ててご | ナノ



ライバル×自分自身 番外・前編

※2
※オリジナルがすぐアピールした場合
※性的な表現あり
※無→ジョゼ表現あり


 自由奔放な風のような性格のアズラーイールが、朝帰りをしたのは皆も周知である。別段お互いに興味を示さないのだが、最近の言動より警戒されるのは必然である。「囚人に気がある」と公言されたのだ、恋心を抱く者たちは黙ってはいられない。太陽が昇りきり、朝日が山から顔を出した時間帯ではあるが、扉が開くと同時に14つの冷たい視線が一点へと集まる。

「戻ったか」
「ボクがどこにいようが関係ないだろう」
「ある」

 二階の桟で立て膝をついていた月下の紳士であるが、スンスンと小さな鼻を動かしては眉を寄せる。まるで、害虫でも見つけたかのような顰めっ面に、一同が彼の言動を察した。

「アズラーイールから囚人の彼の匂いがする」

 皆の眉間に皺がより、目を細めては勝ち誇る彼の髪の先から爪先まで憎々しげに睨みつけた。汚れ一つない服装ではあるが、独特の雄の香りから嘘を言っているわけではないことがわかる。クスクスと笑い、踊るように皆の周囲を歩き回ったと思えば、鼻を鳴らしては高らかに宣言するのだ。

「彼に抱かれてきた」
「ほう?」
「稚拙な愛撫だったが、紳士的だし、大きくて……気持ちよかった……」

 に手を当てて乙女のように惚れぎを漏らす姿に皆が渋い表情を浮かべる。狙っていた獲物に唾をつけられたとなれば、いい顔をする者はいない。悔しがる彼らを挑発するように、目を細めて口角をあげ、悪魔のような満面の笑みを浮かべると一同へ視線を向けては鼻で笑うのだ。

「わかったかな? 彼はボクを選んだ」

 ついに堪忍袋の緒が切れ、各々の武器を抜刀して斬りかかろうとしたのだが、意外にも諭したのはオリジナルだった。コツ、コツと吹き抜けの階段からゆっくりと降りてきては、感情のない目で聞き分けのない子供を見下ろす。どのような罵詈雑言を吐き出すのかは、本人にしかわからない。今から始まる大喧嘩に胸を躍らせ、攻撃的な彼らが一斉に口をつぐんでは、ニヤニヤと顔を歪ませる。

「貴様は勝手な行動ばかりするな」

 手すりにへし折らんばかりの力を加えながら、静かに絞り出した感情を吐き出した。あまりに静かで、淡々とした怒声だった為に、ギャラリーたちは物足りないと眉を寄せるのみ。それでも、怒鳴り散らすにもプライドが邪魔をする。
 わかっている。この怒りは八つ当たり。素直になれない自分のことを差し置いて、先へ進んだライバルを責めるしかできない己の奥手さを呪うしかできない、敗北を意味する。

「体を売ったのもただの欲求不満からだろう」
「負け惜しみだ」
「飽きやすく、汚い貴様のことだ。それに、本当に愛されているとでも思っているのか?」

 彼を思いつく限りの暴言で責め立てることは簡単だ。だが言葉にする度に、虚しさと寂寥感に苛まれることもわかっている。鬱憤を晴らす為に手をあげようと振り上げたのだが、を張る寸前で受け止められたのだ。

「それでもボクは、彼を愛している!! これは事実だ!!」

 先ほどまで汐らしく可愛らしく演じていた青年は、急に自らのドッペルゲンガーに牙を剥いたのだ。今まで人に対して怒りという感情があるのか、と疑わしくなる程に興味のわかない者たちだ。怒鳴り声を聞いたのも初めてである。

「この感情はボクの感情だ! オリジナルの感情なんかじゃない!!」
「な、何を言っているのだね……」
「ボクは、囚人のことが好きだ! 貴方じゃない!」

 彼らは全て写真家ではあるが、感情までが一致しているわけではない。素直に愛情を示す者もいれば、狂気という興味を持つ者もいる。いつもは小悪魔のように皆を翻弄し、弄ぶアズラーイールではあるが、ここまで真剣な剣幕は初めてである。本気で憤り、本気で気持ちを吐露する姿を見ていると、背筋に這い上がる恐怖を感じた。これは、大切なものを奪われる恐怖である。

「自分の気持ちも理解できていない奴は、早々に消えてくれたまえ!!」

 カッと頭に血が上り、何も考えられなくなった。認めるわけにはいかない、と小さなプライドで感情を押さえつけていたが、これは高慢だ。他に彼を盗る者がいなかった為に、余裕を持って堕としてやろうと画策していたから。だが、その計策は主の提案によって崩れ去った。駒であり、ゲームの景品であるサバイバーたちの量産である。
 まさか自分自身が恋のライバルになるなど誰も思いもしないだろう。急に増えた8人の邪魔者の存在には頭を抱えるばかり。しかも性格も皆が違い、積極的に奪おうとする輩が出てきた。これでは意地を張っている場合ではない。
ましてや、閨を共にするものが現れたとなれば、血の気を失うに決まっている。
 自体は一刻を争う。もう余裕なんてない。

「私だって囚人の、彼のことを想っている!!」
「もう遅い。彼はボクを選んだ!」
「今からでも振り向かせて見せる!!」

 ムキになっているのはオリジナルだけであるが、他の者たちも殺気立っているのだ。ギリギリで感情を押さえ込んでいるに過ぎない。いつ襲いかかってもおかしくない。
サーベルの柄に手を掛ける者、貧乏ゆすりをする者、聞き耳を立てながらも興味のないフリをして本の世界に逃げる者と、反応は様々である。戦禍の中心にいる2人をまるでコロシアムを見るかのように、決着が着くまで虎視淡々と眺めるのだ。

「ほう? 振り向かせる? 貴様が?」
「色など使わずともな」
「フン。やってみろ」

 せせら笑い、後ろ手であしらいながらも意気揚々と自室へ消えていく後ろ姿を、忌々しいと睨みつける。だが我に帰ると、心音がバクバクと大きく耳の奥から響くのだ。
ずっと狙っていた宝物を、奪われた。唐突に現れた分身に。
怒りや悔しさよりも焦燥感に襲われて、まともな思考ができない。どうすれば奪い返せるだろうか。思考は鈍ったままだ。



 「囚人のことを手に入れる」
息を巻いたのはいいが、この難問を解決するには、まず接点を持つことから始めなければならない。彼との接点はないと言っても等しい。ゲームで出会うことはあっても、儀式中の彼は正気ではない。人を傷つけるための機械となり、思考を全て失っている状態である。まともに会話すらできない。
次に、私生活で待ち伏せという手はあるが、サバイバーがハンターの住居に入ることは基本的に禁止されている。最終的には自己責任ではあるが、ハンターたちはゲーム外でも暴行を振るうことはある。壊れない程度ならば、許可されているのだ。
 だが、例外がいる。技師である。
彼女だけはハンターたちの屋敷に自ら出入りして、五体満足で帰ってくる珍しいサバイバーの1人である。彼女にコンタクトできれば、追従して彼の場所までたどり着けるだろう。研究者仲間として、よくつるんでいると遠くで聞いたから。
 まずは技師を探そう。久しぶりにサバイバーたちの住う屋敷にやってきたのだが、これも神の思し召しか。扉が開いては、工具箱とロボットを抱えた彼女が現れたのだ。

「技師。レズニック技師」
「ん? 写真家が話しかけてくるなんて珍しいね」

 きょとんと目を見開くと、貼りついた笑みを浮かべた男に疑念の視線を向ける。
写真家は、自分の利益にならないことには接触してこない。急に話しかけてくるということは、何か交渉を持ちかけてくるということだ。警戒しない理由はない。
後退りをされようとも気にせず、ニコニコと距離を詰めては両手を広げては、なけなしの無害をアピールする。警戒心を一向に解かず、睨み上げてくる姿にため息をつくと、逃げられる前に本題を切り出した。

「今から、ハンターの屋敷で発明かい?」
「うん」
「私も同行させてもらおう」
「どうして?」

 不信感を抱いた視線は仕方がない。今まで接点がなく、近づくことすらしてこなかった写真家が話しかけてきたのだ。思わず距離を置こうとすれば、無言の手で制された。

「囚人がいれば、カメラを直して欲しいと頼みにいくのだよ」
「ふうん。ボクに頼むのは嫌なの?」
「とんでもない。貴女の腕は買っていますよ。だが、彼と細かいところまで打ち合わせをしていたものでね」

 いつもの笑顔の仮面をつけて美麗の武器にするのだが、如何せん彼女には通用しない。外見よりも内面、機能面を見ているような人物だ。この程度の嘘では騙せるわけがない。訝しむ表情は崩さぬまま、彼女は工具を持ち直しては冷たく言い放つのだ。

「連れて行ってボクになんのメリットがあるのさ」
「研究資金を幾らか提供しようじゃないか」
「それなら、悪くないかな」

 金に困る研究者たちの事情も知っているつもりだ。何よりも、お金をチラつかせて首を縦に振らない人間はいない。思ったよりも早く承諾した技師に、人知れず安堵の息を吐き出すと、もう写真家に興味を失ったようで、背中を向けては前へと進み始めた。
先導する技師の姿を、後ろを歩く写真家の姿。平民と貴族と、主従が逆転したかのような不思議な構図にすれ違った者たちが一斉に振り返る。「見世物じゃない」と睨みつける技師に、そっぽを向いてはしらばっくれる者たちに、そろそろ飽きてきたものだ。
やっとサバイバーの屋敷を抜け、森の中へと差し掛かったところで肩の力が抜けた。人の気配がないだけでここまで安心するのも久々である。大袈裟にため息をつけば「ボクの方が疲れてるよ」と理不尽に睨まれた。

「一緒にいるところ、見られるだけでいい気がしない」
「失礼な。他の令嬢は横を歩くだけでも喜んでくれたというのに」
「貴方の本質が見えてないんだよ」
「手厳しいことを言う」

 色恋沙汰よりも技術を磨くことを優先している彼女はどうにも甘いマスクは通用しない。はっきりと拒絶を唱えられると不愉快にもなるが、文句を言ったところで気の強い彼女は負けを認めず、思いつく限りの反撃をする。これ以上は時間と労力を消費すると判断し、笑顔の仮面を被っては友好を図ろうとするが「信頼できない」と眉を寄せるのだ。

「森では迷う。手を取りたまえ」
「余計なお世話」

 手を差し出してエスコートをしてどうにか堕とそうとはするのだが、「フン」とクールに鼻を鳴らしては払い除けられた。どうあっても信用はしてくれないらしい。誰にも媚びることのない強気な姿が彼女の魅力ではあるが、少々面白くないのも確か。技師は、ハンターたちと仲がいい。全員ではないが、研究を生業にする3人とよく一緒にいるのだ。その中には囚人だっている。
 もしかしたら、既に恋仲であるという可能性も否定できない。ならば、骨抜きにして彼を諦めさせるという、迷走した思考が働いていた。

「機械にかまけていないで、いい人を見つけてはどうだい?」
「うるさいなぁ。おじいちゃんか」
「私を老人扱いするとは!」
「心配しなくても取らないって」
「なんのことかな」

 彼女の不適に確信を持ってにやける顔に文句を言ってやりたいが、なんの話をしているのかが写真家にはわからない。首を傾げては意図を読み取ろうとするのだが、技師の深く大きなため息に思考が遮断されるのだ。

「ルカのこと、好きなんでしょ?」
「ルカ?」
「名前すら知らないの? 囚人のこと」
「なっ! は!?」

 確信をもって突きつけられた事実に、開いた口が塞がらない。声にならない音を出すしかできない機械になれば、ついに我慢ができなくなり技師が声をだして笑い出す。クールで素顔を晒さない写真家が、ここまでわかりやすく狼狽する姿などそうそう見られない。赤くなる可愛らしい姿を見ていては、止まる笑いも止まらなくなる。腹を抱え、涙を流してもいるが、決して嘲笑ではない。微笑ましい姿に、楽しくなってしまったのだ。

「好き、なんでしょ」
「そんな、わけ」
「あはは! あの写真家が、こんなに慌てるなんてね!」

 唐突に突きつけられた事実に、誤魔化す余裕がなくなっていた。真っ赤になって狼狽るしかなかったのだが、あまりに愉快爽快に笑い続けるものだから、頭がに血が登ってつい紳士の余裕もなく噛み付いてしまった。

「う、うるさい! 貴様には渡さないぞ!」
「ふぅん。認めるなんて思わなかった」

 まさかカマをかけられたのだろうか。キョトンと告げられた言葉につい押し黙ったが、すぐさま彼女を向き直り胸を張る。今からでも遅くない、威厳を保たなくては。だが、小柄な身長と子供のようにむくれた表情では格好もつかない。
苦虫を噛み潰した彼がやっとかわいそう思ったのか、小刻みに震える腹を抱きしめながら技師はまっすぐ目的地へと足を向けた。
 やっとハンターの巣にたどり着いてもからかわれ続けて辟易してしまった。誤解されたわけではないが、撤回を辞さない。
陰鬱な闇の広がる廊下の一角にある、扉を開くまで無意味な交渉は続いた。

「あれ、」

 ハンターとサバイバーの入り浸る、研究所にきても彼の姿はない。「いつもならここにいるのに」と言葉とは正反対に気にした様子もない技師が、手に持った道具を置いては作業の準備にかかる。まるで学び舎のように席が決まっているのだろうか。ロボットの設計図が所狭しに貼り出された机へと工具を広げ終えると、やっと写真家の方へと向き直るのだ。

「今日はいないみたいだね」
「彼の部屋は知らないのか」
「知らない。じゃ、ボクは作業に移るから」

 テコでも動かない構えで椅子へと座り込むと、声をかける暇もなくドライバーで製作途中のミニチュアへと手を加え始める。一度作業へ没頭してしまえば職人気質は動かない。だがもとより部屋の位置を知らないとなれば、動いたところで解決策にはならない。
仕方がない、とため息をつけば踵を返して扉へと向かう。足音に反応して「ん」と相槌をうちはするが、振り返ることはない。今ならば先ほどの約束が反故になるかも考えたが、流石に礼儀に反する。

「ここまで感謝する。私は彼を探しに行くから、資金の工面の件はまた今度話そうじゃないか」
「メモしたよ。ばっくれようなんてしないでね」

 手は止めないが、しっかりと聞いていることに呆れはするが、気にはしない。これ以上彼女と一緒にいる理由もないし、何よりも早く囚人の居処を探らねば、虎穴にやってきた意味がない。彼女ならばここにいても顔パス状態だから問題はない。音を立てないように気をつかいながらも扉を潜れば、高い天井を眺めながらも広い廊下へと飛び出した。
 ゲームの相手になる、追跡者たちの住居なんて好んできたことはない。勿論初めて訪れる場所であり、土地勘もない。それでも迷いなく、堂々と廊下の真ん中を歩くしかない。壁にかけられた有名な画家の絵画を眺めながら進んでいると、ふいに正面から人の気配を感じたのだ。背が高く、細身で、白くぼうっと光ってる。幽霊だろうか、いや、そもそもハンターたちは皆、既に他界していると聞く。間違いなく幽霊ではある。

「おや、どうしてこんなところに貴方が?」

 血色の悪く、黒い痣に侵食されている容姿ではあるが、人がいい。白黒無常は大袈裟に首を傾げる。無害で人間らしい表情を出してはいるが、彼は立派なハンターだ。少しでも気を許せば、容赦無く暴行を加えてくる可能性だってある。手に持った唯一の護身用の道具であるカメラを握りしめ、気丈に睨みつけるが怯んだ試しもない。クスクスと上品な笑みを浮かべてはゆっくりと歩み寄ってくる。
本能的に、体が怯えた。思わず後退すると、面白がって距離を詰めては高身長をかがめては上から覗き込んでくるのだ。

「ハンターに何か御用ですか? サバイバーの写真家さん?」
「……貴方に話す必要がありますか?」
「興味本位です。貴方のことが知りたいので」

 得体の知れない男ではあるが、笑顔からは邪気を感じない。だが、隠しきれない雄の匂いを感じる。まだ話は通じるようで、無理矢理物置に連れ込まれる気配はないが、急いで距離を取れば問題はないだろう。
恋慕と欲情の混ざった視線にはなれている。だが、想い人以外の視線は煩わしいものだ。視線を逸らさず、隙を見せず、社交辞令の笑顔を浮かべながら、せめて利用してやろうと言葉を選ぶ。

「囚人の部屋を、知っていますかな?」
「囚人? ええ、もちろん」
「教えていただきたいのだが」

 表面だけの笑顔を浮かべると、不気味なほどに口角が釣り上がった。三日月のような形に、穏やかな口調であるはずの白無常を見ていると悪寒が走る。踵を返したのだが、駆け出す前に長い腕に掴まれてしまった。

「私に、付き合ってくれればお教えしますよ」
「……付き合う?」
「警戒しなくても大丈夫です。ただ、お茶に付き合って欲しいだけですから」

 警戒されている自覚はしているのだろう。それでも前言撤回をせず、だが強要もせずに返事を待つのだ。

「それとも、何かあった方がいいですか?」

 紫色の瞳を怪しく光らせ、口角が怪しく吊り上がる。獲物を見つけた狩人の目である。ゆっくりと腰を抱いて持ち上げると、身長差を利用して小柄な写真家の体を持ち上げては退路を塞ぐ。暴れようとも強い力で脇を支えられては、地面へと逃げることもできない。抵抗を示そうと膝を突き出しても、駄々をこねる子供の抵抗に過ぎない。楽しそうに口角が上がっては耳元で優しく囁かれる。

「貴方は本当に愛らしい……」
「気色の悪いことはやめろ!!」
「失礼なことを言うのでしたら、このまま部屋に連れ込んでしまいましょう」

 「サバイバーがハンターの屋敷に来るなど、飛んで火にいる夏の虫です」最もな事を言われてしまっては返す言葉もない。
元より写真家には妙に接点を持ちたがるサバイバーやハンターが多いのだ。特別に屋敷を分け与えられたのも、そのような理由がある。「大切なゲームの駒が壊されてしまっては堪らない」と。
 明らかな情欲に身を震わせ、慌てて蹴り上げようと膝を勢いよく持ち上げたのだが、寸のところで細い腕で止められてしまった。優男ではあるがハンターである。元より力で勝てるわけがない。恐怖に言葉も凍り、戦慄くしかできない。急に体が更に高く持ち上げられて、驚きで悲鳴を上げることができた。

「何をしている」

 目を開けば、通りすがった魔トカゲに持ち上げられたのだと分かった。側には狂眼も見える。爬虫類の青年の腕には大量の紙束が抱えられており、ミミズが這ったようなメモが大量に綴られているところから、研究の資料なのだと一目でわかる。他のハンター同士の諍いに首を突っ込むなど面倒くさいが、聴き慣れない青年の声が聞こえたから。襲われているサバイバーの姿に、無視して通り過ぎることもできずに救い出したというわけだ。

「白黒無常、やめておけ。敵が増えるだけだ」
「……フン。いいでしょう。では、またの機会には是非、部屋にいらしてくださいね」

 2対1となれば武が悪い。渋々といった様子ではあるが、大人しく引き下がる白黒無常に、思わず力が抜けて魔トカゲに抱きついてしまった。驚いた表情を浮かべど、顔色は変わらない。狂眼も事件が起こる前だとわかり、何も言わずに頷くだけだ。

「感謝、しています」
「お主は、バルサーのお気に入りか」
「バルサー?」
「囚人の姓だな」

 ルカ・バルサー。それが彼の名前。知る機会のなかった名前を口の中で反芻し、記憶に深く刻み込む。
地面に下ろせという命令をする余裕もないまま、地に下ろされたことも気づかずに何度も何度も呟く。「バルサー、博士」と。
 お互いに執着であろうという事実は、周囲も勘付いていた。写真家は妙に落ち着きがないし、囚人は彼の同行をやたらと気にしている。試合が終わった後に「迷子になってなかったか」など、慌てて尋ねてくる様など滑稽だった。いい年をした大人の男なのだから、子供扱いされたら本人も勘に触るだろうに。
ましては気位の高い貴族の男。立場が逆であったのなら、根にもたれても文句は言えない挑発文句である。だが、気にされている理由をしらない写真家は、惚けては罰が悪そうな、照れた顔を晒すのだ。これは意外である。
 やっと写真家が我に返った時には、研究者2人が研究室へと足を向けようと背を向けた時だった。慌てて声をかけては、おずおずと決意を固めた表情で声を上げるのだ。

「バルサー殿の部屋を知っているのか」
「無論」
「教えて、ほしい」

 声は震えるが、諦めるつもりもない。このまま恐怖に負けて逃げ帰れば、ここまできた意味がない。
幸せそうな蕩けた顔で、彼との蜜月の時について語るアズラーイールに、嫉妬の念を抱いた。彼に奪われるわけにはいかない。いや、元より自分のコピーたちは、渡すものかと。
盗られる前に、懐柔する。そして、あわよくば隷属させたい。急がなければ、もうアズラーイールの方が一歩進んでしまったのだ。これ以上、気丈に構えていても彼は近づいてきてはくれない。
 ついさっきの今だ、ハンターに怯えるのは仕方がないことなのだが、彼らは気にした様子もない。元よりこの可愛らしいサバイバーに手を出すつもりもなければ、研究対象ではないものに興味を持つ予定もないのだから。

「そんなに固くならずとも、取って食ったりはしない」
「ほ、本当か」
「男色の者が多いのも意外だが、まぁ、お主なら仕方ないな」

 警戒心を解いたところで、進行方向を反転させて元来た道を辿る。彼の部屋は屋敷の奥の、暗闇だまりだ。囚人だった頃の名残か、暗闇の方が落ち着くらしい。夜目も効くのも納得である。少し距離を開けて足長の魔トカゲの後につくが、やはり歩幅が負けてしまい狂眼に背を押される。振り返る魔トカゲの姿に「大丈夫だ」と強がる姿を見て、また狂眼に背を押される。「まるで孫の世話をしているようだ」と口が避けても言えない。辿々しくも、ハンターの気迫に負けずについてこようとする彼を微笑ましく見守りながらも鉄でできた扉の前で足を止めた。

「ついたぞ」
「ここが?」

 少し錆びれた、大きな扉だ。まるで中の生き物を封印しているかのような佇まいで、通行人を妨げる。2人が踵を返したところを見ると、間違ってはいないらしい。時折バチバチと中から電撃が弾ける音が響き、思わず尻込みをしてしまうが、彼の纏う電気で間違いはないのだろう。

「では、私たちは戻る」

 緊張で固まる、心許ない青年を1人残して2人は無慈悲にも去っていく。我に返った時には、はるか遠くの闇の中へと消えて行く後ろ姿が見えた。
今更呼び止めるわけにいはいかないし、誰かと共に部屋に行けば意味はない。扉を叩こうとするれば静電気がパチリとはねた。慌てて手を引き、周囲を見回すが、呼び鈴すら見当たらない。

「バルサー博士……、いや、ルカ……?」

 名前を呼べば気付いてくれるとは思ったのだが、恥から声を張り上げることができない。口をはくはくと魚のように動かしていても、声になるわけでもない。彼を呼び出す術がない状態で途方に暮れていると、唐突に部屋の中から動く音が聞こえた。思わず背筋を伸ばして全神経を集中したのだが、ゆっくりと開かれた鉄の扉からは予想どおりに潰れた目と煤汚れた顔をした囚人が、間の抜けた顔で現れた。「誰かいるのだろうか」と周囲を見回せば、姿勢良く目を丸くしているサバイバーと目があったのだ。
予想だにしない来客に目を丸くし、やっと状況を理解しては口をぽかんと開け放つ。

「あれ、写真家の、オリジナルか」
「る、ルカ……」
「ん? 私の名前を、どこで?」

 ふと聞こえてきた違和感に首を傾げる。いつも囚人という二つ名で呼ばれているために、名前を呼ばれるのは久しぶりである。しかも、他人に興味がなさそうな彼から聞こえるとは思いもしなかったのだ。思考だって固まる。

「狂科学者たちに聞いた」
「ああ、バルクたちか」

 荘園に来て、個を体現する名前を与えられただけで、本名を隠したかったわけではない。さして気にした様子もなく大きな欠伸を一つ。目の前に豪族がいるというのに、遠慮なく下品で間の抜けた声を漏らしては涙すら浮かべるのだ。

「ふわぁ……それで、ここには、何の用で?」

 こんな屋敷の外れにまでやってきたのなら、囚人に用があるのは明確である。高鳴る胸の鼓動を抑えつけ、営業スマイルを浮かべて接待するのだが、なかなか口を開いてくれないのだ。不安になって俯いて表情の読めない美顔を覗き込めば、強がる顔が勢いよく表を向いた。

「いつまで立たせておくつもりだ」

 偉そうな仏頂面で言い放つのだが、そのは桃色だ。「部屋に入れてくれ」と素直に言えない彼は、無言の圧力をかけてくるのみ。小さな体を、囚人とドアの間に開いたわずかな隙間に滑り込ませようとするのだが、うまくいくはずもなく。不可抗力で抱きしめられたことにより、力の入っていない腕のみの小さな抵抗が始まった。

「離せ!」

 口では偉そうな命令を下すのだが、口調の割には抵抗が弱い。疲れ切ったのか、腕の中に体を収めるように丸くなれば、大きく息を吸い込む。配電盤でも弄っていたのだろうか。囚人から布が焦げた匂いを感じ、「臭い」と感じるよりも「独特の体臭だ」と認識する。
 まるで犬のように必死にで鼻をスンスンと動かすものなら、普通は不審には思う。それでも囚人はさほど気にした様子もなく背中をさする。鼻風邪を引いて、寒いものだと捉えたのだ。お互いの想いがすれ違ったままに抱き合ったままでいたのだが、先に冷静になっったのは囚人のほうであった。

「ハンターの屋敷は危険だと、彼にも伝えたんだがね。聞いていない?」
「彼?」
「アズラーイールに」

 明らかに顰めっ面をするものだから、笑いがこみ上げてしまう。仲が悪いことは荘園の者たちの周知の事実だが、ここまでとは。明らかに不機嫌になってしまったために慌てて謝るが、臍を曲げた我がままな伯爵の機嫌は損ねられたまま。困ったとをかいては打開策を模索するのだが、背中を押しては部屋へと入ることを再三せがむのだ。

「いいから。早く入れてくれないか」
「用事ならここでいいだろう」
「私を立たせるとはいい度胸だな」
「散らかっているから、伯爵様を入れるには無礼にあたる」

 自ら入室を訴える写真家ではあるが、足の踏み場もないくらいの部屋では、機嫌を損ねるに決まっている。

「話も、悪いけどここで聞くーーー」
「話をしにきたのではない」

 ここで言わなければ現状打破にならないと、写真家は唇を噛み締める。今日は想いをを伝えにきたのだ。アズラーイールに出し抜かれたままではいられない。自分の感情だって理解はしている。彼のことが、囚人のことが好きなのだと認めてもいる。

「貴方に、会いに来た」

 やっと口から出てきた「会いに来た」という告白に、囚人が動きを止めてはゆっくりと目を見開いていく。どういう風の吹き回しかはわからないが、少なからず目には止まっていたのだろう。想い人からの告白に、胸が高鳴ってしまう。
 ゆっくりと、小さく細い体で寄り添い身を委ねてくる。引き寄せ、後ろ手で鍵を閉めては自らの巣へと迎え入れれば、逆らうことなく歩を進める。
この荘園で優遇されているハンターたちの部屋は、例外なく子綺麗で広く、内装も整っておりメイドや執事まで付けられている。何不自由もなく快適で、サバイバーの処分以外は何をしても許される。だが、彼の部屋はどうだろうか。確かに部屋は王族を想像するほどに広く、日当たりもいい。だが、彼の私物である謎の機械や古書、乱雑に広げられた手書きの紙が絨毯がわりになり、目も当てられない惨状が広がっていた。歩くだけで何かを踏むくらいである。紙ならばいい。だが足元を見ると、罠を散りばめたように乱雑に散らばる電子のコード。こんなものを踏めば、無事ではすまないだろう。下を見つめて躱していると、急に写真家の体が浮かび上がった。囚人に抱き上げられたのである。

「危ないからね」

 そのまま通されたのは床の上に投げ出されたタオルケットの上。まるで無人島のように浮かび上がるそこには、キングベッドほどのスペースがあるが、なんとも質素であった。ちらりと本物のベッドを見やれば、本の山と紙の洪水である。人が座る場所すらないほどに。

「これは、」
「簡易の寝床さ。ここなら危ないものもない。安心だよ」

 硬い床の上で寝たという事実が信じられないが、彼ならやりかねない。近くのまだ電気を放つ剥き出しのエナメル線たちをかき集めると、机の上へと追いやっていく。大切なものではないのだろうか。作業的で乱暴な動きである。
目を逸らすのがもったいない。高価なコートをシワにならないように椅子へとかけると、見開いて一連の動きを追う。次は古書を、謎の象形文字が描かれた図面を目に見えないところへ追いやって、やっと隣に座り込んだ。

「この部屋は客人を呼べる清潔感はないな」
「私はメイドを下がらせているんだ。道具を勝手に片付けられては困るからね」
「では、私が初めての客なのか」
「そうだね。アズラーイールしか入れていない、んっ」

 勢いよく迫ってきた美顔が、目の前に影を作り唇にぬくもりを残す。いつもは微笑みを携える余裕の表情も崩れ、明らかな怒りを見せては子供のようにを膨らませるのだ。

「奴の名前は出さないでくれたまえ」

 その目には明らかな嫉妬。「誰にも渡すものか」と独占欲に燃える青い目が美しく、そして心地よい。こんなにも愛されているのだと思うだけで男冥利に尽きる。こんなにも、不格好なキラーを愛してくれるなんて思いもしなかった。まるで美女と野獣。魔法の薔薇なんてない。永遠に解けない呪いを背負っているが、それでも彼は側にいてくれるだろうか?

「うん。もう言わない」
「フン」
「可愛い」

 丸く赤いを掴み取り口付けを落とすだけで、さらに熟れて甘い匂いが漂い始める。ぽぽぽと音がするのではないかというほどに真っ赤になり、恥辱に唇を引き結ぶ。

「嬉しくない……」
「そっか」
「私は男だ、可愛いより……綺麗の方が嬉しい」
「綺麗。すごく。ああ、でも可愛い」

 相引きをするには色気もない散らかった部屋ではあるが、嫌悪感はない。礼儀と作法にはうるさい写真家ではあるが、囚人のすることならばと許してしまう。ゆっくりと感情のままに押し倒されることにも協力的で、体の力を抜いてはゆっくりと汚いタオルケットの上へ体を倒す。
 首筋に寄せられた長い鼻筋も、吹きかけられる熱い息も心地よさすら覚える。無論、彼以外の人物には怒り狂う予定ではあるが。
しばらくお互いに体をすり寄せては獣のような愛情表現をしていたのだが、呼吸しかしない囚人に痺れを切らせた写真家が、頭をトントンと叩く。意を決したように真剣な表情を浮かべると、上目遣いで告げるのだ。

「私も、抱いてくれないか」
「え」
「遊びで虎穴に来て、煽っているわけではないぞ」

 火傷の見える首へと腕が回り、細い体同士が寄り添いあう。全体重をかけられては、細い首では支え切れない。思わず横向きに転がって抱き寄せるのだが、それでも抵抗はなく、むしろ体を丸めて胸へとすり寄ってくるのだ。気難しい猫を見ている気分である。

「貴方は、抱く側ではないのかい?」
「サバイバーに押し倒される趣味があるのか」
「せっかく相思相愛なら、貴方の意思を優先したいんだ」

 告白に顔を赤くし、一層強く胸へと顔を押し付ける。そんな彼を諫める傷だらけの手と「よしよし」と優しく低い音色。
どれだけ甘い時間を楽しんだだろうか。囚人が背中をポンポンと叩いたのを切り目に、やっと写真家が赤い顔を上げたのだ。

「貴方の、好きにしていい」
「本当に?」
「……今日は、帰りたくない」
「ん。大胆なことを」
「1人で帰るのは危ないのだろう」
「屋敷まで送るよ」
「……一緒に、いたいんだ。察してくれ」

 甘えて身を寄せては目を閉じ、心を許した動作を見せる。例え、油断させるための誘惑だとしても、今の彼は恋人のようにおとなしく、そして心が穏やか。いつもの不機嫌で我が物顔な伯爵様の顔はなりを潜め、初めて見る年相応な青年の幼い表情には新鮮さを覚える。

「私も、だよ」





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