いつか終わること



早いもので、勝己くんが来てからもう一ヶ月が経とうとしていた。

「じゃあ勝己くん行ってくるねー!」
「…あ、おい待てなまえさん、」
「ん?」
「弁当作れつったのあんただろ。忘れんな」
「あ、ごめん」
「ったく。他忘れ物は?」
「ない!はず!」

家を出ようとすると、勝己くんがお弁当を手渡してくれた。危ない危ない。これがわたしの一番の楽しみなんだから。お弁当箱が横にならないように注意して鞄に入れる。玄関まで見送ってくれた勝己くんは、ドアを閉める直前で「行ってら」と片手を上げた。
わたしの起きる時間に一緒に起きてくれて、たまに寝坊した時は起こしてくれて、毎日朝ごはんを作ってくれる勝己くん。わたしが出社したあとは掃除と洗濯とご飯の買い物をして、わたしが帰ってくる頃に合わせて夜ご飯を作って待っててくれている。それに加えて最近は参考書を買って勉強をしたり、ランニングや筋トレもするらしい。元の世界の時間が同じように進んでいるかもしれないと考えて、参考書を片手に先生に教わっていないことまで自分で学んでいる。たまに質問される時もあるけど、わたしは勉強が得意じゃなかったのであまり力になれていなかった。不甲斐ない。それでも暇な時間が多くて困ってるという相談を受けて、出来る日だけでいいからとお弁当を頼むことにしたのだ。たまには休んでもいいのに、と思うけれど、やっぱり勝己くんの作るご飯がお昼も食べられると思うと嬉しい。
勝己くんは、あの日のことを話さない。あのあと家に戻って、「待ってろ」とソファに投げられるように座らされ、ぼうっとしている間に何も言わずにご飯を作ってくれた。しかもわたしの好きなおかずばかりだった。言葉で励まされたりするよりもずっと励みになった。元彼の本性を知ったからか、勝己くんがズバっと言ってくれたからか、傍に居てくれるからか、荷物がなくなったからか。わたしは元彼のことを思い出すことが殆どなくなった。勝己くんには感謝してもしきれない。
それから、勝己くんはわたしのことを名前で呼んでくれるようになった。あの日は呼び捨てだったけど、今はさん付けをされている。まあそれは正直どっちでもいいのだけど、心を開いてくれているようで嬉しい。わたしを見つめる表情も優しくなった。睨まれることがなくなったし、目が合うと「…なんだよ」と言葉はぶっきらぼうだけど、声色は柔らかい。



お昼のチャイムが鳴ると、タイミングよくお腹がぐうっと空腹をアピールしてきた。今日のおかずはなんだろう。

「先輩、ご飯いきませんか?」

慕ってくれている後輩の子がいつものように声をかけてくれたけど、ごめん、と両手を合わせた。わたしの手元を見て「お弁当かあ。残念」と眉を下げた後輩は、入社した時に教育係を担当してから良く話すようになった女の子だ。当時から一緒にランチをする事が多くて、その名残で教育期間が終わってもお昼ご飯は一緒に食べている。じゃあ出前取ろっかなあ、と携帯をスクロールしているのを横目で見ながら、電子レンジでお弁当を温める。

「てか最近ずっとお弁当ですよね。この前まで頑なにお昼作らなかったじゃないですか。お昼まで自分の作ったご飯食べたくないとか言って」
「まあねぇ」
「あ、もしかして彼氏の手作りですか!?」
「違うよ、彼氏じゃなくて親戚の子」
「ああ、例の一緒に住んでる?」
「そうそう」
「てことはお弁当はその子が?」
「そうだよ」

お弁当箱を開けると、覗き込んだ後輩が「えぇ、凄い…」と感嘆の声を漏らす。凄いでしょ、と何故かわたしがドヤ顔をしてしまった。色とりどりのおかずは見栄えがいいだけでなく栄養バランスもしっかり考えられているし、なにより美味しそうだ。

「家事全般得意なんでしたっけ。花嫁修行バッチリですね」
「ああ、男の子だよ」
「男!?!?!?」
「ちょ、静かに!」
「…すみません、興奮しちゃいました。え、年下の男の子と住んでるんですか?二人で?そんなのもう同棲じゃないですか」
「部屋は分けてるしルームシェアみたいなもんだよ」
「部屋分けてるのは当たり前です!何があるか分からないんですから」

興味津々なようで、わたしの隣から一向に動かない後輩は、携帯を机の上に置いて前のめりでわたしに訴える。いくら若くても男女の力の差には敵わないとか、男はみんな狼とか、思春期真っ盛りの高校生が家族以外の女と一緒に住むのはキツいとか。正直少女漫画の読みすぎだと思った。勝己くんは漫画の中で寮生活をしていたから共同生活には慣れているわけだし、そもそも何があるか分からないって、いやいや、何もある訳ないでしょ、と。また突っ込まれてしまうだろうから、心の中でだけ否定しておく。

「ちなみに恋か芽生えたりは…」
「するわけないよ、七個下だし弟みたいなものだよ」

まるで、自分に言い聞かせてるみたいだと思った。思わず箸が止まる。一緒にいる生活に慣れて忘れかけていたけど、勝己くんは漫画の世界の人で、ここにずっと居れるわけではなくて、方法が見つかればすぐにでも帰ってしまう訳で。だから、恋が芽生えたりなんて絶対しない。年齢の差だって大きい。まあ、年齢なんてものは言い訳だということは分かっているけれど。例えこれが恋だったとしても、わたしたちは幸せにはなれない運命なのだ。芽生えても苦しくなるだけ。辛いだけ。だから、胸の奥がちくりと傷んだのも気のせい。そう、この感情は全部気のせいなのだ。

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