まさか個性を使ってまでぬいぐるみを取ってくれるとは思っておらず、なんだかとても嬉しい。
ゲームするのに個性使うのは反則なんだけど、とあの後夢野さんは眉を下げて呟いた。きっと個性を使った彼は、色んなことをああやって簡単にこなしてしまえるのでしょう。
電車の空席に並んで座った途端、隣で眠そうな欠伸をする様子からは、そんな風には見えないけれど。思わずくすくす笑ってしまった。
「寝ていていいですよ」
「いや……あの、朝言ったでしょ……えっと……」
「気にしませんよ。さっきのことは、私のためにして下さったことですから」
嬉しかったので、お礼です。そう伝えると夢野さんはゆっくり瞬きして、んー、とうめき声を漏らす。
「……ごめん、おやすみ」
呟かれてすぐに目を閉じて、二秒も待たず静かな寝息が聞こえ始めるものだから、さすがとしか言いようがない。
今朝の言葉も思い出せないくらいだから、かなり消耗したのでしょう。そんなに長い発動時間でもなかったはずではあるけれど、自分と異なる個性の持ち主のことなんて、わからないのが常識。
――結局、『お出かけ』したところで彼の気持ちもわかりませんでした。
芦戸さん達の言うアピールというのも、やっぱりなかった気がする。
普通に考えて私を喜ばせる言葉なんて、いくらでも言う機会はあったはず。それをことごとく無視して、それなのに思い出したように『似合ってる』とか『可愛かった』とか言い出すなんて。
でも彼が嘘やお世辞を言うような方でないことは知っていて、だから思わず動揺してしまった。当然のように洋服店の紙袋を引き受けて下さるのも、使用人にされたのであれば何も感じないはずなのに。
もしこれが彼の計画だったら、あまりに厄介な相手ですわ。そんな風に考えさせられるくらい、夢野さんは何を考えているのかわからない。
電車がガタンゴトン揺れて、ふと肩にやわらかい重さ。
ギクリとして視線だけ動かせば、目を閉じた顔がとても近くて――どうしてこういう時に限って目を覚まさないのでしょう、彼は!
とはいえ起こしてしまうのも忍びなく――そして少し勿体無くて――最寄り駅に到着するまで、彼を起こすことは出来ませんでした。
ひとめ見つめて気づくこと「どーだったん?な、デート!」
「……それ、デートじゃないよ」
月曜日、昼休み。八百万が教室にいない――多分図書室に行ってる、本持って出て行ったの見えたから――のを見て、上鳴と峰田が俺の席に来た。峰田は相変わらず、顔すご。
「あぁん?勝者のヨユーってか?夢野さんはいつの間にそんなクソ野郎になっちまったんかねぇ?」
「……うん?」
勝者とは。峰田は本当、ことエロに繋がりそうなことに関してなんかに取り憑かれてるよね……いや、繋がらないけど、俺と八百万の関係は。……あ、ダメダメ、また思考がオーバーフローするから、この話は終わり。
「八百万的には、俺は『お友達』だし」
「いやだからさ!デートしてなんか進展したんじゃないのって話!」
「進展……」
つまり何か変わったこと。変わったことかぁ。うーん……。
「……」
「おいまさか、マジでなんかあったんか」
「ハァン!?!?なんかってナンじゃおいこら夢野キサマァァ!!」
「いや、何か、ってわけじゃないけどー……」
しかし勘繰られてる。ていうか勘付かれてる。
言わないと峰田の顔がこのまま戻らないかもしれないと思うと、うーん、まいっか。
「……えっと、俺が、八百万のこと好きっていう、こと」
『は?んなこと知ってんですけど』
「……え、なんで?」
ちょっと言いづらくて小声にまでなったというのに。なぜか上鳴と峰田は今更何言ってんだコイツって顔をした。
「いやお前、嘘だろオイ」
「……はっ。所詮夢野は夢野だな!」
どういう意味なの峰田。さっきまで俺を呪わんばかりの顔してたくせに、なんで途端に上から目線になるの。
「つかそれクラス全員知ってっから」
「だからなんで?」
「このポンコツ!ははははは」
え、嘘、態度にでも出てた?俺が?自覚もなしに?え?
「――峰田さん!ポンコツはひどいですわ」
「うわっ」
全然気づかなかった。八百万戻ってたんだ。後ろからピシッとした声がして、思わずビクッてしちゃった。
「夢野さん?どうなさいましたか」
「いや、ちょっと、びっくりした」
不思議そうな八百万にそう返すと、パチリと目を瞬かせて、珍しいですね、と笑われた。やっぱり可愛い。
「夢野〜、お前まだまだオイラには及ばねーな!」
「……うーん?」
なぜか峰田に勝ち誇られた。上鳴もこの話に興味が失せたか席を離れて行ってしまったし。うーん?
――なんだか、やっぱり俺だけ置いてけぼりな気がする。いつものことと言えば、そうなんだけど。
→炯時様