片手でレンズを軽く撫でながら悠里がソファに寝転がっていた。両膝を立てて、胸の上に乗せられたカメラ。その足には琴がもたれかかっていた。なんとなくつけられていたテレビからくだらないワイドショー。外からはセミのやかましさ。碌でもない夏だと悠里が天井を見ていた。
 ずっとこちらに向けられている重たい視線を無視しながら、そうだと口を開く。

「僕がカメラを手にしたのがいつだったか知ってる?」
「知りようもないことを聞くね。」
「まぁね。だから聞いてみたんじゃないか。でも僕は君がどんな生活をしていたか知ってるよ。」
「それはなんだか不公平だね。私はほとんど知らないのに。」
「だからこうして話してやろうかと思ってるんじゃないか、君に、僕のことを教えてやってもいいって。」

 なんとも不遜な態度である。したからに見えてとんでもない上から目線。それも、すっかりと今では慣れきったもので、琴はそれでと続きを促すだけに止めった。

「小学生の時かな、父がカメラをもって帰ってきたんだ。僕はそれを試してみたくて、外へ行ってね……。 ところで、琴ちゃん。写真って面白いと思わないかい。」
「私はあーんまり好きじゃないけど。」
「そうかそうか。だって、考えてみてよ。僕たちに身に余る世界と到底触れようもない時間が、狭い淵の中に閉じ込められるんだよ。身動きも取れずそこに切り出されて、同じように流れるはずだった未来に殺されてくんだから、たまらないじゃないか。」
「……そういうのいいから、はい、続き。」

 にまにまと、熱を込めてつらつらと言葉を続ける悠里に琴はため息しか出てこない。表情を見た限り、どうせただ言葉を並べているだけなのだろう。話す気がないのか、と苛立ち混じりに琴は背をあずけてる足を叩いた。
 はいはいとだらしがない返事をしながら悠里は話を戻す。

「ファインダーを覗きながら道路歩いてたんだよ。」
「危なっ!」
「案の定はねとばされてね。その時に、遠くに女の子の姿が見えたんだ。思えばあれは一瞬死んでたのかな。ともかく、その時ふわりと意識が飛んだかと思うと、知らないところにいてね。」
「なにそれ、幽体離脱?三途の川?」
「幽体離脱かな。どっかの家のどっかの子が人形遊びしてるところだったんだ。その時、その景色を見てた僕はなんにもわかってなくて、てっきり僕がそこに遊びに行ったんだと思ってたんだよ。その瞬間の前のことを気味が悪いくらい、さっぱりと覚えてなくてさ。」
「ふぅん。」

 おとなしく話を聴いてる琴を、視線だけでちらりとみながら悠里が体を起こす。どけられた足に琴は体勢を崩しながら、ソファーの背もたれに頭を乗せた。背もたれに散らばる髪に手を伸ばして、悠里が乱雑に撫で回す。グチャグチャになってあちこちが引っかかる感触に彼女は抗議の声を上げたが、彼はけたけたと笑うだけであった。

「多分、あれ、君だったよ。」
「はぁ?」

 突然の発現につい低い声が出た。

「だから、あれ、多分ね。君だったんだ。」
「死にかけた時に見た幻覚?」
「うん。それで君を探したんだけどね、見つけたときは驚いたものさ!」
「……あっそ、で?」
「ん?あとは、そうだな、ただ君を見守ってあげてただけだよ。」
「このストーカーめ。」

 君を見守っていただけさなどと、いつもどおりの口上句に過ぎない。いや、存外、悠里というストーカー行為を平然と行う男の方は本気なのかもしれないが、少なくとも琴にとってはいつもの冗談であり、事実であった。
 仕方のない男だなというように琴は笑ったし、そもそも悠里も、いつものことと笑っていた。

「ま、嘘なんだけどね。」
「手の込んだ嘘をつくよね、ほんとう。」

 呆れた、と目線を送る彼女に対して、彼の目は、笑っていたのだろうか。口元だけはたしかに弧を描いていたが。

「それで、そんな手の込んだ嘘はなんのため?」
「君のために決まってるだろ。」
「それも嘘?」
「そう思うのは?」
「だって貴方、嘘つきだもの。」
「そういう君は疑い深い。」

 タバコに火をつけて、吸い込んだ煙を吹きかける。こほりと小さくむせながら、やめろと琴が抗議した。嘘つきめ、無信用めと互いに罵るのも、随分みなれたいつものことだ。
 といっても、どこの誰も二人のそんな場面を見たことはないので、互いにだけみなれた光景なのであるが。

「僕がこんな嘘をつくのも、僕が僕のことを語るのも、僕が構ってやるのも、僕が背中を追いかけるのも、僕がカメラを向けるのも、僕が手をつないでやるのだって、殴るのだって、蹴り飛ばすのだって、口づけるのだって、舐るのだって、素直に言葉を吐き出してやるのも贈り物をしてやるのも、君だけなんだけどね。」
「ストーカーをするのも?」
「そうだって言ってるだろ。大体、どうしたら、興味もないやつをストーカーするっていうんだ。バカバカしい。」

 いいか、よく聞けよ。などと前置きをして、悠里は一息に言い切った。バカめと言いながら、もう一度その髪を、今度は直すように撫でながら。

「素直じゃないね。」
「どっちが。」

 ところで眠いんだ、昼寝でもしよう。と、悠里が続けた。強引な方向転換は、いつものことである。そしてそういうときは、往々にして、彼に都合が悪い時だけ。

「うん、寝よっか。」
「足なら貸してやるから。」
「そこは普通、腕じゃないの!」

 所詮、照れ隠しである。一方的な男だなと内心で文句を言いながら、琴は渋々と、タオルケットを取りに立ち上がる。ちらりと悠里の顔を見れば、珍しく、目元が赤かった。

「ほんと、素直じゃないよね。」
「うるせーぞ。」

 好きだなどと誰が言うものかと。本当に、随分な男であった。


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不器用で伝わってるのか不安に思いつつ、伝われと願いながら口にするから、顔に出て仕方がない。いつかちゃんと言ってやろうと思いつつ、そのいつかがいつになるかと怯えてる。
相手に期待しすぎというかむちゃぶりをする男だなぁ、本当に。ダメ男め、そこに正座したまえよ。



mae//tugi
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