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雨垂れ石を穿つ - 04



高校1年生の時、入学後初めて彼に声をかけた。
体育祭で個性の様子を見ただけだったので確信はなかったが、やっぱり受験会場で会ったその人だった。少し雰囲気が変わっていたので、実はちょっと気後れしたものの、気さくに返す様はあの時の姿と相違なかった。

律儀な彼なら返してくれるだろうと思って快く傘を貸し、確かに返しに来てくれたまではよかった。
ただ、その時の彼の思慮の浅さが問題だっただけ。


「――D組の夢野!だよな、この前の傘!ありがとう」

昇降口で靴を履き替えていた時に、彼はバタバタと走って現れた。それで、3日前に貸した傘を渡されたのだ。
間に合ったー、と言ったのは、その前に私のクラスに顔を出して、もう帰ったと聞いて慌てていたためらしい。

「そんなに急がなくてよかったのに」
「でも、今日また雨じゃん。それまでには返そうとおもってたんだよ」
「真面目だねぇ」

確かに外は雨、前回よりは小降りだけど。返却された傘を受け取って、じゃあな!と彼も自身の靴箱へ向かった。

それだけか、と少し残念に思った。
そりゃ、彼は私のことなんて、覚えてないよね。覚えてられても困るかも、だってあの時の私、あんまり良い奴じゃなかったから。

そんな事を考えながら、返ってきたばかりの傘をさして校舎を出た。パラパラと雨が傘に当たって落ちていく音がする。
靴先が濡れて、でも多分今日くらいの雨なら、中には染み込んでこないよね。

「――じゃーな、夢野!」
「あ、うん……ええ!?ちょっと待って!」

隣を駆け抜けて行った声に、一旦はスルーしかけたけれど。声を上げると彼は素直に立ち止まって、私もすぐに追いつけた。
慌てて、彼の頭上に傘を傾ける。

「な、なんで傘さしてないの」
「いやー……あはは」

問いかけると少しバツが悪そうに笑う。まさか。

「私の傘持ってきて、自分の傘忘れたとか?」
「んん……まあ……そんな感じ?」

呆れた!こんな短いスパンで同じミスを繰り返すなんて。そんなことを考えたのがわかったのか、彼は言葉を重ねる。

「でも、このくらいなら大丈夫!ほら、俺の個性、雨だって弾くんだぜ!」
「今個性使ってなかったでしょ。それに、荷物と制服は濡れるじゃん」
「あ、はは……ごもっともです……」

やっぱりただの言い訳だったようで、目を逸らしながら頬をかく。赤い髪が雨を吸って、せっかくのヘアセットが少し崩れてる。
話題のヒーロー候補生、肉体派の熱血漢。体育祭のステージで見た彼は、やっぱり私なんかと違う人なんだって思ったのに。

「入っていきなよ。駅まで?」
「エッ、いや、いい!悪いし!」
「ダメだよ。あなた達って、身体が資本でしょ」
「夢野だって、濡れんの嫌いって言ってただろ。ほんと気にしなくていいから」

確かに、濡れるのは嫌い。今日だって私はちゃんと折り畳み傘を準備してる。

本当は、彼にもう一度傘を渡して、じゃあねって言えば、それで済む話かもしれない。また彼は私に会いに来てくれて、一言お礼を言って、もしかしたら律儀にジュースの一つでも奢ってくれるかもしれない。
そして、私は彼の中に染み入るほどのものではないから、それでおしまい。

そこまで覚えているんなら、気づいてしまえばよかったのに。
どうしてあなたって、私には届かなかった場所にいるくせに、手を伸ばせば捕まえられそうなんだろう。

「……もしかして切島くんって、相合傘とか気にしちゃう人?」
「あいっ……」

つい、にやにやしながら聞いてみたら、予想以上にギクッと肩を震わせて、モゴモゴと黙ってしまった。何か否定の言葉を使おうとしたようだったが、よく聞こえない。
ほんのり目元が赤いような気もして、なにそれ、全然男らしくない。

「あははっ、もー、切島くんかわいい!」
「だー!からかうなよ!」
「褒めてるんじゃん」
「そ、そう言う夢野は気にしないのかよっ?」

意趣返しのつもりだろうか。赤い顔で睨むようにされても、私だってヒーロー科を記念受験したくらいには、しおらしい女じゃないんだから。

「――気にしてるから、誘ってんだよ?」
「……うえっ!?」
「なーんてね」
「や、やっぱからかってる!」

ケラケラ笑ってみせれば、してやられた!とばかりに眉をひそめる。仲良くしようよ、と言うと、もう十分仲良いわ、と疲れたように返された。

私が歩き始めたら素直に従って、せめて俺が持つ、と可愛い傘は彼の手に渡った。
くっついて入っても不十分な傘なのに、彼は絶対私に触れなかったし、濡れるのが嫌いな私に雨が降りかかることもなかった。

やっぱり私は、彼みたいにはなれない。周りの人達の中から抜きん出て、人々にとって特別な、誰かに何か与えられるような、そんなものにはなれないし。

あなたに一言、かっこいい、と言われただけで、凡人は満足しちゃったんだ。
そんなこと、絶対、言ってあげないけど。


雨垂れ石を穿つ


「せっかく迎えに来るなら、傘2本持ってくればよかったね」
「んー?」
「私の家に寄ってから来たんでしょう」

なるほど、と彼は呟いた。

「ま、でも私が忘れたとは思わなかったか」
「あー……てか、むしろ……」

そう呟いて、少しバツが悪そうに。

「持ってないかもなーと、思って、半分わざと」

目を逸らして頬をかく様は、それこそあの頃とちっとも変わっていなかった。
ので、私も思わず声を立てて笑ってしまう。

「あはは、なあにそれ!鋭ちゃん、かわいい!」
「お前ってすぐ、俺のこと可愛いって言うよな!?」
「ええ?だって――」

クスクス笑いながら見上げた彼は、今や本当に私の憧れた世界にいて。
かっこいい姿がニュースに取り上げられて、多くの人々から賞賛を受けて、それが似合うくらいのヒーローになった。

今でも彼は、私の夢にトドメをさしたことに気づいていない。もしかしたら一生気づかないかもね。それでいいんだと思う。
だってこれ以上に幸せな今はないって、そこまで導いてくれたのは彼自身だもん。

「――鋭ちゃんのそういうとこが、好きなんだもん」
あなたがどこまで駆け上がっても、きっと私を置いてはいかないだろうと、安心させてくれるところが。




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