ててご | ナノ



この理不尽で祝福されるゲームで・番外@

※小ネタをそれぞれのCPで掲載
※微妙な性描写が多くなる予定です

囚写 / 探写 / 占写 / 復写 / 次→




【囚写】


※少しだけ性的表現あり



 見上げれば暗い夜空。薄い雲の合間から星が瞬く中、透き通った結晶たちが深々と顔へと降りかかってくる。
寒々とした冬空の下だが、今の火照った体にはちょうどいい。無音の世界に1人だけになったかのような孤独感を覚えるが、Ωであるという現実を忘れるには丁度いい。ゆっくりと小さな足跡を白の上に残す。
 近くにαの気配もないし、ここなら安心して一晩過ごすことができる。何故他人に振り回されて野宿を強いられるのか、納得はいかないが身を守るためなのだ。仕方がないと割り切り、今回のヒートの日は雨風をしのげる小屋を拠点することにした。
今は、眠る前の気分転換の散歩である。灰色の空に似合わない純白の氷の欠片を見上げていると、この荘園で行われている残酷な遊戯も夢幻ではないかという錯覚を覚える。綺麗だ、そして儚い。黒い土へと吸い込まれていく牡丹雪の結晶をぼんやりと眺めていた。
 番がいれば、楽になれるのは知っている。好いた相手を選べば、片思いだとしても結ばれる。だが、相手がαだとは限らないし、途中に誰と出会うかもわからない。人が多いところへと自ら行くのは自殺行為でしかないのだから。
諦めるしかない恋に白い息をつくと、鼻を掠める甘い匂いに体が慄いた。
 αの匂いがする。何故、こんなところに。麻痺してしまう思想と、疼く体。動くこともままならず、近づいてくる黒い影にサクリと新雪が踏みにじらてゆく。

「やあ、デソルニエーズ卿。今日も美しい」

 現れたのは軽口を叩く囚人である。彼は、いつも無邪気で分け隔てのない笑顔を振りまきながらも近づいてくるのだ。
何を考えているのかわからない。天才と馬鹿は紙一重とは、よくいったものである。いささか獲物であるという自覚が欠損している、困ったサバイバーには呆れて声もでない。
 いつもならばせせら笑っては誤魔化してやるのだが、今日はいささか事情が違う。彼の姿を見染めただけで、全身が呼応するかのように疼くのだ。体の芯が熱くなり、息が詰まる。その深く青い目を見ているだけで、動けなくなる。逆らえなくなる。力が抜け始めることに抵抗もできず、ただヒューヒューと悲鳴のような呼吸音が漏れ出るだけだ。これは、もしや。

「嘘だ、君が、αなんて、」
「もしかして、今はΩ!?」

 αだ。αが目の前にいる。この忌々しい発情期の日に。こんな情けない姿、見せたくなかったから逃げていたというのに。
動けないし、声も出ない。ただただ震えて怯える無様な姿を晒すしかない。力の抜けた腰をぺたりと地面へとつけ、困惑の色を写した瑠璃色の目を見つめていた。
 焼けるように熱い喉が、言葉を発することができない。このままでは意思に反して犯されてしまう。無理矢理抵抗もできないままに、無力な女のように。
 だが、それでいいかと体は硬直するのだ。諦めているのではない、望んでいるのだ。この青年に向けた恋慕が。
ここで情けなくも求めてしまえば、この情念まで明るみに出てしまうかもしれない。この気持ちを知られてしまうことだけは、あってはいけない。

「あ、あ……」
「大丈夫。私は近づかないから、ほら、早く逃げて」

 思いがけない優しさに、涙が溢れ出す。
どうして、今日に限って紳士的な態度を取るのか。背中を向けて駆け出す構えを取るものだから、体が勝手に動いてしまった。「逃すものか」と服の裾を掴んでは、なけなしの力で引っ張るしかできなかったが。

「バルサー博士……いや、ルカ……」

 こちらを向いてくれたことに安堵した。甘い表情で腕を広げて呼びかけると、引き腰になってさらに距離を置かれてしまう。臆病なのか、優し過ぎるのかはわからない。いつもの陽気で朗らかな姿は何処へやら。軽口を叩いて口説いてきた肉食系ではなく、まるで怯える草食動物に丸くなっている。

「首、噛んで」

 タラシな彼には、すでにいい相手はいるのだろうか。それだけが心残りだ。でも関係はない。相手がどんな女であろうとも、横から奪ってやる。自分の容姿端麗さは自覚しているし、何よりも諦められきれないのだ。
 髪を解けば女に間違われたこともある。ゆっくりと黄色いリボンを引いて解くと、銀色の癖毛が踊る。唇で食んでは銀糸を天頂で結い、白く日焼けを知らない頸が眼前に晒される。
そんなご馳走とΩのフェロモンの前に、抗えるαの男はいない。鼻息荒く、ゆっくりと近づいてはへと毛羽立った手袋を滑らせる。冷たい感覚の中に、彼の温もりを感じるようだ。ほう、と熱っぽい吐息を吐き出せば、上目遣いで彼の紅潮した頬を見上げた。

「いい、のかい?」
「いつも、僕のこと、可愛いって、綺麗って」
「でも今は状況が違うから」
「嘘、だったの?」

 潤んだ瞳に見つめられては、優しい彼は嘘がつけなくなる。まっすぐに見つめるだけで、面白いほどに動揺しては目を泳がせるのだ。
いつもは、そんな戯言は聞き流していたのだが、少なからず耳には残っていた。随分と滑稽で物好きな者がいたものだ、と。今まで聞いてきた賛美の声は、全て忘れたと言うのに、彼だけは。

「違う! 貴方のことは、前から、その」
「るか、」

 甘えた声が彼の耳を犯して理性を崩す。それでも遊び人だと思っていた彼は、頑なに初な反応をしては抵抗を示すのだ。
どうして、そんなに拒絶をするのだろう。ただ、体だけでもいいから、選んで欲しいのに。やはり男は嫌なのだろうか。Ωだから、女と大差のない感度と快楽を与えられるとは思っているのに。

「僕じゃ、だめ?」
「発情しているということは、貴方はフリーか……くそっ!」

 何を苛立っているのかは知らないが、感情のままに激しく掻き毟って葛藤しているのはわかる。

「他のαはいやだ、ルカがいい……」

 止まらない。この感情に蓋をするだけの理性はもう残ってはいなかった。ただ、目の前に現れた雄に赦しを乞い、受け入れるだけの雌に成り下がってしまう。
不本意な者に手籠にされて慰み者にされるくらいならば、好いた相手を選びたい。腕だけを頼りに這い、傍へたどり着くと硬直している手を取り頬をすり寄せた。手袋が邪魔ではあるが、力を緩めれば逃げられてしまうだろう。一本の糸に縋り付くように手を握れば、戸惑い、情欲に濡れた目がこちらを見つめてきた。

「僕のこと、キライ……?」
「好意がなければ、からかいでも男性を口説いたりはしない」
「じゃあ、いいよ」

 赤い顔は、少なからず脈があると思っていいのだろうか。両手を同じ細く熱を帯びたもので包み込み、目と目を逸らさずに吐息を交差させる。

「るか、好き」

 想いを唇で押し込めると、ゆっくりと体をすり寄せて腰を揺する。もう我慢も限界だ。ずいぶんと濡れてしまった目と女性にしかない唇に、擬似の子宮が疼いてしまう。
ああ、言ってしまった。抑えられない感情を込めて見つめれば、やっと観念した真剣な表情を浮かべた。思ったよりも軽い体を抱き上げ、形を確かめるように摩られて彼も欲情していることが読み取れる。

「こちらへ」

 臀部に触れながら、紳士を振舞うなど滑稽なことである。身を寄せて情婦のように振る舞うと、うっとりと心地よく甘美な芳香を肺いっぱいに吸い込む。
興奮したαとΩの匂いが混ざり合う。強く理性を狂わせる雄の香りと、雄を狂わせる雌の誘惑。前に進みたいのに、頭が霞んで足元がふらついてくるのがわかる。
抱かれたい、抱きたい。2つの感情が混ざり合って熱視線となり絡み合う。熱い息を深く吐き出したところで、もうまともに立っていられなくなった。雪崩れ込むように彼に寄り添えば、安心させるように額へと口付けては浮遊感に襲われた。ああ、横抱きにされているのだ。細く体力のなさそうな彼に。一生懸命支えてくれる姿勢は嬉しい。なけなしの力で首へと抱きつくと、甘い匂いが鼻腔いっぱいに広がるのだ。もう足に力が入らなくなってしまった。
 しかし囚人の足はどこへ向かうのだろうか。視線の先にあるのは工場のはずれにある古びた小屋だ。雪すら中に入れない秘密の場所には、ぽっかりと地下に続く階段がある。吹き抜けで入り口から覗かれてしまうし、錆びているのは難点だが、2人きりの空間には安堵する。

「こんな場所に伯爵を招くのは気がひけるのだけれども」
「地下、行こう」
「どうしたんだい?」
「人に見られないところ、行きたい」

 まさか明確なお誘いが来るとは思いもしなかった。慌てて踏みとどまろうとはするのだが、不思議そうな目がこちらを見つめるだけで強い力で引っ張られるのがわかる。
 ここまで近くに対の性がいて、お互い我慢できるはずがない。今にもはちきれそうな雄も感じるし、甘い匂いも頭がおかしくなるほどに香る。
もう我慢ができない。こんな屋外で、獣のように求め合うのは不本意ではあるが、触れてほしくて、乱暴にでも暴いて欲しくてたまらないのである。上着を落とし、ベストに手をかけ、焦らすように服を落としていくとやっと彼がトリップより目を覚ましたのだ。

「ちょ、ちょっと待ってほしい!」

 つい落としそうになってしまった肢体を慌てて抱き留め、情欲を写す青いガラス玉を見つめ返す。感情をかき乱すとろけた声と、欲を膨張させる刺激臭。ここまで強力な媚薬がこの世に存在したのかと驚嘆してしまうほどの魅力的なご馳走に、じわりと染みが浮かび上がる。

「今、こんな場所で!?」
「僕は、君と……えっち、したい」
「貴方って人は!」
「髪、解くから。胸、隠すから。えっち、しよ?」

 潮らしく演じれば女に見えるだろう。少しでも興に乗るようにと努めようとしたのだが、脇を見せたところで掴まれたのだ。

「時間はいくらでも作るから、部屋に行こう」

 消毒するように首筋へと舌が這わされ、ゆっくりと牙が立てられる。まるで吸血鬼のようにゆっくりと吸い上げられ、生娘のような艶声が上がってしまう。

「あっ……るか……熱い……」
「ん……」
「あっ、あっ、気持ち、いい……」

 弱く、弱く、強く。何度も八重歯で噛みつかれては咀嚼される。その度に甘い痺れが全身へと駆け巡り、強い射精感に襲われる。想いを寄せた相手と1つになる幸福感。同時に与えられるαからの刺激をΩとしての体が強い快楽に変換して、多福感となる。

「あっあっ、あっ、あっ、うっ……ああああああああああっ!」

 細い肢体がのけぞり、甲高い悲鳴が木枯らしと共に響き渡る。力なくびくびくと震える体は、彼が絶頂を迎えたことを物語っていた。まさか、契りを結ぶだけでΩは感じる体質なのだろうか? いや、これは彼が恋慕と刺激を快感として拾ってしまい、淫欲に貪欲になってしまっているのだ。「きゃうう……」と情けない子犬のような艶声を上げながら、必死に縋り付こうと力の抜けた手を伸ばしてくる。
ゆっくりと手を取れば、指を絡めては求めてくる。「もっと欲しい」と。

「もしかして、今のでイッたのか?」
「イったのぉ……でもまだ熱いのぉ……」

 痙攣する体で股を恥じらいもなく開けば、まるで放尿をしたかのように下品な染みが広がっていた。まだ芯をもった源泉地は脈打ち「早く楽にしてくれ」と濃い涙を流し続ける。腰を揺する姿なんて、いつもの気高い姿からは想像すらできなかった。
つい勃ち上がってしまった雄を慌てて手で隠せば、身を寄せては無骨な手の甲に擦り付けてくるのだ。まるでキスをするように。

「あん……触って、触って……」

 淫猥だが、美しい。小さく腰を揺するだけで、彼も興奮しているのがわかる。それでもここではダメだと諌めるように、手を掴んでは優しく下ろす。涙で濡れた目がどんなに扇情的でも我慢である。

「だめ。私の部屋に行くよ」

 これで、正式な番い。お互いは別のΩ、αに発情することもなく、発情期のフェロモンは2人の間だけで興奮作用を促す媚薬となる。Ωも身を守ることができるようになるし、万が一、第三者の子を成すこともなくなる。
ただ、お互いに依存してしまう。この荘園では、1つのゲームの区切りが終わるまで。
毛皮のコートを脱げば、中からはいつもの黒と白のシャツ。風邪を引かないようにと胸に抱き込ませてから、いつもより小さく見える体を抱き上げる。細くあれども大の大人。もっと重いものかと思ったのだが、軽くて、そして簡単に腕の中に収まってしまう。
 疼いた体を持て余すのは辛い。少し気を抜いただけで今にも襲いかかってしまう。なんせ、契りを結ぶだけで強い快感を与えることになるのは予想外だったのだ。誰にも見られず、彼の体に負担もかけずに初夜を迎えたい、それが目的である。

「ジョゼフ。私は、貴方を番いにしたくて、他の相手を断っていたんだ」
「でも、すぐに、噛んでくれなかったじゃないか……」
「まさか貴方がΩになるなんて、思ってもいなかったんだ」
「でも、これで、ぼくはルカの物……」

 跡の残った首を見せつけて、ふわりと笑う。
人の想いも荘園での優劣も移ろうもの。短い間ではあるが、健やかなる時も病める時も同じ時間を歩める。
誓うように額にキスを落とせば、しばらく微笑み教授していたのであるが、徐々に不満な表情を露わにし始める。

「どうかした?」
「唇にしてくれないの……?」
「そんなことしたら、本当に我慢できなくなる」

 優しく頭を撫でながら諭すと、花が咲いたように笑う。真っ赤で面妖な唇を開いてはゆっくりと首筋に吸い付いてくる。彼なりに甘えているらしい。我慢出来ずに吸い付いてくるが、決して牙を突き立てることはない。子犬が暖を求めるように、体同士を寄せ合っては全体重を寄せてくる。
 白い肌も赤い目尻も、まるでショートケーキのような甘い芳香を放つ。ゆっくりと無防備な額に舌を這わせると、外では味わうことが出来なかった、甘美な味がした。

+END

+++++
21.02.03





【探写】


※少しだけ性的表現あり



体の奥から湧き上がってくる不本意な感情に、体が火照り思わず強く抱きしめる。男であるというのに「抱かれたい」というのはおかしな話である。押し倒される趣味なんてないのに、体が言うことを聞かない。
これが、Ωというヒエラルキー最下層の末路である。
 ゲーム中は気が鎮まりΩの特質も抑えられる。それがせめてもの救いである。のだが、ゲームが終わった瞬間に発情した雌に戻ってしまう。そう、ルールとして説明されたのを遠い昔のように思い出す。
自分には関係のないことだ、そう写真家は思っていた。だが今回のシーズンで、惜敗が続いたせいで最下層へと落とされてしまったのだ。全くもって遺憾である。
 今回が初めてということもあり、先ほどからサバイバーでもないのに心臓が高鳴ってうるさい。それもそのはずだ。この広いフールド上に、αが混ざっているのだ。試合に集中できるわけがない。挙動不審になりながら新雪の上にでたらめな足跡でアートを描いていると、キンと音が頭に鳴り響いた。
 サバイバーだ。近くにいるらしい。血走った目を白い空き地へと走らせると、土管の影に動く気配がある。独特な帽子を深く被り、顔に痛ましいケロイドが刻まれているのは、炭鉱者。気づかれても何をするわけでもなく、こちらの様子を伺ってくるのだ。追い払おうとサーベルを握るが、独特な匂いに気がついた。

「α……」

 発情は促されないが匂いははっきりとわかる。独特な甘い香りに思わず鼻を抑えると、無表情で小さく首を傾げては無防備に近寄ってくるのだ。

「優鬼?」
「うるさい。早く出ていけ」
「真面目にゲームをしないと、罰を受けるけど」

 そんなことは言われずともわかっている。現に今、負けた結果で最底辺にいるのだから。フェロモンが出ていないせいか、まだΩだとは気づかれてはいないらしい。急いで距離を置こうと後退りをしてしまったが、サバイバーから逃げるハンターというのは実に滑稽ではないか。
だが、相手はαだ。このゲームが終了した途端に発情を促されて、手籠にされてしまう。逃げるは恥だが役に立つ、背に腹は変えられないと駆け出したところで、重々しいサイレンの音に頭を抑えた。
 まずい。地獄の時間の始まりが近い。慌ててカメラを手に取ると、現実から逃げるように時間をとめた空間を作り出しては身を隠す。
まさかここまでは追ってこないだろう。そう鷹を括っていたのが甘かった。しつこく付き纏う耳鳴りに、血の気が引くばかりだ。まさか、と思って周囲を見回せば、探鉱者が足跡を頼りに追ってくるのが見える。どうしてハンターを追うような真似をしているのかはわからないが、こうなれば身を守るしかない。勝利のためではなく、保身のために刃を振りかざせば、避けることもしない彼の帽子が宙を舞った。
 それでも彼は怯まない。無機質であるが意思の強い目が真っ直ぐと射抜いてきたと思えば、距離を詰められて壁へと押しつけられる。逃げようと思えば、力も身長も今ならば勝てる。だが、動けなかった。心が敗北を認めた時点で、抵抗なんてできない。

「どうして逃げるの?」

 1人、また1人と逃げる度に体質が作り変わる感覚。目の前の敵を雄として認識してしまい、思想が塗り替えられていく。

「あ……やだ、匂いが、ああああああああっ」

 助けて。嫌だ。このまま男に抱かれるなんて。嫌だ嫌だいやだ。
耳や鼻を塞いでも無駄だ。隙間を縫って入り込んでくる蠱惑的で抗えない香りが徐々に強くなり、言葉にならない悲鳴が上がる。
それでも彼は怯むことなく立っているだけ。そして、わざとらしく顎を掴んでは確信を持って死の宣告を告げる。

「Ω?」

 聞きたくなかった言葉に、体が縮こまる。へたり込んでしまえば、ゆっくりと目の前で座り込んで嗤うのだ。触れられた場所が、焼けるように熱い。αの匂いに体が疼く。我慢しようにも、理性が欲望に塗り潰されていき、徐々に力が抜けていく。
「抱かれたい」「雄が欲しい」「犯されたい」
 屈辱的な思考に支配されて、下着がじゅんと濡れていく。まるで子供のお漏らしだ。チラリと目を向けたにもかかわらず、何も言わずにを撫でてはニヤニヤと嗤う姿が憎らしい。そして、蠱惑的なのだ。

「僕は禁欲的な方だから。Ωの匂いに鈍感みたい」
「苦しいの、私、だけ?」
「苦しい? 助けてほしい?」

 どうにも意地の悪い聞き方をするものだ。無表情な目と、上がる口角。大人の余裕と、慣れた手際の良さ。ゆっくりとベストの上から無骨な指をつつつ、と這わせるだけでも刺激に仰け反ってしまう。
気持ちがいい。雄の刺激が、たまらなく欲しい。だらしなく開いた口からは唾液が垂れて、餌を待つ犬のような姿に舌舐めずりをするのだ。

「ねぇ、お金さえ貰えれば助けてあげる」
「貴様、それが目的で……」
「優しく抱いてあげるよ。楽になりたいだろう?」
「だ、れが!」
「悪い話じゃないと思う」

 ゆっくりと、服にかかる手に思わず目を閉じては歯軋りをするしかない。もうすっかり耐性は薄れてしまい、理性を崩す蠱惑的な香りに本能が抗えない。
不適に歪む彼の表情を眺めているだけで、腹正しさは湧き上がるが同時に抗えない衝動が遅いくるのがわかる。

「いくら、欲しい」
「言い値で」
「え」
「貴方が僕を買うんだから」

 獲物を追い詰めておきながら、1つだけ逃げ道を作る。「逃げたければ逃げればいい。だが、逃げられないでしょう?」とせせら笑う姿は何とも狡猾で、したたかさなどはない。

「たくさん貰えたら、僕も貴方に目一杯ご奉仕するよ」
「挿れて、くれるのか」
「もちろん。女みたいに後ろでイけるようにしてあげる」

 開発されることに納得はいかないが、この恐怖から救われるなら悪い話ではないだろう。手を伸ばせば相変わらずの無表情で、口の端が上がる。上機嫌に手を伸ばしてきたと思えば、腰に腕を回しては無礼にも一気に抱き寄せるのだ。形を確かめるように、臀部を撫で回しながら。

「可愛い」
「煩い……」
「もう、濡れてる」
「そんなこと!」
「ある。ほら」

 いくら隠そうとも、敏感な場所を掴まれては快楽を訴える猫のような鳴き声が響き渡る。ズボンの上から無骨な指がバラバラと動いては、敏感な場所を刺激する。まるで、意思のある触手のように蠢き、揉み込むように雄の涎を押し付けてくるのだ。敏感な体にはたまった物じゃない。

「大きいけど、可愛い」
「や、めろぉ……」
「この場所でヤる? 屋敷まで戻る?」

 わざと刺激している癖に、中途半端な選択肢を与えてくるものだ。ニヤニヤと笑いながら、上着へと手をかけては膝で勃起した幹を蹴り上げる。ベストの上から乳首の位置まで特定し、弄びながら首筋に食らいつく。最早狩人がどちらかすらわからない。首筋に舌を這わせて焦らしたと思えば、許可もなく一気に食らいついてきたのだ。

「か、噛んじゃだめっっ!」

 聞く耳なんて持つはずがない。じゅるじゅると生々しい音を立てて、こぼれ落ちる涎を吸い上げながら、鬱血の赤い花を散らしていく。

「んっ、んっ、んっっ!」
「もう感じてる? 色っぽいね」
「やだぁっ、番にしていいなんて、言ってな、あぁっっっ!!」

 もう力なんて入らない。選択肢もなくなった。逃げることもできずにへたりこむと、ビクビクと体が大袈裟に跳ねるのだ。
快楽に飲まれて痙攣する肢体に、虚な目。愛撫に面白いほどに反応する姿に機嫌をよくして、逞しい腕で抱き上げるのだ。

「部屋、行こう」
「やだ、体、熱い……」
「もう僕たちは番だよ。初めはタダで奉仕してあげる」

 熱い唾液をまとった蛇が「逃さない」と首を撫でる。首筋に散った面妖な花弁と、最後の理性の欠片。もう思うように動かなくなった体を寄せながらもゲートを潜る。
この先にあるのは、ただの快楽だけだ。期待と不安に体を震わせながら、熱い息を漏らしては薄く笑う彼を見つめていた。

+END

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21.02.03







【占写】



 Ωとαは、ハンターとサバイバーの関係のように思う。生きるも死ぬも、見つかるかの運次第。どれだけ必死に隠れたところで、痕跡を頼りに見つかってしまうところもそっくりである。
見つかってしまっては、弱者に選択権などありはしない。強者であるハンターの気分次第だ。命運を握るのは狩人側であり、弱者の望む結果を得られることは0に等しい。痛みの覚悟をしなければならない。
 写真家は、もちろんハンターである。そして、ハンターの身でありながら、サバイバーの気分を味わうと言うのも滑稽な話。だが、彼は今隠れなければならない状況にある。見つかれば荘園送り、などと生優しいものではない。αに捕まってしまったΩは、その尊厳を全て奪われると言っても過言ではない。
手篭めにされては好き勝手に体を弄ばれる恐怖に、身の毛もよだつ。普段は強気で冷淡な写真家すら例外ではない。

 勢いに任せて逃げ込んだのは、古びた教会。出窓へと隠れれば、差し込んでくる薄明かりと共に、足跡が複数聞こえてくる。酸素を欲して乱れた息を整えながらも、必要最低限の音しか出さないように心がける。これがなかなか苦しく、酸素をうまく取り込むことが出来ず、無我夢中で疾駆している時の方がまだ楽だったかもしれない。
敗れた屋根から空を見上げても灰色の空。億劫な気分が晴れるどころか、引っ張られるように沈むばかりである。

「ハァ、ハァ、ハァ!」

 どうしてこうなったのか。写真家は不快感に顔を歪める。屋敷に籠もっていても忌々しいαの匂いが流れ込んでくるために外へと出たのだが、まさかゲームのない教会に人がいるとは思ってもいなかったのだ。
αに対してトラウマができてしまったからには、匂いだけで尻込みをしてしまう。しかも今回は運悪くαも複数いるではないか。嫌というほど嗅がされた匂いに嫌悪感と恐怖が湧き上がり、情けないことではあるが足がすくんでしまった。教会の外れにあるレンガの影に座り込むと、サーベルを突き立ては気を沈める。息を潜めては近くを通り過ぎたαの忌々しい匂いに深く息をついた。
 このままではΩの匂いが充満して、屋外であっても見つかるのも時間の問題。早く屋敷に戻ろうとしても、教会はハンターの屋敷から一番遠い位置にある。戻る間に何度捕まっては弄ばれるかわかったものではない。体を強く抱きしめ、首を守る為にとスカーフタイを強く締める。布一枚では身は守れないのだが、下には念のためにチョーカーもつけてきた。鍵が見つからなければ首を噛まれることもない。だが、番いにされなくとも押さえ込まれてしまっては意味がないのである。
 早く、移動しなければ。
立ち上がって走り出そうとしたところで、急に腕を掴まれたのだ。心臓が飛び出るかと思った。

「ッ!!!」
「静かに。見つかる」

 しばらく恐怖で身を竦ませていたが、平常心が戻ってきた。ゆっくりと胸を撫で下ろし、焦点を合わせた先にいたのは形のいい唇の前で指を立て、薄く息を吐き出す占い師である。目の前にしゃがみ込まれるだけで、心がざわつき熱くなる。間違いない。様々な気配に辟易していたが、彼もまたαの1人である。
 慌てて逃げようとしたが、諌められて肩を押されて身を伏せるように諌められる。どうやら近くにサバイバーたちが逃走のために作戦会議と競技場の研究をしているらしい。様々な匂いが入り混じっているわけである。

「貴方の乱れが気になって迎えにきたんだ」
「このまま犯すつもりだろう!」
「そうじゃない。でも、それがお望みならばこの場で貴方を抱くが」

 表情は読めないが、低くなった声のトーンから本気が窺える。強く手首を掴まれたところで、冷や汗と赤くなる顔が抑えられない。レンガに押し付けられ、冷たい感覚が背中から全身へと伝わっていく。どうしたらいいかわからない。ただ、高鳴る心臓と手首からじわりと浸食していく熱に荒い息を吐き出すのみ。
 逃げなくては。そう身をよじると、肩から覗き込んでいたフクロウの目が険しくなる。これが占い師と同調しての動きかはわからないが、蛇に睨まれた蛙の気分である。

「……ふぅ。普段は敵対はしているが、怯える人に無理矢理なんてしないよ」

 やっといつもの優しい青年に戻ったのだが、顔は赤いし息も熱い。Ωの興奮した気を至近距離で当てられて、正気でいられるαは少ない。耐性は人それぞれあり、抗体薬で押さえることもできる。だが、少なからず相手に好意を持っていたら別の話。それに、Ωになっていて、目の前でへたり込んでいるなど、心臓が煩いくらいに高鳴ってしまう。
 占い師は我慢強く、欲にも耐性はあるが、ご馳走が目の前で無防備でいる。思わず欲情を持って頬に触れるとびくんと小さな体が跳ねた。

「う……」
「すまない。薬は飲んでいるが」
「……私も飲んでいるが、αの匂いが多すぎる……っ」
「立てるかい?」
「ダメ、力が入らない……」

 まるで恋人を思い出すようだ。か弱く、清楚で、いじらしく。ぺたりと地面に座り込む姿を見て、性欲よりも介護欲が湧き上がる。ゆっくりとローブをかけると、青く、丸く、幼い瞳がこちらを見つめるのだ。
可愛らしい。同じほどの年齢の男ではあるが、つい顔が綻んでしまう。
守らなければ。何も言わずとも相棒が彼の肩へと移り、へと擦り寄る。羨ましいと思うが、動物の特権である。純粋な目を瞬かせながらも、おずおずと彼女の頭へと手を伸ばす。
クルルルと喉を鳴らしながらも甘えるなんて珍しい。気難しく警戒心の高い相棒は、占い師以外の人には懐かないというのに。

「番いは、いないか」
「うう……」
「どうだろう。今回の期間は、私の番いになるのは」
「貴方、が」

 真剣な表情から、冗談や欲望に身を任せているわけではない。優しく頭を撫でられるだけで、ゆっくりと体が傾倒する。
胸に身を寄せられて心臓がどちらともなく高鳴った。

「貴方が嫌だと言えば、手は出さない」
「いやで、なければ?」
「え? ええっ、と……お相手するよ」
「恋人がいるのにか」

 失礼かとも思ったが、つい尋ねてしまった。慌てて取り繕うとはしたが、困ったように口を歪めながら彼は律儀に答えるのだ。

「彼女には、もう会えない」
「え」
「未来が見えているんだ。わかるよ」

 諦念はしているが、悲観はしていない。運命は受け入れるものだと、占いを生業にしている彼はわかっている。何度もそういう未来を見て、崩れ落ちる人々を見てきたから。うっすらと微笑みを浮かべながらもゆっくりと近づき、写真家の震える手を取るのだ。

「だから、この荘園では貴方が婚約者になってくれないか」
「貴様、そういうつもりで」
「違うよ。嫌だったら断って欲しい」

 足をゆっくりと這う手は、動物を撫でるものでも仲間を労い摩る手でもない。明らかな情欲と、焦燥。αとしての匂いがどんどん強くなるのが嫌でも伝わってくる。足を割って入ったと思えば、ゆっくりと体を滑り込ませて動きを封じる。背中にはレンガ、声をあげようものならばサバイバーに気づかれる。絶対絶命とはこのことである。
 未来が見えたのだ。彼の甘く蕩けた惚けた表情。
少なからず彼には好意を寄せられている。番いから恋人となる未来だって見える。だが、それを伝えてしまえばプライドの高い彼は拒絶するだろう。煽るようなことを言ってもいいことなど何もないのだ。

「嫌、と答えられる状態ではない……」
「なら、いいのかな」
「うるさい。嫌と言ったところで貴様の鼻息が止まるのか」

 だから、言わない。彼から求めてくるのを待つ。健かに、だが狡猾に。闇夜からひっそりと獲物を狙うフクロウのように。隠れた目と牙を鋭く光らせては笑うのだ。
 観念した獲物が懐へと無防備にやってきたところで、腕の中に抱き込んでは征服欲を満たす。いつもは鳥のように自由に飛んでいってしまう人が、手中にある。それだけで熱いため息が漏れる。決して興奮しているわけではない。高揚しているのだ。
よくできましたと子供を褒めるように頭を撫でれば、ふいと顔を逸らしては聞かん坊のように拗ねるのだ。見た目の年齢相応の顔に、なんだか嬉しくなってきた。

「じゃあ、噛むよ」
「ん……」

 固く瞑った目と、期待によって桃色に染まる白い。ひき結んだ唇から力を抜くために、骨張った手の甲へと指を這わせると、ビクンと体が跳ねる。焦らしたことで戸惑い、決意が揺らいではいるが関係ない。ディープキスを交わすように、肉食獣が獲物を捉えた時のように、首筋に深く牙を突き立てると強く食い込ませた。
 普段の温和で天然とまで言われた占い師では考えられないくらいに、強引で思慮のないアプローチである。Ωの気に当てられただけでもない。ずっと狙っていた獲物が目の前に膝をついているのだ。我慢できるわけがない。
味わい尽くし、強く吸い上げてキスマークを残して離れると、恥辱に震える可愛い番いの出来上がり。息をつきながらも鋭く、情熱的な視線を向けてくるのだ。

「そ、こまでは、許可した覚えはないぞ!」
「感じたのかい?」
「だ、誰が!」
「なら我慢できるだろう? もう一度するよ」

 言い淀んだのをいいことに、大胆に身を乗り出してはレンガ壁に押し付け、乱暴に唇を奪う。αからの熱烈なベーゼである。擬似の性行為のように意識が飛びそうになるほどの快楽が走る。びくびくと痙攣する肢体を尻目に、股へと足を滑り込ませては膝を動かして反応を示し始めた、敏感な染みを広げるのだ。
そして先ほど噛まれた反対側の首筋には、使い鳥が嘴で挟む。まるで欲情しているように、自らの番いとして印をつけるように。

「〜〜〜〜〜〜!!」
「今声をあげるとバレるよ。そう未来に出てる……」

 本当は、集中しているサバイバーたちにはよほどのことがない限りはバレない。占いを盾にして脅すなんてガラじゃない。だが逃げられたくはない。声を抑えるために総動員で動く手に思わずにやけてしまう。心中では謝りながらも執拗に太ももを撫で回しては極上の獲物を可愛がる。
あのサバイバーを見下す風潮すらある写真家が、これほどにまで従順で大人しく言うことを聞くなど前代未聞である。しかもこんな男の尊厳を奪うような行為すら甘んじて受け止めているとは。欲望の堤防はもう決壊寸前。

「それとも、みんなにも視られたほうが燃える?」
「そんなわけ、ひぃっ!」
「聞かれてしまうって言ったじゃないか……」

 ひらひらと動き回る上着を乱暴に開き、丁寧に地面へと落とす。白いシャツは何者にも染まらない彼そのもの。豪奢なフリルに守られたボタンを片手で器用に外していくと、手の甲を叩かれてしまった。

「変態っ」
「私には、淫らになる貴方の未来が見えているけれども」
「そ、そんなわけがないっ」
「私の見る未来は絶対だよ」

 半分本当で、半分嘘。彼の未来の道は2つに1つだ。
視てしまった未来は確定しているも同然なのだが、自分の行動が関すると未来はずらすことはできる。このまま、番いとして永遠に飼い慣らせば、Ωの性に飲まれて従順な恋人となる。この場合は占い師専用。
 もし手放せば、他のαにつかまって飼い慣らされて性奴隷に落ちる。相手は誰かはまでは、黒い影に阻まれて視ることが出来ないのが悔やまれる。
彼が定期的にΩに堕ち、快楽を覚えた体はαになった時ですら男を求めて疼くようになる。これは変えられない未来である。

「貴方には、好意を寄せる相手がいるのかな?」
「……貴方に言う義理はない」
「教えてくれれば、未来がいい方へと動く」
「そんなオカルトを信じろと言うのかっ」

 せめて好意を寄せる相手がいるのならば、結ばれるように手ほどきをしたいと思う。だが彼がそう簡単に教えてくれるとも思っていない。
もう興奮して熱ってしまった体を宥め、頭を撫でようとしたところで体が触れ合い興奮剤にしかならない。膨らむ雄を見ながら、熱か情愛か区別のつかない赤いで抑えた声で怒鳴るのだ。

「番いにしたくせに、他の者に押し付けるつもりなのかっ」
「そんなつもりじゃないよ」
「ならば、責任を取れっ」

 彼が一体何を伝えたいのか、心までは見えなかった。だが、寄せられた体の重さと、小さく呟いた「赦した時点で察しろ」と、いう言葉だけは心に響いた。
人形のように抱きしめられている使い鳥だけが、熱く断続的な呼吸と作戦会議のざわめきの中、ホゥと無邪気に鳴き声をあげた。

+END

++++
21.2.21




【復写】


※エミエマ表現あり


「パパ! 助けてほしいの!」

 ハンターとは対となるサバイバーの、たった1人の愛娘が駆け込んできたのは、小一時間前の話である。



 趣味である人形作りは、この殺伐とした荘園で唯一癒しを与えてくれるものだ。不気味な少年の形を模したもの、娘の形を模した巨大な人形、サバイバーが喜んで連れ歩く可愛らしい熊のぬいぐるみなど、エトセトラ。ハンターたちが屯する屋敷の豪奢な客間は、今や可愛らしい人形屋敷と化していた。
 近くでは夢の魔女が率いる信者たちや、泣き虫が楽しそうにハンターを模した人形を抱き上げては遊んでいる。そして、「魔女様を作ってほしい」と少女は目を輝かせるのだ。生憎、夢の魔女を見る機会が少ないために、安易なことではない。仕方がないと蛇のぬいぐるみを渡せば、普段は無表情な彼女も笑顔を見せてくれた。
少年はというと、女の子の人形を抱えては駆け回っている。生前の大切な人に似ているのだろうか。ちょうど手に持っていた娘の人形を、愛おし気に見つめていた時だった。エントランスから悲痛な叫びが聞こえたのは。

「パパ! パパ!」

 この声は娘のもので間違いない。聴覚が彼女だと認識した瞬間に、跳ね上がるように立ち上がると、椅子を蹴飛ばしてエントランスへと続く扉を開く。驚いて立ち退く子供たちを気遣う余裕すらなかった。
シャンデリアすら下げられた埃一つないエントランスに、みすぼらしい庭師の娘が立ち竦んでいた。2階から見下ろす邪神や、リッパーには視線で威嚇をし、守るように目の前へと詰め寄れば、せせら笑いながら闇へと消えていく。今、娘はΩだと聞いている。守れるのは自分しかいないのだ。
何があったのかはわからないが、赤い目から怯えていることはわかる。安心させるようにしゃがみ込むと、麦わら帽子を優しく抑えては、父親の音色で問う。

「リ……エマ。どうしたんだ?」
「写真家さんが、ジョゼフさんが、急に倒れたの! エマのせいかもしれなくて、どうしていいのかわからないの……っ」

 早口でまくしたててくる様に、どれだけ焦っているのかがわかる。涙を浮かべ始めたところで、珍獣を見るような目で見下ろすハンターたちから引き離すべく、屋敷の外へと手をつないで誘う。
彼女はΩのはずだ。匂いでわかる。だが、認めた番いがいるために襲われることはない。泥棒が無理矢理、ということならば黙ってはいないが、2人で納得した相手ならば何も言うまい。
娘は、まだ幸せそうに荘園での生活を謳歌しているのだから。

「ジョゼフはΩのはずだが」
「そ、そうなの? あの人はすごく強いのに……」
「今回は調子が悪かったようだ。よく負けては癇癪を起こしていた」

 今回の期間は、何かに追われたように試合に臨んでいたと思う。彼の容姿から、Ωになった時期を見計らい手を出そうとする者は少なくはない。一度堕ちてしまえば、次のシーズンが訪れるまで地獄の日々である。いつ、どこで、誰が奇襲をかけてくるかわからない日常は、ゲームをしているときだけが救い。罰にしてもこれはあんまりではないだろうか。
このように、女も少ない陣営であるが故に華奢で線の細い彼は格好の獲物。だからこそ、人一倍努力をしては舐められぬようにと切磋琢磨しているのは知っている。

「場所はどこだ」
「ええっと、パパの工場の、地下室なの」
「わかった。では早く帰りなさい」
「一緒にいたら、ダメ?」
「私も今回はαだ。番がいるとしても、一緒にいるのはよくない」
「でも、1人で帰るのは危ないって、先生がいつも言っているの……」

 先生とは、彼女がこの地へやってきてから親しくしている医師のことである。荘園の外でも縁があり、医師と患者という関係性ではあったが、今や2人の絆はそれを超えて番いである。
少々得体の知れない女医ではあるが、女を大切に思ってくれていることは知っている。よく泥棒の魔の手から守ってくれていると聞くから、信用はしてもいいのかもしれない。まだ娘の人間関係にピリピリしてしまうのは、親バカでもなく仕方ないことだと思う。こんな場所であるから尚更だ。

「わかった。だが、何かあったらすぐ逃げるんだ」
「はいなの!」

 素直に返事をする、大きくなった姿を見て顔が綻んでしまう。
娘も大きくなったものだ。親として十分なことをしてやれなかったが、立派に成長してくれたことを喜ばしく思う。今は対戦相手という悲運な立場ではあるが、このゲームが終わり、元気に外の世界へと出られることを願う。
 強面に隠れた父親の優しい表情をすぐに引き締め、ては歩き慣れた工場への道を辿る。何故彼があの地にいたのかはわからないが、訪れる者を選ぶ辺境の地だ。逃げるためにでも使ったのだろう。
この遊技場は、天候がねじ曲がっているのは周知の事実である。晴れていてもある場所へ行けば雪が降るし、雨が降っても霧はでない。この工場地帯も例外ではなく、ここは常に雪が降り続けている。まるで、空が泣いているかのようだ。
焦げ一つなくそびえ立つ巨大な金属の城に、億劫な気持ちを抱きながらも足を踏み入れる。いい思い出はないが、娘はこの場所が好きらしい。記憶が薄れている彼女に採って、家族との思い出が詰まった地なのである。帰郷したかのような安心感があるのかもしれない。
 カン、カンと重い体躯をゆっくりと動かして地下室への階段を降る。徐々に強くなるΩの匂いに眉を寄せていると、甲高いヒールの音が忙しなく聞こえてくる。女性であることはわかったが、敵である可能性もある。Ωであれば、αの女すら性的暴行の加害者となるのが恐ろしい。
先に追い払う必要がある、と振り返り睨みつけると、そこにいたのは荒い息を整える医師の姿があった。

「ウッズさん!」
「エミリー先生!」
「よかった……無事だったのね……」

 心底安堵した音色で深いため息をつくと、側に立つボディーガードへと会釈をする。前前から警戒をされているようではあるが、娘に邪な気でもあるのだろう。同性であるが、油断ならない相手である。
だが、今の問題はこのΩの強烈な匂いだ。頭の奥底へと響き、腰にくるこのフェロモンをどうにかしなければ、連鎖するように他のΩもαも例外なく惑わせてしまう。それほどに強烈で、甘い匂いが工場内に充満している。まるで娼館にでも迷い込んでしまったのかと錯覚してしまう。
 目眩を覚える庭師を強く抱きしめては、安心させるようにと背中をポン、ポンと叩く。安堵して目を閉じてくれるのは、赦してくれたからなのだろうか。真意を問うより先に外へと押し出し、医師に託す。我に返った手にしていた小さな包みを手渡してきた。

「これを。これ以上彼女をつれていけないから、貴方に任せるわ」
「わかっている。早く屋敷へ戻れ」
「彼女を避難させてから、またくるわ」

 いつものようなクールな表情もなく、不安を露わにしては徐々に力の抜ける番いを抱きしめる。安心させるように、大きな手で2人の背中を押せば、やっと亀の歩みではあるが前へと進んでくれた。
 ここからが問題である。刺激臭に眉間を寄せて、混沌とした地下へ続く階段を駆け下りる。
段々Ωがαを呼ぶフェロモンが強くなってきているのがわかる。本格的にヒートが始まっているのかもしれない。そうなれば、せい処理の相手をしなければ発散は難しい。だが、彼に手を出すのには強い罪悪感を覚えるのだ。
 なんだか、純粋な子供に手をだすかのような罪悪感。新雪のような白い髪も、肌も、汚れを知らない幼い子供を彷彿とさせる。

「あ、う……」

 弱々しい悲鳴をあげながらも、丸くなっては椅子の裏へと隠れる。
ここは人目につきにくい場所である。しかし、逆を言えば逃げ場もないのだ。鮮明で美しい青色の、煌びやかな衣装では埃っぽくて薄暗い地下室で隠れることは不可能である。
目を閉じ、まるで熱にうなされるかのように眉を寄せ、身をよじる度に響く布が擦れる音すら、はっきりと聞こえてくる。あぁ、目が離せない。
昔、娘が高熱を出した時もこのような様子だった。丸くなって、荒く息をつき、できることならば代わってやりたいがそんなことはできない。ただ、手を強く握りしめて見守るしかできない歯痒さに、自らの無力さを思い知ったものだ。
 早く、無理矢理にでも薬をねじ込まなければ、正気を保っていられるのも時間の問題だ。傍らにしゃがみこんでは肩をさすると、小さな唇が舌を覗かせて動いた。

「お父様……」
「私は貴方の父ではない」

 思ったよりも小さな手が、ネルシャツの裾を掴む。
貴族出身である彼の父は、もっと優雅で品があるだろうに。間違われたことにも驚きではあるが、何よりも父と呼ばれたことに胸が暖かくなる。だが、同時に不可思議な痛みが胸に走り誤魔化すように頭を撫でてやるのだ。
実年齢がどうであれ、幼い雰囲気も持つ写真家は復讐者にとっては息子のようなもの。目覚めを促すように髪を梳いてやれば、まるで猫のように擦り寄ってきたのだ。

「あぁ、レオ、か……」
「まだ正気は残っているか」
「うん……」

 うっすらと開いた目からは、情欲が見える。1人でずっと耐えていたのだ、まだ体が熱っていても仕方ないとも言えるのだろう。

「Ωもいたのだが、お前のフェロモンが強すぎて、近づけられなかった。すまんな」
「いいよ、今、コントロールがきかないから」

 足を抱き寄せ、丸くなる姿を痛ましく見つめていたが、徐々に気が鎮まっていくのがわかる。発情期が収まっていくようだ。
薬を渡して飲むように促すのだが、動く気配はない。まだαと接触するのは気が引けるのだろうかと危惧したのだが、杞憂に終わった。少し照れ臭そうに口を開くと、赤い舌を覗かせては誘惑するのだ。

「飲ませてくれ」
「甘えるな。もう子供じゃないだろう」」
「だって、私すら貴方にとっては子供のようなものなのだろう?」

 言葉の綾であったが、そう言うふうに言われては仕方ない。
こんな大きな息子を持った覚えはないが、悪くはないと思う。両手を広げて抱擁をせがむと、いまだに硬直している復讐者へ首を傾げては告げるのだ。「パパのほうがいいかな?」と。

「はぁ、他の者もこのようにからかっているのか」
「貴方は特別な存在だと思っている」
「私が?」
「父親のようで、安心できる」

 大きな手と、広い背中。お世辞にも背は高いとは言えないが、大人の男の風格は十分だ。ガッシリとした筋肉は、男としても憧れる対象になる。
力もあり、サバイバーたちにも人気があるのも知っている。ゲームの最中は、主人の力によって怒りに飲み込まれた魔物のような風貌になっているが、元は優しい人物なのだ。
よく子供や娘、オフェンスや傭兵といった筋肉質のサバイバーにまとわりつかれてじゃれながらも、平然と歩く姿を見たことがある。あの偉丈夫達すら、素の状態で簡単にいなしてしまうのはさすがと言える。
 少し、羨ましいとも思った。
貴族としての厳しい家庭に生まれ、親子の情も薄いまま、大切な兄弟を失って我を忘れてしまった。父親と母親の記憶も薄らいでいる。忙しく仕事一筋の父親と、少々高慢な母親だったから、まともに話したことがあったかも定かではない。だからこそ、ずっと一緒にいた半身に依存をしてしまったこともある。家族の愛に飢えていたから。
周囲にいる者達が、羨ましかった。

「今だけは、私の父になってくれないか」

 寂しいという感情がまだあったのか、と本人すら自笑する。目の前には孤高な彼にそんな感情があるとも思えない。今日はたまたま人肌が恋しいだけなのだろう。「抱っこ」と両手を広げてくるものだから、可愛らしいおねだりを叶えるために腕で細い体躯を持ち上げると、首に抱きつき嬉しそうに笑うのだ。

「体、大きい……」
「身長は貴方より小さいが」
「肩幅とか腕とかのことだよ」

 擦り寄り、形を確かめるかのように撫で、うっとりと熱い吐息を吐き出す。
これ以上はまずいのではないか。きっと興奮を促されているからこのようなことになっている。復讐者としては年のせいで性欲が落ちているせいもあるが、理性が飛ぶのも時間の問題である。

「もうダメだ。離れるんだ」
「……庭師がそばに来た時、貴方と似た匂いがした」
「親子だからな」
「それで、ヒートが促されたんだ」

 そう言われたら更に困惑してしまう。やはり、早く離れなければ取り返しのつかないことになる。
欲に流されて抱き潰すのは簡単ではあるが、きっと正気に戻った彼は発狂する。男に好きに抱かれるなど、プライドが許さないだろう。
だが、今はそんな思想すらまともに動かないのは、お互い様である。情欲の興奮のせいで火照る体と、伝わる熱に翻弄されながら、荒くなる鼻息を抑えることで必死になるしかない。熱を求めて擦り寄ってくるが、耐えるように目を閉じてはできるだけ抱き心地の良い体を遠ざけようと腕を伸ばした。

「ほら。降りるんだ」
「キスで薬を飲ませてくれたら、降りるから」
「父親とはキスはしないだろう」
「するかもしれないよ」
「甘えたいなら、母親にするものだ」
「父に甘えてはいけないなんて、ないよ」

 娘に向ける感情とは違う、「可愛い」が湧き上がる。この感情を覚えたのはいつだろうか。物心ついたときの初恋の女の子に。通りすがりの綺麗な女性を見つけた時。妻との馴れ初め。
これは、彼に向けてはいけない感情だ。わかっている。妻に裏切られても、娘を裏切ってもこれ以上幻滅させたくはないのだ。
だが、しかし。
 迫ってくる、彼の中性的で端麗な顔を見ているだけで、ドクリと心臓が高鳴る。αとΩの麻薬が、まるで吊り橋効果のような相乗効果を生む。
写真家は、甘い視線を向け続けては、視線が交差する度に微笑む。幸せそうに、はにかむのだ。

「貴方のことは、性的な感情を持って見ていたわけではないが、安心してしまうんだ」
「キスで止まれる自信がない」
「その時は……その時だ」

 もう立ち上がってしまっている雄を横目で見遣り、顔が真っ赤に染まる。
男の相手はしたことがないが、妻にはいつもお世辞ではなく満足してもらっていた。彼もきっと、可愛い声で鳴いてくれるのだろうと思うだけで、腰が重くなるのがわかる。



『うっ……くそ、ヒートか……?』
『そこにいるのは、ジョゼフさんなの?』
『エマ・ウッズ……それに、この匂いは、彼の、フェロモン?』
『だ、大丈夫なの!?』
『大丈夫……ではないか。貴方の、父親を呼んできてはくれないか』
『パパを? どうしてなの?』
『彼でないと、この疼きは治らないから……』

++++
21.3.14

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