ててご | ナノ



この理不尽で祝福されるゲームで・番外B

※小ネタをそれぞれのCPで掲載
※微妙な性描写が多くなる予定です

←前
写♀囚♀ / 囚♀写♀ / ハスジョゼ / 納写…coming soon.




【写♀囚♀】



※女体化百合
※オメガバ
※墓→囚な表現もあります注意


 久しぶりに、ゲーム場で囚人を見つけた。普段ならば、目を奪われるだけで特にゲームには支障なんて出ない。
だが、楽しそうに他の者に笑いかける表情をムカムカと眺めていて気づいたのだ。甘い匂いがする、と。
これはΩの匂いだ。ゲームに支障が出ないよう、決着がつくまでは発情はしないようになっているが、間違いない。今日のサバイバーの中に、Ωがいる。
誘うような香りに、つい下品に鼻を動かしてしまう。スンスン、と鳴らして息を吸い込むだけで、運命の番を見つけた時のように胸が高鳴るのだ。願わくは、囚人でありますように。
 目標が変わってしまっては判断も変わる。真実を確かめようと囚人に狙いを定めたのだが、隠れることを優先した小さな人形を見つけることができず、時が一刻とすぎてはついにゲートの開く音が響き渡る。手を抜いたわけでもないのだが、ゲームの結果とは無情である。
地獄の競技場から走り去ろうとする姿に慌てて手を伸ばしたが、理性で踏みとどまった。今サバイバーに手を伸ばしてしまえば、荘園の主人にどう処分されるかわからないのだから。
 また、次の機会がある。どうせ今日も誰もこの荘園からは逃げられないのだから。「早く出ていけ」と剣で門の向こうを指し示すと、1人、また1人とサバイバーが駆けていくのだが、どうしてか囚人は出ていく素振りはない。不審に思って近づき、摘み出してやろうとしたのだが、目の前にやってきたところで口を開いた。

「伯爵は……αかな」

 ゲーム中はハンターが口を聞くことは許されない。大仰に頷けば、たじろぎながらも囚人はヘラリと微笑んだ。

「そっか。よかった」

 Ωの辛さを知っているからこそ、ねぎらってくれている。人のことながらも、心底から微笑み喜んでくれる姿に、思わず手が出そうになるのを耐える。対話を始めたことに気を悪くして、急かしてくるナイチンゲールの鳴き声に急かされるよう外へ走り出せば、傍に立っていた墓守が飛び出してきた。

「バルサー! は、早く逃げろ」

 立ち塞がるのはΩを守るというより、惚れた女を庇う仕草に苛立ちが募る。一歩踏み出しては引き寄せようとするが、殺意すら籠もった手が振り落とす。弱々しくも勇気を振り絞る姿が矮小で、健気で苛立ちが募る。

「クレス君。彼女は大丈夫だって」

 勇気を出して、生意気にも睨みつけてくる獲物に勢いよく武器を握ると、それだけで墓守は尻込みする。今はもう斬りかかったところで勝敗にも関係ないのはわかっているから、本気ではない。だが、隣にいる彼女の細い腰を抱き寄せたところで何かが切れるのがわかった。

「やっぱり、噛んでおいたほうが君の身の安全に繋がるんじゃないかな……」
「そ、それは待って!」
「大丈夫。嫌がることは、しないから」
「Ωとαについて、わかっていないだろう!」
「知らないことは、いつもみたいにルカが教えて?」

 αである墓守がΩである囚人に噛みつけば、番いになってしまう。だが写真家が止めるよりも先に、本人が静止をかけたのだ。「番いにはなりたくない」と。
 その言葉に我を取り戻し、瞬時に無礼な男を切り払ってはゲートの外に押し出した。舌打ちは意中の女を奪われた故だが、知ったことじゃあない。ゲーム終了の合図が聞こえたと同時に囚人だけの腕を引き寄せ、強く抱きしめた。荒い息をつくのは彼がゲームにて走り回っていたから。まだ発情していないうちに、理性があるうちに伝えたかった。大人しく首へと腕を回してくれた彼女を抱き上げて、見せつけるように首筋へと噛み付いた。
 「貴女は、私の物だ」こうすれば番いになれる。もう一度念を押しては噛みつき、強く吸い上げるとジュルリと甘い音が響く。
彼女は嫌がるのだろうか。いや、彼女は拒絶しなかった。むしろ強くしがみ付いては愛撫を享受する。薄く唇を開いて声もなく喘ぐと、悩ましく目を瞑って抱きつくのだ。
 ずっとこうしていたかった、一つになりたかった。いつも囚人からされるがままだったが、今は写真家が彼女を抱くことができる。手始めにと強く抱擁をすれば、嬉しそうに鼻を鳴らしながらも背中に腕を回される。番いになった故の行為かもしれないが、まだ発情を促されていない状態で抱きついてくれるのだ。赦してくれているのがわかる。呆けた表情は女の顔であり、いつもの男っぽい仕草も形を潜めては身を寄せて囁くのだ。

「伯爵……。後で、部屋に行ってもいいかな」
「勿論。迎えに行くよ」
「いいよ、自分で行くから」
「途中で襲われてはたまったものじゃあない」

 まるで王子のようにキザな仕草で手を取り、手の甲に桃色の唇を落とす。乙女のように頬を染めては少し荒れた唇を噛み締める。

「フフ。女性らしい可愛い顔もできるじゃあないか」
「それは、貴女がキザなことをするから……」
「私の側から離れないでくれ、永遠に」
「またそんなことを言う」

 真っ赤な顔と逸らされた瞳。表情には「満更でもない」と書いている。ゲームの終了を告げるブザーの音に背中を押され、名残惜しいと振り返りながらもゲートへと駆け出す囚人。静かに佇み、剣を納めて手を振る写真家。「控室で待っていてね」という優しい声に素直に首肯し、慌てて駆け出せば優雅に踵を返す金色の刺繍がされたコート。獲物は全て逃げてしまったというのに足取りは軽く、聞いたことのない鼻歌まで口ずさんでいる。
 急いで向かわなければ、彼女とすれ違ってしまう、飽きられてしまう。囚人は慌てて外の世界へと走り出したが、急に目の前が暗転する。
この荘園からは逃げられない。繰り返される悪夢を見せられるように、大人しく目を閉じるしかない。目覚めた時には、小さな客室のベッドの上。目覚めを祝福する小人たちのように顔のない人形たちの視線が突き刺さるが、ゆっくり伸びをしている場合でもない。急いで起き上がると、再びゲームの行われる屋敷へと向かう。幸いにも近場であり、誰にも出会わなかった。ハンターたちの屋敷とも中間地点にあるそこに駆け込んだ時には、肺が破裂しそうなほど膨らんでいた。

「ハァ、ハァ!」

 誰もいない食堂へと滑り込むと、壊れた椅子といつのものかわからない食品たち、壊れた窓。揺れる破れたカーテンがヒラヒラと手を振っては迎え入れてくれる。
今日はもう恐怖の鬼ごっこは終わりである。誰もいない広間を見回し、何気なく椅子へと腰を下ろした時だ。足がぐらついていたソレは、急に支えを失って鈍い音を立てたのだ。バランスを失い傾いた体を、とっさに支える運動神経はない。目を瞑って、保険がわりに突き出した手を床に向け、衝撃に備えて目を固く瞑った時だった。ふわり、と心地よい風が吹いては急に体が宙に浮かぶ感覚。いつまでたっても床へ不時着する衝撃もなく、クスクスと笑う耳障りのいい声まで聞こえる。

「迎えにきましたよ、お嬢様」

 目を開ければ、壊れた椅子を突き飛ばし、囚人を抱き支える写真家の姿があるではないか。一度戻って着替えたのだろうか。いつもの動きやすい男装のタキシードではなく、美しいドレスを身につけている。裾が床に擦れてもお構いなし。汚い囚人を抱き上げては、床へ足をつける様にと優しく下ろして、邪気のない微笑みを浮かべる。
友好的なハンターの、いや写真家の姿など珍しい。いつもは冷酷微笑を浮かべている美顔も、優しい微笑みを浮かべる。バランスを崩した足を気にしては、汚れた包帯の上から足首に触れては上目遣いで訪ねてくるのだ。「痛い?」と。

「大丈夫。ありがとう」
「では、私の部屋に行こうか」
「あの、その……何も、しない?」
「私たちは番じゃないか」

 不遜に笑い、髪を勝手に解くと一房手に取り、口付ける。貴族としての挨拶ではない。浮かれて、気が昂っているための早急な行動だ。女性らしい甘えた瞳と声も美しいが、男装の麗人のキザな行動も魅力的。思わず体を丸めると「隙あり」と抱き上げられてしまった。

「さて。今日からは私が可愛がってあげるからね」
「うう……お手柔らかに頼むよ」
「失神するほどの天国を見せてあげる」
「それじゃあダメだろ!」

 口で否定はしてみるが、満更ではない。大人しく胸にすり寄ると、顔を見ながらゆっくりと歩を進めていく。コツコツコツ。荒れた屋敷の廊下は歩きにくいだろうに、つまづくことなくまるでバージンロードを歩くような優雅さ。純白のドレスは身につけていないが、まるで結婚式に出ている気分である。

「着替えはこちらで工面する。貴女は、いつも汚い囚人服を着ているからね」
「余計な一言が多い」
「ああ……しかし、元がいいからドレスは目立ってしまうかもしれない。それは避けたいな」
「なら、この服でいい」
「そうだ! 部屋着は可愛らしい服を用意しよう。それなら、私だけが見ることができる」

 どうやら話を聞く気はないようだ。勝手に進む話題にため息をつきながら、力なく頷くしかできない。スカートを始め、女性らしいお洒落には慣れていない囚人ではあるが、興味がないわけではない。「満更ではない」と胸に凭れかかると、普段は見ることのない優しい微笑みを向けられた。

「さあ。姫様を城へご招待しよう」
「王子様直々のお出迎えとは、童話の主人公にでもなった気分だ」
「童話のようにハッピーエンドという安直な言葉では終わらせないよ。この後も永遠に続く、幸せを見せてあげよう」

+END

+++++
22.02.16







【囚♀写♀】




※女体化百合
※性描写あり



「あっ、んっ!」

 女同士だから間違いは起きない。そんな固定概念はまやかしである。
恋愛感情の対象になるのは、異性だけではない。同性に魅力を感じて愛へと発展する場合もある。

「感度がいいね。よく1人でシてる?」
「ん……んんっ」
「答えたくないならいいよ。可愛い」

 擬似の男根を生やし、容赦無く体を穿っている囚人も女である。しなやかな裸体を晒し、小ぶりでナイ胸の先端を赤く腫らせて喘ぐ写真家と、たわわな胸を揺らしては欲情に目を濡らした囚人。裸で抱き合ってはお互いの熱をぶつけ合う。

「中に注いであげられないけれど、満足するまで付き合うからね。好きなだけイったらいいよ……」
「アンッ! あっアッアッ!」
「とっても可愛い……」

 今夜も2人の熱い夜は続く。食事をとった直後に写真家がヒート状態になったことから始まった夜戯。我を忘れたΩは性に対して貪欲で、普段は見せない雌の顔を見せる。誉れ高くいつも貴族の仮面を外さない彼女ですら、娼婦のように乱れてしまうのだ。
 ハンターもサバイバーも理由がなければ他の部屋に寝泊りすることは許されない。特にハンターがサバイバーの屋敷に侵入することはご法度。暴れた時に対処ができないからである。だが、例外もある。「ハンターがΩである」ことだ。
だがそんなことが起きることはない。ハンターがサバイバーを頼るなど、ありえないのだから。

「囚人、しゅうじ、!」
「はぁ、もしかして、痛い?」
「好き、」
「え……」
「ぎゅって、して、ヒィん!」

 きっと夢幻。この時期を過ぎれば、彼はまた冷酷で美しいハンターへと戻ってしまう。
今だけなのだ、Ωのハンターを連れ込めるのは。望みのままに強く抱きしめ、腰を奥へと押し進める。このペニスバンドは双頭になっている。動くたびにお互いの体に快感が走る仕組み。愛情と性欲を貪欲にむさぼり合いながら、悩ましく目を瞑っては悶える肢体を見つめ合う。

「イくよ……ウゥッ!」
「ん、ンンッ!」
「ああぁんッッ!」
「イク、イクッッ!!」

 勢いよく飛び出した愛液が、囚人の細く骨が浮かび上がった腹を濡らす。続いてイきはてた囚人が、まるで射精をしたかのように疑似の性器の先端を濡らす。
力が抜けては覆いかぶさるように倒れ込み、異なる魅力の乳房同士でキスを交わす。敏感な箇所が擦れたことで短い艶声が漏れ、細い指を絡め合う。ゆっくりと唇を重ねようとしたが、目の前に差し出された掌に邪魔をされる。何度も体を重ねたというのに、罪悪感と羞恥心が入り混じっては、感情を複雑化させている。
 「好きだ」ともっと簡単に言えたら。しかしそんな簡単なことすら難解問題。熱に浮いた頭で、事故を装った告白しかできない。

「もう、満足した?」
「ん……」
「私も気持ちよかった」

 枯れた声と、激しい運動に痛みすら覚える体を柔らかい布団の海に沈め、静かに目を閉じる。だが囚人はまだ元気なようで、余韻を楽しむことなくいそいそとベッドから抜け出そうとする。
だが、そうはさせない。せっかく愛し合った余韻があるのだ。このまま一緒に寄り添って眠りたい。情事の後とは思えないほどの力で腰に腕を巻きつけると、少し痛みに見開かれた目と、優しい苦笑。

「わかったよ。一緒に寝よう」

 Ωになってから休める場所もなく、ゲーム場を転々として身を隠していた時に、フィールドワークをしていた彼女に見つかった。夜露に濡れて、雨の匂いが染み込んだ高級な毛皮のコートから状況を察したらしい。早歩きで近づいてきては無言で手を引き、部屋にまで連れ込まれたのだが、気を許したのは精神も肉体も弱っていたからと、彼がβで女であるからだ。間違いがあったところで妊娠することはない。女というのは、通常でも身篭ってしまうために不便である。
 発情期が訪れてからは、何度か相手をしてもらっていた。お手製のペニスバンドを身につけた囚人から、男性的な恐怖を感じた。だが「大丈夫だよ」という余裕のない、欲情した声にすぐに何もわからなくなり、一晩中慰められた。その他では一切触れてこないあたり、事務的であるのはわかる。囚人というから、もっと性に貪欲なのかと思っていたが、性格上ストイックである。だからこそ、ここはゆっくり眠れる場所なのだ。時折振り返っては眠るΩに優しい眼差しを向ける様は、男っぽい彼女を女性たらしめる。

「博士……」
「私は犯罪者だ。そんな呼び方はしなくていい」
「じゃあ、名前、教えて」
「貴女に名乗るほどの名じゃない」
「めいれ、いや……教えて」
「ほら、疲れただろう。早く休んで」

 抱きしめられて、大きな谷間が目の前に突き出される。たわわに実った女性的な象徴に、顔を赤らめるのは異性だけではない。写真家も顔を真っ赤にして、思わず生唾を飲み込んだ。

「貴女は早朝にゲームがあるんじゃないのか?」
「嫌だ……一緒にいたい」
「貴女もこんな我儘を言うのか」
「ん……博士……」
「よしよし」

 甘えるように頭が谷間へとすっぽりと収まり、嬉しそうに頭を埋めては深く息を吸い込む。まるで中年の男のような動作ではあるが、悪い気はしない。見た目はこんなに小さく可愛らしい子犬なのだ。丸く小さい目を細めては細く強い腕で抱きついてくるのだ。

「もし、私が明日頑張ったら……ご褒美がほしい」
「いいよ」
「じゃあ、まず、名前、教えて」
「うーん」

 簡単なことではあるが、囚人の表情は浮かない。隠したいことがあるのは写真家もわかっているが、粘り強く一歩も引こうとしない。こうなれば写真家は折れないのはよく知っているために、囚人から重いため息が漏れる。
いつも、呼ぶ名前がないことに苦い顔をしていたのは知っている。だが、教えてしまうと「諦め」がつかなくなる。だが、ハンターの言うことはサバイバーにとっては絶対。生死を左右するような命令でなければ、優先して聞かなければならないのだ。

「まぁ、私には頷くしか選択肢はない」
「貴女が私を庇ってくれたのは、ハンターに尽くす義務の延長なのかもしれない。けれど、私は……」

 唐突に告げられようとした願いは、彼女の喉の奥へと消えた。唇に添えられた指に押し込まれた言葉は、罪深い囚人には重すぎた。寂しそうに上がる口角は、下がる目尻と対照的。まるで泣いているようにも見えるその表情に、第二の性ではない感情が揺れ動く。

「わかった。明日、頑張ってね」
「約束はした。覚えているから……」
「じゃあ、ゆっくりお休み」

 ぽん、ぽんと背中を叩けば、静かな寝息。こんなにも無防備な姿と、可愛い女性としての甘えた仕草を見せてくれる。
写真家のことは好きだ。同性であっても変わりはない。彼女がΩになったことをチャンスにと近づいたのだが、よもや相手も好意を寄せてくれているとは思いもしなかった。
いや、もしそうだとしても叶わぬ恋だ。時限式で、不安定で、いつ写真家が気まぐれを起こすかもわからない。捨てられるなら、感情は殺した方が楽だ。機械のパーツのように、愛着は持つが使ってしまえばただの道具の一部。
一時的な気の迷いなど、今この至福の時に置いていけばいい。
 明日、査定により彼女はΩではなくなる。今夜が最後の逢瀬なのだ。



 朝起きたら、囚人はαになっていた。身を守るために、荘園にいる女たちは血の滲むような努力をする。本来の性に加え、Ωの刻印を押されてしまえば、ボロ雑巾以上の扱いを受けてしまう。男も女も年齢や趣味趣向は様々だから、どの人でも被害者にはなりうる。顔が整っており、身分もあれば尚更だ。
写真家は、朝にはもうゲームへと赴いていて、査定はわからないままだ。だがもうこの部屋には2度と訪れることはないだろう。きっと、Ωではない。

「喜ばなければいけない。それでも、寂しいな」

 真新しいシーツの汚れたベッドに寝転び、天井のシミでも数えようと思ったときだった。静かに扉が叩かれたのは。

「? はい……」

 気怠く返事をしたのだが、聞こえていなかったらしい。今度は一層強く扉を叩き、呼ぶ声まで聞こえてきた。

「囚人」

 この声は、まさか写真家ではないだろうか。まさか昨晩の約束のために、わざわざ終わってすぐにやってきたのだろうか。
転げ落ちるようにベッドから跳ね起き、足を絡ませながらも扉へ駆ける。いつもよりも長いと感じた距離を走り扉を開けたのだが、見えたのは芸者の煌びやか東洋の衣服。寂寥感が強くなりすぎて、写真家の声と彼女の声を聞き間違えたのか、とショックを受けたのだがそうではなかった。背中から少し覗いた顔は、見間違えることのない愛しい写真家の顔。赤く熱っているのは体調でも悪いのだろうか? そして、どうしてサバイバーの屋敷へきたのだろうか?
言葉にならずにはくはくと動いていた口より先に、芸者が答えを何気なく紡ぐ。

「ジョゼフはんが、自分の部屋やのうて、こっちがいいって」
「どう、して」
「あとは彼女に聞いてくれへん? 私も時間がないんよ」

 次にゲームを控えている芸者が目の前に彼女を下ろしては、蝶を身に纏って嵐のように消えてしまった。怒っているわけではない、ただ恥ずかしがって隠れる写真家の背中を押しただけだ。ペタリと床に座り込む彼女の、桃色のと真っ赤な口紅を見ているだけで、なんだか鼓動が早くなる。いつも思ってはいたのだが、今日は一段と色っぽいではないか。
 理性が切れそうになるのは、囚人がαである為の性。暴走してしまう前に、と自らの頬を張ってはしゃがんで視線を合わせる。

「どうしたの? もうシーズンは切り替わっただろうに」
「……また、Ωだ」
「今回も、調子、悪かった?」

 労いの言葉も聞かず、ゆっくりと腕の中へと歩み寄り柔らかい肢体をすり寄せる。扉を閉める時間も与えない。部屋へと雪崩込んではそのまま冷たい床に押し倒し、暖かい彼女の体温を教授しながら目を閉じる。囚人は背中は冷たいが、自分と写真家の火照った体に目を白黒させるしかできない。押し返そうにも鼻腔をくすぐる甘い匂いに、じゅんと潤うのがわかる。Ωに触発された、αの疼きでだ。間違いなく写真家はΩである。

「いい匂い……」

 最近は聞かない日がなかった中世的な声が、甘く蕩けた女の声に変わる。昨日までは、彼女の広く煌びやかな部屋で同棲していたが、常に気丈な紳士の顔しか見ていなかったせいもある。久しぶりに見た、女の表情にたじろいでしまった。

「今回、私はαだ。部屋には入れられない」
「胸が大きいの羨ましい……」
「だめだよ伯爵」
「ん……」

 聞いているのかいないのか、頭を擦り付けては甘える仕草にたじろぐしかできない。
ゆっくりと小さく桜色の唇が迫ってきては、開こうとした囚人の荒れた唇を奪う。強く吸い上げては欲望のままに口内を貪り、吸い上げる。もう理性は半分溶けているため、青い目には赤い光すら見える。
このままでは本当に取り返しがつかなくなる。いつもと逆転した強い力で肩を掴んで引き剥がすと、息を荒く熱くしながらも強く訴えるのだ。

「今の私じゃ、貴方を孕ませてしまう」
「いい」
「伯爵!」
「今度こそ本物の番になりたい」

 キスがダメだとわかるや否や、今度は首筋へと牙を突き立てては吸い上げる。吸血行為としか思えないが、これはαがΩを番にする行為である。Ωである彼女が行っても何の意味もない。αの決意を動かす以外には。
写真家の白い頸をつい目で追ってしまう。噛み付いていいのだろうか、と喉を鳴らすが決意が決まらない。慌てて首を振れば「意気地なし」と小さな声が聞こえてきた、ような気がした。

「それに、今日、4人捕まえた」
「ああ」
「だから、約束」

 やはり「名前を教えてほしい」という約束は、寝ぼけて言ったわけではないらしい。ここまで詰め寄られてしまっては、断る理由も思いつかない。ため息を一つ漏らしては、観念したように無防備に笑った。

「ルカ・バルサー。覚えているのはこの名前だよ」
「ルカ……」

 嬉しそうに微笑み名を呼ばれるだけで、どうしてこんなにも胸が高鳴るのだろうか。身を寄せてきては、花のように笑う姿につい心が打たれて、接近を許してしまった。首に腕を巻き付け、抱きついてくると同時に鼻腔へと入り込む甘い、運命の香り。牙をむいて、へと当てがうとうっとりと頬を赤らめて色気を振りまくのだ。「噛みつくなら、首だ」だと、甘言を囁きながら。
 だが、囚人は理性で踏みとどまった。なんだか遊ばれている気がするし、ここから先は戻ってこれない。慌てて身を離しては、露骨に彼女から視線を外しては天井を見上げ、わざと戯けて振舞うのだ。

「いつも男装をしていても、貴女の魅力的だね」
「胸がないから、ドレスが着れないんだ……」
「ああ、だからいつも紳士服なのか」
「笑うな」

 微笑ましいと笑みが漏れたのだが、苛立っている写真家には煽りにしか見えなかった。両頬を抓っては左右に引っ張ると、

「だから、女性の衣装も着れるよう、大きくしてほしい」
「んんん?」
「服が、邪魔?」
「いや、そういう意味じゃなくて!?」

 突然、廊下で服に手をかけられてぎょっとした。上着を腕にひっかけ、ベストを開き、シャツに手をかけては止める間も無く白い鎖骨を露わにする。「やめてくれ!」と大声を出そうにも、人が集まってはかなわない。意固地な彼女の性格も考慮して、渋々部屋の中へと引き入れるしか選択肢はない。まんまと写真家の策略に乗せられたと気づいた頃には、満面の笑みで笑う小悪魔。ナイ胸を摺り寄せてはうっとりと呟くのだ。「続きは、首を噛んでから」と。

「はぁ、貴女という人は……」
「……まだ理性は残っているうちに、アピールしておきたかったから」
「なんで」
「最初に誘ってきたのは貴女。肉欲目的でもなく、金目的でもなく、だが優しさでもなく、助けてくれたことには感謝しています」

 急に真面目な口調になるものだから、つい身構えてしまった。真剣な視線と淑女の凛とした態度とは裏腹に、はだけた襟元から覗く、白い肌と小ぶりな胸のライン。囚人が慌てて視線をそらして唇を噛み締めるが、気付いているにもかかわらず、写真家は毅然として言葉を続ける。

「利害が一致したから、あの夜は貴女の口車に乗りました。だけど、今はちゃんと貴女のことをお慕い申し上げています」
「ええと、私は」
「だから、貴女さえ良ければ、番になって側にいてください」

 スカートは身につけていないが、長いコートの裾を掴んでは、まるで淑女の召し物のように持ち上げて頭を下げるのだ。
ここまでされては答えないわけにはいかない。ゆっくりと膝をついては、まるで従者のように白い手を取り甲へと口付ける。女としての答え方ではないが、2人を比べて女性らしいのは目の前の紳士の姿をした令嬢である。彼女にはこちらの方がふさわしいだろう。

「私も、貴女のことをお慕いしていますよ。伯爵」
「なら、契りを……ウウ、その前に、疼きが限界……」

 ここまで理性を繋げれたのは奇跡である。廊下という開けた空間を挟んでいたからか、強い精神力の賜物か。番ではないがαとΩ。お互いを誘惑しては発情させるには、十分な時間接近していたというのに。
 熱い息を断続的に吐き出しながら、勃ち上がる囚人のズボンへと熱視線を向ける。

「ウフフ、ルカのココも、大きくなってる」
「触らないで!!」

 αの女は、男のような擬似男根が生成される。もちろん精子も出るためにΩの妊娠も可能だ。本物と見まごう立派な竿にうっとりと目を奪われて、写真家は膝をついてはズボンを引き下ろそうとした。必死な静止がかけられるまでの短い間であったが。

「ダメだって! αでココを使うのは初めてなんだ!」
「私は貴女に処女を捧げたというのに、貴女は童貞だなんておかしな話だね……」

 手を引き剥がされても負けじと食らいつき、ついには下着を露わにすることに成功した。元気に天井をさすソレを嬉しそうに突いては、あろうことか口に含もうとするから慌てて顔を掴んでは押さえ込む。

「だから!!」
「だってぇ……」
「猫撫で声なんてキャラじゃない!!」
「ならば、どのように誘われるのがいい?」
「毅然としている貴女が好き……じゃなくて!!」

 優位にたっていたのは写真家だ。だが一瞬で囚人が吹っ切れたように強い眼光をギラつかせたと思えば、急に体が持ち上がり腕の中。目を瞬かせていると、写真家のために綺麗に整えられたベッドの上へと投げ出されてしまう。
上に乗り掛かってくるのは、興奮しきった囚人の姿。鼻息荒く、恐ろしいまでに立ち上がった男根が目につくが、胸部にぶら下がってはブルンと揺れる柔らかい双丘が視界に入り、安心した。彼女は、女性である。

「私ももう我慢できないんだ! これ以上甘い匂いをさせるなら、酷く抱いてしまうよ!」
「今まで優しかったから、私も物足りなかった。フフ、貴女の本気というものを、見せてもらえるかな?」

 気丈に言い返せば、乱暴だが破らないように上着が取り払われる。そして消毒のように首筋が舐められ、前面が唾液でコーティングされたと見計らっては頸が鋭い八重歯が食い込むのだ。
身を捩るが、拒絶ではない。快楽が電流となり、頭を支配したからだ。

「ん、んっんっ……」

 お互いの鼻につくような女の声を先達として、体臭が相手専用の媚薬として変えられていく。痛みを伴うが、快楽も生むのはまるで性行為のよう。危うく絶頂を迎えそうになったが、見越したかのタイミングで、囚人の可哀想なほどに赤い顔が離れていくのだ。

「はぁ、はぁ、これで番だ」
「よくできました……ヨかったぞ……」
「抱くのは私なんだが、どうして貴女が余裕なのか……まぁいい」
「だが初めてなのだろう? 私がリードしてやろう」
「感覚は違えど、貴女を何度慰めたと思っているのかな?」

 お互いが余裕を崩さないようにしているのは、最後の理性の砦を守るため。しかし写真家が我慢できずに唇に食らいついてきたことで、プツンと糸が切れた音がした。力余って唇に食い込んだ牙からは、どちらのものかわからない甘い血の味が滴り落ちていく。

++++
22.2.20




【ハスジョゼ】



※ハスジョゼ
※少し注意程度


「お主が、今のΩか?」

 ハスターの触手が足元からゆっくりと迫ってくる。赤黒い悪魔の魚の足に似た触手が、薄暗い霧の中から血管のように広がる様は、不気味で吐き気すら催す。下がろうとも、もう背中に迫る厚い壁。乱暴に壊すこともできない障害物に舌打ちを漏らして、流れる汗を拭う余裕もない。ゆっくりと迫ってくる邪神の紅い目には、好奇心と狂気が込められていた。
ここは湖の近くにある、古びた村の残骸跡。彼の、ハスターのテリトリーと言っても過言ではなく、逃げ場などない。染み込んでくる水の重みが、まるで自由を封じるかのように体温すら奪ってくる。ジリジリと近づいてくる不気味にゆらめくローブから伸びるものは足ではなく、無数の赤黒い触手。異界に迷い込んでしまったかのような、助けを期待できないシチュエーションに、絶望をしつつも身体が動かないのが恨めしい。

「へぇ。神とも言われる貴方が、人間の交尾に興味を持つのですか?」

 あくまでも気丈に答えるのだが、正直威圧感に精神が摩耗する。相手はα、ましてや人ですらない。抑え込まれてしまっては人間では太刀打ちできない。Ωならば、尚更である。

「この荘園での儀式は興味深いものばかりでな。せっかくαとなったからには、経験してみたいであろう?」

 どうやらΩとαが行う、強制的な契りに興味津々らしい。倍はある身長を屈めて顔を覗き込んでくるだけで、深淵に蠢く目玉たちが、赤く輝き顔を舐めまわしてくる。
臀部へと迫ってくる濁った汚水の感覚に眉を寄せていたのだが、急に涼しい風に煽られて体がビクリと跳ねた。間も無く撫でるように這い回る太く粘着質な腕に持ち上げられたとわかり、背筋が粟立った。蛸の足の椅子とは面妖な。座り心地はいいとは言えないが、決して落とさないという明確な意思を感じるために、降りることもできない。
動くこともできず硬直しているうちに、手足に巻きつく触手たちを許してしまった。
 四肢を開いて宙吊りにされたと思えば、まだ有り余る触手たちが一斉に衣服を剥がしにかかる。破らないのは救いではあるが、異形に好き勝手される趣味もない。だが、この冒涜の神に喧嘩を売ったところで、今の状態では勝算はない。
 さすがに体を弄って反応を見、悪趣味に楽しむだけだと思い力をぬいた。隙が見えたら逃げ出せばいい。そう軽い気持ちで構えていたのだが、間違いだとすぐに気づかされた。

「さて。この濡れておる場所に挿れるのだったか」

 まさか性急に事に及ぼうとするとは計算外である。迷いなく臀部へと収束すると、普段は見ることがないアナルからの湧水に興味津々である。中には侵入を試みて触れてくる物もあるが、緊張で閉じた穴が開くことはない。快楽は走るが、得体の知れない生物への警戒と怒りが優っているのだ。
 このまま従順な雌になるのも不本意であるし、神という存在には嫌悪もある。虚勢ではあるが強気に笑う写真家に、黄衣の王は赤く不気味な瞳を不機嫌に細めた。

「私も、神様の思想について興味があったのですよ」
「ほう?」
「私のクロードを奪った報い、いつか受けさせてやります」
「我はそのような物の名は知らん」

 最後の理性を振り絞って、鋭く抉るような視線を向けると、興味がなさそうにつっけんどんな返事。そのまま覆いかぶさる為に写真家の無防備な裸体を岸辺に下ろしては、股の間に蛸の足を挟み込む。
背中からじわじわと熱が奪われていく。泥と魚の死骸の混ざった湖の水は、消して綺麗とは言えないどころか、腐敗臭が入り混じる。だが目の前にいる異形の神よりもマシだろう。血か、腐乱臭か、はたまたこの世の言葉では言い表せないものか。鼻へと容赦なくねじ込まれる臭気に、吐き気すら催す。それが、唯一Ωとして獣にならずに済む、理性を繋ぐ最悪の助けとなるのが皮肉である。

「神の寵愛を受ければ、死んだ者も生き返らせてもらえますか?」
「ふむ。信心深いならば考えぬこともない」
「その言葉が真ならば、甘んじて貴方を受け入れますよ」

 体の力を抜いては、反抗的な瞳を閉じては湖へと体を投げ出す。獲物が抵抗しないとわかれば、つまらなそうに触手が周囲を這い回り、だが見ているのも退屈である。飽きたと同時に四肢へと巻きつき、自由を奪っては裸体を愛撫する。恋人のような優しいものではない。研究者がモルモットを扱うかのような、興味と好奇心と無関心の、好き勝手な愛撫である。耳や臍へと侵入し、萎えている男根を締め付け、臀部をこじ開けようと撫で回す。とてもじゃないが快楽を得ることはできず、ただ嫌悪感に眉を寄せるだけである。
 だが、Ωの疼きがあれば別だ。急に襲いかかってくる弱々しい快感が、まるで波が押し寄せるように強いものへと変わっていく。ただの不快な接触に体が悦ぶなどプライドが許さない。それでもΩの体質とは、荘園の呪いである。

「あっ……」

 争うことができずに、つい漏れてしまった甘い声を止めるため、強く唇を噛み締めることしか抵抗できないのだ。だが、この声はもう王の耳には届いている。愉しそうに不気味な目玉たちが弧を描いては触手たちがのたうちまわる。

「ほう。おかしな声を上げるのだな」
「早く、スることだけシたらいいでしょう!」
「ふむ。だが、お前の身体が思ったよりも興味深いものでな」

 神には男も女の関係がない。異性に対する興味ではなく、人間というモノへの興味に突き動かされ、裸体を撫で回しては目立つ箇所を重点的に攻める。
白い肌を赤く色づかせる乳頭や、普段は悪態しか吐かないが、手入れのされた美しい色の唇。それに、嫌悪感を催しながらも涎を垂らす亀頭。何をとっても邪神には好奇心を刺激されるものにしかならない。

「我に縋ってまで生き返らせるより、新たに愛しい存在を産み出した方が早いのではないか」
「私の弟を冒涜するな。くそったれな神め」

 汚い言葉と同時にタンを顔のような闇の中に吐き捨てるが、小動物の足掻きに過ぎない。赤い、熟れて爛れ始めたような瞳たちが一斉に弧を描いではニンマリと笑みを現す。

++++
22.10.1





【納写】




※納写



 忌々しい日はすぐにやってくる。Ωとして呪われてから続く、忌々しい罰の期間が。
周囲から止めどなく流れてくる、ハンターたちのαの匂い。まるで他の匂いを忘れてしまったかのように、甘く抗えない香りが鼻腔をから否応でも入り込んでは脳を狂わせる。屋敷の中はもうαのテリトリーだ。どこにいても残香が充満しては、体を火照らせ理性を溶かす。
 この日ばかりは、いつも自室を空けては買収しておいた古い小屋へと身を移す。まるで豚小屋のような狭さで、平民すらこんな小汚い場所では過ごさないだろう。メイドに掃除を命令しようにも「私はΩになる予定がある」と公言しているようで、言い出せるわけがない。そう油断している時に限って、サバイバーたちを過半数逃してしまっては罰を受ける羽目になる。こうなるくらいならば、保険としてこの場所を掃除させるんだった、と蜘蛛の巣を払いながら写真家は舌打ちをもらす。
 罰の刻限がきてしまっては、メイドを始め他の人間に近づくことすら危険である。βですら信用がならないのである、これこそ万が一があってはならないのだ。ここも墓場が近く、薄気味悪いところであるが、このような場所に近づく物好きもいないから安心ができる。
と思っていたのに、今日に限って先客がいるではないか。月夜に動く人影が見え、「いっそお化けであってくれたらいいのに」と願ったのは初めてである。

「……甘い匂い? しかし、αとは違う……」

 隠れたところで、Ωの自分の居場所をアピールするかのような体臭は濃く、強く室外でも相手の嗅覚を刺激する。墓を掘っていたのだろうか。ゆったりとした声と動作で顔を上げては、周囲を見回す男を少し離れた木の裏から見ていたところで、ゆっくりと雲が引いて月が現れた。
 墓場にいるとすれば、墓守か納棺師か、はたまた狂眼と思っていたが、答えは納棺師だった。大きな黒い棺桶の側に穴を掘り、ちょうど埋葬しようとしているところらしい。サバイバーに死人が出たのかは知らないが、ゲームの時やロビーで人を話している時より身表情が晴れやかで、好青年に見えるのは気のせいではないらしい。
近くにΩがいても、目の前の作業に熱中しているのだろう。いつもの額に寄ったシワも仏頂面もなく、忙しなくスコップを動かしては棺桶を土のベッドへと隠したところで、爽やかに汗を拭っては夜空を仰いだ。そこでまた、芳香が夜風に混ざって月下に漂う。甘く蠱惑的で抗えない匂いが。

「……また、この花の匂い……」

 元々身なりもいいし、銀色の髪が夜空に映え、美しいと思ってしまったのもある。それにこのかぎ慣れない良い香り。視覚と嗅覚が釘付けになってしまったのが仇だった。向こうも流れてくる不自然な匂いに気がついては、写真家を視認しては目を瞬かせる。
しばらく見つめあっていたが、先に動いたのは納棺師だ。上品にハンカチで汗を拭ってはスコップを投げるように地面へ置き、大股で近づいては写真家の手を握り締めた。

「貴方、Ωですね」

 こうなっては武が悪い。引き返そうと踵を返したのだが、強い力で両手を拘束されてはどうしようもない。
体に触れられた瞬間、ゾワリと全身を走り抜ける感覚。力が抜けて、抵抗ができなくなる前にここを立ち去るしかない。震え始めた膝ち力を加え、平常心を装いながらも手を振り払い冷酷な流し目を向ける。
これは、αという強者と相対してしまった、弱者の屈服である。

「何か用かね」
「誘ったのは貴方です」
「誘ってなどいない!」
「Ωなのに、わざわざ僕の元にきたじゃないですか」

 腕を引き、まるで踊るように腰を支えては逃げられないように退路を断つ。これが、いつもは影に隠れて人に接点を持とうとしないどころか、声すら聞いた記憶が薄い納棺師であるのが信じられない。いつもの消極的な性はどこへやら、今は自ら距離を詰めては、あの写真家を精神的にも肉体的にも追い詰めている。
 確かにαの匂いに誘われたのは否定できない。だが、納棺師がいるとまではわかっていなかったのも事実。それに、これはαの香りというよりも、一緒に漂う薔薇の香りが心地よかったから。つい花に誘われる蝶のように近づいてしまった、それだけである。

「こんな日に外に出るなんて。可愛い羊は狼に食べられてしまいますよ」
「サバイバーの癖に、生意気なことを!」

 口では偉そうなことを言えるが、この抵抗も時間の問題。元より彼に対しては恨みもないし、どちらかと言うと好感を持っている。余計なことを言わないし、空気を読む。それに身なりもそれなりで礼儀も正しい。多少口には難ありであるが、社交場の嘘の羅列に比べれば取るに足らないものである。

「夜のお散歩、僕もご一緒していいですか?」
「1人でいい」
「お1人だと、狼さんに会った時食べられてしまいます」
「君がその狼の1匹だろう。よくもまぁ、ぬけぬけと」

 残った理性を振り絞っては、護身用の細剣を下から突き出して顎へ突きつければ、短く情けない悲鳴が聞こえてきた。やっといつもの納棺師らしくなってきたと思ったのも束の間、一瞬離された手が再び肩を掴むのだ。

「その狼にまんまと捕まっては、強がりな羊は何もできませんよね?」
「この……!」
「本当に、いつものような力は出ないようですね」

 成人男性の全体重をかけて肩を押されては、倒れ込むしかない。力の入らない肢体が地面に激突する寸前に、腕を引かれて細い彼の胸へと顔を埋める形になる。背中を打ち付けるという事態は避けられたが、Ωがαの胸の中に飛び込むという事態が一番最悪の事態ではないだろうか。どんどん奪われる体の自由を忌々しいと思いながらも、大人しく地面に横たわるしかできない。周りは墓だらけ、そんな中で柔らかい土に寝転ぶなど、まるで埋葬される死体のようではないか。
 写真家にとっては忌々しいことではあるが、納棺師は地に横たわる美しい麗人にうっとりと頬を染める。月光に照らされた銀の髪が憎らしいほど美しく、そして漂う花の香に酔いしれて、手足を無防備に放り出した。

「早く退け」

 まだ口だけは素直ではない。ぶっきらぼうであるが、弱々しい言葉に納棺師は気をよくして、頬を撫でてはにっこりと微笑む。

「いつものように、自慢の力でどければいいじゃないですか」
「それが、できないから」
「へぇ。できないんですね」

 マスクをしているから表情は読みにくいが、憎らしいほど楽しげな声音から笑みを浮かべているのはわかる。強い語幹と眼力で脅そうとも、いけしゃあしゃあと交わしては退路を完全に絶っていく。
無駄に弱みを握らせるよりも、黙っていたほうがいいのだろうか。一旦抵抗をやめて逃げ場を探っていると、ゴソゴソと鞄を漁っては商売道具を並べていくではないか。訝しげに眉を潜める写真家に説明もなしで、だ。

「何をするつもりだ」
「せっかくなら、化粧をしようかと」
「何故」
「化粧品の匂いで、Ωの匂いが弱まるかもしれません。それと、純粋に貴方が綺麗だからです」

 相手の意思などないに等しい。「ノー」の答えを聞きもせずに、素早く腰につけた商売道具を取り出す手際の良さといったらない。力が入らないことをいいことに、白湖をハケでとっては顔へと優しくのせてくる。続いてチーク、アイシャドウ、そして口紅。慣れた手つきで、決して煩わしくない手腕でテキパキと動かれるものだから、静止の言葉も間に合わなかった。ついには諦め、力を抜いては受け入れてしまう始末である。
 被検体の抵抗がなくなったところで

「ああ、最高傑作だ……」

 恍惚とした表情で写真家を見下ろしていた納棺師だったが、我に帰っては鏡を持ち彼にも手渡す。映ったのは、色白で血色のいいの令嬢の姿であった。何度か公然に出る際に化粧をしたこともあるが、ここまで見事なメイク師は見たことがないとお世辞なく言える。だが、素直に褒めるのは癪である。余計なことを言わぬようにと唇を引き結んではムスッとするが、納棺師が気にした様子はない。最高の作品に出会えた、と嬉々としては何度も顔を覗き込んでは目を輝かせる。
普段見ることのない少年のような表情に、つい「可愛らしい」と思ってしまったのが運の尽きだったのだろう。力が抜けた瞬間に、棺桶の上へと押し倒されては、満面の笑みを浮かべた彼の表情が逆光の中から見える。

「自分が女だと思い込めば、気苦労も減るのでは?」
「根本的解決にはなっていない」
「いいじゃあないですか。興奮して、濡れたのが伝わってきましたよ」

 伯爵の許しもなく、無礼にも股座へと手を伸ばしてはスラックスのベルトに手を掛ける。
止める気力も理性もなく、大きなため息と共に力を抜いては赤い顔を月光に照らされながらも呟いた。「好きにしろ」と。


++++
22.10.1



[ 105/115 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -