※名前変換ありません







「…なんだ、お前しかいないのか」


人が出払った昼過ぎのCRで作業をしていた私は、突然の来訪者に驚いて持っていたバインダーを落としそうになった。


「い、いきなり現れといてその言い方はないんじゃないですかグラファイトさん!?」


バグスターのワープ機能は便利だけど、いつでも前触れなく現れるから、かなりびっくりする。
今回も突然現れたグラファイトさんは、人気のないCRをぐるりと見まわして、眉間に皺を寄せた。


「他の奴ら…というか、ゲンムはどうした」
「ポッピーと一緒に、衛生省です。飛彩さんはオペで、貴利矢さんは勉強会。永夢とパラドは通報で出てます。何か用事が?」
「いや、いないならいい」
「そうですか」


はあ、とグラファイトさんが溜息を吐く。


「それで、なんだこれは」


彼が顎で示したのは、中央のテーブルの上。
見るからに数が多すぎる。
CRにいる職員とバグスターの数を抜いても余る、


「プリンですよ。駅前のケーキ屋さんの、ちょっといいやつ」
「……そういう意味で聞いたのではない」





「ここのプリンね、ちょっと前にパラドが食べて気に入ってたんです」
「そうか」
「それで、永夢が買ってきてくれたんだけど、偶然院長も同じのを買ってきて」
「…それにしては多くないか」
「それが、午前中に大我さんがワクチンの件で貴利矢さんに会いに来たんですけど、差し入れで持ってきてくれたのもまた同じで…」
「なるほど」


そう言ってグラファイトさんが興味深そうにカップを一つ手に取ったので、私はすかさずスプーンを差し出した。
この際だ、私も休憩時間にしてしまおう。


「グラファイトさんってプリン食べたことあるんですか」
「いや、ないな」


プラスチックの小さいスプーンで、グラファイトさんが器用にプリンを掬う。
私もプリンを一口掬った。うん。やっぱり美味しい。

ふとグラファイトさんを見ると、いつもよりも目元がちょっと柔らかい気がする。
ちょっと見たことない顔だ。


「…あの誇り高き龍戦士も笑顔にする、とろけるプリン効果…」
「は?」
「一緒に食べられてよかったなーと思って」
「なんだそれは」
「でも、おいしいでしょう?」
「…まあ、悪くはないな」


機嫌がよさそうな声に、私も自然と笑顔になる。
もしかして、いつかのケーキに続いて結構気に入ったのかもしれない。


時計を見ると、そろそろ15時。


「もうちょっとしたら、黎斗さん帰ってくると思うんですけど」
「何が言いたい?」
「お客さんに何も出さずにお待たせするのもなんですし、もう一個くらいプリン食べません?」


箱からもう一つプリンを出す。

グラファイトさんは、私の顔と、空になった手元の容器と、新しく出したプリンを順番に見た。


「なかなか殊勝な心掛けだな」


口調はいつも通りだ。
けれど、それにしてはあまりに嬉しそうな顔。

そうそう、その顔が見たかったんだ。

存外楽しいお茶の時間になったのが嬉しくて、私ももう一つ新しいプリンを手に取った。



おしまい


補足


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