好きよ好き、だから - 05



「なあ夢子、お前、今でも自分の個性は嫌いか」
「……悪くないと、思う。最近毎日楽しいよ、やっぱりヒーローよりこっちの方が向いてたんだと思う。ヒーロー殺しはもう流行らないけど、ヒーロー嫌いな敵っていなくならないし、最近オトモダチもできたの。嫌いだけどね、敵なんてロクな人達じゃないから。でもだから、まあ、結構仲良くしてくれるよ」


夢野夢子、個性『加虐趣味』。雄英高校卒業後、中堅ヒーロー事務所の相棒として雇われるも、二年後にその事務所をぶっ潰して失踪。
行方を追っているうちに、各地で点々と起こるヒーロー襲撃事件に行き当たった。全国的に有名なヒーローというよりは、ご当地の、その地域で人気のあるヒーローを対象とする。
夢子がヒーローとして働いた事務所も、そういう地域に根ざしたヒーロー事務所だった。

雄英入学時、校長に話したのは幼い頃の事情だった。中学まで、夢子には友人がいなかったそうだ。個性のせいで誰もが、実の両親でさえ、夢子を煙たがった。好かれれば好かれるほど自分に危険が及ぶというのだから、仕方のない反応かもしれない。
個性の本質を隠してヒーロー科に入学したのは、好きな人達を傷つけるだけの個性じゃないことを証明したかったからだ、という。好きな人達のために使える個性だと思いたい、その方法を見つけたいと。

結局、この様子だと、その方法は見つからなかったらしい。


「お前、俺のどこが好きだったんだ」
「……実はね、一目惚れ。焦凍くんの、火傷痕が悲しそうで痛そうで辛そうで、素敵だったの」

俺は一年の初めから、夢子に一対一で勝てた試しがない。なのに他のやつにはあっさりやられる様を、不思議に思って見ていた。
結局俺が甘かっただけではなくて、夢子が俺を好きだから、俺に勝ってしまうという原理だった。
そんな上辺だけの一目惚れで俺に簡単に勝てるのだから、彼女の個性はやっぱり恐れられても仕方がない。

「でもそれだけじゃ、きっとこんな風には拗れなかったと思う。焦凍くんのかっこいいところ、可愛いところ、努力家なところ、強いところ、驕らないところ、優しいところ、頭がいいところ、綺麗なところ、前向きなところ、でも辛いことを知ってるところ――うん、私、焦凍くんの全部が好きだったんだと思う」

高校の頃より、よく喋るようになった。本当に、お前は、今が一番楽しいんだろうな。そんな感じだ。
全てふっ切れて、何も隠すところがない、そんな感じ。昔は何かに申し訳なさそうに、本心はなかなか打ち明けてくれなかった。

「焦凍くんは、私のどこが好きだったの?」
「覚えてねえ」
「そっか、そっか。そうだよね」

なんでそんなにあっさり納得するんだ。冷たく言い放ったのに、夢子は簡単に頷いて同意した。
なんでだ、違う。

お前が笑ってくれたら安心したんだ。辛い、悲しいって泣く顔が、ずっと離れなかったんだ。お前の申し訳なさそうな顔には焦燥を覚えた。お前がいなくなったと聞いて、やっぱり手放すんじゃなかったって後悔したんだ。
好きとか愛してるとか、そんな言葉で本当にこのもどかしい感情を全部表せたか、わからない。
多分、できてなかったんだろう。

もっと別の言葉を伝えれば、お前は敵になんてならなかったか。

お前を助けたかったんだ、お前に笑ってほしかったんだ。俺がだれかに救われたように、お前を俺が救いたかった。

嘘なんてつかせたくなかった、本当のことを話してほしかった、知った今ならそう言えるが、その頃はお前に感じる焦燥感の正体なんてわからなかった。わかるはずないだろ、お前から話してくれなきゃ。

「わかるよ、私も自分のこと、多分、嫌いだと思う」
「……んなこと一つも言ってねえよ」
「そうかな、言っといた方がいいと思う。私の個性、知ってるでしょ。私は焦凍くんのこと大好きだから、少しでも私から嫌われようと努力した方がいいと思う。焦凍くん、死にたくないでしょ?私の嫌いなところたくさん挙げたら、私も焦凍くんのこと嫌いになれるかもしれないよ。あとね、私悲しそうな顔とか痛そうな顔とか好きだからね、いつまでそんな表情してるの?素敵だよ、自殺行為だと思う」

――『焦凍くん、私達、別れよっか』

あの時あんな台詞を言わせたのは、俺のせいだろ。知ってるよ、お前の個性。

「お前の好きだったところは忘れた。けど、お前の今の台詞、結構好きだ」
「……うん?」
「俺を殺したくないんだろ。俺を嫌いになりたいのに、なれないんだろ。今の俺の表情、そんなに好きか?――俺も、今のお前、結構好きだ」
「……何言ってるの?」

「お前の個性、俺も悪くないと思う。女らしくもヒーローらしくもないけど、俺にずっとマウント取れるくらい、俺のこと好きってわかりやすいのは……そうだな、愛しいって思う」

お前が隠し続けた本心、やっとわかり始めたんだ。
さてはお前、俺のこと大好きだろ。ヒーローのこと大好きだろ。誰かを好きになりたいんだろ、誰かに愛して欲しいんだろ。今やお前は凶悪な敵だ、俺は“一番ヒーローらしい”そうだから、お前を捕まえて罪を償わせなきゃいけない。

だから。

「約束、覚えてるよな?俺はお前に勝って、お前をもう一度手に入れる――だから、安心しろ」

『焦凍くんが私に勝てるようになったら、そうしたら、迎えに来て』
俺はお前に負けることを良しとしたが、そのせいでお前は俺から離れざるを得なかったんだな。

俺があの時、高校最後のタイマンで、お前に勝つことが出来ていたら――そんな想定、今は無意味なことだ。

「俺は、お前の笑った顔が好きだったんだ」
「……じゃあ私に勝ってみせてよ。私、焦凍くんに負けたことないんだよ」

俺はお前に勝ったことがない。俺に勝ったお前が、楽しそうに微笑む顔は幾度となく見たが。
俺に負けたお前は、悔しそうにするんだろうか――それとも、やっと、嬉しそうに安心して笑ってくれるんだろうか。

好きよ好き、だから




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