ゆぎお | ナノ



好きキス1


誘惑とは、欲望の証。



『ゆーま…』

「うひゃいッッ!」

突然、耳元に響く甘い低音。淡々としているが耳に残る声に、背筋に言い知れない感覚が湧き上がり遊馬は手にしていたカードを落としてしまった。押さえ隠した耳は真っ赤である。

始まりは、部屋の電気を消し月明かりだけでデッキを構築していた時ある晩のことだった。
アストラルはおとなしく、テレビを見ていて時折感嘆が聞こえてきたのも知っている。
互いに関与しなければ言葉もないが、信頼は出来る相棒。それが二人の関係性。趣味の時間は邪魔出来ない、とアストラルの少し嬉しそうな顔を盗み見たのは何分前だったろうか。
油断、というか集中していたために、ここまで近くに来ていたことに気がつかなかった。

「な、なんだよ…耳元でなんつー声出してんだよ…」

『先程テレビで知った情報だ。ダイレクトアタックすると、相手に必ず大ダメージを与えるらしい。』

攻撃力倍化効果だろうか、などのんきに考え込む姿に気が抜けてしまった。
アストラルは純粋だ。子供の心のように純粋そのものだ。
白いキャンパスを描くように、日に日に様々なものに触れてその色に変わっていく。自分色に染まっていくアストラルは見ていて微笑ましいが、同時に不安にもなる。
間違った事を教えていないか、と。

『君にも効果はあるようだな。』

「あ、当たり前だ!!お前っ!少しは自覚しろ!!」

『自覚?』

「見た目とか声とか色気とかッッ!」

『見た目と声なら自らで把握しているが、"色気"とはなんだ?』

「色気は…色っぽいってことだよ!!」

そこまでまくしたて、我に返った。純粋に首を傾げるアストラルを見て遊馬は頭を抱えた。目の前にいるのはアストラル。体つきから中性的なイメージは与えられるが、男だ。"色っぽい"は主に女に使う言葉。ましてや男が男に向けて使う言葉ではない。

「…色っぽいってなんだよ…」

『君が言い出したのだろう。』

「そうだけど、そうじゃねえよ…」

『君はバカのようで、難しいことを言う。』

器用にハンモックに凭れているような体制になり、視線はテレビへと向いているアストラル。
まだまだ純真無垢な彼に悪影響を与えるものはないか、と警戒してテレビを見ると恋愛ドラマではないか。エスパーロビンなど、特撮系ばかり見る彼にしては珍しい。

「…恋愛なんて、お前にわかるのかよ。」

『わからないが、これだけ記憶した。"恋人"とは、特別仲のよい者たちのことで、互いにには"愛"があるようだ。"愛"があれば信頼が生まれるらしい。私はその"愛"に興味を持った。』

テレビを凝視しながら熱心に語るアストラルに、ため息をついた。好奇心が旺盛なのは前からだし、大体のことは適当にはぶらかせてきた。だが具体的に行為を見ているとなると、誤魔化せるかどうかも怪しい。
しかも今回は接触は出来なくとも、遊馬にダメージを与えられることばかり。油断も隙もあったものじゃない。

『キス…』

さっそくこれだ。
耳元ではないが、またも聞こえた不穏な単語にまたカードを落としてしまった。ゆっくりとした動作でアストラルを見つめると、自らの唇に指を這わしている。細い指が厚い唇の上を動く様に前屈みになる。

『遊馬。私はキスがしてみたい。』

「な、なんでだよ。」

『キスは愛と信頼を深めあう行為。追加効果で、あの女性は嬉しそうだ。』

ドラマでは、ちょうど男女のカップルがキスを交わし抱き合っている最中。無表情で見つめるアストラルに、次は何をしでかすか冷や汗は耐えない。

「俺たち触れられないだろ。」

『それもそうだ。』

「それに好きな子にするものだし――」

『遊馬とがいい。』

「え、」

『遊馬とキスをしないと意味がない。』

突然の告白に、デッキだったカードの束は床にばらまかれてしまった。

『遊馬。カードは大切にしろ。』

「ばっ!お前、が!バカなこと言うからだろ!!」

『私は何か変なことを言っただろうか。』

「俺とキスしたいとかなんとか…っ!」

『君と信頼を深めたいというのは、バカなことなのだろうか?』

こういう基礎知識が通用しない時、世界が違いを思い知らされる。アストラルは恋愛間の"愛情"を性別の隔てもない信頼の類だと認識してしまったようだ。
確かに身近には、強烈な兄弟愛をもつ天城兄弟がいるし、その愛の違いを説明しろ、と言われても困ってしまう。

「そもそもキスは好きな女の子とするものなの!!」

『参考の女性は、男性としているようだ。』

「えーっと……男同士でするものじゃねーの!!」

『しかし、君と小鳥がキスをしているところを見たことがない。』

「俺と小鳥は恋人じゃないから!」

今にも噛みつきそうな野犬のように、歯軋りをしながらアストラルを睨みつける遊馬。対するアストラルは、再びテレビに目を向けて無垢な目で首を傾げている。

『遊馬。』

「今度はなんだ、よ――!?」

テレビを見れば、男が女を抱き上げて寝室へと消えるところだった。この意味は、知識が薄いながら遊馬でもわかる。顔を真っ赤にして、テレビのリモコンを慌てて探り出すと電源ボタンを押した。

『何故消したんだ、遊馬。』

「子供には早いから!」

『私は君ほど子供ではない。』

ムスッとするアストラルだったが、すぐにいつもの無表情に戻り遊馬を真っ直ぐに見つめる。
その目に全てを見透かされているようで。思わず遊馬は視線を逸らした。

『だが二人は何をしているところだったのだ?』

直球な質問に遊馬は顔を真っ赤にしてたじろいだ。純粋無垢で、潔癖な彼に伝えてもいいものか。そもそも恋愛感情がわからないアストラルには説明しても無駄なのではないだろうか。
しかし目を泳がせていては、またアストラルに無知を馬鹿にされてしまう。それに今日のアストラルは妙に食い下がってくる。このまま話をなかったことにするのも難しいだろう。

「さっきのもキスも…そう、愛の確かめ合いだ!」

『ならば今のは"恋人"か?友人と恋人は、具体的にはどう違う?』

何故今日に限って、デュエル以外に対して勉強熱心なのだろう。
愛情について問われれば、遊馬も困惑するしかない。今までデュエルとしか縁がなかったため、恋愛などわからない。それにまだ子供だ。アストラルが納得出来る答えを出す自信もない。

「えーっと……ずっと一緒にいたいとか、デートしたいとか、好きで好きでたまらないことで……」

『デートとはなんだ?』

「一緒に遊びに行くこと。」

『いつも君と私がしていることと変わらないじゃないか。』

「違うの!えーっと……そう、恋人だと特別なの!」

『"恋人"とは、離れがたいお互いを好きあう特別な存在…。』

皇の鍵と自分自身を見比べていたアストラルだが、やがて遊馬で視線を止めた。意識はしていないだろう、上目遣いで遊馬を見つめると口を開いた。

『遊馬は、私が好きか?』

「うええ??」

反省した子供のように、遊馬の表情を伺うような仕草が"可愛い"と思ってしまった。いつも通りの無表情のはずなのに、少し頼りないような、力ないように見えてしまう。

『"私は遊馬が好きだ。"これで恋人になれるのか?』

「ばっ!ばばばばばかなこと言うなよ!!だから俺たちは――」

『バカなことではない。"私は遊馬が好きだ。"』

「だから、男同士はっ」

『ゆーま…』

先ほどの感情のこもっていない声とは違う。隠しきれない甘えと誘惑の入り混じった声に、遊馬は目眩を覚えてハンモックから落ちてしまった。
きっとアストラルは無意識だ、無意識に感情を込めて名前を呼んでいる。驚いたように遊馬の上を飛び回る彼の顔を見ればわかる。

『遊馬、大丈夫か?』

触れられないながらも手を伸ばし、頬に触れてくるアストラルに体が強張ってしまう。彼は悪くない、悪くないのだが。

「大丈夫だから、その声はやめろって!」

顔を真っ赤にしながら叫ぶと、床を叩く音。

『遊馬。君の答えを、』

「遊馬うっさい!!電話は静かにしなさい!!」

続けて聞こえる姉の怒声に、反射的に遊馬は身をすくめた。どうやら電話だと思われたようだが、ありがたい勘違いだ。独り言だと思われるのも困る。
しかし、これはチャンスだ。デッキを整え慌てて体を起こすと、ハンモックへと這い上がり布団を被る。一連の流れを見ていただけのアストラルだが、状況を理解すると遊馬の上に馬乗りになる。

『遊馬、君の答えを聞いていない。』

「姉ちゃんが怒るから、今日はやめ!」

『君は狡い。』

「狡くても結構!」

耳まで布団で覆い、アストラルの声まで遮断する。さもなくば、首を縦に振ってしまいそうで。愛情について正しく説明できていないのに、彼を汚してしまう気がして。

『なら今日は休め。…答えは明日聞こう。』

ああ、体が熱い。今日は眠れるだろうか。

+END

++++
続 く。

14.8.5



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