いつもフォローしてくれてありがとね……と続けようとしたのだけれど、それよりも早くキャーッとかオオーッとかエエーッとか外野が揃って声を上げたので反射的に口をつぐんでしまった。多分続けても聞こえなかっただろうし。もう、本当にうるさい。
ちょっと顔をしかめて、あんぐり口を開いたアホ面で俺を見ていた峰田と上鳴を振り返る。さっき真後ろで一際大声がマジダッターッと叫んだのは聞こえている。
「……なに?」
『……クソーッ!リア充爆発しろーッ!』
そして二人は声を揃えてよくわからないことを口走り、わーんっとわざとらしい泣き真似のような事をしながら教室を飛び出して行ってしまった……あ、そういや次は移動教室なんだっけ。
引き止めて悪かったかも、と思いながら再度八百万に向き直ると、その胸元でノートがもうシワになるんじゃないかってくらい強く握られていた。真面目で丁寧な物腰の彼女にしては珍しい。
「八百万、ノート……」
「夢野さん!」
放した方がいいんじゃないかなと言おうとして、今度は八百万にまで遮られた。さっきから、今ひとつ周囲と噛み合ってない気がする……いつものことと言えばそうだけど。
ん?と軽く首を傾げてみせると、八百万はまたさらに顔を赤くした。ねえそれ風邪とかじゃないよね、大丈夫?真っ赤になっちゃった八百万はたどたどしく話し始める。
「そ、その……私は、まだ夢野さんのこと、わからないところばかりですわ……いつも何を考えてらっしゃるのか読めなくて、あっ、そういうところも、夢野さんの魅力だとは、思うのですけど……!」
どうやら頭脳明晰の八百万から見ても、俺のぼんやりしたところは解読不可能らしい。大丈夫、俺自身も俺が何を考えてるとかよくわかってないし、多分みんなが思うほど何も考えてないから。
やけに慌てた様子で言葉を続ける八百万。
時間も時間なら、別に話は後にして移動教室の方優先してくれて構わないんだけど……と思ったところで。
「――あなたの、とっても素直で優しいところは!私も、す……素敵だと、思いますわ!」
また外野がワッとざわつく。やっぱりそれはうるさいし、みんな早く移動した方がいいと思うんだけど……でもさっきほど居心地の悪い感じはしなかった。どうしてなのかはよくわからない。
ただ、まあ、言い切った時の八百万のホッとしたような笑顔が、やっぱり可愛かった。ので、また思わずへらっと笑いがこぼれてしまう。
「俺、八百万の笑ってるのが一番可愛いと思うよ」
「!?か、かわっ……!」
俺の言葉でまた八百万の顔がポンッと赤色に染まって――あっ。
と思った時には八百万はノートを握りしめたまま直立姿勢で綺麗に後ろに倒れてしまった。ヤオモモーッという耳郎や芦戸あたりの声と、授業開始のチャイムの音が重なった。
……え、やっぱり八百万は、風邪だったのかな。
後ろ姿でわかること(わからないこと)みんな仲良く遅刻した授業終わりに、目の前で倒れられた罪悪感と共に保健室に向かった。
八百万は十五分ほど前には目覚めていたようで、リカバリーガールにもらったハリボーを一粒ずつちまちま食べていたところだった。
俺の顔を見てまた一瞬慌てたようだったが、すぐにキリッと姿勢と表情を正して俺を見返した。
「とっ……とりあえず、お友達からということでよろしいかしら!?」
「うん?……うん、いいけど」
少し不思議な言い回しだと思ったが、八百万とお友達になれるのもそれはそれでいいなぁと思ったので素直に頷く。
八百万がパッと表情を明るくして、それでは改めてこれからよろしくお願いしますわ!と声を上げた。憑き物が落ちたような顔をしている。よろしく、ととりあえず返事を返すと、そんな俺達を見て、リカバリーガールが青春だねぇとやけに微笑ましげに呟いていた。うーん?
お友達から、どこに行くつもりなんだろう八百万は……まあ、嬉しそうだから、いっか。