封神 | ナノ



月光の目覚まし時計

※太←楊
※ショタ化とか妖怪化とか
※一部捏造
※甘い


 妖怪の王子は、目を覚ます。
  ボクはだあれ?
   ボクのかえるばしょはどこ?
    あなたはぼくにとっての……?

 開かれた窓から、招かざる月光が容赦なく降り注ぐ。ああ、もう夜か。太公望は夜空を見上げて自笑した。
仙道たちの戦いも終わり、あとは人間界を正すのみ。妲己も姿を隠してしまったし、後一息なのだ。負けてはならないというプレッシャーもあり、日に日に休み時間が減ってきてしまった。
今日も今日とて、すっかり今後の富国強兵政策の思案で夜更かしをしてしまった。ちょうど天頂へとさしかかっている月が「お前ともあろう奴が働き過ぎだ」と飽きれて光を陰らせる。
半分開かれた窓から、風が吹き込み木簡を運ぼうとする。しかしまだ書きかけのものだ、誰にも触れては困る。慌てて窓を閉めると腕を天井へと伸ばして背中を反らせる。ポキポキと骨の鳴る音がするのは、運動不足の証拠。最近ずっと座り作業で、黒と白しかしていない。距離感を正常に認識できない疲れ目を瞬かせると、両頬を勢いよく同時に叩いた。
 誰になんと言われようが、まだ寝るには早い。今脳裏で張り巡らされた策さえ完成すれば、土地を得ることができる。それさえできれば今の倍以上の食料が収穫できるようになり、妥当殷の道から近づいてくる。
 仙道のいらない人間界を作るには急がなければ。仙人たちは寿命なんて永遠に近いが、人間にとっては時間は待ってくれない。
約束したのだ、姫昌と。必ず、武王を王としてこの国を守り立てると。
 そこまで言うなら仕方がない。再び光りだした月を見上げて彼は微笑む。明かりを手に入れたことで再びかすれた筆を手に執ったところで、扉から控えめで、それでも有無を言わせない音が聞こえてきた。
誰だ、なんて愚問である。初めてならまだしも、こう毎晩のようにこられては慣れるというものだ。この仕事を進めようと思ったのも、彼に時間を割かれてしまうことがわかっていたからである。
「楊
 独り言のように名を呼ぶと、音が止み扉がゆっくりと開く。現れたのはやはり、天才導師と謳われる美青年だった。
 彼が夜這にくるようになったのは、仙界大戦から一月したころだったろうか。
始めは驚いた。いつも「明日の業務に支障が出ないよう、早く休むように」と口酸っぱく言ってくる彼が、まさか夜分遅くに他人の部屋へとやってくるわけがない。
 しかし詮索なんてできなかった。下を見つめた瞳には光がなく、一体何を見つめているのかさえわからない。床か、太公望か、闇か、はたまた自分にも訪れるであろう死か。千里を見渡すように瞳孔が揺れ動く目を見ていては、立たせているのが酷に思えたのだ。「まあ入るがよい」と肩を抱き寄せると、抵抗なく細い体は私室へと滑り込んできた。
 彼は何も言わない。新しい策の相談でも、普段のサボリ癖への小言でもない。ただ闇に沈む静寂の部屋の中、一人立ちすくむだけである。
座るように促せば、寝台にちょこんと座った。木簡を片付けながら様子を伺うが、彼は何も言わない。陰のさした床を見つめるだけで身動きすらしない。呼吸の音すらか細く生きているのかも疑ったくらいだ。
 何かあったというのはわかる。しかし、詳細までは知らない。自尊心の高い彼だから、自分の口から説明したくはないのだろう。聡明な上司だから、察しくれる。そう思って無言で悩みを聞いてもらおうときたのだろうが、そうはいかない。何事もコミュニケーション。彼が何も言わない限り、こちらも何もいわないことにした。
 彼が切り出すまで時間を潰そう。そう木簡へと視線を落としてどれだけ時間が過ぎたのだろう。肌寒さを覚えて小さなくしゃみをすると、背後から張りつめた空気が消えていることに気がついた。
そこには座った体制のまま後ろへと倒れ込む、眠る楊の姿があった。それだけではなく、妖怪の姿を晒して無防備に寝こけているではないか。これには目を剥き駆け寄るしかない。
 人間に化けられないほどに消耗しているのだろうか。慌てて布団をかけると、暑苦しそうに身を捩る。その野性味溢れる破れたマントや、禍々しい被り物は皮膚なのだろうか。眠り辛そうにしているから脱がそうとして、やめた。なんだかイケナイことをしているような錯覚に陥り、罪悪が湧いたのだ。不可抗力で赤くなる頬を抑え、改めて彼の端正で気の抜けた幼い寝顔を見つめた。
 本当に、憎らしいほど整った顔立ちである。
いつもは白い肌が青黒くなっていても、きめ細かいく滑らかな手触りは変わらない。長くストレートの髪が、自己主張をするように跳ね回り、下へと垂れ下がる。細い指には太い節が、3本の指には整えられた長い爪。いつも手入れをしていた名残で、傷もなく輝いている。
 いかん。
慌てて近すぎる顔と、頬を滑っていた手を引いて顔を覆う。一体無意識に何をしていたのだろう。身を乗り上げ、彼を押し倒してまじまじと観察しているようにしか見えない。真剣に男の顔を見ているなんて知られたら、男色趣味だと疑われてしまう。
正直太公望は、自身の評判に興味はない。しかし、人間の女が見ほれるだけではなく、仙人界でも屈指の色男に変な噂がついては気の毒だ。

「太公望、スース……」
「ん?」
「父上、師匠……」

 本当に、ただ寝ていたのであろう。それ以上の言葉は何一つとしてなかった。
 か細い声を聞いて胸が痛くなる。仙界大戦は多くの者を失ってしまった。命を、居場所を、故郷を、心を。
強がる者ほど危険信号を発している。よく言ったものだ。幼い頃から会いたかった父に再会できたと思えば、待っていたのが別れとは悲しすぎる。しかし彼は同情の目を向けられることを好まないことはわかる。それでも、彼のために心を痛めるしかなかった。
 安堵した小さな寝息にため息をつき、今日の休息は諦めることにした。彼の頭を枕に乗せ、深く布団をかぶせてやる。勝手に部屋に入ってくる者は四不象くらいだが、もし人間が入ってきては困る。彼も、知らないところで妖怪の姿を見られたとなると傷つくだろう。
せめて、手の届くところにいるうちは安心させてやりたい。

「ゆっくり休め。わしの大切な……」

 言葉はか細くなって消え、何を言ったかは風にしかわからない。
月はゆらゆらと二人の様子を見ようと揺れ、雲に邪魔をされてしまった。
 妖怪の王子は、目を閉じる。また合う日まで、月の意のままに。



 月は妖怪を狂わせるらしい。楊は月の出ている晩にやってきて、仕事が終わるまで待っていた。
ベッドに座っている時もあれば、隣にやってきて手伝おうとすることもあった。後者は、彼の仕事を増やしたくなくて大体は丁重に断り、今では隣に座るだけになった。
 だが彼もおとなしくしているだけの性格ではない。
一緒にいたいのか、上司よりも先に眠ってしまうことを危惧しているのか、眠気覚ましの策を講じてきた。時折子供の頃の自身に変化して、上目遣いでおねだりするのだ。「じゃまはしないので、ひざにのせてくれませんか」と。
さすがは天才、泣き虫だった過去の自分の変化も完璧である。潤んだ目で言われては断れる訳がない。いい知れぬ罪悪感から逃げるようにぴったくとくっついては何も言わずにただ座って筆を目で追っていた。いつもと違う、頭についた巻角。羊を彷彿とさせるそれに懐かしさを覚えて笑うと、頬を膨らませて照れた顔が見えた。
 口で言わずとも、彼は寂しかったのだろう。父親と師匠を亡くし、本当の自分で甘えられる人を失った。自分の居場所を失って、心が折れないのはさすがというべきか。それでも、柱を失っている状態は何が起きてもおかしくない。支えてやる者が必要になる。
虫と風がかすかに聞こえる室内で、響いてくるのは筆と髪の滑る音。時折暖かい手が幼子の頭を撫でては背中をポンポン、と叩く。
寝かしつけようとしているのは、彼にも伝わっている。寝てなるものかと抵抗を示しても、人の優しさと体温、単調な音は子供にとって睡魔を刺激するには最高の条件である。大きなガラス玉のような目が伏せり、目をこする姿を見て笑みが漏れた。

「寝るとするかのう」
「あなたのじゃまはしません。ボクはだいじょうぶですので……」
「わしももう眠い」
「スースがそういうのなら……」

 優しく抱き上げると、首に腕を巻き付けて小さな体をすり寄せてくる。「決して離れてなるものか」という強い意志を感じるが、こちらも離すつもりはない。臀部へと腕を回して支えると、ゆっくりと寝台へと足を進めて降ろしてやる。親に置いていかれ、迷子になった不安な子供の顔。目は焦燥に揺れて、涙の光が月光に照らされて誇張される。
「安心せい」と布団を開けて中へと滑り込むと、はにかんだ笑顔でその横へと入り込んできた。眠るときは、必ず太公望にも布団に入ることを促してきた。そして抱きついて眠る。
 何故、この美しい妖怪の王子に選ばれたのが自分なのだろう。最近韋護やと仲がいいと聞くし、仙道たちも正体について察しているだろう。彼から真実が語られるのも時間の問題だ。
しかし、いつもは一人背負い込む彼が頼ってくれたのは、嬉しくも誇らしくもある。不安なら、少しでも楽にしてやりたい。いつも盾となり矛となり、その聡明な頭脳で手伝ってくれる彼だ。してもらうだけでは割に合わない。こちらからも返してやらなければ、不公平である。
 例え要求されるものが望んでいるものに満たなくても、それでも。
 優しい夜風は二人の上を駆け抜ける。間を通って邪魔をしようという不埒なものはいない。窓側に寝ている楊から太公望へ、そしてまた逆に吹き抜けて外の世界へと戻っていく。
月光に照らされる横顔を風が撫で、駆け抜けるたびに青い髪が揺れて、甘い匂いが駆け抜ける。まるで妲己のような蠱惑的で心が不安定になる匂いであるが、これはもしかして妖気なのだろうか。彼は布団から半分だけ顔を出して、こちらを見つめてくる幼く不安を抱いた翡翠の瞳。眠そうな表情は天然のもので、どうやらこの甘い匂いも無意識に流れているのだと悟る。
 特別性のテンプテーション。鼻をくすぐり、惑わし、彼に釘付けにされる。
頬を撫でて眠るように促すと、イヤイヤと首を振る姿が見えた。欠伸をかみ殺し、おりてきた瞼にかろうじて抵抗している状態なのに、眠くないなんて嘘に決まっている。
やはり子供はわからない。優しく「どうした?」と諭すと、ぽそりとか細い声が聞こえてきた。

「スースも、いっしょに……」

 どうやら寂しがり屋な王子様は、一緒に眠ることをご所望らしい。いっそう胸に強く抱きつくと、母親に甘えるように胸に吸い付いてきた。物心ついたころに父親から離されただけではなく、母親を知らないからこそ愛情への渇望が強いのだ。乳は出ないというのに、ちゅっちゅっと高い音を立てて白く不健康な体に吸い付いてくる。

「やめよ。吸うなら……そうだの。こっちにするか」

 特に何も思いつかなかった。でもこの状態よりはいいだろう。親指を小さく薄い唇に当ててやれば、新しいおもちゃを見つけたと唇をあてがってくる。そのまま牙をたてて甘噛みをし、傷を労い舌をはわせる。寝ぼけているのはわかっているのだが、なんだか年端も行かない子供を悪の道へと連れ立っている気がしてしまう。

 時には、妖怪の姿で抱き合い眠り、いつもの姿で恥ずかしそうに寄り添ってくる時もあった。
青年の姿をしているときは、指ではなく首へと噛み付く。どうあっても口に入れていないと落ち着かないらしい。しかし長く伸びた大人の犬歯は笑えないものがある。まるで吸血鬼が血を吸うように、動脈を狙われてはたまったものではない。妖怪の血を求める本能なのかしらないが、本能に抗うように血が出そうになると必ず目を覚まして謝ってくる。「血を吸うと、人間に戻れないのではないか」と心配しているのはわかる。それでも、妖怪の血が、楊が望むなら与えてやりたいとも思う。
 いつもの恩返しと、本当の彼が見たいという好奇心。どんな姿でも、どんな本性でも受け入れると玉鼎に誓ったのだ。仲間としての優しさ、というよりも弱々しい姿を見てわき上がった愛情。父性、が近いだろうか。弟子を持つとこんな気持ちになるのだろうな、と眠気でぼんやりとした頭で思う。
 甘噛みをして、嘗めて、唇で咀嚼して。一連の動作も徐々に緩慢になっていき、動きが完全に止まった。規則正しい寝息と上下に緩やかに動く肩から、眠ったのだと悟り安堵の息を吐いた。

「まったく……自分の容姿を自覚せいと言うのに」

 中性的で、それであって行動も見た目も美しい。
男であっても真剣に見つめられると、端正な顔が目についてしまい緊張してしまうというものだ。
周の兵には仙道を除けば女がいない。必然的に、男色の者が増えるのは言うまでもないだろう。遠征となれば、人間である以上性欲は溜まる。さすれば同性同士の処理も必然的に増えるのである。
さすがに仙道に手を出そうという者はいない。無理矢理ことに及ぼうとしても力は叶わないし、そのせいで琴線に触れて仙人界に帰られては、勝てる戦も勝てなくなる。それは皆が承知していた。
 別に、被害が出ていないなら咎めるつもりもない。別に彼と特別な関係というわけでもなければ、性的欲求を覚えているわけでもない。繁殖が不必要な仙道になってからは、肉欲が損なわれていくのを年々感じるのだ。
それでも、彼には惹き付けられるし美しいと思う気持ちは枯れた爺の心にもある。美青年の腕の中におさめて、優越感に浸っているのも確か。
 天才楊を独り占めできる、特別な存在になれたと思えば誇らしくある。それは素直に嬉しい。
 それでも、この封神計画が終わるまでの話。無限の時間を持つ導師に唯一与えられた、魔法の解けるタイムリミット。

「お主はいい女子と恋をして生きるのであろうな」

 欲に素直な妖怪たちには、性欲もあり肉欲もあると聞く。きっと彼も、我慢しているだけで欲は日に日に溜まっていることと思う。三大欲求の中で、性欲だけがぽっかりと抜け落ちた太公望とは正反対だ。
だからこそ男同士でくっつくという好意にも別段恥ずかしいという感覚もない。妲己を見ても惑わされないのは、男女観も老いて違いがわからなくなっているのだろう。
 将来有望の公主の愛息子は、競争率も高かろう。でも向上心の強い男であるから、相手は大変だろうな、とクスリと笑ってしまう。そんな男をうまく使えるもの自分の特権、唯一の誇り。独占欲があるわけではないが、ずっと一緒に片腕として働いてくれたらいいのにと思っている。楽をするには、有能な部下が必要なのだから。
 手入れの行き届いた長い髪に、かすかな清涼な香水。鼻はすらっと伸びて、輪郭が細く整った長い顎を象る。
長いまつげは毛と同じで青く、血色のいい健康な肌に陰を作る。男らしく太い眉毛に薄い唇。体格もよく筋肉が程よくついているが、無駄がない細くしなやかな男の体。天は人に二物を与えずなんて嘘だ。力と顔と、おまけに頭脳までも与えてしまうなんて、不公平極まりない。憎らしくなって鼻をつまむと、「ふごっ」と間抜けた鼻息が聞こえて笑ってしまう。

「フフ。こやつに求婚されたら、断る者はいないだろうて」

 月にすら愛された王子は、腕の中で微睡み始める。次に目覚めるのは一体いつ?

**

 チチチ、と小鳥が太陽を呼び囁く声が遠くで聞こえる。
太陽が、風が、白い空が「朝だよ、朝だよ」と覚醒を促してくる。薄い雲が遠くに流れて、風が朝の乾燥した太陽の匂いを運んでくる。
もう、日は完全に山の麓から顔を出していた。寝過ごしてしまったか、と体を起こそうとして、自由が利かないことを思い出した。
 ああ、今日も同衾者がいたのだった。
伸びた細く長い腕は、腰にひっかかって離れない。三本の指でよくも外れないものだと関心しながら、光に照らされ輝く銀髪を撫でてやる。

「おはよう、楊

 そういえば今日は妖怪の姿であったか。日替わりで変化していく容姿をまじまじと観察して、噛み付かれた首筋を撫でる。
甘噛みではあるが、牙が触れる感覚は生々しく覚えている。執拗に吸い上げてくるものだから、まるでキスマークのような跡までできてしまっている。
乱雑に机においてあった救急箱を手に取り、大量につめられた包帯を巻いていく。始めは皆にも心配されたが、跡を見られたら「蚊にでも刺された?」と誰も気に留めなくなった。女がいるなんて誰にも思われないのは男としては悔しいが、都合がいい勘違いではある。
もう体の一部かのように誰も認識しなくなったが、時折四不象と、元凶の楊だけが話題にしてくる程度。
に至っては、顔をそらしながら心配してくるからいじらしい。頬を染めているところなんて、宮女が見ると卒倒するだろう。
 さて、しばらく長く艶のある髪を堪能したところで。まだ目覚める様子のない彼を寝台に残して脱出したいと思う。
腕を解こうとするが、予想に反してものすごい力だ。抱きしめているときは添えている程度であるが、離れようとして指を外しにかかると相反して力が強く、ベルトのように締まってくるのだ。
時計の針が一周するほど粘ったが、びくともしない。さすが妖怪、執念深い、と褒めてやりたいくらいだ。
 やっとのことで抜け出したのはいいが、犠牲を払わなくてはなからなかった。それは太公望を模して作られた、脱力する顔のぬいぐるみ。
縄脱けのように逃げると同時に、腕の中に押し込んだのだ。等身大ではあるが、脱力系の顔をしていて丸い体をしている。それでも彼は気に入ったらしい。口角をあげると顔を埋めて噛み付き始めたのだ。
こやつの噛み癖はどうなっておるのだ……。遠慮がない力加減に、みるみる歯形がついていく人形の首筋を見て顔が青くなるのがわかる。
 次はどうやってぬいぐるみを助けようか。策を練ろうとしたときに、大きな足音が部屋の扉の向こうから聞こえてきた。
この粗雑で堂々とした歩き方は武王だろうか。布団で彼の全身を隠して様子を伺っていると、扉が叩かれて返事を待たずに開け放たれた。

「あれ、楊を知らないか?」
「返事を待たぬか。 どうかしたのか?」
「部屋に姿が見えないーってプリンちゃんたちが探してんだよ。チェッ」

 悔しそうな顔は本音であるが、部下を心配してくれて言っていることはわかる。
さて、どうしようか。
眠っている本人を振り返って返答をしあぐねていると、背中のベッドがもぞもぞと動いた。夜這にきていたことを認めるのだろうか。好奇心で振り返ると、そこには四不象が布団から出てくるところだった。

「楊さんッスか? あの人ならいつも朝早く修行に行ってるッス」
「そうなのか? いつもはこの時間にはいるんだけどな」
「今日は遅かったんスかね。さっき外を飛んでいくのを見たッスよ」

 いけしゃあしゃあと笑顔を崩すことなく、自分自身の嘘行動を教える姿には関心してしまう。やはり完璧主義者、嘘も演義もどんどん上達している。

「今日は何か急ぎの用事があっただろうか?」
「いや、何もないぜ」
「ならわしらはもう少し寝るかのう」
「おい。仕事しろよ」
「次の計画は順調であるよ。書類の類いは任せたぞ」
「わし”ら”ってことば、ボクもッスか?」

 その四不象の声には、呆れ半分嬉しさ半分。「わーい、お昼まで自由時間ッス!」と自然とタイムリミットを言われて、ため息をついた。
確かに仕事はないわけではないが、もっと怠けたかったというのが本音である。
飽きれた武王は早々に姿を消すし、さてどうしたものか。時間にうるさい彼から仕事開始のお小言があるまで寝るとするか。欠伸をかみ殺すと、ぴゅるるるると足下へと彼が近づいてきた。
 何だろうと見下ろすと、大きな緑の目が機嫌を伺うように上目遣いで見上げてくる。困ったように眉が下がっているし、何か言いたいのだろう。しばらく何も言わずに見つめていると、意を決して真剣な表情で拳を握りしめた。

「ご主人、大好きッス!」
「なんだ急に」
「えへへ……ボクからの求婚ッスよ」

 唐突になんなのだろうか。カバのような柔らかく大きな顔を擦りつけてきたと思えば、楽しそうに周りを飛び回る。大きな目を弦状に細めて全身で喜びを表す姿に微笑ましい気持ちがわきあがる。嬉し恥ずかしいと笑う顔は四不象そのものだが、中身はあの楊
もう武王もいなくなったことだし、演技は必要ないのにどうしてだろう。このまま飽きるまで練習を続けるのかと思って「わしも好きだぞ」と答えると、顔を覆って赤くなる。なんだこの初々しい反応は。調子が狂ってしまう。

「四不象がそういう遊びにハマっているのか?」
「知らないッス」
「なんじゃそれは」
「彼じゃなくて……"僕"からの求婚ッス」
「お主からの? 求婚??」
「……まだ、"僕"の姿では言えないッスよ……」

 妖怪の王子は、目を閉じる。再び目覚めるそのときまで、本当の姿と心が目覚めるのを待ちわびる。

 僕は、貴方という月に惑わされた妖怪です。
  僕は、貴方の傍にずっといます。
   貴方は、僕が愛した人です。太公望師叔……

+END

++++
18.9.25

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