一寸の光すら漏れ出ず、まるで写真の現像室のよう。
無遠慮に扉を開けば、豪華な天蓋のベッド。いつか番で飼った白い犬を抱きしめ、毛すら気にせずに頬を寄せる姿があった。どうやら1人寝は寂しかったらしい。
こちらを認識するや「キュゥン」と悲しげに鳴く犬の頭を撫でれば、まだ納得いかないのか必死に鼻を擦り付けてくる。ゲリを横に置いてやれば、嬉しそうにフレキと体を擦り付けあう。パートナーとじゃれ合う姿を羨ましいと思う反面、自業自得だと嘲笑するしかない。
1匹の生物かのように丸くなる犬たちと、眉を寄せて眠る1人。ジョゼフの柔らかい癖毛に手を伸ばそうとすれば、すかさず白い番犬が起き上がり、手の甲に怒りの牙を突き立てる。「私の物に触れるな」と力の強くなる顎に、慌てて手を引けばよし。フンスと鼻を鳴らしては再び丸くなり、物言わぬ愛らしいぬいぐるみとなった。
 1人で使うには食堂へと赴けば、まるで今出来たかのような料理たちが用意されているのは、日常風景である。既に皆は食べ終えているであろう湯気の上がる料理と、素知らぬ顔で頭を下げるメイドに力無く笑えば、にこりと華やかな笑みで返してくれた。
特に訪ねたわけではないが、「旦那様は今日も大事もなく、仏頂面でしたよ」と報告されれば、答えあぐねてしまう。機嫌がよかったならまだしも、仏頂面だと言われてもどう答えていいかわからない。
真意を測れずに味がわからなくなったが、暖かさだけはしっかりと感じ取れたのだった。

 自室へ戻ると、ベッドには先客がいた。眠い目を擦りながら幼い表情を見せ、しっかりと膝の上と足元に愛犬を携えているのは、もちろんジョゼフである。どうして先程までぐっすり眠っていた彼がここにいるのかはわからないが、寝惚けてやってきたわけではないのはわかる。

「どうしたんだ? 明日も早いんだろう?」
「……休みがとれた」
「本当に?」
「……嘘を言ってどうする」

 欠伸を噛み殺しながらも本を開く姿からは、眠りたくないという強い意思を感じる。一緒にいたいと思ってくれるのは嬉しいの。だが、いつもなら彼がとっくに眠っている時間である。それに、先程まで自室のベッドに横たわっていたのは、眠気に負けたからだ。恋人と久しぶりにゆっくりできるとは言え、無理はしてほしくない。

「眠いんだろ」
「……そんなこと、ない」
「嘘だ」
「まだ、起きている」
「明日1日、一緒に過ごすじゃないか」
「……、今から活動するのだろう」
「うん」
「ならば起きている」
「だーかーらー」

 こうなればいくら言っても無駄なのはわかっている。それはお互い様だ。だが、ルカは今から眠ろうとしても目が冴えて眠れない。ジョゼフは意地でも灯りがついている限り、眠ろうとしない。
しばらく考えるが、最適解など出るわけがない。数式では必ず答えがあるのだが、感情などという不確定不明瞭なものに答えなんてない。

「わかった」
「何が」
「おいで」
「は?」
「膝の上」
「……」
「肘、当てないようにするから」

 多少音は出るが、今の彼には子守唄だろう。ダメ元で無害な笑みを浮かべ、両手を広げると胡散臭いものを見つめるような細い目。眠気効果もあり、迫力は満点である。
しばらく無言の睨み合いが続いていたが、折れたのはジョゼフである。こういう身を寄せ会うお誘いに関しては、彼はすぐに折れる。普段のお願いにも維持を張らずに折れてくれてら、とほ思うが余計なことを言えばこの作戦も使えなくなってしまう可能性があるために、口を閉ざすに限る。
 覚束ない足取りでやってきたと思えば、倒れ込むように腕の中へ。力の抜けていく体を、薄い筋肉をフル活用して引き上げれば、やっと小柄な体は腕の中へと収まってくれた。

「よし。じゃあ好きなときに眠って」

 「くれていいよ」と続けようとすれば、もう既に彼は夢の中。即落ち0秒という早さである、よほど眠気を我慢していたのだろう。薄い寝巻きに分厚い外装という、不釣り合いな衣服で体を繭のように包み込み、抱え直すと揺らさないようにと作業を始める。
腕が疲れるのが先か、彼が目覚めるのが先かはわからないけれども、もしかしたら第三者かもしれない。
他人の体温と、徐々に誘発される眠気に欠伸を噛み殺し、大きな抱き枕に顔を埋める。

「さっき起きたばかりなんだけど……ふぁあ」

 自分の時間は大切にしたいが、休日すら合わない恋人の時間のほうが優先なのはわかっている。
徐々に首へと上ってくる腕を宥めては、抱えあげてベッドまで運送する。分厚い外装は専用のハンガーへとかけ、寒がりな彼を布団と自らの腕でくるんで抱き締める。これならば起き抜けに「寒い」と怒られることもないだろう。
 急に頭をぎゅっと抱き締めるものだから、胸へと顔を埋める体制になる。ドクドクと聞こえる鼓動が、額に当たる穏やかな呼吸が、「寝顔を眺めていよう」という野望を打ち砕く。犬の代わりなのか、はたまた逆なのかはわからないが、抱き心地のよさにご満悦。そのまま向かい合って抱き合う体制で目を閉じて、次に目を覚ましたときには朝の日差しが窓全域から入ってきた時だった。



「今朝の旦那様は、非常にご機嫌ですね」
「そうなのか? 私にはわからないが」
「それはいつもお会いになっていないからですわ。もっと時間を大切にしてくださいまし」

++++
22.8.2

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