ゆぎお | ナノ



水面に映るは人魚の微笑み6


6
※人魚パロ
※人間遊矢×人魚ユート
※現代×ファンタジー
※赤馬→ユート&ゆやゆず表現あり






皮肉ながら久々に泳いだ広い水は、人工的に青く光る水槽の中だった。冷たく人工的な機械を使ってあげられ、大きく広い一般的な学校のプールの半分ほどもある水につけられたときは、懐かしさと喜びよりも冷たさを感じた。

「今日からお前の部屋はそこだ。遊矢の質素な部屋よりは居心地はいいだろう。」

赤馬の冷たい視線は水にも似ていた。尾になった足を恨めしく触りながら、水槽越しに彼を睨みつける。高さは身長の3倍はある。水をいっぱいに入っており、手を伸ばしていたら何とか水槽の縁に触れることは出来そうだが、外からはリフトを使って上がってくるために上から出ようと思ったら飛び降りなければならない。しかし5m以上はあるだろうこの場所から飛び降りるのは自殺行為だ。まるで水族館という檻の中に入れられたような気分だ。胸糞が悪い。

「俺をどうする。実験にでも使うのか。」

「人魚の生態について知りたいだけだ。おとなしく話すのなら悪いようにはしない。」

「素直に話さなければ、どうする?」

その問いに、赤馬は無言になる。別に殺す、という意思はないだろう。目には感情はないが、殺意もない。しかしそれだからこそ彼が何を考えているのかわからずユートは警戒してしまう。

「お前は自分から出られない。ならば答えは1つしかないだろう。」

要するに「喋るまで飼い殺す」という意味だ。逃がすつもりもなければ、殺すつもりもない。ユートが仲間の人魚たちを売るまでは絶対にどこにも逃げられない。
この男の王のような風格は好きになれない。ユートは眉を寄せ、赤馬を無言で牽制し続けた。

「して、腹は空いていないのか。」

「なにもいらない。」

「物欲しそうな目をしているが。」

人の心を見透かすような目に、思わず目を逸らして壁を目指す。広いとはいえども、何の変哲もなく、水しかないこの空間は退屈すぎて発狂しそうである。何よりも、遊矢がいない。
変化も何もない水面は人工的に作られたものだと自覚させられて、心にさざ波を起こす。

「食事は何がいい。肉か?それとも海藻か?」

「ここには他に仲間がいるのだろう。お前は人魚のことをどこまで知っている。」

「お前に答える義理はない。」

かまをかけたところで表情一つ変えなければ、口を簡単に割らないだろう。食えない男である。だが赤馬から仲間の匂いがするのは確かである。そして、この男がその仲間のことを知っている可能性があるのは高い。ここの会社のボスがこの男ならば、ユートを瞬時に人魚と見抜き連れてきた男ならば、知らないはずがない。廊下を歩きながら周囲を見回していたが、他の仲間を見つけることはできなかった。同じようにどこかに監禁されているのだろうか。水の中にいるなら匂いなんてかき消されてしまう。鼻だけを頼りに探すのは心もとないが、やるしかないだろう。水槽の縁を見上げながらユートは顔を顰めた。

「そうだな。お前がおとなしく言うことを聞くなら教えてやらないこともない。交換条件というやつだ。」

赤馬は若くして社長として研究所や学校を任されることになったやり手である。生徒たちからも畏怖畏敬の目で見られているが、顔は知ってはいるが直接見た者は少ない。遊矢は幸か不幸か小学校は同じ学校に通っていたために面識はあるが、それでもまだまだ赤馬には謎が多い。そんな人間が何を考えているなんて、遊矢以外の人間に接してこなかったユートにはわかるはずもない。

「…何をすればいい。」

威嚇を続けながら赤馬に振り返ると、微かに上がった口角が見えた。

「人魚の主食となるのは肉だろう。それも、海で取れるものと言えば人間の肉が主だ。」

「…」

「動物の肉でも空腹は癒せるかもしれない。しかし満足のいく栄養を得るためには、相当の量を必要とするはずだ。何故お前はそこまで健康体でいる?何故遊矢は生きている?」

感情的になり水槽へ乗り出したために、強化ガラスに手が叩きつけられ鈍い音が水中にも響いた。興奮気味になる赤馬にユートは微動だにしなかった。珍しい個体を目の前にすると興奮するのは研究者ではあることである。ユートもまた、水槽の中から赤馬の言動を淡々と観察していた。

「肉だけではなく、血でも栄養は得られる。」

「血…そうか、血か。もしかして、遊矢の唇に噛みついたのか?」

「何故わかる。」

「化膿して腫れていた時があった。」

そういえばであってから数日は唇が少し腫れていたかもしれない。ちゃんと後処理をしていなかったせいで、傷口が化膿していたせいだったのか。あのときはユートも自分のことでいっぱいいっぱいではあったが、指摘して気遣いが出来なかった自分に腹を立てるしかない。うなだれるユートの内心に気づくことなく赤馬は表情に出さないながら心底楽しそうな様子であった。「そうか、血か。理には適っているか?」と独り言を漏らすと、考えるポーズをやめてユートに向き直った。

「お前は面白い奴だ。さっそく食事を見せてもらう。」

空腹ではあるが、食事を観察対象として見られるのは腹が立つ。げんなりとした目で赤馬を見つめていると、水槽にゆっくりと手を付きユートを真っ直ぐ見つめてきた。逃がさないという凶暴な光を目の奥に宿して。

「食事が終わったらしばらく放っておいてくれ。」

仕方なく折れたのはユートの方だった。このまま睨み合っていても、時間が過ぎるだけである。不機嫌な顔ではあるが、水面から人魚が顔をだすと赤馬は口角だけで満足そうに笑う。と思えばリフトを使い縁へと近づきしゃがみ、ユートの頬に手を伸ばした。単純に他人の体温が落ち着かなかった。顔をふるって、水と一緒に手を振り払うと赤馬を上目使いで見上げた。
血色は悪くない。多少なら“食事”をしても問題はなさそうだ。こっちから赤馬に手を伸ばすとそのまました唇に噛みついた。感触は遊矢とは違う。少しざらついた固い皮膚にどれだけの力を込めていいのかよくわからない。徐々に力を込める形で牙を立てていると、突然頭を固定されて唇同士が無理矢理合わさった。いきなりの出来事にユートは目を見開いた。開いていた歯の間から舌が差し込まれ、口内を探るように動き回る。
苦しい。気持ちが悪い。
真っ先に頭によぎったのはその言葉だった。引きはがそうとするが、背中に腕を回されて支えられては不用意に水の中に逃げることもできない。唸りながら力余って首筋に爪を、舌に牙を立てると血の匂いが黒く青い薄暗い部屋に広がった。舌につたう生暖かい血の感覚に舌を這わせてしまうのは本能だ。味も違えば匂いも違う。もしかしたら少々不規則な生活と偏った栄養で生活している遊矢のものより健康的で美味しいかもしれない。しかし、ユートは赤馬の肩を突き飛ばして水の中へと逃げ出した。

「…なるほど。やはりお前は面白い。」

口についた血をぬぐい、首筋の血の指に取りながら赤馬は笑う。痛みを感じていないのか、いやそれ以上に知的好奇心が勝っているのだろう。恐ろしい男である。

「そうピリピリするな。約束通り、もう出て行こう。」

思った以上におとなしく身を引いたことには少し拍子抜けだ。リフトの降りる音を聞きながら、水槽の縁に顔を乗せると扉へと向かう赤馬の背が見えた。馬鹿正直というか、律儀というか、約束は守るタイプなのだろうか。いつ戻ってくるかといぶかしげに見ていたユートだが、扉の向こうに消えて行ったことを視認して息をつき水底に腰を下ろした。水槽を上から覗くカメラには気づかずに。



遊矢は平常心を保っていられなかった。
今日はいつも通りの一日だと思っていたのに。いきなりやってきた社長こと赤馬のせいでとんだ誤算である。いや、赤馬が関わってくることには慣れた。遊矢がお気に入りなのか、昔からの好なのか赤馬はやたらと遊矢には干渉してくることがあった。勿論前者で、正確には『遊矢の持つ人を惹きつける、縁のような力』に興味を持っているのだが理由は遊矢にはわかるはずもなく、わかりたくもなかった。
2人の背中を追っていつもよ1時間速く研究所に来たのはいいが、途中で赤馬の背中を見失ってしまった。広い研究所は遊矢の知らない部屋も多々ある。それにパスワードがないと入れない厳重な部屋だってある。社長は秘密主義で、選ばれた人間と秘書以外は断固として自分のテリトリーに入れようとしない。そんなところに逃げ込まれては遊矢だってお手上げである。しかしユートを、長年追ってきた珍しい種である人魚は、その厳重な部屋の1つに入れられてしまうであろう。
時間になるまで廊下を走り回ってユートの名を叫び続けたが、人1人すれ違うことはなく、返事が返ってくることもなかった。
落ち着きのない遊矢を心配した同僚は、恐る恐る声をかけたがまともな返事が返ってくることはなかった。「いや、ちょっと探し物を…」と言われてわかるものはいない。しかしこんなところで「赤馬社長に俺が面倒を見ていた人魚が浚われて困っています」なんて馬鹿正直に言うバカはいない。お茶を濁した返事をして、同僚から首を傾げられるしか方法なんてなかった。

「ユート、どこに行ったんだよ…なんで挨拶もなく出ていくんだよ…。」

帰りたいなら遊矢に言ってくれたらよかったのに。不満があったら言ってくれたらいいのに。「気になること」では遊矢にわかるはずはない。どう考えてもこれは家出としか思えなかった。帰宅時間の6時を過ぎても、遊矢はぼんやりと備え付けの巨大水槽を眺めていた。
ウミガメ、コバンザメ、エイ、その他小魚たち。悠々と作り物の水の中を泳いでいる様を見て、思い出すのはユートのことしかない。ここよりも狭い檻の中に閉じ込めて、きっと窮屈していたんだろう。それで出て行ってしまったんだろう。それとも、人間に復讐をするために人の集まる場所へ行くことを望んだ?いやいやそれはない。優しいユートに限ってはそんなことはありえない。首を大きく振って、再び水槽へと目を移した。
青く輝くのは、人工的な照明。それでもこの海がきれいだと思ってしまう。魅せられてしまう。
ポン、と遊矢の肩が叩かれた。

「うわぁ!」

驚き悲鳴を上げると、そこに立っていたのはピンクの髪の少女だった。2つに括った髪に特徴的なのが、本で見たアロマロカリスに似た髪形。そう言ったらきっと怒るだろう。女の子には失礼な例えだが、思わず海の生物で例えてしまうのは職業病なのだ。
遊矢の悲鳴に、一瞬肩を跳ねた少女だがすぐに笑顔になりくすくすと笑う。驚かれたことに怒っているわけではなさそうだ。赤くなりながらも遊矢は頭をかいた。

「君、見ない顔だね。最近きた子?」

「一応前からいたんだけど…会わなかっただけだと思うわ。」

「ふぅん?」とそっけない返事を返したが、少女は気にした様子はない。遊矢の視線を交わして横に並ぶと、水槽を見上げて顔をほころばした。すごく可愛らしい子だ。一度見たら忘れないだろう、それでも覚えていないということは、やはり会ったことはないらしい。それでも前からいたというのはどういうことだろう。一応この学校の子は顔だけでも覚えている。特に同年代であろうこの少女なら、一度は顔を合わせているだろうに。

「魚が、海が好き?」

水槽に目を向けたまま、少女は唐突に話題を変えた。

「え、うん。」

彼女も海が好きなのだろう、いやこの研究所にいる者は大体が海好きだ。キラキラと目を光らせながら水槽から目を離さないで魚たちを目で追っている様についつい見惚れてしまった。
なんだか、懐かしさを感じる。昔感じたことがあるこの、惹かれて見惚れてしまう感覚。いつだっただろうか。最近のような、昔のような気がしてならないが思い出すことは出来なかった。1人首を傾げる遊矢だが、少女が一歩踏み出しくるりと回って遊矢を見つめたことで我に返った。

「ね。泳ぎましょ。」

いきなりこの少女は何を言うんだろうか。
見たところ、薄いワンピースしか着ていない。どう見ても服だ、水着じゃない。そんな薄い服で水になんて入ると透けてしまうのは簡単に予想出来る。女の子との付き合いが浅い遊矢には目に毒もいいところだ。

「い、いやいやいや!ここプールじゃないし!サメいるし!それ水着じゃないし!」

「大丈夫よ。この子たちはおとなしい子だから、何もしないわよ。」

一番大事なのは服なのだが、少女は笑顔で遊矢の腕を引っ張ってくる。少女の発言に引っかかることがあったが、少女にしては強い力に驚きそれどころじゃなくなった。

「もしかして泳げない?」

「そういうわけじゃないけど…」

「もし泳げなかったら私が教えてあげる。」

どうあっても泳ぐということは決定事項であるらしい。可愛らしくも強引な少女に溜息を付きながら、遊矢は観念してついていくしかなかった。
水槽にはすべてリフトがついているが、遊矢は知らない。魚の世話はしたことがあるが、この水槽は観賞用で社員が管理しているため、知らない事は無理はない。しかし少女は迷わずにカーテンに隠れたリフトに歩を進めると、上行きの三角スイッチを押す。狭いリフトに男女2人、密着するように乗っている。それだけでもドキドキするというのに、彼女の笑顔には目を見張るものがある。怖がっていないかと配慮して少女を見ると、上目使いと笑顔が返ってきて慌てて目を逸らした。
決して下心を抱いているわけではない。でも男なら、可愛い子を見て興奮してしまうのは生理現象である。手を掴もうと恐る恐る伸ばされた遊矢の手は、頂上に着いたリフトと“ユート”によって邪魔をされてしまった。

(そうか、最初ユートに会った時に似ているんだ)

バッシャーン、と高く水しぶきが上がった。
傍らには少女はもうおらず、視界を邪魔する滴を慌てて袖で拭う。目を開けられるようになり、水槽を見つめる。そこには1人の、いや1匹の女の人魚が水面から顔を覗かせて。

「ごめんなさい。驚かせた?」

口では謝っているが、少女は笑顔を崩さずに楽しそうである。
そうか、彼女は人魚だったのか。そう理解すると先ほどまでの感情も自然と納得できた。ゆっくりと近づいてきた少女に、遊矢はしゃがみこんで笑顔を向ける。「いきなり飛び込んだら危ないよ」と。
正体を見て何も言わない遊矢に、少女は内心驚いていたが、「やっぱり」と呟くと笑顔で水槽の縁へ乗り出した。

「貴方、やっぱり人魚を見ても驚かないのね。」

「やっぱり?」

「ユートを、知ってる?」

いきなり彼女からユートという名を聞くとは思わなかった。“ユートの仲間がいる”とは予想していたが、まさか知人だったとは。驚き口の開閉を繰り返す行動が、彼女にとってはわかりやすい返事だった。「やっぱり」と、また同じ言葉が繰り返された。

「貴方からユートの匂いがするんですもの。最初は「仲間の匂いがするな」程度だったのに、日に日に強くなっていくから。」

「今日はここにユートが来たんじゃないかって、驚いてきちゃった」と花のように笑う少女に遊矢は顔を曇らせる。今は少女に見惚れている余裕はなかった。ユートの名前を聞いてしまうだけで、ざわつく心を制御できなかった。

「どうしたの?」

「…ユートは、ここに来てるよ。」

「えっ。貴方が連れて来たの?それとも、私を探しに?」

慌てて鼻を動かすのは人魚独特の行動だ、ユートと一緒に過ごしていてわかった。場所を探っているようだが、水ばかりのこの場所ではわからないだろう。落ち込んだ表情が証拠である。

「違う。…赤馬に、浚われて…」

「赤馬社長が?」

驚き水槽から這い上がった少女を支え、尻尾を水槽から引き出してやる。「ありがとう」と短く返すと、間髪入れずに這いずりながらリフトに向かう。

「探しに行かなきゃ。」

「そんなにアイツは、赤馬はひどいことをするのか?」

「私は「研究に協力する」って条件で自由にしてもらってるけど…」

下行きのボタンを押しながら、柚子は遊矢に目を向ける。すぐに姿も見えなくなり、しばらくして誰も乗っていないリフトが上がってきて遊矢も飛び乗った。

「ユート、きっと貴方を探しているわ。」

水槽を背にもたれ掛る少女を見つめながら、遊矢は立ちすくんで手を強く握った。それなら何故ユートは赤馬についていったのか。遊矢にはわからなかった。今日1日考えてもわからなかった。強く握りしめた手のひらが痛む。ポタリ、ポタリと涙も流れ始め少女は小さく声を上げた。

「ごめん。浚われたっていうか…ユートが自分からついていったんだ…。」

「自分から?」

匂いが強くつくほどにこの遊矢という人間に気を許しているのに、何故いきなり自分から出ていく真似をしたのか。少女は首を傾げた。しかし目の前で涙を流す遊矢の言葉も嘘とは思えない。首を傾げていた少女だったが、遊矢が目の前でしゃがみ両手を出してきたことで我に返った。

「急ぐなら運ぶよ。その尻尾、乾くまで時間がかかるんだろう?」

急いで真相を確かめたいのはやまやまである。しかし、柚子は静かに首を横に振った。

「いいわ。貴方に私の匂いがついたらユートに怒られちゃう。」

「匂いが…。もしかして、他の匂いがついてたからユートも怒ったのかな。「仲間の匂い」って言ってたし。」

「…もしかして、そうなのかもしれないわね。」

晴れやかな笑顔を見せた少女に、遊矢は首を傾げた。
そこで気が付いた。彼女の名前を聞きそびれたことに。

「今更だけど、君の名前は?」

「柚子よ。よろしくね、遊矢。」

柚子か。遊矢は口の中で彼女の名前を反復した。一方的に名前を知られているのは、有名人になった気がしてむずかゆい。笑顔で柚子の隣に座って足になるのを待とうとしたら、それすらも手で制された。

「貴方のこと、ユートが気に入るのもわかった気がする。でも後は私に任せて。彼と2人話がしたいの。」

久しぶりに会ったのなら、積もる話もあるだろう。遊矢もユートに会いたいが、ここは引くのが人情というものだ。納得がいかない表情を隠さないまま頷くと、遊矢は少し離れたリフトに座り込んだ。それから沈黙の数分間、無事に尻尾が足になったところを見届けると、柚子を度々振り返りながら大水槽の部屋を後にした。

「そう。ユートは遊矢のこと…」

そうつぶやいた柚子は、少し悲しそうな顔ではあったが、笑顔は崩さなかった。

++++
7、離ればなれ編
15.11.17



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