束の間、夢を見たかのようだ - 05



「じゃあ私は依頼人に報告して、部屋に戻るよ」
「お前もここに泊まるのか」
「うん。出張費は後日爆心地さんの事務所に請求しておくね」
「はあ!?」
「だって『爆心地さんを助けて』って『爆心地さんの部下から』受けたお仕事で来たんだもの。当然でしょう?」

ああこれあげるね、と煮干しの袋をベッドの上にポンと置いて、そのまま部屋を出ようとする。一人で。

「おい待て、ゴロー回収しろやそのために来たんだろ」
「私の仕事は、勝己くんが危険な幽霊に憑かれてないか確認するところまでだよ〜。せっかくだから、ゴローちゃんの相手してあげて」
「なんで俺が」

「ゴローちゃん嬉しいんだよ。勝己くんが初めて自分を見て話してくれるんだもの、当たり前じゃない」

おやすみなさい、とあっさり告げて、本当にゴローちゃんと爆豪を残して出て行った。恋人相手に色気のかけらもない、なんて思ったが、爆豪だってそんな気分ではなかった。なんせゴローちゃんが、そわそわと周りを漂うものだから。

「嬉しい、ねぇ……」
「――にゃん!」

ゴローちゃんはベッドに降りたって、幽姫が置いていった煮干しの上で座り込んだ。
よく見れば袋がゴローちゃんの重みを感じていないのは明白で、黒い足元は袋をすり抜けている。なるほど、ずっとこの調子だったのなら、確かにきちんと観察すればこの世のものでないとは思い至ったのだろう。

ため息をつきつつ、ゴローちゃんの足元へ手を伸ばす。もはや誤魔化す意味もないということか、逃げられたりはしなかった。爆豪の手はゴローちゃんをすり抜けて、難なく袋へ到達する。その様はさすがに、ほんの少しゾッとするものがあった。
しかしお望み通りに煮干しを一匹差し出してやると、ゴローちゃんは金の目をキラリと輝かせて、甘えたような声でにゃーと鳴く。それはただの現金な猫に思えた。

「……やっぱ可愛くねーな」

唯一残っていた写真は過去に二、三度見たことがある。その度に、幽姫がああも溺愛するほど可愛らしい子猫ではないとつくづく思っていた。そこに写る五歳の幽姫が抱えるのもやっとなガタイも、金の目をじとりと細めたふてぶてしい顔も。
爆豪がせっかく買ってやった猫缶を警戒したくせに、幽姫が持ってきた煮干しに飛びつく様もだ。ぴょんと飛びかかられて一瞬ギクリとしたが、ゴローちゃんは慣れた身のこなしで差し出された腕にじゃれついただけ。しかしそれを認識しても、爆豪には視覚以外でゴローちゃんを感じ取る余地はなかった。

「はー……んだよ、これ」

なんだか、どっと疲れがきた。大きく息を吐いて、そのままベッドに倒れこんだ。仰向けに寝転んでいれば、ゴローちゃんが視界の真ん中に浮かんで、爆豪の顔を覗き込む。

――こんなものの、何が良くてアイツはいつもヘラヘラしてんだか。

そりゃこの幽霊一つから受け取る情報量は、爆豪と幽姫ではかなり差があるはずだ。幽姫の個性であればゴローちゃんの感情もよくわかるだろうし、付き合いの長さも違う。だから考えるだけ無駄なのだろうが――好物だというものを介してさえ、暖簾に腕押すようなものでしかない、こんなものの。

「……お前、本当に嬉しいか?」

どうせあと数時間もすれば、爆豪は元通り、ゴローちゃんを見失うというのに。

「――……」

ゴローちゃんはゆらりと身を翻して、爆豪の視界から消えた。ハッとして身を起こすと、すぐに見つかる。
黒い猫は爆豪の腿の上で座っていた。質感のない、質量だけの感覚がじわりと伝わってきた。それは、いつも二人と一匹でいる時の、ゴローちゃんの定位置に他ならない。

「――にゃーお!」

金の目をゆるりと細めて、鳴いた声は一際大きく聞こえた。爆豪が黙って見つめていれば、ゴローちゃんはその場で丸くなって眠るような姿勢をとって見せた。
その身動ぎの感触もありはしないが、姿だけ見ればまるでただの怠惰な猫だった。

「……はっ。なんだ、そりゃ。わかんねーっつの」

幽霊に睡眠って概念はないだろう。どこかの上に落ち着く理由だってないだろう。爆豪の膝の上で丸くなるなんてのはあまりにわざとらしく思えて、つい鼻で笑ってしまった。

腕を伸ばして煮干しの袋を引き寄せると、その音に反応したように三角の耳がピクリと動いた。新しく一匹つまんで、鼻の前にぶら下げてみる。ゴローちゃんは顔をあげて、しばし動きを止めてから、それにパクリと食いついた。それを見た瞬間、なんだか妙に笑えてきた。

「テメエ物食えねーだろ!バカ猫」

ゴローちゃんの口元から離した指先には、当然、何事も起きていない煮干しが一匹残っているだけだ。丸くなっていたゴローちゃんがパッと起き上がってそれを目で追う。バカ猫、本気で未練がましいのか、それとも爆豪の気を引こうとしているのかはわからないが。

「ちょっとは可愛げあんじゃねーか。なあ、ゴロー」
「――にゃん!」

また一際大きな鳴き声だ。爆豪の言葉に反応したのか、自分が食べられなかった好物を爆豪が食べてしまったからか、やっぱりわかるはずもなかった。


束の間、夢を見たかのようだ


「あ、煮干し減ってる〜。勝己くんちゃんと相手してくれたんだね、ありがとう!」
「うっせえな、なんでもいいだろうが」
「ね、ゴローちゃん可愛いでしょう?」
「可愛いっつかバカだろあれ」
「ゴローちゃんは賢い子だよ、もう。偶にはいいでしょ、黒猫ゴローちゃん」
「……どーだかな」
「――そこで昨日思いついたんだけど、いわくつきの物件ってあるでしょ?つまり幽霊が出るっていう場所なんだけど、そういうところに住んだらね、勝己くんもいつでもゴローちゃん見れると思うの!もちろん、お祓いは私が責任持ってやっておくし、ペット禁止でも猫を飼って生活できるって思ったら、かなりいい物件だと思うんだけどどうかな!」
「ふざけんな電波女!!誰がんな気色悪ィとこ住むか!!調子乗んなよ!!」
「えー。ゴローちゃんもそうなったら嬉しいよね?……ほら、喜んでるよ!」
「はああ!?この……電波どもが!!」



→Re:白乃様



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