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光は - 04



「環、今日は助手席乗りーや」

ファットガムが提案すると、天喰は少し目を丸くして驚いた表情を見せた後、素直に頷いた。

「んで切島が後ろな」
「ういっす」

対して切島は何の疑問も持たなかったようで、軽く了解の返事。この週末が初めてのインターンシップ活動だった切島は、表情に多少の疲労を見せてはいるものの、雄英まで帰るだけの気力は充分残っていそうだ。
天喰が初めて来た時は、もっと死にそうな顔で帰っていったなぁ、とファットガムは思い出して笑いそうになった。

事務所の入口で何人かの相棒や職員と気さくに挨拶を交わす切島と、それを困ったような顔で待つ天喰。ほんと、真逆だな真逆。ファットガムはまたなんとなく面白く思いながら、先に運転席に乗り込んだ。
後部座席の右側には当然のように少女が座っていて、ファットガムに向かっておっちゃんおつかれ、と気のない挨拶だけ寄越した。それよりも気になるといった様子で、窓の外に見えない人影を探している。

「自分ほんま、環にだけ態度変えんのやめーや気色悪い」
「ええやん別に。おっちゃんにごちゃごちゃ言われる筋合いあらへんわ……っていうか環くん遅ない?」

一分そこら遅いくらいで、そわそわと。ファットガムはこの三ヶ月で、姪っ子の拙い恋愛事情に微笑ましいを通り越して呆れを感じている。
普段はバリバリの関西弁で父親にも叔父にもずけずけ言いたい放題のくせに、天喰環に対してのみ、慣れない敬語を使ってみたり慎重に距離感を測ったりとまあ気をつかっているのがわかる。大体、普段は環くん環くんと呼んでいるくせに、いざ本人の前だと『天喰先輩』なのだから笑うしかない。
あからさますぎるわ、と以前天喰に告げ口したら、あちらもほぼわかっていたようで困った風に目を泳がせていた。本人にまでバレとるやないか。

と、ファットガムが席の調整をしている間に――そして夢子がそわそわしている間に――学生二人がやっと車に駆け寄ってきたらしい。
後部座席のドアが開いて、お願いしまーすと乗り込んできた赤髪の少年に、夢子が目を丸くしたのがミラー越しにわかった。

「……誰?」

夢子の呟きはおそらく切島の内心と一致しているだろう。しかし礼儀正しかったのは切島の方で、一瞬驚いた顔をした彼はすぐに人好きのする笑顔を浮かべて見せた。

「切島鋭児郎っす。今日からファットさんのとこでインターンさせてもらうことになって」
「そう、なんですか」

夢子はなんとか返事をしてから、夢野夢子です、と自己紹介を返した。
そして遅れて助手席に乗った天喰にすぐ声をかけた。

「天喰先輩!お疲れさまです、今日は助手席なんですか?」
「う、うん」

当の天喰は少し振り返って、小さく頷いただけですぐ前を向き直った。夢子が少し不満げな顔をする。
切島が不思議そうに二人を交互に見やるのもわかったが、ファットガムは何も言わずに車を出した。

「結局、夢野……さん?はなんで乗ってんすか?」
「私、おっちゃん――ああ、ファットガムの姪で……塾帰りに迎え来てもらってるんで。ていうか、私年下やから敬語いりませんよ」
「そっか。え、何年?」
「中三ー」

切島はさすがのコミュニケーション能力――というか、天喰が著しくその能力に欠けている分、相対的にかなり高く見えてしまう。
事務所から駅までの車内はいつも夢子が話す一方通行ばかりだったので、滞りなく進む切島と夢子の他愛ない会話は妙に新鮮である。

「え、切島さん一年?やのに仮免持っとんの?」
「おう!」
「えーっ」

夢子の驚きと感心の声が上がって、そのすぐ後。

「ねえ天喰先輩!」
「っ!」

ずいっと運転席と助手席の間から夢子の顔が出てきた。
天喰が明らかにびくついて身を引いたので、多分天喰の広いパーソナルスペースに入ってしまう距離だったのだろう。夢子も気づいたようで、ごめんなさい……とすごすご席に戻った。

「夢子危ないから顔出すな」
「はあい」

ファットガムの注意を軽く流した夢子はまた不満げに口を尖らせた。天喰が隣にいたらこんな表情はあまりしないようにしていることも、ファットガムは知っている。
ドアの窓ガラスに額を当てて、落ち着きを取り戻そうとしている天喰には見えていないだろう。

「先輩先輩、一年生で仮免とか取れるんですか?」
「……今年からは」

なんとか落ち着いたらしい天喰が端的に答えると、へえ!と夢子が声を上げた。

「じゃあ私も来年仮免取れるかも!」
「え、なに、夢野はヒーロー科志望?」
「雄英ヒーロー科!これでも今のところA判定出てるんですよ〜」
「すげーじゃん!」

また更に会話が盛り上がってる。本当に新鮮だ。天喰相手じゃこうはいかないな、とファットガムはちらりと横目に助手席の彼を見た。
と、彼が切れ長の目でじっと斜め上を見ているのに気がついた。一瞬不思議に思ったが、すぐにわかる。バックミラー、それに写っている後部座席の二人だ。

ヒーロー仮免許試験はどんなものだったか、興味深そうに話を聞く夢子と、快活な声で質問に答えていく切島。結構ウマが合うようで、楽しげな声。
切島の荷物はシートの下に置かれ、夢子との間にバリケードのようにしてあったりはしない。シートの端に寄るようなことはお互いしていないし、なんなら話に夢中の夢子は切島の方に身を傾けているくらいだ。常に互いに顔を向けており、話の中身に合わせて笑ったり顔をしかめたり悔しそうにしたり。

どれもこれも、天喰の極度のあがり症のせいで実現不可能な要素ばかりである。

――……ミラー越しにそんな見るくらいなら、もうちょい努力すりゃえーんとちゃうかいな。

ファットガムはこちらにも呆れるべき相手がいたことに、一人肩をすくめた。元々目付き悪いくせに、もはやヒーローらしからぬ眼力になっとるぞオイ。

実のところ、夢子から天喰への想いはあからさまだが、その逆については可能性の有無がなんともわかりづらかった。
元々表情の変わらない奴だし、しかもこと色恋沙汰に関して、クールな天喰の変化など予想もつかない。なーんとなく、そうかなー、という程度の予感しかしていなかったが、これはいよいよ有り得るかもしれない。

天喰環、恋する少年仮説。今更微笑ましく見守っていくような気は、ファットガムに湧くこともなかったが。





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