ゆぎお | ナノ



月は、星は、再び並ぶ


※サテライト時代


 いつのまにか、夜も更けてすっかり冷え込んでしまった。もとより暗いサテライトではあるが、もう光はイルミネーションのごとく、不規則に点々と光っているだけ。生命線とも言える機械の吐き出す息の音以外は何も聞こえない。まるでがらくたの山の大将になったような錯覚を覚えながら、天頂に立ち遊星は空を見上げていた。
 光の少ないこの場所では、星も月も綺麗に見える。雲すらない夜空を息を白くしながら目を泳がせていると、後ろから声がかかった。

「遊星。また月を見てるの?」

 この幼い声は、最年少のラリーだ。上に古い布を羽織り、おぼつかない足取りで金属の道を踏み越えてくる。歩きなれた場所ではあるが、夜と昼は全然違う。転ばないように無骨な手を出せば、嬉しそうに掴み返してきた。

「うわ、冷たい。いつからいたの?」
「さあな」

 いつからなんて覚えてはいない。いつの間にかここに来て、いつかわからない今まで見つめていた、ただそれだけだ。
そんな遊星の答えを「誤摩化された」ととったラリーが、頬を膨らませる。迫力はなく、ただ子供の可愛らしい一面が前面に出されたに過ぎない、と口に出してはいけない。怒られる。
それに、子供は気変わりも早い。舌の根も乾かぬうちに機嫌が戻り、座っていた壊れた冷蔵庫の上にどかりと座ると、足が宙を踊りだす。

「遊星っていつもここから見てるよね。星が好き? 遊“星”だから?」
「星は……嫌いじゃない」
「デュエルや機械を弄る以外に娯楽なんてないもんね」
「それでも俺はここが好きだ」

 少し寂しそうに笑うラリーの頭を撫でてやると、嬉しそうにはにかむ。
ここは決して住み心地のいい場所ではない。争いは絶えないし、差別や偏見のせいで皆心が荒みきっている。セキュリティーに怯えながら生活するのも窮屈でつまらない。
 だから月は出て行ってしまった。
夜空はいつも星と月でにぎわってはいるが、決して互いに干渉はしない。個々で輝き一切興味を持たないで一生を過ごす。
有象無象が自由に輝く空。中でも月が爛々と輝いていることに、遊星は毎晩安堵する。
 そして今日も退屈なゴミ捨て場から出て行った、月を見上げる。

「あいつがいたら、もっとよかったが」
「あいつって、ジャックのこと?」

 かつて仲間だったジャックのことを、皆忘れない。遊星も1日たりとも忘れたことはなかった。
仲間であり、親友であり、恋人であり。
ゴミ捨て場の中で輝く、荒くれ星たちの中でも輝く彼は月。シティの太陽を見上げては、いつかさらに輝きたいとぼやいていたのは知っている。
 まさか、本当に飛び出して行くとは思っても見なかったのだ。
自惚れていたのかもしれない。彼はいつまでも共に道を歩んでくれる、と暗黙のうちに信じていたのだろう。それがこの結果である。
もっと彼の心を、理解するべきだったのだ。プライドの高い彼は、高みに登ることを望む。ロウの羽を持つイカロスのように、常に輝きを放つシティへと飛びだってしまったことに気がついたのは、彼の姿が完全に消え去ったときであった。

「勝手にいなくなるなんて、ジャックもひどいよね」
「……仕方ないさ。ジャックはこんなところで満足する男じゃない」
「だけどさぁ。遊星にも何も言わないなんて!」

 行き場所は、聞いていなかった。彼の端正な顔が、テレビに映し込まれてインタビューまでされているところは驚くしかなかった。仲間たちも、あんぐりと口を開けて言葉を発することもできなかったのだ。
彼は、シティでキングになっていた。
頼る者がいない場所で、彼は孤高に道を歩んでいる。それがさみしくもあり、嬉しくもある。彼の夢が叶ったのだから、素直に喜ぶべきなのである。

「いいんだ」
「……無理しちゃって」
「してない」

 月は、必ず地平線へと落ちてくる。何度も登り、何度も、このゴミ溜めの地へと戻ってくるのだ。
その時には、捕まえるなんて野暮なことはしない。彼がまた空へと戻りたいのならば、送り届けてあげよう。どれだけ遠くたって、彼の輝きはこの錆びついた暗い街にいる遊星を照らしてくれる。
くるくると世界を駆け回る、そんな自由な君を愛した。



「珍しいですね、キング。下など見つめてどうしたのですか」

 高い高い、高層ビルの一室から、まばゆい光が漏れ出している。夜空に浮かぶ星を叩き潰すかのような強い光源からは、感情が込められていなかった。
上層階に住めるものは、富豪や特別な人間だけである。しかもここは、ビルの屋上。このドミノシティの希望の星である、ジャック・アトラスの部屋であった。
 廃棄場であるサテライトから来たにも関わらず、豪華な一人部屋を与えられて何不自由のない生活をしている。
だが、今日はここに唐突に現れた侵入者、ゴドウィンが現れたものだから、ジャックは不愉快な表情を浮かべた。
 薄笑いを浮かべるこの男は何を考えているのかわからない。今日もいつの間にか背後に立ち、にやにやと笑う姿に不快感を露わにした。それでも、気にした様子もなく彼は笑う。

「サテライトですか?」

 答える義理はない、と無言を貫き通して視線だけを動かす。
あいも変わらずゴミの山には一切の光がない。いや、生活の痕跡はあるのだが、周囲のビルが明る過ぎて潰されているのだ。
まるで人工灯に潰された蛍のよう。健気にも輝こうとする姿を、いくら必死に探したところで闇にも太陽にも勝てはしない。諦めて踵を返そうとして、ふと目に止まるものがあった。
 ゴミの丘の中に、更に不自然に積み上がった山がある。その近くに、赤みのかかった人工灯を見つけたのだ。確か、あそこは前に隠れ家にしていたところではないだろうか。最早名物になるほどのスクラップたちは、彼が集めたジャンク品の数々。
あの中から、使えるものだけを選別してDホイールを作成する姿をずっと見つめていたものだ。
もしかして、と視線を動かしたところで人の影など見つけることはできない。いや、いたとしてもシティーの光にかき消されて闇しか見えない。
痕跡はあるのに、はっきりと見つけることはできない。まるで空から落ちた流れ星、スターダスト。

「お知り合いでも見つけましたか?」

 感傷に耽る間も無くこの男は邪魔をしてくる。露骨にため息をついたことに、何か感づいたのかもしれない。同じ方向を見ようとはしているが、同じような風景の続くゴミ捨て場など、思い出のない彼にとっては違いがわかるわけがないのだ。
底辺で生まれ育ったことはキングにとっては忌むべきことであるべきなのに、ちょっとした優越感。彼とは自然消滅の別れではあったが、まだ絆は切れていない。まるで存在を主張して呼んでいるかのような星屑を見て、そう思っている。


「そういえば、貴方の故郷でしたね」
「貴様には関係はないだろう」

 これ以上思い出に土足で入り込まれてはたまらない。
決して良い思い出ばかりではないが、遊星との暮らしも、関係も、まぁ悪くなかったとは思っている。
だが、キングであることをやめたいとは思わない、彼の元へと戻ろうとも欠片も思っていない。

(貴様がこちらへくるのだ、遊星)

 昇った月は、星に照らされて輝き続ける。落ちた星は、自ら光を帯びて輝き続ける。
あとどれくらいの時が経つかはわからないが、ずっとここで待っている。誰にでも見つけられる、天頂という高みで。
俺も、お前もゴミ捨て場なんて似合わない。もっと堂々と、胸を張って、次こそは共に輝き燃え尽きようではないか。


+END

++++
あなたは『届かないと知っているのに会う度に何度も恋してしまう』遊ジャのことを妄想してみてください。

19.1.21



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