封神 | ナノ



約束


※楊ゼン女体化


「たまには息抜きもいいですか」

 口を開けば一言目に「仕事はどうしたのか」とうるさい、真面目な彼から意外な言葉が飛び出し、心臓まで飛び出すかと思った。
別に、彼に対しての嫌みというわけではない。ただただ、聞きなれない言葉に警戒心を露にしてしまっただけである。
それは向こうも同じである。露骨に懐疑心を顔に出し、じっとりとした冷たい目で見つめてくるのだ。そりれは、わかりやすいくらいに目を見開いていては警戒もされるだろう。

「何ですか」
「いや、交換条件はなんだ」
「ないですよ。貴方の中で、ボクはどんな人物像なのですか......」
「くそ真面目?」
「では息抜きは中止ですね」
「わーわー!! 冗談だ!」

 どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかわからないものである。
珍しく堂々と「釣りに行ってもいい」などと言うのだ。へそを曲げられ、前言撤回をされてはたまらない。
善は急げである。早く早くと、四不象を呼ぼうとしたところで、制止の声が上がった。

「四不象にはお使いを頼んでいるので、足なら哮天犬にしましょう」
「なっ! 二ケツではないか! 見つかったら然るべき罰金を」
「バカなことを言うならば、やはり休憩は無し」
「わかったわかった! それでよい!」

 どうやらふざけることも命取りになるようだ。観念して白旗をあげると、彼は満足げな顔をする。勝ち誇り自信満々な笑みはよく似合う。
白く美しい毛並みの愛玩動物が虚空から現れ、忠誠を誓うように腹をつける。
もふもふとした頭に右肩を向けて座るのを見届け、一抹の不安を覚えた。
確か、この宝具は1人乗り用ではなかったか。四不象より大きいが大型犬、男が2人乗るにはいささか無理がある。

「わしはどう座ればいいのだ」
「? 普通に座わればいいのでは」
「狭いわ!」
「では、膝の上......?」
「そんなこと出来るわけなかろう!」

 この天然は師匠譲りに違いない。ムキになって飛び乗ると、急な重力に不平不満の唸り声。ムスッとした哮天犬の可愛らしい顔と、主人の不思議そうな美顔。
いつもより近い距離にあるだけで、迫力が違うと息を詰めてしまった。いつも色恋沙汰の噂が飛び交う理由もわかる。

「前にも、韋護くんとも2人で乗れたので、大丈夫ですよ」

 懐かしむように言われ、言葉が詰まってしまった。
前例があるのならば、2人乗りが出来るという行為に対する信憑性が上がってしまう。
その時のことを思い出しているのか、小さくはにかむ彼の稀有な表情を尻目に、ゆっくりと跨がってみた。確かに、狭くはあるが難なく立ち上がる宝具の乗り心地も悪くない。
2人とも無事に乗れたことを確認すると、慈愛に満ちた表情で愛犬の頭を撫でた。

「行くよ、哮天犬」

 主人の期待に応えるべく、遠吠えを上げると地を蹴り空へと舞い上がった。
足が宙に浮き、体が支えを失った浮遊感。どこへと向かうのかはわからないが、きっと彼なら霊穴の場所も熟知しているだろう。
しかし、乗り物が違うだけで、これほどにまで乗り心地にも違いが出るとは。体も小さく揺れも少ない四不象とは違い、重心が増えたこともあるだろうが、体の大きな哮天犬は上下に揺れる。
咄嗟にバランスを崩して手を伸ばしたが、空中に抱きつけるものなど存在しない。あるとすれば、目の前の彼しかないのだから。
 急に腰に巻き付いた腕に、視線は向けどもすれども取り乱した様子はない。チラリとすまし顔が振り返り、何事もなかったかのよう、すぐ前を向いてしまった。
せめて、いつものようにイヤミでも言ってくれればいいのに。
認知すらしていないようなそっけない態度に、なんだか無性に腹が立った。



 ゆっくりとした動作でやってきたのは、人里をかなり離れた森の中。下流に近く適度に大きい岩があり、座るのにも最適である。
しっかりと体が地に着いたことを確認すると、身を屈めるのも待たずに勢いよく跳び降りた。
水場を離れた、雑木林の入口に落ちている枝が目につき、手に取り振り回してみる。
これならば、釣竿としても適している。持参していた糸をすぐさま巻き付け、簡易の竿の出来上がりだ。

「お主は?」
「哮天犬に行水をさせてきます」

 手にした皮の袋からマイブラシを取り出すと、川の際まで誘導して水をかけ始めた。
まさか暴れだして流されることもあるまい。ズボンの裾を折り、珍しく覗く二の脚を眺めながらも、針に難なく糸を通して結ぶ。

「勝手に遠くへ行ったり、暴れるのはなしですからね」
「暴れるとはなんだ。それを言うなら犬の方が心配であろう」

 「早く早く」と裾を引っ張る愛玩犬を宥めつつ、用意できた普賢考案の釣竿を一振り。
遠くまで飛びそうであるし、鉤爪のような釣り針の代わりにつけた裁縫用の針は、真っ直ぐに伸びて秒針のように世話しなく揺れる。
そのまま、針を海面へと放り投げると、細い糸だけを便りに海面へと突き立てた。ぽちゃん、と控目な音が波紋を作り、円を描きながらも静寂が戻ってくきた。
 暫く右往左往する川魚たちを観察して、水草の呼吸を見つめる。水面に揺られているうちに水が土へと染み渡るかの如く、まるで釣竿が自然の一部であったかのように溶け込んでいく。物珍しい客人を、無礼にも小魚たちがつつき始めた時だった。ばしゃん、と激しい水音と飛沫があがったのは。
どうやら、愛しいペットの入浴タイムは終了らしい。せっかく集まってきた魚たちも散り散りになっていく。場所を変えようと釣竿を振り上げたところで、ワンワンとけたたましく吠える、嬉しそうな犬の姿を見た。
 釣り針を見て、興奮して跳ね回る哮天犬はただ遊んでいるだけだ。
だが踊る度に水しぶきで視界を覆われる楊ゼンはたまったものではない。
終いには我慢が出来なくなり、勢いのまま太公望へと飛び掛かると、まるでスプリンクラーのように、水滴が水面を打つ。
慌てて止めようと近寄ってきた主人は横からの豪雨に顔を覆い、気圧されて顔を覆う。それだけではなく、足が前へと高々に上がったと思ったら、重い音をたてながら姿が忽然と消えた。慌てて竿を後ろに放り投げたが、今度は感情のまま追いかける薄情な生き物はいない。頭を押さえながら水面を睨む彼に、我先にと競い駆け寄った。
 乾いた服が、濃い色へと変色していく。黒く重くなっていく衣たちと、その奥見えたのは水により露になった身体のライン。丸くて、不自然な凹凸がある、女の姿があるではないか。素肌に張り付き、重力に負けて垂れ下がる様を眺めていたが、やっと目が覚めた。

「寒いであろう。早く上がれ」

 手を出すと躊躇い、顔を反らす。だが放っておけるわけがない。垂が濡れようとも関係ない。腰まで濡らしながらも突き進んで手を引くと、やっと握り返してくれた。
急いで焚き火を準備すると、木陰へと無理やり押しやり服を脱ぐことを勧める。
だが、全く動こうとしないのは男の前であるからだろうか。少なくとも、男として認識してくれることは嬉しいが、あまりにもリアクションな薄すぎることに違和感を覚えた。

「なぜ木陰へと押しやられるのですか。このまま乾かします」
「バカを言うな。体を冷やすなど本末転倒だ」

 未だ「納得できない」と顔に書いているが、緊急事態なのだ。わかってほしい。
念のためにと、持って来ていた手ぬぐいを投げ渡すと、更に顔を険しくして太公望と白くてフカフカした布を見比べた。

「それしかないのは許せ。とりあえず、男に化けるといい」
「何故ですか。このままでいいでしょう」

 躊躇いなく首元の金具に手をかけるのが見えたが、さすがに女性が服を脱ぐのはいただけない。だがこのままでは体調を拗らせるのは火を見るよりも明らかである。
何故、男がはじらわなければいけないのだろうか。思わず顔を覆ってそっぽを向くと、ワンワンと鳴き声が目の前をよぎり、主人へとまとわりつくのが見えた。
毛皮に体を埋める姿を見て、やっと安心が出来た。服を受け取り、簡易の竿へとかけると、薪を集めて腰掛けることが出来た。
 さて、太陽と焚き火任せに服を乾かしているが、沈黙が気まずい。どうにかしたくて口を開くが、妙に刺々しい言い方をされては意味がない。

「お主、その姿は」
「ボクは元から女ですが」
「まだ何も言っておらん」

 今日は日は照っているし、開けた場所だから日光も十分な熱を地表へ届けてくれる。風はないが、火を起こすには問題ない。
日向ぼっこ日よりで心地よいが、空気がピリピリしているのは濡れてしまった腹いせか。薪を集めている間、可愛い毛玉にくるまっている姿を見せられては、こちらも眉を寄せるのだが。

「男に化けておればわからなかったものを」
「息抜きです」
「どういうことだ?」
「ここには貴方しかいません」

 言葉の真意は読みとけないが、とりあえずは雑木林の中に落ちていた枯木を集めて、山は出来た。後は火を点けるだけではあるが、如何せん望む結果を得ることができる道具がない。

「貴方ならば勘づいていると思いましたが」
「お主は変化は完璧だ。わからぬよ」
「変化ではなく、嘘と誤魔化しでしょう」
「誤魔化していたわけではなかろう。言えなかった、それだけだ」

 目を見開き、何かを噛み締めた様子ではあるが、反応はない。そのまま目を伏せて徐に火竜を取り出した。
重い静寂の中、パチパチと軽く小さな音だけが似つかわしく響く。火は点いたが、乾くまでどれだけの時間がかかるだろうか。
とりあえず、と濡れた洋袴を脱いで火に翳すと、
そもそも、彼女には恥じらいがないのかと疑うほど迷いのない動きなのだ。男として姿を成していたということは、そのように育てられたのだろうか。
踏み込むにはまだ勇気が足りない。

「わしはまた釣りでもしてくるよ」

気を効かせた、いや逃げたのだ。彼の、彼女の本音を聞く勇気すらなくて、自分に受け止める度量があるのか測れなくて。
だが、背中から刺さる視線が「何処へ行くのか」と有無を言わせぬ詰問を投げ掛けてくるのだ。

「拾い食いにでも行くのですか」
「そんなわけなかろう!」
「ならば、哮天犬がいるので、お気になさらず」

まるで、毛皮の上着のように体を覆う。大切なところは隠れているが、白磁の肩やおみ足は見えている。それでも風邪を引かないことを最優先にするために、ぐっと我慢するしかない。
しかし、見えそうで見えない服装というのも精神不衛生。服はもう火の前に移動しており、動きを制限されている彼女の手は届かない場所にある。
無防備な彼女を1人置いていくわけにもいかない。わざとらしくため息を吐き出すと、腰を下ろして木の棒を手に取った。
パチパチ、パチ。
重い空気とは不釣り合いの、軽快な音に煽られているような気にさえなる。
声をかけたいのだが、かける言葉が見つからない。また、言葉をかけたからといって、空気が変わるとも思えない。
同じ炎を囲み、意図せず交わる視線がだけが2人の共通点。あとはいてもいなくても同じであろう、沈黙と触れられない距離がもどかしかった。

「好き、なんです」
「何が」
「貴方のことを」

 思い出したかのように呟かれた言葉は、告白というには陳腐で不自然なものだった。「は?」の一文字すら、驚愕に塞き止められて出てこない。
停止した思考では、なにも思い付かなかった。しばし放心してからでも、思い付く言葉は冷静さも意味も持たないものばかり。
見つめる、にしては鋭い視線を浴びるのも限界である。

「わしのことが」
「はい」
「……どこが?」
「知りませんよ、そんなこと」
「新しい試験かの」
「何のためですか。本気です」

 質問、というよりはただの疑惑。

「誰にでも言っておるのか」
「さすがのボクでも殴りますよ」
「むう、ますますわからん」

 どうやら本気であるらしい。一体何が本当で嘘であるのかはわからない。もしかしたら、2人だけで抜け出して来たという事実ですら、本当は嘘なのかもしれない。
 ざわ、ざわ、木々の音だけが現実味をもって響く。これは現実だと冷たい風が頬を打つ。

「水着、持ってきたらよかった」
「また今度だな」
「次もあると思ってるのですか?」
「な、ないのか」
「考えて、おきます」

 どうやら、散々な目にはあったが彼女も楽しかったようだ。表情には出さない主人の心の鏡である哮天犬の、息が楽しそうに弾み、尻尾もはち切れんばかりに振られている。

「それで、答えは」
「何の、だ」
「先ほどの告白です」
「……今答えなくてはダメか」
「そうでなければ、貴方は逃げてしまう」

 女の度胸を見せられたら、男は腹をくくるしかない。
もう思想も読まれていることであるし、おちゃらけて誤魔化そうものなら鉄拳が飛んでくるのは、焚き火を見るより明らか。声が通りやすいように小さくなる火を恨みながら、乱暴に近くの薪を放り込んで前を見た。

「わしも、お主のことは好きであるよ」
「......桃と同義で?」
「そんないい加減なことは言わぬ。恋愛感情として」
「どうだか」
「おぬしから仕掛けたことであるのに、何を言っても信じる気はないな!?」

 どうあっても疑念に瞳を細くさせ、睨み付けてくる姿は、さしずめ懐かない猫だ。
一緒になって犬も唸り声をあげ始めるし、野良動物たちは気を許す気配がない。

「行動で示してください」
「婦女暴行はせぬ」
「そうじゃないです。ナニするつもりなんですか」
「ぐ……違うのか」
「口づけで許しましょう」

 肉食系のくせに、意外と謙虚ではないか。どうやら、甘えたい年頃なのか恋に恋をしているのか、こんな冴えない男でもいいらしい。
唇を尖らせている姿から、待っているようには見えないが精一杯のおねだりというのはわかる。
答えてやるのが至極当然なのだが、如何せんわがままな姫相手では
悩みはつきないのだ。

「近づかなければ出来ぬ」
「来たらいいじゃないですか」
「半裸のおなごに近づくのは、のう」
「全裸です」
「尚更だ!」

 わざと誘惑をしているとわかるからこそ、そう簡単にはのってやらない。
最もらしい言い訳と、適度な距離を開けることでうまく避わすと、珍しく距離を空けたまま動かない。
いつもならば、力付くできてもおかしくはない。だがそれをしないのは、選択権を与えて駆け引きを楽しんでいるのか、羞恥心が今沸き上がってきたのか。
ふさふさの尻尾をやんわりと握り、鞭のように弄ぶ。
(ああ、これは飽きているのかもしれんな)
 放っておいたら、そのまま諦めるかもしれない。いくつになっても、惚れたはれたは気恥ずかしいものなのだ、そちらのほうがありがたい。
だが、そう上手く諦めないのが、努力バカの恐ろしいところ。

「まだですか?」
「ええい、今は待てと言うのに!」
「どのくらい?」
「......後ではダメか」
「後とはいつです? また逃げるのでしょう?」

どうあっても臆病な姿勢は崩さない。このままではお互い妥協をするつもりはないし、終わりも見えない。

「ならば、捕まえていればよい」
「リードをつけるのですか?」
「普通に考えれば手であろう」
「手……」

 おかしな事を言ったわけでもないのに、何をそこまで思案しているのだろう。少々困った表情を浮かべながらも、視線を泳がせて眉を下げる。

「手を繋ぐのは、恥ずかしいじゃないですか」
「肌を晒すよりか」
「見られることは慣れています」
「……裸を、か?」
「それは、子供の時と健康診断以来ですが……」

 もじもじと、消えていく言葉から察するに、やっと「異性に見られることは恥ずかしい」という羞恥心が生まれてくれたらしい。
足を折り曲げ引き寄せると、高級で長毛な毛皮へと体を埋めていき、すっかり体が隠れてしまった。そこまでしても、他人に変化して服を纏うるという思考に至らないくらい、混乱しているのがわかる。
 自分の状態に気付けたご褒美として、乾いた服をかけてやれば、更に体を丸くして警戒心を露にした視線を向けてくるのだ。
興味のないふりをして無遠慮に隣に陣取り、髪へと手を埋めて撫でると、ゆっくりと目を瞑って「ん、」と甘い吐息を洩らす。

「早く服を着ろ。風邪を引く」

 桃色の雰囲気に呑まれ、気分が高揚している自覚はあるが、このまま流されてはいけない。
背を向けて早く着替えることを促すと、袖を通す衣擦れの音が聞こえてくる。
せっせと動いている気配を感じながらも、男だけが半裸なのもいただけない、と自らも衣服を整えると、身を固くしながらも、ちょこんと行儀よく座る人形に向き直った。

「して、どうするのだ。キスをするのか」

 お互いに衣服を身につけている状態だ。もしも、嫌だというのなら抵抗もできるし、何よりしたくなった。
先に言い出した身でありながら、彼女は今困惑している。感情のままに出てしまった言葉であり、冷静になってから恥ずかしくなったのだろう。
彼女の困った顔を見てみたいと思った。
決して嫌がることをしたいわけではないが、狼狽えている表情が物珍しくて、正直可愛い。
 何か言い訳される前に、と肩を掴んで角度を変えると、初々しく固く目を瞑って唇を引き結ぶ。ゆっくりと顔を近付けて傾けると、顎を引きながらもうっすらと赤く熟れた舌が顔を出した。

「抵抗しない、ということは、よいのか」
「二言はないです」

 逃げ道を作っても動きはないし、元より抵抗する気はないと、男らしい言葉まで。
逃げるどころか、肩に掴みかかってきた目には、闘志すら見えた。
愛しい相手と口づけを交わした、というにはあまりにも刹那的で理性的だった。まるで業務のように行われては、そこに感情があったのかすら怪しむ。

「お粗末様です」

 用がすめば、すぐさま離れては咳払い。唯一、泳ぐ目から先程の夢想が現実だったのだと実感できる。

「あー……帰るか?」

 なんといっていいものか、わからなかった。
あまりに不機嫌な表情だったから、あまりにも引き際が男らしいものだから。きっと、こちらが襲われていたのだろう。もしくは、女狐にでも化かされていたのか。
あっさりとしすぎた終わりと、何も言わずに歩き去る伸びた背筋。怒気すら帯びるのは、身長が負けているせいか、それとも。

「なんというか、その、」
「なんですか」
「悪かったな」
「何に対して謝ってるのです」

 理由なき謝罪は怒るに決まっている。
不機嫌を隠そうとせず睨まれ、細くなる瞳孔に息を飲んで怯んでしまった。
息を吸えば吐かなければいけないかのように、勢いで謝罪をすると眉間のシワが太くなる。もうやめよう、これ以上は火に油だ。

「常にかっこよく、は期待してません」
「酷い物言いだな」
「でも、ここ一番という時は男らしさがほしいです」
「ぜ、善処はしよう」
「ほら。そういうところがあるから、僕がリードするはめになるんです」

 お小言は三日に一度だ、慣れているつもりだった。しかし今日の眼力も、強い口調もいつもとは違う。

「自分から動くって、勇気が要るって知っているでしょう?」

 説教というより、これでは私情と我が儘だ。自慢はすれども、価値観を無理矢理押し付けてくる奴ではない。
「無理を言うな」「柄じゃない」なんて、泣き言を言うなどという選択肢もなくなり、つい口ごもってしまった。

「いい、と言っているのに尻込みするのは失礼ではないですか?」
「ぐっ」
「ボクも、不安になってしまいました……」

 先程までは喜怒哀楽の「怒」しか現れていなかったのに、急に汐らしくなった。
まるで内気な恋人を怒るかのよう。哮天犬すら身動きひとつとらず、まるで真実を見通す像かのように、太公望を視線で射抜く。

「気を、強く持たないと、ボクも何もできないし……」
「それは、すまぬ」
「甲斐性なしですね、本当に」

 女性に虚勢を張らせてしまうとは、なんと情けないことか。
涙の膜を作りながらも威勢よく睨まれるが、下がった眉が全てを語る。
ワンワンと吠え始めた猛獣は、タイムリミットを示す爆弾だろうか。これ以上は項垂れる姿を見せられては、罪悪感が先に爆発する。どうするのが正解だろうか、と思案したところで良案はすぐにはでない。犬の怒声が遠退いていった所で、ふと閃いた。

「よし、ここへはまたくるとしよう」
「来る余裕なんてないでしょう」
「だから、この世を平和にするのだ。その際は、お主を不安にさせることないよう勤めよう」
「心変わりは?」
「ありえぬ。たった数十年で移り変わるものか」

 未来のことを語るのは少し気が引けるが、負け戦をするつもりは毛頭ないために問題ないだろう。
約束を忘れることはない。果たされるのがいつになるかはわからないが、いつか必ず、何があってもここで会える。

「そうと決まれば、お主も手伝ってくれるな?」
「そういう男前はいりませんよ!」

 どう答えることが正解だったのだろうか。照れ隠しの平手打ちは、甲高い音を立てて赤い跡を残した。

+END

++++
川釣りに行って暑いから泳ごう、と誘ったら「水着持ってません」と言われ、悪戯に着衣のまま連れ込んだら服が透けて女だとわかる太楊


積極的だけども、スースに推されたら少し怯む。でも優位にはたちたい

20.3.3



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