*愛に飢える
※801
「フリックさんは…好きな人はいます?」
夜の喧騒の中、酒場の一角で一人酒を嗜んでいた時だった。ふと声をかけられて顔を上げると、そこには城主であるノキアの姿があった。
いつものように、凛と背を伸ばす大人びた空気ではなく、子供らしく童顔さをさらに際立たせるしょんぼりした表情に少し焦燥感を感じた。
「何をいきなり…」
「とにかく座れよ」と席を引き、彼を迎えるがなかなか動こうとはしない。
城主を見つけた店員がオレンジジュースを施し、微笑んだところでやっと席について落ち着く形になった。
「で、何だいきなり。」
「えっと、個人的リサーチといいますか、僕の興味本位と言いますか……」
「なんだそれ。」
小さく笑いながら、ノキアを見つめる。自分の子供を見つめるような、慈愛を込めた目にジュースはどんどん泡立っていった。
「で!いるんですか??」
勢いに任せ、机を叩き身を乗り出すと「落ち着け」と制させる。ゆったりとジョッキに口をつける姿は優雅で、落ち着いた大人そのものだった。
「昔、いた。」
「いた?」
「戦争の最中に…死んだ。」
「ご、ごめんなさい…」
「いいさ。」
遠い目をするフリックは憂いを帯びていて、かける言葉が見つからない。遠くを見つめ、探しているような。迷子の子供を彷彿とさせられる。
「オデッサさん、ですか?」
その名を聞いた途端に、空気が変わった。目を丸くして、少し孕んだ怒りに怯むことなくノキアはフリックを見つめた。
「…どこでその名を?」
「ヒックスたちに聞きました。『戦士の村の者は、剣に一番大切なものの名をつける』と。剣の名前…ということは、それほど大切な方だったんですよね。」
ノキアの悲しげな目に、フリックの怒気が引いた。無言の肯定。ジョッキを持つ手が心なしか震えて見えた。
「…今でも鮮明に思い出す。彼女の笑顔を。」
「すみません、余計な事を言って。でも…ボクでは、その人の代わりになれませんか?」
唇に触れた指先は、性的な意図を含んでいて。
少年の、無垢な瞳に不覚にもドキリとした。真っ直ぐで、迷いもなく、素直で。
(オデッサ…)
守れなかった過去を悔やんだところで、何も変わらないが少しくらいなら思いはせてもいいだろう。
彼女以外、愛さないつもりだった。愛せないつもりだった。その愛は今も変わらない。
だが、真っ直ぐな好意に悪い気はしない。ノキアの純粋で正直な眼差しに自然と顔は綻んだ。
「気持ちはありがたい。ただこの話は終わりだ。」
「フリックさん!」
どうしても想いを伝えたいのだろう。明らかにキスをするつもりで近づいてくるノキアに、フリックの細い指が唇を滑り制す。
「『コレ』はとっておけ。もし、全てが終わってもまだ気持ちが変わらないなら、その時に受け取ろう。」
その時には、この世界に自分は必要なくなるであろう。傭兵は、平和な世界にいらないのだから。
「…はい!」
(その時に、俺を必要としてくれるなら、甘んじて受け入れよう)
ノキアの満足そうな顔に、フリックは笑った。
子供のような口約束、だが確かな約束。
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愛に餓えてる二人
13.10.13
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