幻すい | ナノ



素直じゃない子供たち

※T
※フリック視点


「フリック。今晩空いてる、かな?」

一杯飲んで、部屋で寝ようと思っていた時だった。階段の上から、聞き覚えのある声が降ってきた。見上げなくてもわかる。反乱軍の若きリーダー、亡きオデッサの代わりを努める男ナムダ・マクドールだ。

「すぐ寝るよ。」

「そっか。ごめん。よい夢を。」

寂しそうな顔すら見せず、微笑み尾も引かず踵を返すナムダに、意地悪をした罪悪感が湧いた。

「嘘だよ。…少しなら付き合ってやる。」

肩を掴んで引き止めれば、先ほどと同じ笑顔。喜んでいるのか、これは本当に笑顔なのかはわからない。ナムダはグレミオを失ってから、少しずつ変わってしまった。
支えなくては。
何度そんな気持ちにさせられたか。だがコイツは人をある一線から退けるようにもなってしまった。笑顔は社交辞令、自分を隠す仮面。そんな彼を放っておけなくて。自分に出来る事をやってやりたくて。オデッサと比べるうちに、憎しみより親近感が沸いてきたのだ。彼女と似た心と瞳に、惹かれていた。
――この恋心のようなものは、そのせいだ。

「気を使わなくてもいいのに。」

年下のクセに、随分大人ぶる。最初はムカついたが、今はその優しさもわかる気がする。
急かすように繋がれた手は彼なりの甘えなのかもしれない。ならば、甘やかしてあげよう。指を絡めてやれば振り返り、それはそれは嬉しそうに口角が上がった。癪に触ったから手を離そうとすれば、強く握り返される。…誰も見てないし、今日は許してやろう。
コイツの部屋は、シンプルだ。休息の為のベッド、身支度の為のタンス、実務の為の机、武器の棍、そして月の見える窓。それだけ。生活感がないこの部屋は彼の心の表れか。口にする勇気はない。

「もう飲んできたみたいだから、お酒はいらないかな?」

ご丁寧に、俺の好きな酒まで用意しているのはいつも変わらない。今日は突然だったから先に飲んでしまったが、飲めない事はない。せっかく用意してくれたのに、飲まないのは男が廃る。

「いや、貰う。」

「本当にお酒が好きだね。ビクトールみたい。」

ビクトール。
ナムダと親しくする、俺がいけ好かない男。オデッサの死期を看取ったから?旧反乱軍の時から?いや違う。コイツと、親しい、から。

「…アイツの話はするなよ…」

「本当に仲が悪いね。」

壁に手をついて閉じ込めようとしたが、簡単にかわされてベッドまで逃げられてしまった。不機嫌になってるのは自分でもわかる。だがふくれっ面になっているのはナムダに言われないとわからなかった。情けない、子供みたいじゃないか。

「俺はフリックとビクトールに仲良くしてほしいな。」

「お前が言うなら、考える…」

お前の願いなら叶えてやりたい。オデッサの分まで、オデッサの分も。

「それは『反乱軍リーダー』が言うから?」

しかし、ナムダから返ってきたのは冷酷な一言だった。冷たい目をして、「この線からは入るな」と威嚇するように。

「違うっ!ナムダだから。ナムダ・マクドールが言うからだよ。」

その目をしないでほしい。俺には、いつもの優しいお前を見せて。

「別に、アイツのことは、認めてやらないわけでもないし。」

「ふーん。」

素っ気なく足を踊らせ、焦燥感が湧きあがる。信頼されていない。その事実に心が痛む。嘗て、彼も味わった痛みは無意識の仕返しだろうか。でもこれは質が悪すぎる。

(好きな奴に、嫌われる、苦しみ)

「信じてない物言いだな…」

「だって仲悪いところしか見てないもん。」

「じゃあどうしたら信じて貰えるんだよ。」

冷たい視線が、辛い。信じてほしい、せめて俺の事は。

「…キス、してよ。」

「えっ」

いきなり何を言い出すんだ!
顔は真っ赤になり、熱くてたまらない。何故今キスをせがまれるのか。…愛を試しているのか?く、口にしてやればいいのか…?

「"友愛だ"、そういつも言ってるだろ。仲がいいなら、ビクトールとも出来るよね。」

また笑顔。じゃなくて。コイツはそういう意味で言ってたのか。一気に熱が冷めてしまった…いや。まずあの熊男とキスなんて冗談じゃない。死んでもごめんだ。友になれても恋人なんてなれやしない。だって…。

「そっそれとこれとは話が別だろ!?」

「へえ。じゃあいつものは何なの?」

頬を指差し笑うナムダに言葉を詰まらせた。いつも頬にキスして、照れ隠ししていたのだ。

「あっあれは、友情の延長線…」

「ホラ。ならいいじゃん。」

口にする勇気がないから、の言い訳とは言えない。
嫌われたらどうしよう。
失敗したらどうしよう。
「ヘタクソ」と言われたらどうしよう。
男として、それは譲れない。だから、逃げ出した言い訳なんだ。

「無理ならいいよ。ごめんね。」

「ナ…ムダッ」

ナムダが謝るのは、諦めた時の合図。
仲の修復に諦めたのか、『俺に』諦めたのかはわからない。が、冷や汗が止まらない。

(捨てないで、お願いだ)

「友愛は友愛でも、特別なんだッ」

「どんな風に?」

「それは…」

(こうなったら、どうとでもなれ)

肩を掴み、心を決めて顔を近付ける。オデッサとは何も考えずに行えた行為が、こう意識してしまっては頭の中が真っ白になってしまう。
次はどうやっただろう、どうすれば応えて貰えただろう、そもそも受け入れて貰えるだろうか。緊張して緩慢になる唇に、硬く柔らかいものが触れた。

「何がしたいんだか。」

それは、彼の手の甲だった。

「俺は姫でもないし、ましては女性じゃないんだ。お門違いもいいところだね。」

「かっ勘違いするなよッ!俺はそんな…つもりじゃ…――」

姫でも女性でもない、ナムダにキスしたかった。

「じゃあなんのつもり?遊び?また俺の事、からかって振り回すつもりだった?」

「違う!」

「もう寝るんだっけ。話し相手になってくれてありがとう。」

「聞いてくれてもいいだろ!」

喧嘩腰になり掴みかかると、冷ややかな視線が向けられる。敵を見るような、テリトリーギリギリに立つ生き物を見るような、目が、向けられて、いる。

「俺は…そんなつもりじゃ……」

どうすればいいんだ。嫌われたくないのに。

「じゃあなんのつもり?」

「お前が、お前が…」

『好きだから』

「フリックって。いつもそうだよね。」

笑顔で払いのけられた手に、向けられた背中。布団へ潜ってしまったナムダを泣きそうな気持ちで見つめる。

「俺はもう寝るから。」

「ナムダ、」

「おやすみ。」

「ナムダ!」

こんな時に「一緒に寝たい」なんて言わなくてよかった。だが、願望なのは事実。まともに取り合ってもらえなかった事に露骨に肩を落とし、部屋に帰ったが、そこからは覚えていない。同室のヒックスとテンガアールは寝ていたし、俺も酒の力ですぐ寝ついていたようだ。
朝起きたら、至近距離のテンガアールと目があった。

「…おはよう?」

「おはよう、じゃない!なにそれ!!」

「朝から怒鳴るな…それってなんだよ…」

「唇!」

「は?」

言われるがままに、無意識に拭ってみれば、袖には赤いものが。…口紅。

「なんだこれ。」

「ボクが聞きたいよ!ヒックスに悪影響だから、フリックさんは目に見えた跡は残さないで!」

ヒックスに悪影響、とはどういうことだろう。そんなことより。

「…口紅?」

「どう見てもそうでしょう!」

「口紅?」

「寝ぼけてるの?誰かとキスしたんじゃないの?」

するもんか。ナムダ以外と俺はそんな事はしたくない。…欲求不満が溜まってるのは否定しないが。

「え、なっ…、え…っ!?」

「やっぱり寝ぼけてる。ヒックス!バケツに水入れて持ってきて!」

「えっ。今リーダーが来てるのに…」

「口答え無用!」

一体誰なんだろう。口紅を塗る趣味はないし、誰かが寝込みを?そんな恋仲になるような素振りは見せてないし、ストーカー紛いの女の子も知らない。一体何故…
この無限ループは、頭から水が、目を覚ましてくれるまで。
ヒックスから緑のバンダナを受け取り、唇をぬぐい笑うナムダには気付かなかった。

+END

++++
T時代
部屋に連れ込み
ナムフリナム
ツンデレフリック
人間味が抜けてきたナムダ

13.11.10

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