封神 | ナノ



月光の目覚まし時計4

※続き
※微妙に裏表現



「楊ゼン様、前からお慕いしておりました!」

 こんな表面だけの告白を何度受けただろうか。テンプレ通りの「ありがとう」と、作り笑顔も飽きてきたところなのに、一向に人数が減らない。行列のできる料理店ではないのだから、そろそろ諦めてくれてもいいのでは、と聞こえないようにため息を漏らす。
 ボクが想っているのは、いつだって1人。どんな傾国の美女に言い寄られても揺らぎはしない。
相手は誰かって? それは、公で明かす事はできない。なぜなら、上司でありこの国の軍師である彼なのだから。
 男が男に想われているなんて、彼の足枷にしかならない。愛情は、時に理想の障害となる。彼が男色だと変な噂が立つ事を、体裁が悪くなる事を僕は望みはしないのだから。可愛らしい小柄な容姿をしているから、その手の偉丈夫にでも目を付けられては抵抗が出来ないだろう。
 他ならぬ、彼の為に今日も僕は笑顔で嘘をつく。自分の心なんて、二の次だ。

 
 もう木々の紅葉も終わり、落葉が始まる季節がやってきた。まだ雪は降っていないが、時間の問題である。点々を空を泳ぐ鰯雲が、冬の訪れを知らせる。青く長い髪を耳にかけて、独り息をついた。
 寒さは人を不安にして、人肌を恋しくさせる。新しい塔の図案を抱えて1人渡り廊下を歩く楊ゼンも例外ではない。肩をさすり息を吐くと、雲に負けない白いが静かに儚く消えていった。
 1人は嫌いではない。だが、最近は独り時間が極端に減った。いつも、太公望が隣にいてくれたおかげである。
彼に、太公望に告白して身体を重ねたのはつい先日ではあるが、遥か昔のようにも思える。それだけ長い年月、共に過ごしてきたのだ。長寿で気の長いはずの仙道でも、時間を意識してしまうほどに、恋に心を奪われていた。
 吹き抜ける木枯らしに、頬を撫でられてクシュンと控えめなくしゃみが1つ分。それでも追い打ちのように枯れ葉が足下を撫でて、分厚い衣の上からも存在を主張してくる。
早く恋人に会いたい、会って抱き合って温もりを共有したい。しかし業務が片付くのはきっと黄昏時を過ぎてからになるだろう。1人慌てても仕方ない、先立って騒ぎ立てる心を抑えているが、今どんな顔をしているのか自分でも想像ができない。妙に気恥ずかしくなり、早歩きで落ち葉が入り込む道を歩いていた。
そんなときだ。突然目の前へ立ちはだかり、真っ直ぐに想いを伝えてくる女官が現れたのは。

「あのっ、楊ゼン様!」
「何か用かな?」
「あの、その、前からお慕い申し上げておりました!!」

 天才道師が目を引いて、モテるのは今更である。驚きはしないが、もう片時も離れたくないほどの恋人がいるのだ。前よりも倦怠感が体にのしかかってくる。
いつものように「ありがとう。でもボクと君は、同じ時間を生きられないから」と言い訳しようとしたのに、威勢良く返ってくる言葉があった。「誰か、好きな人がいるのでしょうか」と。
 詰問をされたのは初めてで、思わず押し黙ってしまったのが悪かった。女の勘とは恐ろしい。無言の肯定ととった彼女が、一気に詰め寄ってきてまくしたててきたのだ。「相手は誰ですか」と、確信を得た真っ直ぐな表情で。
バレたのかどうかは別として、自らの失態にため息が漏れる。顔に出ていたのだろうか。もしくは彼との逢引を見られていたのだろうか。探りを入れようとすると、安心させるように肩へと手が置かれた。

「なんじゃ。こんなところで何をしておる」

 ああ、師叔!と顔が情けなく緩むのを、気合いで耐える。いつもいいところで助けてくれるヒーローの登場に、惚れ直している場合ではない。これはチャンスだ。「彼と、約束があるから」と断りを入れると不満にまみれた視線が突き刺さる。普段は人の感情には敏感なのだが、どうも彼が傍にいると鈍るらしい。嬉々として振り返ってくれる彼の背を、軽い足取りで追いかけて並ぶと、カッカッカッと独特な笑い声が耳についた。

「モテるのう、色男」
「からかわないでください」

 見られていた事に罪悪感が湧くが、それどころではない。
こんなことは1度や2度ではない。告白は週に何度もある行事のようなものである。その度に、性格の悪い笑いながらおちょくってくる。多分、彼も慣れていて気にすることもないのだろう。嫉妬をしてくれないことはちょっぴり悔しいが、険悪な仲になるくらいならふざけ合える関係の方がありがたいものだ。
 頬をぷにぷにと突かれ、思わず頬を叩いてしまった。それでも朗らかに笑う彼は気にしている様子はない、よかった。

「嫌ならば、ワシの名前を出して恋人だと言えばいいではないか」
「……そうはいきません」
「わしの立場と、体裁か」
「それに、貴方に対して女性たちの嫉妬が向くやも」
「たち、とは……自信家な奴だ」

 女の嫉妬は恐ろしい。軍師であれども偉人であれども、惚れた男を振り向かせる為に躍起になる者も出るかもしれない。大切な人が傷つけられるなら黙っては居られない。しかし人間に手を上げる事は出来ないから、彼の事を精一杯守ることしかない。
チラリと横を盗み見ると、彼の姿をまじまじと見つめる。
 黄色が主体となったゆったりとした服は、彼の性格を表しているように少したるんでいる。サイズが一回り大きな物を着て、背伸びをしているのかはわからない。頭に巻いたバンダナには、動物の耳のようにぴょこんと布が2本とんがりを作り天頂を指している。
青い瞳は、地球のように丸く大きい。大きな光に照らされて、元よりの童顔が更に幼く見えてしまい、子供に手を出している気さえしてしまう。肉球のようなものがついた手袋も、いっそう彼の年齢を不詳にしてしまっていた。
 よく動く口に、体のラインがわからない服。ついつい夜の情事を思い出してしまい、赤面した。
いつも自分を押し倒す小さな体に、躊躇わずに雄をくわえこむ小さな口。そして野心に負けない大きな竿。不承ながら、彼の事を見ているだけで、体が火照り体が疼いてしまった。

「あの、師叔」
「ん?」
「……してもいいですか」

 キスがしたい。だがいつ人が来るかわからない公の場で、口にする事が憚られた。今は人がいないし、耳打ちをすればいいだけの話である。だがそれすらも背徳観に包まれてしまった。要するに、素直になる事に対して臆病なのだ。
そんな自分が悔しくて、口を引き結びながら上着の裾を握り目を逸らすと、小さく笑う気配がした。

「厠の裏にでも行くかの」

 敏い彼は、欲情するといつも察してくれる。情けない事ではあるが、そんな彼の包容力に甘えてしまう自分が恥ずかしいが、素直になるには独りが長過ぎたのだ。。
青年に上目遣いをされてどう思われているのか真意はわからないが、太公望はいつでも「可愛い奴だのう」と頭の天頂を撫でてくれる。背伸びをしてまで頑張る彼の方が可愛いのに。ふくれた頬からは言葉を奏でる事が出来ず、赤い顔はどんどん熱を帯びていく。
 忙しなく動き回る、動物の耳を彷彿とさせる頭巾を口に食むと「仕方ない奴」と赤い顔が弱々しく笑みを浮かべる。
 今日は近くに人気の居ないところがあってよかった。素直に頷くと、伸ばされた手を取り早歩きで2人厠へと向かう。
いつもは近く感じる場所ではあるのだが、今日に限って廊下が無限回廊のように感じてしまう。
まだか、まだか。1人で急いてしまっていたが、目の前の彼も同じのようだ。どんどん早くなる歩幅に慌てて付いていくと、ようやく見えてきた。前に人がいるということは、込んでいるのだろうか。
 だがそんなことは関係がない。2人ですれ違い様に軽い会釈のみを残して、裏の雑木林へと駆け込んだ。

「スース、もう我慢できません」

 請求に唇に吸い付き舌を差し出しては見たが、積極的には絡めることができない。恋愛奥手で中途半端にしか動けないのはお互い様。しばらく食いつくだけのじゃれ合いを繰り返していると、股間をゆっくりと撫でる細い指。
「あっ」と悲鳴が上がり、口を塞ぐ。第三者の気配は感じないから聞かれてはいないだろう。揺れる腰を恥じながらも、素直に彼を見つめ返した。

「我慢できなくなったか?」

 2人きりになれば、我慢する必要もない。頬を桃色に染めて首肯すれば、満足げに笑ってくれた。
下着から飛び出し、腫れたかのように大きく腹筋を叩く雄に、躊躇いなく触れると口で愛撫をしてくれた。同じ男の物なんて、触れるのも嫌なはずなのに、彼は躊躇わずに舌を這わせて、吐き出した欲望すら口に含んで飲み込んでくれた。
苦くて雄臭くて、美味しいなんて思わないのに、彼はいつも誘うように指に絡めてチュっと吸い上げて喉へと落とす。「お主の事が好きだから」と言ってくれることが救い。また恋人という関係を公にできず、煮え切らず、男らしくない態度をとりながら、彼の優しさで男としての尊厳を保っているような状態だ。
 いつか、恩返しがしたいと技を磨いてはいるが、まだ尊厳と恐怖心が邪魔をする。
彼のことは心の底から尊敬し、愛している。頭を下げろと言われたら喜んで膝をもつくし、体を開く覚悟はある。
一番手っ取り早い恩返しは「女体を捧げる事」。だが、もう二度と晒したくないのだ。求められるのは嬉しいが、悔しい。自分を通して、女を見ているのではと思うだけで、腸が煮えくり返る思いなのだ。僕を見てほしい。本当の僕を、醜い心も。
 何もかも貪欲になってしまう、恋愛って怖い。好きというのは、簡単なことじゃないのだ。イき果てて余韻に浸りながら、深く目を閉じた。



 

「よっ、枯れたジイサン。ついに春到来か?」

 太公望は、強く叩かれた肩は唐突で、思わず前のめりになってしまった。
陽気で遠慮のない青年の声と言えば、武王しかいない。しかしまあ、廊下で後ろから突然ちょっかいをかけるとは、手に持っている書類は誰の為に作ったと思っているのだろう。恨めしい視線を向けようが、彼は悪戯っ子の笑みを浮かべるだけだった。質問の内容も内容である。
 この好奇心旺盛な大きな子供をどうしてくれよう。太公望は、隠す事もせず深く大きなため息をついた。

「いきなりご挨拶な奴だ。それに、夜戯の相手など」
「昨夜もお楽しみだったじゃねーか」
「……聞こえておったのか」

 確か、昨夜も恋人の「夜の修行」を行っていた。
一通り口淫の練習が終わると形勢逆転、変化が解ける散々鳴かせて満足させてから、意識を失うように眠った記憶がある。
 さすがは天才と言ったところか。日に日に上達していく技に、そろそろ余裕がなくなってきた。まだ飲み込んではくれないが、少しずつ嚥下できる量も増えて、卑猥な艶声を上げてくれるようになった。口だけでイかされる日はそう遠くはないだろう。楽しみであり、いつか食われるのではないかという不安もわき上がる。
 それはさておき、目の前の障害である。ニヤニヤと笑い、2人の仲の間に立ちふさがる者を馬で蹴飛ばすしかない。

「相手は誰だ? 可愛い声してたから、よほどの美人なんだろ?」
「そうだの。美人だ」
「今度紹介」
「は、せぬぞ」
「なんでだよ。盗られるのが怖いのか?」
「それはない。奴はワシにベタ惚れだ」
「へえ。たいした自信じゃねえの」

 自慢はしたいが、恋人が怒る姿が横にいるかのように浮かんでくる。彼の小言はこりごりだし、会いにこなくなるのは困る。ここは我慢して口をつぐむとしよう。
 しかし好色で病的に女好きな武王のことである。美人と聞いたら簡単に引き下がってはくれないだろう。探るような鷹の目に宣戦布告をすると、忙しい振りをして日時計を見上げて駆け出そうとする。それでも彼諦めない。「急ぎの会議はないだろ?」と権力を使って足止めを計ってきた。

「俺の知ってる奴か?」
「さーあのう」
「仙道って美人が多いだろ? どんなプリンちゃんか……」
「スタイルがいいとは誰も言っておらんが」
「え、幼女に手を出したのか?」
「そこまでは言っておらん」

 勘違いされるのは困るが、正直に言えば隠している彼に申し訳が立たない。どうやって逃げ出そうかと頭を動かし始めたときだった。廊下の奥から、青く輝く髪が現れたのは。
 遠目でも、長く手入れのされたストレート青い髪が雪と太陽の光で輝いて見える。健康な小麦色の肌に、太い眉。高い鼻筋に、細くキリリと前を見つめる目は女の目を引くのには十分すぎる。最近は髪を結い、ポニーテールを振り乱しながら駆けてくる姿を見て、女子を想像していると言ったら、何と怒られるだろうか。頬を膨らませて「浮気は許しませんからね」と小言をいう姿が簡単に想像できる。
 近くまで駆けてきたのはいいが、重要な話をしているとでも思ったのだろう。一度足を止めてから、首を羽交い締めにしてふざけ会う重鎮たちを見て苦笑いを浮かべて近づいてきた。

「楊ゼン。いいところに来た」
「何でしょうか」
「太公望のコレ、知ってるか?」

 小指を突き立ててニヤニヤと下心を見せて笑う姿に、楊ゼンはぱちくりと目を丸くした。もしかしたら、下世話な話を理解していないのかもしれない。「色恋の事だ」と耳打ちすれば、合点が行ったように弱々しく笑った。

「さあ。存じ上げません」

 そろそろ観念してくれると思っていたのに。彼からは爽やかな嘘が飛び出して、顔をしかめてしまった。
本当に期待していたのは、彼が素直になってくれる事ではない。彼に悪い虫がつかないよう、「自分の物だ」と多勢の前で公言したかったのだ。彼のためではなく、自分のため。何とも浅ましい欲だと、自分でも思う。

「もういいだろう。いつも傍におる部下ですらこの調子だ。諦めよ」
「ちぇっ」

 「楊ゼンが言うなら仕方ねえか」よほど周囲から見ると、仲良しであるということがわかっただけでも収穫だろうか。おとなしく引き下がる武王の背中に舌を出して、彼の顔を振り返って驚いた。さきほどまでの笑顔はどこへやら。暗く不安の表情を浮かべた彼が、上目遣いでこちらの様子を伺っているのだ。木の葉が数枚飛んでいくのを見送りながら待つ事数分。やっと動き出した

「部下、部下……ですか……」
「なんじゃ。恋人と言ったらお主が嫌がるだろう」

 嫉妬、いや独占欲だろうか。
どうやら自分との関係の名前が曖昧で、不安にさせてしまったようだ。ふくれる大きな子供を慰めると、頭だけで甘えてくる。

「封神計画が終わって、体裁としがらみに解放されたら、きっと」

 「必ず生き残って、貴方を正式に手に入れます」決意の言葉は届いたが、笑顔と共にはぐらかす。先の事なんてわからないのだから。
 未来の自分は、何を見て何を感じているのだろうか?
彼の隣を歩める男になっているのだろうか?
今から首を縦に振る事は出来ない。それでも嘘をついてでも、笑顔で首肯した。
 これは自分との約束。指切りげんまん。嘘ついたら針千本飲ます。 

 まだ大手を振って恋人と言えない関係。別に太公望は公言してもいいのだが、大切な恋人が許してくれないのは寂しくある。
楊ゼンは目している際は近寄りがたいとは言われるが、見目麗しく女官には人気である。そんな彼の隣を、こんな平凡で間抜けな男が陣取るだけでも痛い視線が突き刺さるというのに、嘘でも「恋人だ」なんて言えば、刺殺されるのは火を見るよりも明かである。
 それでも、彼の事を好いている気持ちは嘘ではないし、恋人の真似事はやめられない。今夜の曇り空でも、逢瀬を繰り返していた。
汗ばむ肌を薄い布団に隠しながら腕枕をしていると、愛玩動物のようにすりよってくる。四不象もこれくらいおとなしくて可愛ければ、そう思う。人目があるときと違う、甘え方が子供のようで容赦がない。耳に噛み付いたと思えば咀嚼をするし、牙を立てようともする。妖怪式の甘え方かもしれないと深くは考えずに、近くの図案を手にすると興味心身な緑の目が覗き込んできた。

「明日はどちらへ行かれるのですか?」

 最近楊ゼンの日課は、太公望の予定を聞いてくることだ。答えなければ自分で居場所を探しだし、最近は女官に聞いてすぐに追いついてくる。しっかりと業務を終わらせた後であるから注意することもできないし、何よりも嬉しいと思う。恋人に好かれて嫌がる者などいないだろう。

「明日は今建設中の塔の視察だ。夕方には帰るぞ」
「北に出るという野党を見張る塔ですか」
「左様。しかし武王とのスピーチの打ち合わせもしないといかんのう」
「僕がやっておきましょうか」
「それなら助かるぞ」
「貴方のためなら喜んで。お礼はキスでいいですよ」
「現金な奴」

 早く早く、と目をつむられてゆっくりと唇を重ねる。こんな簡単なものでいいのかとバードキスをすると、足りないと深く唇を重ねられた。吸い付くようなディープキスと絡まる舌に目を丸くすると、欲情した深緑の目が怪しくエメラルドに輝く。先ほどシたばかりだというのに、まだ足りないというのか。赤い唇の端から溢れた唾液を、うっとりと細い目で舐めとる仕草にクるものはある。思わず肩を抑えて押し倒せば、青い髪が月光の元に晒されてキラキラと輝きを帯びる。

「ダメですよぉ、明日に支障が出ます……」
「よいではないか。1度出すだけだ」
「……貴方も、ですか?」
「ここまで堅くして人の心配か?」
「んんっ」

 中心を握り込まれて抵抗を示すが、容赦のない愛撫を続ける。裏を撫でてやると、もっと強い刺激が欲しいと体をくねらせた。嫌なら彼は、口より先に手を出す脊髄反射型だ。鋭い平手打ちが来ないのは、続きを欲して待っている証拠。ツンデレで気位の高い王子様の機嫌を損ねないように、締まった臀部に羽のように触れると、熱い吐息が耳に降り掛かる。

「一度だけ、なら」
「お主、快楽に弱いのう」
「貴方は嫌いなのですか?」
「いいや」

 禁じられてはいるが、嫌いなわけはない。逞しい胸筋にある柔らかな蕾に吸い付けば、蜜の代わりに喘ぎ声が飛び出した。ゆっくりと開発しただけある。嬉しそうに体を捩る姿に嫌がっていないとわかるし、何よりも頬が赤らんでいて蕩けているのが見えた。青い髪の川が白いシーツに沈む様は美しく、まるで絵画でも見ているようである。

「一回だけで済めばいいが」

 途端に元気になりよだれを垂らし始める竿を見ると、期待していたようだ。その期待に応える為にも、唇へと吸い付いて足を絡め合った。
激しく揺れる息づかいに、体にしがみつく汗ばみ熱い腕。脳へと直接響く、男の甘い喘ぎ声。求められているのはわかる、切なくか細い女のような嬌声と、恥部をなぞる細長い指にこれ以上の行為を催促されるが、知らないフリをして、陰茎に同じ物とは思えない太いものを擦り付けた。挿入まで行けないのは残念ではあるが、痛い思いをさせるよりはいい。散々鳴かせてイき果てたときには、月が山へと沈みかけている頃だった。
 いくら体を酷使しても、明日の仕事を休む訳には行かない。腰を抑えながらも早くに起きれる彼には疑問がつきないが、優しく起こされて重い体と瞼を起こした。今日は少し曇り空、一雨くるかもしれない。

**

 今日はずっと曇り空。ひんやりとした風が青い髪を揺らして湿らせるが、まだ雪も降る気配はない。
空を見上げて、彼の青い目を思い出していると四不象の陽気な声がかかった。そうだ、今は兵や仙道たちの訓練の最中だった。我に返る事が出来たところでにこやかに彼の方へと向いた。

「楊ゼンさーん! ご主人見なかったッスか?」
「師叔? 師叔なら、今建設中の塔の視察。夕方には帰るって」
「楊ゼンー。太公望に言われたこのスピーチの内容だけどよ……」
「ああ。この文章は『私は王として、皆の柱となり象徴なる』という意味なんだけど……覚えられないなら、いつもみたいにアドリブでもいいと聞いているよ」

 いつでもどこでも、太公望の事を訪ねられてもすぐに答える事が出来るのは、優越感を覚える事が出来た。彼の事なら何でも知っている、いつでも会いにいける、そんな些細な思い込みですら事すら嬉しく思える。彼が言いたいことも長年の経験で覚えたし、何よりも彼の言った事は忘れない。
初めは楊ゼンに聞けば太公望の予定がわかる、と利益に気を取られて本質を見ようとはしなかった。だが、徐々にまるで太公望本人のように言葉が出てくる彼に、周りは不審に思い始めた。何故楊ゼンは太公望の予定をいつも知っているのだろうか。顔を見合わせたと思うと、四不象が耳打ちするのが聞こえてくる。

「なんていうか楊ゼンさん」
「太公望のことなら何でも知ってる、お嫁さんって感じよね」

 なんという事を言うのだ。蝉玉の言葉に、思わず手に持っていたスピーチのメモを落としてしまった。気まぐれな風に飛ばされないように足で抑えると、引きつった作り笑いで彼女を牽制するが、意味はなさなかった。元々隠し事や曲がった事が苦手な彼女らしい。
周囲の兵の注目を集めているにも関わらず、胸を張って指を突き刺してきた。

「アンタ、太公望のこと好きでしょ?」 

 はっきりと言われてしまい、自慢の頭が回らなくなってしまう。
彼女の顔には、確信の2文字が浮かんでいるし、女の勘は何よりも恐ろしい。目線を反らしたら負けだ、と見据えていたが、ついつい彼に助けを求めようと視線が泳いでしまった。
まずい。言い訳をしなければ。

「そ、んな、わけ」
「知ってるわよ。あいつを見る目に恋してます、って出てるもの」

 一体どんな顔をしていたのだろうか。私情を混ぜないよう、いつも気を引き締めていたのだが、どこかで彼の御姿を見て見惚れていたのだろうか。
 恋する乙女代表に言われてしまっては逃げられないのかもしれない。誘われるように彼女の元へと歩み寄ると、引き結んだ唇を耳元へと寄せた。「彼とは、もうお付き合いしています」と。
とたんに輝く瞳に、言った事を後悔した。女性は噂話が大好きなのだ。こんな人目のつくところで関係性を言いふらされてはたまらない。
詮索されては困るとこっそり耳打ちしたのにこれでは意味がない。慌てて口を塞ごうとしたが、それよりも早く彼女が黄色い悲鳴を上げてしまった。

「ウソ! どこまでいったの? ABC??」

 もはや口を塞ぐのも無理だとわかれば、必要最低限だけ話して満足してもらうしかない。何の騒ぎだと聞き耳を立てる兵士たちの、おもしろがる視線から逃げるように、彼女を腕を掴んで城の裏側まで引っ張ってきた。
ここまではいい。これでは全て話してくれるものだ、と彼女に勘違いをさせてしまう結果となってしまった。キラキラ光る興味津々の乙女の視線から逃げようと考えたが、背中からも期待に満ちた子供の目が突き刺さった。まさか、と重い振り返ると、建物の陰から四不象と天化を始めとした、仙道たちが覗いているではないか。
 宮中で有名なイケメン王子とアホ軍師の恋愛沙汰だ、興味がわいてしまうのも仕方ない。出歯亀たちに恨めしい視線を向けると、裾を引っ張る者がいる。蝉玉である。

「で、話の続きよ」
「何が、でしょう」
「どこまで! 行ったの!」

 しらばっくれたところで、彼女の耳に入ってしまった事は取り消せない。こうなれば白状しなければならないらしい。仙道たちに目を向けても、「早く吐いて楽になれ」と力強く頷かれるだけである。こういう時に女性は目ざとく、嘘をすぐに見抜く。真剣な表情の彼女に負けて、つい口を開いてしまった。

「……C、の途中」
「うそっ! なんで最後までシないの!?」

 何故自分が怒られるのだろうと思ったが、多分彼女は楊ゼンが抱く側だと思っているのだとすぐに気がついた。己の尊厳の為にも何も言わないでおこうと考えたが、首が勝手に横に動いてしまった。
彼の尊厳を守るため? いや、違う、と思う。彼に愛されて、腕に抱かれている事で安心感を得ていることを、認めてしまっているのだ。いつも体を抱いて、支えてくれる腕を否定はしたくない。

「ええっと、僕が手を出したわけではないです」
「え? アイツが手を出したの?? いがーい!」

 意外、と言われるのは失礼ながらこちらの台詞である。「桃にしか興味はありません、性欲とは無縁です」と言わんばかりの僧のような人畜無害な人が、人に手を出すなどとは考えられないだろう。それとも、簡単に男に抱かれるようには見えない、もしかして男色ではという意味で言われたのだろうか。探るような上目遣いに息を詰まらせながら、噂話を咳払いでかき消す。

「同意の上です」
「ふーん。しっかしあいつ、ヘタレてるわね!」
「僕たちは修行中の身ですから」
「嘘でしょ? でも私だってハニーとの初夜は、この戦いが終わってからになるのかしら」

 ぽぽぽと頬を赤くする彼女も、強引とはいえ婚約者を持つ身である。冷や汗を流す土行孫であるが、元々見目がいい蝉玉相手である。いつも陰では満更でもなさそうな声色で彼女の心配をしているのは知っている。
もっと素直になればいいのに。そんな言葉が脳裏に浮かんで我に返った。

『お主、もっと素直になっていいのだぞ』

 桃を食べながらついでのように言われて、はいそうですかと実行できるわけがない。
本当の自分を曝け出すのは簡単なことではない。ずっと、隠す事が当たり前になっていた。自分の出生、正体、本当の心に、真実の気持ち。いつだって嘘の薄ら笑いを貼り付けて、醜い自分を隠してきた。妖怪の姿を知っているのは、元始天尊や師匠だけ。本当の気持ちを知るのは、自分だけ。誰にも明かさずに1人で生きていこうと思っていたのに、太公望という間の抜けた男が乱暴に入り込んできた。
 いつでも笑顔の中心から、楊ゼンと闇を見つめて手招きしてくる。早くこっちにこいと、明るみに引きずり出そうとしてきた。始めはただ迷惑だったのに、いつしかその温もりが当たり前になるのは時間の問題だった。

「ね、ね。あんなちゃらんぽらんのどこが好きになったの??」

 素直になれば、彼の気持ちに応えなければいけないのは、痛いほどわかっているのだ。
 いつもなら、笑顔を貼付けて誤摩化している。言葉は心を整理するのに適している。自分のため、仲間に対する敬意のため、と言い聞かせて覚悟を決めた。もう、怖がって殻に閉じこもるのはやめよう。想いを言葉に、と思ったときにはすんなりと言葉が出てきていた。

「師叔は、浅はかで醜い僕でも受け入れてくれました」
「何よ。アンタ顔はいいから、引く手数多でしょう」
「僕は妖怪です。貴女も知っているでしょう」

 不思議そうに声を裏返す彼女に、薄ら笑いを浮かべて首を横に振る。
 ゾっとするような冷たい空気と、鋭い眼光を仙界大戦で見たのは、皆の記憶にも新しい。
隠していた本性を見た者はまだ一部ではあるが、仙界中に伝わっていることだろう。正体を晒した場にはいなかった男たちも、すくみ上がって壁に隠れるのが見えた。

「彼はこんな汚らわしい化け物でも、愛してると言いました」
「だから卑下はやめよと、ゆーとろーに」

 突然背中に飛びつく小さな体に、前のめりにはならずに背筋が伸びきってしまった。耳にかかる息も、目の前に飛び出した桃の種も、思い当たる節がありすぎる。顔を真っ赤にしてゆっくりと振り返ると、丸くて大きな青い地球のような目が微笑んでいた。

「す、師叔!?」
「仙道だけ姿が見えぬから、何事かと思えば猥談かの」
「ち、違います!」

 そりゃあ連想していなかったと言えば嘘になるが、改めて言われたら恥ずかしい。手で虫を払うように動かせば、けらけらと笑いながらかわされた。全く、逃げ足だけは早い人である。じゃなくて。

「師叔! 仕事はどうなされたのですか!?」
「終わらせてきたぞ」
「本当ですか? もし欠陥工事でもしていたら国に被害がいくのですよ?」
「だー! もう口うるさい奴よ! お主に会う為に急いだのだ! これでいいか!?」

 唐突に叫ばれた言葉に虚をつかれてしまった。まさか、彼も会いたいと思っていてたとは、想像できなかった。
彼のことを信用していなかったわけではない。自分の心に自信がなかったのだ。彼の優しさに、応えられているのだろうか。人と関わりを持とうとしなかったから、愛情の伝え方なんてわかるわけがない。人間のように、感受性豊かな彼には、物足りないのかもしれない。だから。

「僕、に?」
「そうだ」
「いや、でも、そんなこと今まで」

 口を開くことなんて、彼が許さなかった。唐突に立てられた指が、唇に柱を立てて動かない。顔を引こうとすれば、無邪気で真剣な彼の幼い顔が、困った表情を浮かべていた。

「わしは、お主は大切な存在だと思っている。いつも隣にありたいともな」
「はい」
「ならば、お主にとってのわしは、なんだ?」
「え? 師叔は僕の、」

 この先の言葉は、言えなかった。
彼との関係が明くるみになるから? いいや。改めて彼に告白をして、フラれるのが怖かった。
本当に受け入れられるのか、仲間から風当たりが強くならないだろうか。それでも、彼が望む正解を見つけて応えるしかない。ぴょこんと跳ねる、耳のような冠を見つめると、ゆらゆら揺れる。心も揺れ動き、止まる事がないまま、ゆっくりと口を開いた。

「お主の?」
「僕と、貴方、は、……恋人、です」

 たどたどしい言葉であったが、周りには聞こえてしまった。次にどのような言葉が返ってくるのだろう。目を合わせられずに地面を見つめていると、大きな手袋が跳ねた髪を優しく包み込んだ。

「よし。妖怪の姿になり、目を閉じよ」

 言われるがままに人前で妖怪の姿を晒すと、目を閉じて膝をつく。頬に添えられる手に応えるよう手入れした唇を開くと、柔らかい熱が重なった。こんな場所で堂々とマーキングなんて人が悪い。それでも正式な恋人として大手を振れるのが嬉しくて、ついついがっついてしまった。
 ああ、素直になる事はこんなにも簡単だったのか。
甘えて舌同士を絡ませれば、慰めるように表面を滑ったかと思えば器用に絡めとられてしまった。
ずっと桃を食べていたからか、甘い味が媚薬のように口の中に広がる。赤子のように必死に吸い付くと、苦しくなったと太公望が肩を強く叩いてきた。
 我に返ったときには、周囲からの奇異の目と赤い顔。見られたと自覚すると、恥ずかしさよりも優越感が上回った。人気者の彼を、独り占めできたという悦びに体をすり寄せた。

「この通り、こやつはわしの恋人だ。手を出すなよ」
「僕の台詞ですよ、全く……」

 目尻が熱くなり、思わず小さな体を抱き潰してしまった。つま先立ちをして酸素を吸おうとする彼が愛おしくて、また唇に吸い付こうとすれば、手で制された。

「今日はがっつくのう」
「だって、貴方が会いにきてくれたのが、嬉しくて……」

 再び甘えて飛びつくと、さながら大型犬に押し倒されたかのように彼の体がひっくり返った。
全身全霊で甘える美しい妖怪と、へなちょこの平凡男の姿に、三十路ほどの男の感嘆の声が聞こえた。振り返ると、壁に隠れた仙道たちのその後ろに、武王の姿があるではないか。
正体を知られた、そんなことは後にしよう。顎に手を置き、ほうほうと観察してくる様には、怪訝な顔をせざるを得ない。品定めをされているようで、誠に不快である。玩具を盗られる子供のように、拗ねた顔で太公望を抱き込み隠すと「痛い痛い」と笑いのまざる悲鳴が上がった。

「これ楊ゼン! やめぬか!」

 どうやら彼は見られている事に大して驚いている様子はない。もしかして、ここまで計算づくなのだろうか、むしろ呼んだのは彼ではないだろうかと勘ぐってしまうが、そんなことはどうでもよくなった。
邪魔をされないのならば、皆にアピールをするチャンスである。体をすり寄せて再び接吻を強請ると、さすがに怒られてしまう。諦めずに猫なで声で名前を呼べば、赤い顔が困っているのが見えて安心した。怒っている訳ではない、ただ照れているだけだとわかればヘラリと締まりのない笑顔が漏れてしまう。
 ああ、やっぱり彼が好きだ。可愛くて、かっこ良くて、まぶしい彼が。
風に揺れる黒髪が鼻をくすぐり、感慨に耽っていると、武王と天化の囁き声が耳についた。

「驚いた。あの妖怪って、楊ゼンか?」
「おお、王様。そうさ」
「じゃあ太公望の相手って、あの色男かよ」
「知っていたわけじゃないのさ?」
「声しか聞いてねーし。確かに色っぽくても、あの低めの声はプリンちゃんじゃねえか。ちぇっ」

 唇を尖らせながらも、その顔は笑みを浮かべていた。いろんな意味で恋の障壁になる楊ゼンに相手がいるとわかったからか。 春が来た太公望を案じてか。妬くどころか誇らしげな父親面を見て、少し不快になった。そんな、嬉しそうな顔で師叔を見るな、と。

「……楊ゼンの正体を見ても、驚かねえのな」
「アイツはアイツだろ? 妖怪でも仲間は仲間だ」
「それが王様のいいところだな」
「それに、人間が食われたーなんて報告は聞かねえからな。桃が減る報告は受けてるが」

 その言葉に耳聡く反応したのは太公望である。心当たりはありすぎるので、犯人は彼で間違いない。ここにいる全ての人が思っていることだった。視線が1つに集まったところで、周囲を素早く見回しムキーッと牙を目くじらを立て始めた。
表情豊かな彼が子供のようで可愛くて、つい吹き出してしまった。

「なんじゃ! 毎晩ではないだろう!!」
「最近はなくなったけどな」
「はい。僕が毎晩見張っておりますので」

 思いつく限りの爽やかで満面の笑みを浮かべると、武王が尻込むのが見えた。さすがに妖怪の姿では仕方ないだろう。
しかし丁度いい。笑顔で空気を震わせて威嚇をすると、さすがの仙道たちも引きつり笑いを浮かべている。師叔の体を包み込むと、流し目で目配せをする。

「なので、僕の師叔に手出しは無用です。いいですか?」

 そう、誰でもない『僕の』師叔。僕だけの師叔。誰にも渡すつもりはないし、ずっと一緒と言えども無論四不象にも負けはしない。
他ならぬ彼が選んでくれたのなら、僕もその気持ちに応えよう。秘密の恋もロマンティックだが、いつでもどこでも彼と手を繋いで歩みたい。
壮大で大胆な愛の宣戦布告に、太公望も満更ではないと頬を染めて照れ隠し。ふと、どこからか小さく声が聞こえてきた。「おめでとう」という、祝辞と拍手と共に。


+END

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19.1.15
修正19.5.20

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