山道からすこし外れた場所。ほとんどが見落とすような、木々の陰にそれはひっそりと置かれていた。みつけた人間は情けない悲鳴を上げて警察へと連絡を入れたが、そのことが大々的に報じられることはついになかった。
 新聞の隅にひっそりと男性の不審死、とだけ書かれているのを見て、彼女は新聞を叩きつけた。

「殺人も殺人だろうが、こりゃあどう見たって! 誰も捜査しねぇっていうのかよ!」
「そ、そう苛々しないでくださいよ、唐花先輩……。」
「葉落! てめぇもか!」

 所変わって、通報を受けた久希里南警察署はといえば、ご覧のように約一名を中心に荒れに荒れていた。
 いざ捜査と腰を上げたところで、久希里本署から解決のお達しがあったのだ。出鼻をくじかれた南署はその内容の開示を求めたが、彼らに事件の詳細が伝えられることはなかった。同時に本件不問などと命令を出され、とうとう怒りが爆発したわけだ。
 乱暴に机に蹴りを入れる唐花の様子を見かねた葉落がコーヒーと共に声をかけたが、立場の低い葉落では役不足だったか。
 唐花に吠えられるだけでは飽き足らず、淹れたてのコーヒーを頭から注がれ、熱さに悲鳴をあげながら退却していった。
 その様子を見ることもなく、苛立ちのままに煙を吐く。壁にかけられていた署内禁煙の文字はすでに黒く塗りつぶされていた。

「ちょっとー、咲君、葉落君火傷したじゃないか!」
「んなもん避けねぇ葉落がわりぃ。」
「避けろってさ、葉落。」
「無茶ですよぉ!」

 早急に氷を詰めた袋を頭に当てながら涙目で葉落が戻ってくる。青い制服にはばっちりとコーヒーのあとがついてしまっているが、署内の誰もがなれたように同情の目を向けるだけであった。
 さて、葉落と共にやってきた体格が非常にふくよかな男性に、咲は少しばかり目を輝かせた。その男性、南署の署長である天王院からの第一声は叱咤だったが、そんなことはどうでもいいと咲に一蹴されてしまう。
 一蹴された当人はがくりと肩を落とし、医務室へ戻ろうと背を向けた。

「それで?」
「僕にも答えてくれなかったし……これは間違いないんじゃないかな。」
「そうか……。すこし出る。」

 こちらにやってきた時の表情で、答えが芳しくないことは想像に固くなかった。天を仰ぐように見ながら、もう一度煙を吐き出した唐花は短くなっていたタバコを灰皿に押し付ける。
 がたりと立ち上がるのを見計らったように、愛用のケープが差し出された。手渡したダンは既に外出の用意が整っている。これなら今すぐにでも行けるだろう。

「別件ってことでなら出せるよ。ちょうど……ほら。」
「あぁー、傷害事件でしたねー。被害者の葉落クンの容態が早くよくなるといいなー! 公務執行妨害に傷害だなんて、ひどいことをする人もいたもんですねー!」
「……そういうことですか……。」

 必要最低限の荷物をダンに持たせ、意気込み十分な唐花は思い出したように天王院に手を出した。渋る署長に、訝しがる葉落と目を泳がせるダンという奇妙な光景のまま硬直してしまう。そこに明るくないが比較的明るい声がかけられる。

「向こうさんが口を割らないってことは相当やばいのが裏にいるってことだろ、署長。」
「そういうことだ! さすが黒江はよくわかってる! ……ね、先にいく可愛い部下にせめてもの慰みをくださいよ署長〜。お願いしますよぉ〜。」
「君たち本当に白々しいよね……。」

 割って入ってきたのは南署唯一の受付係でありながら、唐花と肩を並べるもうひとりの裏番、黒江であった。唐花を慕っている彼女は当然のように加勢し、調子にのった咲はいつもどおりの要求を突きつける。
 それに頭が痛いのは天王院と葉落だが、ここまで言われては仕方がないと鍵を差し出す。

「さんきゅ、しょちょ!」
「あんまり使わないんだよ。」
「わぁってるよ!」

 奪い取るように保管庫の鍵を手にした唐花は鼻歌交じりに立ち去っていく。その足取りは随分と軽い。これからわざわざ厄介事に首を突っ込むというのに悠長なことだ。
 ダンも荷物を肩にかけながら「いってきまーす!」と随分と楽しそうな声でその後ろに続く。二人が廊下の角を曲がろうとしたところで、タイミングよく現れた白衣に足を止めた。

「犯人はどうするつもりなんだ?」
「うわ、パセリ、お前立ち聞きしてたのか。」

 よれた白衣のポケットに手を突っ込んだまま、少々猫背のパセリこと芹沢はため息をつく。片手で細々と何かのデータが書かれた紙をちらつかせて言外にそうではないと告げた。最も、唐花はそれをわかった上でからかっているので、芹沢の実際など微塵も関係ないのだが。

「そういえばそうだね。あ、それ、この間の?」
「はい、ようやく見つけたんで持ってきました。」
「お疲れ様。よくあの量から見つけられたね、さすがさすが。」
「そのことについちゃ問題ないぜ。」
「宛はあるのかい?」
「木偶の棒を拾ってくるまでだからな!」

 あ、今聞いちゃいけないこと聞いた気がする。と言わんばかりの顔で葉落が自分の胃のあたりに手を当てた。微塵も悩むことなく架空の事件をでっち上げる上層部が相手では葉落の胃薬も数が減らないことだろう。
 被害者担当の葉落を置いてきぼりにしながら、着々と話は作られる。まぁ、ここの誰もが口にしなければいいだけのことだし、犯人にでっち上げられる方とも利害は一致するだろうと本当におそろしい限りである。
 しまいには「バレなきゃこれはなかったことになる」とまで言い出した。悪党さながらで、彼女は心が痛んだりしないのだろうか。そもそもこういうことは神が見ているとか思わないのだろうか。思っていたらしないだろうから、彼女からしたら神も倫理も死んだようなものなのだろうけれども。

「……これで心配はないだろ。どーせ向こうの連中が乗り込んでくるわけねぇんだからよ。」
「それでもね、念には念をってやつだよ。向こうがあれだけ箝口令を敷いているなら……可能性はある。」
「……それもそうだなぁ。まぁ、こっちのことは私たちに任せてください。私なんてそれくらいしかできないんですから……咲さん、お気をつけて。」
「ほいほい。」

 それじゃあ今度こそ、と唐花とダンは保管庫へと立ち去った。去り際にそれぞれからきつい一撃を顔面と腹にくらった葉落は床に倒れ込んだが、結局誰も彼を甲斐甲斐しく介抱してくれたり、医務室へ連れて行ってくれることはなかった。





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途轍もない正直者の葬列。馬鹿野郎共の行進。はたまた究明者の探訪なのか。


もはや副題:葉落笠奈の受難。彼もなかなかタフですが、顔に火傷では飽き足らないようです。胃薬も増えますし、体がもたなくなるのと薬漬けになるのと、果たしてどっちがさきなんでしょう。

mae//tugi
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