ああ、お前らしいよ - 05



バンッと無駄に勢いよくドアが開いたのには驚いたが、見れば今朝顔を合わせたばかりの相手だ。ちょうど近くのコンビニで買ってきた弁当を昼飯にしていた俺を見つけて、顔をしかめる。

「ああ!?アンタそれ昼ごはんのつもり!?」
「そうだけど」
「はああ?信じらんない!アンタさ、身体作りに大事な、栄・養・素って奴を知らないわけ?」
「何しに来たんだよ」

嫌味な言い回しは健在だ。しかし今朝思い切り怒鳴って去っていった割には、いつも通りの感じ。ついこちらも、いつもの調子で返してしまう。夢野はムッと顔をしかめたものの、喚き散らすことは特になかった。

「朝の話の続き。アンタの進捗を聞きに来たの」
「……だから、なんでお前にそんなこと」
「――私が聞きたいからに決まってんでしょ」

またキレられるかと思ったのに、凛とした声で返されて、思わず目を瞬いた。台詞自体はなんてこともない、いつも通り自己中でふてぶてしい女なのに。
真っ直ぐ心操の目を射抜く視線。

「アンタ、体育祭の後から私のこと避けたでしょ」
「……別に避けたつもりはない」
「見苦しい言い訳、やめてくんない?」

本当に避けたつもりはなかったのだが。仮にそうだとしたら、今朝も俺から声をかけたりはしないだろう。

――ただ、あの時の震えた声がやけに頭から離れないのは事実だ。

夢野は顔をしかめたまま、とても不本意そうに続けた。

「心底認めたくないけどね……あの時、確かに私は泣いたわよ」

その言葉にはかなり驚いた。俺がよほど目を丸くしていたのか、夢野はパッと顔を赤らめて、ちょっとだけよ!ちょっとだけ!と付け加えた。

「アンタが負けたの、ほんのちょーっとだけ……ショックだったの」
「……そうか」

つい彼女から目を逸らして、視線が床に落ちる。らしくない台詞はあまり聞きたくない。調子が崩れる。

「けど!」

そんな俺に、夢野はピシャリと言い放った。


「――私がショック受けようが泣こうが、アンタには関係ないからね!」


ハッとして、顔を上げる。夢野はやっぱり不機嫌そうに俺を見下ろしていた。

「私はアンタを勝たせたかったのに、それが出来なかった自分にムカついただけだから。そんなところまでアンタに救済してもらおうとも、責任持たせようとも思ってない。そんなヤワじゃないの、ナメないでよ」

――バレてたのか。

実はあの時動揺したこと。いつも気丈な夢野が泣いたので、俺までショックを受けたこと――期待されていたのを知って、本当は少し恐くなったこと。
本気で期待されることと、それを裏切る焦燥を知ってしまったこと。それまで感じるべくもなかった感情を。

だから夢野に何も言っていなかった。一層本気でトレーニングを始めたことも、自分の個性の分析を始めたことも、あの後ヒーロー科の担任と面談したことも。プライドの高い彼女が、自ら俺に踏み入ることがないのを知っていて。

「私は私のやりたいことやるって、今決めた。私、最初に言ったでしょ」

冷たい空気に白い息を溶かし、高い声で怒鳴る少女の言葉。

「――心操にはヒーローになってもらうからね!アンタなんかがそれを阻止できると思わないことよ!」

心操に、負けて欲しくなかった――あのしおらしい台詞が、どうしてこうなるんだか。
相変わらずだ、いつも通りだ。

――ああ、お前らしいよ、そういうとこ。

少し赤くなった頬を指摘したら、多分またギャーギャーうるさいだろうからやめておこう。
そんなことを考えると、なんだか可笑しくなってふと笑ってしまった。

「そうかい。勝手にしろよ」
「今度こそヒーロー科の奴なんかに負けんじゃないよ。私さっき、緑谷出久に啖呵切ってきたとこなんだから」
「何勝手なことしてんだお前は」
「うっさいわね!アンタがノロノロしてるから、代わりに言ってやったのよ感謝しなさい!」

一体何がどうなって、緑谷出久――確か決勝で俺が負けた相手だ――に啖呵を切ることになったのか。コイツのことだから、俺のあずかり知らぬところで必要以上に威嚇してきたのではないかと、少し不安である。

「だいたいアンタが私に気を遣うなんて、キモいのよ!十年早いわ!」
「はいはい」

気を遣う、か。俺でも自覚してなかったのに、よく見てんな、コイツ。

――今の所は、彼女の強がりに甘えさせてもらおう。

まだ、素直に期待させてやれるほど強くはないと自覚した。高慢で身勝手な夢野の態度に救われるとは、思ってもみなかったことだ。俺に足りないところはまだまだあるらしい。

けど、まあ、そうだな。十年も待たせるつもりはないが、いつかはお前の期待も軽く背負えるような、ちゃんとしたヒーローになりたいよ。

ああ、お前らしいよ。

「手始めにそのコンビニ弁当は絶対禁止!筋トレは食事から始まるの!」
「へーへー」
「あ、アンタがどうしてもって言うなら、私が完ッ璧に栄養管理したお弁当、作ってあげなくもな……」
「弁当ぐらい自分で作れる。気持ちだけもらっとくよ」
「な……!うっざ!!心操のバカ!!」
「なんでキレるんだよ……」

→Re:カイリ様



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