君に残された時間



久しぶりに夢を見た。勝己くんがどんどん透けていってしまう最悪の夢だった。こっちに手を伸ばしているのに、まだ触れる距離にいるのに、わたしの手は空を切って、なにも掴めない。苦しげに顔を歪めた勝己くんをただ見てることしか出来ないことが辛かった。そのまま勝己くんは見えなくなってしまって、手に持っていたスマホがぽとりと床に落ちた。
勝己くんが居なくなってしまったということは、つまり元の世界に戻ったということだ。もうこんな奇跡はきっと起きなくて、二度と会うことは出来ないのだろう。一度も経験したことのなかった永遠の別れはまるで死のようだと思った。絶縁した友人や別れた恋人とは訳が違う。元の世界に戻ることを望んでいたことは分かっているし、わたしもそれが正しいことだということは勿論分かっている。分かっていたはずなのに。着ていた服、履いていた靴、使ってたタオルや歯ブラシ。わたしの部屋には勝己くんがここに居たという形跡が残っている。ついさっきまで触れたのに。ここで生きていたのに。
ねえ、帰ってきてよ。やだよ。行かないで。まだわたしをひとりにしないで。

「おい、なまえ、起きろ、」

優しく肩を揺すられて重い瞼を上げると、ホッとした顔をした勝己くんと目が合った。ああ、あれは夢だったのか。一瞥した勝己くんの身体はどこも透けていなくて安堵の息を吐く。それにしても最悪な夢だった。だけど夢で良かった。どうやら眠りながら泣いていたらしく、瞬きをした拍子に涙が布団に落ちて染みを作った。

「ん…おはよ」
「魘されとった。なんで泣いてんだよ」

わたしの頭を撫でる、不慣れなその手つきが愛おしかった。頭に触れたままの勝己くんの手に自分の手を重ねて、まだ触れられることを確認する。大丈夫、ちゃんと存在している。あれはまだ正夢にはならない。大丈夫。

「嫌な夢みちゃって」
「どんな」
「勝己くんが居なくなっちゃう夢」

ぴくりと体が震えて、わたしの頭を撫でていた勝己くんの手が止まった。それから少しして、なにも言わずにぎゅうっと強くわたしを包み込んだ。なんて言えばいいのか分からなかったのかもしれないけど、なにも言葉が無くたって、まるで大丈夫だと言われているような気がして安心した。「…疲れてんだよ。もうちょい寝とけ」前髪をどかされて、額に感じる唇の感触。そのあと布団をかけられたら、またすぐ眠気がやってきた。胸元に擦り寄って目を閉じる。これだけくっついていれば、もし勝己くんが透けていってしまったとしても気付けるだろう、なんて、まだ悪夢に踊らされている。

次にわたしが目が覚めた時は、時計は12時を指していた。昼?夜?慌てて窓の外を見れば太陽が出ている。お昼か、と一安心したところでずきずきとこめかみのあたりに激痛が走った。寝すぎたからか頭が痛い。…いや、違うな。昨日は確か会社の忘年会で、加減を知らずに飲みすぎてしまって、先輩に送ってもらって、それから。
残念ながら、記憶はしっかり残っていた。泣きついたことも、キスしたことも、告白したことも、告白されたことも。思い出して頬が赤らんでいく。ああ、恥ずかしすぎる。まだ記憶が無くなってくれていたほうが良かったかもしれない。とっくに成人した女とは思えない痴態に頭を抱える。

「…起きたんか」

不意に、低くて掠れた声が掛る。誰かなんて振り向かなくたって分かる。後ろからわたしの身体に腕を回して抱きしめているようだ。素肌だからか体温が伝わってきて心地いい。
(ん?素肌……?)
慌てて布団を捲って自分の身につけているものを確認すると、下着とキャミソールだけでベッドに入っていたようだ。脱いだ記憶はまるでなかったし、思い返してみればベッドに入った覚えもない。記憶はなくなっていないと思っていたけれど、とんでもないことをしでかしたかもしれない。おそるおそる振り返ると、相変わらずの仏頂面と目が合った。彼にかかっている部分の布団を捲る。素肌が触れる感覚と肩が晒されている時点で嫌な予感はしていたけれど、やっぱり彼は上裸だった。

「えっと…待ってね、状況整理するから」
「覚えてねえんか」
「途中までは覚えてる、けど」
「どこまで」
「…告白して、キス、したとこまで」
「再現してやろうか」
「け、結構です!」

わたしの顎をすくって口付ける勝己くんは王子様みたいだ。再現って、だって。どこまでしてしまったのだろう。未成年との性行為は犯罪なのでは?聞きたいけど聞けなくて、唸っているわたしを勝己くんは面白そうに眺めていた。

「ていうかなんで一緒に寝て、」
「コイビトなんだからいーだろ」
「恋人…」
「ちげえの」
「いや、そう、恋人ですよね」
「キョドってんじゃねえよ」

笑うのを堪えているようで、掌で口元を覆って肩を震わせている。この人絶対わたしで遊んで楽しんでる。

「残念ながらまだなにもしてねえよ」
「まだ」
「つか昨日は酔い潰れててそれどころじゃなかったわ」
「すみません…」
「まァそのうち犯すけど」
「ねえ犯すって言い方やめてよ」
「へーへー」

グラスに水をいれて持ってきてくれたので、ありがたく受け取る。どうやらあのあと嘔吐してしまったらしい。それもそれでどうなんだという話ではあるが。なんとか服を脱がせて洗濯したものの、服を着せるのは難しく、更には歯磨きをしたあと洗面所で寝てしまったわたしを布団に運んでくれたらしかった。なにからなにまで申し訳ない。

「なまえ」
「ん?」
「こっち向け」

いつの間にか持っていたグラスは奪われ、降ってくるキスの嵐。ろくに抵抗も出来ないまま再びベッドに転がるわたし。あれ、そういえばいつのまにか名前呼びになってる、なんて考えながらキスを受け入れていたけれど、ぬるりと舌が割り入ってきてしまえばもうなにも考えられなくなってしまう。少しして離れた勝己くんの唇が満足気に弧を描いていた。

「ちょ、っと…なに急に」
「別に」
「もしかして勝己くんってキス魔?」
「…別にィ」

そのままリビングに行ってしまったので、わたしもベッドから降りる。ああ、それにしても頭が痛い。キャミソールのままうろちょろする訳にもいかないので適当にタンスから服を取りだした。お風呂にも入りたいしお腹も空いた。朝は(といってもお昼だけど)胃に優しいものが食べたい。そんなことをぼんやりと考えながら寝室を出た呑気なわたしは知らなかったのだ。先に寝室を出た勝己くんの腕が一瞬透けていたことも、苦しげに眉を顰めた勝己くんがいたことも。

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