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ガイスト・ガール - *



少年は他の人には見えないものが見えた。それは彼の持つ個性に由来する。

個性、『霊感』。俗に言う幽霊という存在を見ることができ、その感情を共有することで交信を行うという個性だった。
幽霊なんて目に見えない存在を信じ――だって実際に見えるのだから――おかしな言動を繰り返す少年は、周りの子どもからは遠巻きにされることが多かった。
それを寂しいと感じることもあったが、彼は自分の個性が好きだった。

この世に未練を残して生を終えた彼らの気持ちを、汲んであげることができるのは自分だけ。
彼らに安息を与えることができるのは自分だけ。

全くもってその素質はないため、憧れたことこそないが――昨今流行りの『ヒーロー』にだって、彼らの前でなら。
彼らを救うことができるのは自分だけ、ならばそんな個性を嫌うのは彼らへの裏切りに他ならない。

まあ平たく言えば、人間の友達より幽霊の友達を作る方が、少年にとっては気楽で手間のかからないことだったのだ。


――一つ欲を言うならば、幽霊と交信できる個性が、何かしらの利益になればいいのに。
彼の個性は幽霊と交信する『だけ』で、何に使える個性というわけではない。

怪談話での幽霊の十八番、ポルターガイストやら心霊現象。それらが実際に存在するのかと言われれば、するのだろうとは思う。
幽霊が干渉しやすい場というものが確かにあるようだし、この世のものでない存在が何らかの超常的な力を持つという前提も、あながち間違いではないのだろう。

ただ、それが実際彼の近くで起きたことは殆どない。少なくとも、直接彼の身に起きるということは一度もなかった。
だからこそ、彼がどれだけ幽霊が見えると強調しても、幽霊の存在を信じる奇特な人間は実の両親以外にいなかった。

*  *

幽霊が見えるオカルト信者として順調に成長した少年は、青年と呼ばれる歳になった。その頃には、彼は周囲から噂で耳にする心霊現象の類に関わるようになっていた。

興味本位で様子を見に行くことも多かったが、『霊感』という個性の存在を聞きつけて、わざわざ彼の元に相談事を持ち込むような人々も現れた。
相談事のうち、実際幽霊が絡んでいたのはまあ、三分の一程度のことだったのだけれど。その他三分の二に対応するためというか、半分独学で心理カウンセラーの真似事をすることも増えていた。

使えない個性だが、話を聞いた相談者が晴れ晴れした顔で帰って行くのを見ていると、こういう仕事に就くのもアリかもなぁ、と思えてきた。彼は大学生になっていた。


ある日、彼の元に一人の女性が相談にやってきた。電話でアポを取り、隣の県からはるばる訪ねてきた彼女は、彼が今まで出会った中で一番美しい人だった。ただし残念なことに、肌の血色の悪さも相当なもので、なまじ美人であるがために、むしろ背筋のゾッとするような印象の女性だった。

もう頼れるのはあなたしかいません、と開口一番に彼女は言った。どんな精神科の医者にかかっても、どんな霊能者にかかっても状況は変わらなかったのです。

第一印象も相まって、彼は最初、気味が悪いなとしか思えなかった。

彼女の相談事はこうだった。周囲で次々と起こる霊障を止めて欲しい。
物心ついた時から、彼女の周りでは毎日のようにおかしなことばかり繰り返されているという。家の中が嵐にあったように荒らされていたり、張り替えたばかりのガラスが全て一斉に割れたり、家の車が二台とも車庫から飛び出して何処かへ走って行ってしまったなんていう話もあった。

聞けば聞くほど現実味のない話だったが、相手はいたって真剣だ。彼女が実際被害にあったこともあり、一番大きな事件になったのは、半月近く自身が行方不明になっていた神隠し事件。それが彼を訪ねてくる三ヶ月前のことだという。

もうなりふり構っていられない、でも病院も霊能者も当てにならない。そんな時、『霊感』という個性が存在することを調べ当てたらしい。

誰だ、こんな面倒な案件を持った人間に彼の情報を与えたのは。

どうせただの夢遊病患者だろう、と彼は判断した。
彼女は家中に監視カメラを取り付けて、自分が全く記憶にない行動を起こしていることを知っていた。全ての心霊現象に立ち会っていながらその原因がわからないのも、その際自分は無意識状態にあるからだと説明された。

完全に精神病患者だ、自分でやったことに一々驚いているに過ぎない。
幽霊なんて彼女の妄想に決まってる。相談を受け始めて三十分経った頃には、彼はその女性をいかに早く家に帰すか考えていた。

しかし美人に対して無下な扱いをするのも憚られた。『とりあえず、幽霊のことは幽霊に聞くのがいいですね』なんて笑って見せると、彼女は安心した表情で頷いた。その時の顔は、少し可愛らしかった。

彼には仲のいい幽霊というのがいくつかいて、そのうちの一つ――事故で命を落とした小鳥の霊――がちょうどその場にいたので、彼女を引き合わせてみた。
霊感など一切ないという彼女は、確かにその小鳥は見えないらしい。さも存在するように声を掛ける隣の青年を見て、不思議そうにしていた。

彼女の長年の、物心ついた時から二十年近く続いた相談事は、その小鳥があっさりと原因を明らかにした。
それが、これまた随分珍しい――『降霊』という個性の発見だ。

*  *

幽霊が見え、感情を共有する“だけ”の青年の個性。
幽霊に身体を明け渡し、その超常的な力をこの世に干渉させる“だけ”の女性の個性。
その出会いは運命だと彼らは後に語る。最終的に仲睦まじい夫婦となったのだから、確かにそうなのだろう。

ある種の臨床心理における転移と逆転移の一種かもしれない。二十歳を過ぎて自分の個性を知った女性のことを不憫に思った青年は、彼女と幽霊の関係について何かと気を回して世話を焼いた。
また、自分の個性を心から必要とする相手に初めて出会ったことは、彼にとって特別な感情を抱かせた。

対する女性についても、それまで身の回りの霊障のせいで、他人との関わりは極端に少なかったのだから、必然的な感情の変化だ。
なんなら実の両親でさえ、彼女の特異な体質を嫌っていたくらいなのだ。

彼女の相談事がひと段落した頃、二人は結婚した。一人の夫となった彼は、正式に心理カウンセリングの相談室を立ち上げることにした。大学在学中に心理学を専攻する学科へ移り、きちんとカウンセラーの資格は取得している。
霊能者とカウンセラーの中間なんて胡散臭い感じもするが、意外とこれがウケた。

やがて二人の間に娘が生まれた。美人な奥さんによく似た、可愛らしい少女だった。

今や超常社会は第五世代に入った。幽霊なんて存在に関わる個性を持つ二人は、それぞれそのおかげで少なくとも他人から倦厭される生活を送ってきたのは少々苦い思い出だ。

個性が出ないなら出ないで構わない、母としての彼女は強く主張した。あんな恐ろしい体験を、可愛い娘にさせるなんて。
それは彼も同意だった。近所に住み着いているらしい、太った野良の黒猫と楽しそうに遊ぶ娘のことを、とても大切に思っている。

しかし彼は同時に――目に見えない存在達のヒーローたり得るこの個性を、できれば引き継いで欲しいな、とも思った。
黒猫と娘を、まるで自分達の子でもあるかのように見守る、白い靄の友人達の為にも。

*  *

そして、彼らの娘は個性を発現させた――個性『霊媒』。

幽霊と交信する父親の個性と、幽霊を身に宿して力を借りる母親の個性を、綺麗に融合させた複合個性。
母の危惧した恐ろしい体験は起こらなかった。『霊媒』の個性において、降霊で明け渡すのは意識の半分以下の部分までにセーブされる。発動する超能力の出力は小さくとも、無意識に暴発することも殆どなかった。

黒猫が白い靄になって現れた時、まだ幼かった娘は彼に言った。

『ねえ、パパ。わたしね、ゴローちゃんがしんぱいしないようにね、つよい子になりたいの』

少女は真剣な顔で言った。だから彼は内緒話をするように、その前にしゃがみ込んで答えた。

『あのね、幽姫。パパや幽姫の個性はね、ゴローちゃん達のヒーローになれる力なんだよ』
『ヒーロー?オールマイトみたいな?』
『そう。ゴローちゃん達の助けてって声は、僕らにしか聞こえないんだ。だから、ヒーロー』

少女はしばらく視線を白い靄の猫に向けた。やがてパッと顔を上げたその目は輝いていた。

『うん!ヒーロー!かっこいいもの、きっとゴローちゃんもよろこんでくれるね!』

そしてキラキラした大きな黒目を彼に向けた。

『パパとママもよろこんでくれる?』

もちろんだよ!彼が笑顔で頷くと、可愛い娘はきゃっきゃと笑って嬉しそうにした。
――君が幸せなら、それが一番の望みだよ。


以上、ある種の存在にとってのヒーローたる、彼の半生の話。




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