きっと誰にもわからない - 05



翌朝も病院に行った。この日も幽姫は眠っていた。

紙袋をサイドテーブルに置いて、いつもの椅子に腰を下ろす。早朝目が覚めてから、億劫に思いながら洗ったタッパーが紙袋には収まっている。麗日が今日も来る気かはわからないが。

昼頃になって担当医が検診に来て、やはり目覚めない彼女を見て流石に眉を寄せる。
明日も変わらないようであれば、脳波の検査もしましょうか、念のため。最後の単語がとってつけたものに聞こえて、胸にちくりときた。

点滴を交換した看護師が出て行って、また爆豪と幽姫の二人になる。膝の上の重さがあるから、ゴローちゃんもいるはずだ。

「……まァ、てめーのことだから、むしろマシな方かもな」

昨日久しぶりに思い出した。学生時代の感覚、不安な感情。
どうも常識離れした彼女が、いつかこの手を離れて何処かへ飛んで行ってしまうのではないかという妄想。

「勝手にどっか行かねえだけ、常識持ったか幽霊女」

大人になったね〜、とくすくす笑いを思い出す。互いに多少は大人になったか、でも変わらず俺にこんな感情抱かせるなら、お前の方がまだまだ昔のままだ。

「鈍間も治せよ、早く」

学生時代の幽姫だったら、今頃とっくにゴローちゃんと一緒に遊びにいったに違いない。そう考えれば、爆豪やゴローちゃんを死ぬほど心配させながら、この場に留まっている方がよほどまともだ。
そうだ、ちょっとばかし“あちら側”に近いから、それに鈍間で電波な奴だから、戻ってくんのに時間かかるだけだよな。

「……そういうところ全部、俺が守ってやるつってんだから、そろそろ待たせんのも大概にしろや」

なあ、幽姫。

*  *

夢を見た気がする。あの日の吐き気のする記憶ではなかった。
確か、制服姿の――が、やわらかく笑う夢だった。

*  *

「おはよう、よく寝てたね」
「……は」
「ああ、おはようって時間じゃないね。お互いに」

病室のブラインドを下げていなかったから、夕日が直接顔に当たっていた。
未だ寝ぼけているかもしれない爆豪の顔と、いつもより一層青白いはずの幽姫の顔に。

「……幽姫?」
「なあに、勝己くん」

呆然と尋ねる声に、笑うような声色の返事。
また握ったままだったらしい左手が、ゆっくり握り返してくる。

「勝己くんのせいで、私も怖くなっちゃったから戻ってきたの」

――ぜんぜんこわくないもの。

最後にそんなことを言っていたのは、どこのどいつだ。

「……おせぇんだよ、ふざけんな」
「ふふ、ごめんね。ゴローちゃんと遊んでた」
「嘘つけ。ゴローはずっと俺と一緒だったわ」
「そっか、一瞬でバレちゃった」

くすくす笑う声も、適当なことを言う電波も、変わらない。
爆豪はふと左手から力を抜いた、同時に強く握られる。

「どうしたの、勝己くん、あまりいい顔じゃないよ」
「……殺しかけたんだ、お前を」
「知ってる。私は殺されに行ったの、あなたに」
「絶対死なねえし、死なせねえって」
「覚えてたんだ。私も覚えてるよ、嬉しかったなぁ。懐かしいね」

幽姫は目を細めて、答える。

「ごめんね、勝己くん。私、ずっと勘違いしてたみたい」
「……今更か」

爆豪は眉を寄せた。もともと期待もしていない。だってお前は相変わらず、ふらふらしてふわふわして飛んでいきそうで、鈍間で電波な幽霊女だ。
そんなお前もひっくるめて、守ると約束したのは俺の方だった。

でも互いに大人になったから、少しは変わって行くのかもしれない。

「私やっぱり、死にたくないし、死なせたくないなぁ。あなたに触れられないことが、あんなに怖いなんて初めて知ったの」

爆豪が握っていない右腕をゆっくり持ち上げる。数日寝たきりで、随分億劫そうな動きだった。

「ね、抱きしめて、抱きしめさせてよ」
「――このクソ女。次はないと思えよ」
「ふふ、次は来ないよ、きっと」

――だって私、すごくこわかったんだもの。

それがわかったんなら、いくらでも抱きしめて、愛してやるよ。

を愛せなくなるこの恐怖を、きっとだけがわかってくれる


→Re:あめつゆ様



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