ラスト・アタック - 05



「勝手に危ないことになってる勝己が悪いんだから!心配させる方が悪いんだから!このバカツキ!!」
「……誰に物言ってんだコラ」
「そっちこそ、昔から何も変わってない!私が危ないって言ってるのに、全然聞かなかったでしょ!」

何年前の話をしてんだコイツ、とまず思って、コイツにとってはそんなところで俺との時間は止まってるのか、と続けて感じた。俺からしても似たようなものか。ヘラヘラと上っ面だけ取り繕う女となんて、積み上げる時間も何もありゃしなかった。



神野での諸々があって、現在外出は禁止にされている。ロードワークにすら出られないのだから迷惑な話だ。こんなところで燻ってる場合じゃないっつーのに。そんなもどかしい日のことだった。

「カツキ――!勝己!!」
「うっせェェババア!!なんだよ!」
「夢子ちゃん来てくれたわよ!」

正直、ハァ?って感じだ。あの日以来、まともに夢子と顔を合わせることはなくなったし、高校に入ってからはまぁ色々あって、脳の片隅に留まるモヤモヤした不快感も忘れることができていた。
今更、という思いが大きく、別に来たからって会いたいとも思わない。……ほんの少しの、ようやく、という思いは爆発四散して消えてしまえ、気色悪ィ。

しかし階下から再度、ババァがさっさと来なさい!!と怒鳴ってきたので、言われんでも行くわ!!と怒鳴り返してしまった。仕方ないとため息を吐きつつ、こもっていた自室から重い足でリビングに向かう。
無駄にデカイ声の母親と、無駄に明るい夢子の声は、部屋にたどり着く前に耳に障った。

「ホント、久しぶりねぇ!すっかり清楚系になっちゃったから、びっくりしたわ」
「清楚系って!一応うち進学校らしくて、こっちのが浮かないんですよー」
「いや良いと思うわよ、お嬢様みたい!」
「やだーおばさんったら!」

ケラケラ聞こえてくるこんな笑い声で、お嬢様なんて言われる権利ねーだろ。中学の頃は髪こそ染めてはいなかったが、無駄に時間のかかるメイクやカラフルなアクセサリー、短いスカート丈からして、清楚系なんて程遠かったはずだ。

ゆっくりリビングの扉を開けば、遅いわねちゃっちゃと動きなさい、と余計なお世話を言う母親と、テーブルに座ってこちらを見る女。ボブカットだったはずの黒髪は肩下までストレートで伸ばしていて、完璧に作っていたはずの化粧はナチュラルになっていて、涼しげなワンピースの裾にあしらわれたレースは膝にかかっていた。

「うわー、勝己だ、久しぶりだね!」
「……何しに来た」
「ちょっとアンタ、夢子ちゃん心配して来てくれたんじゃない!」
「ハァァ?」
「いーですよ、おばさん!勝己なんていつもこんな感じじゃないですかぁ」

どういう意味だ、そりゃ。ムッと癇に障ったが、それが何と無く違和感だった。癇に障る、とは。

「勝己はおばさんに感謝するべきよ、ちゃんと教育しようとしてくれてるんだから」
「ああ!?うっせーだけじゃ!」
「なんだって!?」
「あははは」

またムカつくことを言った。反射的に言い返したら、ババアに叩かれた。クソ。ケラケラ笑ってんじゃねえ!

約半年ぶりである。最後の会話がアレだったことはまるで忘れたかのような態度。
なんだこいつ、本当に何をしに、何を考えてここまで来た。

「ほら勝己、ジュースとお菓子持って!ほんと気の利かない子だね」
「ああ!?ンで俺が!」
「おばさんありがとうございます〜!私運びますよ」

気を利かせたつもりなのか、母親が早々に俺と夢子を部屋に追いやろうとする。
幼い頃から二人で遊んでいた、そんな幼馴染関係が、今でも続いていると考えているのであれば呑気すぎる。俺から夢子に対する思いはドロドロ黒ずんで脳裏にこびりつき、夢子から俺に対する感情は――一体どうなったのだか、わからないが。今はヘラヘラ笑って、勝己ドア開けてー、とジュースと菓子の載った盆で両手を塞いでいる。

やっぱりよくわからない状況に変わりはない。しかし疑問を解消するにも、ババアはいない方が都合がいい。舌打ちでもしたかったがまた突っかかられると面倒なので、無言で自室に引き返した。夢子も何も言わずについてくる。
で、部屋に入って、二人きりになった途端に、先の台詞が飛び出したのだ。

*  *

「だいたいずっと思ってたの、なんで勝己ってそうなのかって!危ないこといっぱいするんだもん、自分なら大丈夫だって思ってるんでしょ。そういうの、自信過剰って言うんだからね!?」

幼い子どもが一番高い木に登るのも、大きな犬に近寄って行くのも、おばさんの言い付けを破ってゲンコツされるのも、私には全然わからなかったのだ。

「ヒーローになるから何、強個性だから何よ。そうやって、ちやほやされて調子乗ってるからああなったんじゃないの。やめてよもう!」

私のはただの没個性だから、ヒーローになろうなんて思う人間の気が知れない。あんなに危ないものに向かっていこうなんて思うわけない。

ヘドロ事件なんて呼ばれてるあれは、勝己にとってはきっと武勇伝だろうし、他のみんなもそう言ってる。だから勝己向けだった私は、やっぱり薄っぺらく笑って、さっすがー!とおだてたのだ。
雄英高校ヒーロー科一年A組、テレビの向こうでやっぱり彼らは英雄扱い。敵の襲撃から生き残ったって、そんなの絶対奇跡みたいなものなのに。奇跡はそう何度も続かないのに。

今度こそ彼がいなくなるかもしれないって、いなくなったかもしれないって、何度恐れればいいって言うの。
私は没個性でかしこい子どもだったから、”かっちゃん”のこと全然わからなかった。

「勝己の馬鹿!私のツラなんて二度と見たくなかったろうけど、これも罰だと思いなよ!」

――嫌われるとか鬱陶しがられるとか、そんなのわかってたけど、でもこれだけは言っておかなきゃ気が済まない。

「私は勝己が好きだから、心配しちゃうの!当然でしょ!?」

そうやって心配されるのが、自分勝手に責められるのが嫌いだって知ってる。どうせギャーギャーうるさいとか鬱陶しいとか思ってる。
私に言われる筋合いないとか思ってるに違いない、それは私も自覚してる。別に仲良い友達でもないし、取り巻きDくらいの取るに足らない女。

知ってるよ。とっくに私のことなんかどうでもよくて、二度と顔も見たくなかったって。

「……別に、てめぇのこと言ってたんじゃねえよ」

勝己がぽつりと呟いた。相変わらず不機嫌に顔をしかめているけれど、細めた目の奥で何かが揺らいだ。

「アホが。出来んなら最初からそうしてろや」
「はぁ?なにそれ……」
「俺の機嫌とっときゃいいっていう、あの薄っぺらいツラが嫌いなんだよ」

それは”勝己向け”の私のことだ。嫌い?違うはずでしょ、だって私の個性は『相手に好かれる』個性なんだから。

「お前、俺に好かれようとすんなよ……俺の思い通りにならないお前の方がまだ数倍マシだったろうが」

勝己なんて従順な子分の方が好きなくせに。口うるさくて、木登りも犬も嫌がる私に、舌足らずな舌打ちをして見せたくせに。
だから私は、みんなに好かれて、勝己に好かれる、女の子になりたかったのに。

「そっちのお前にずっと聞きたかったんだ……――お前、俺のこと好きなのかよ」

――『だってさ、勝己雄英受かったんでしょ?前から前から勝己ってやばいなーって思ってたけどさ!個性すごいのに勉強もできるし。雄英なんて超難関受かるなんて、さすが天才肌の奴は違うよねぇ』
あの時はへらへら笑って返した。勝己に嫌われないための、上っ面だけの、私が傷つかないための、言葉で。
勝己は気づいてたんだろう。その上で、チャンスなのか落とし穴なのかわからないけど、私の言葉を聞きたいって言ってくれた。
それなら、私は。今なら、私は。

「もちろん、当然、ずっとそうだったよ。そうじゃなきゃ告白なんてするわけないでしょう。気持ちの伴わない言葉なんて、勝己は大嫌いだってちゃんと知ってるもの――私、ずっと勝己のこと好きだったから、そのくらい知ってるよ」
「わかってたなら最初からそう言えやアホ夢子。つくづくテメーはムカつくな」

それってどういう意味よ。ムカつくから嫌いって意味?それとも、その方がまだ数倍マシって意味?

「……怒ってるの私だってば。わかってる?」
「へーへー、心配すんだろ」
「絶対わかってないでしょ!」


「わかっとるわ。余計な世話かけてきてクソうるせえくせに、俺が教えてやったもの、同じように喜ぶんだ――俺はそれが好きだったんだ」

ラスト・タック

不意打ちの言葉に目を丸くした私を見て、勝己は得意げに笑った。四つ葉のクローバーを見つけてくれた、”かっちゃん”の笑顔とよく似ている。

「上っ面だけヘラヘラ笑ってるよか、そうやって騒いでろ。別にお前の心配なんかいらねーけどな!すぐ、テメェなんぞには文句もつけられねぇヒーローになるからよ」


→Re:なつみかん様



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