こちらの続きです。





「大丈夫。名前ちゃんは受かるよ」


昨日そう言ってくれた愛しい声が頭の中で反響する。いつだったか、本番まではもう目前なんて思っていたけれど、本当に目前だった。あれからほとんど成歩堂さんに教えてもらって…いや放置も多かったけれど、やっと迎えた本番。大丈夫、センター試験は悪くなかったはず。手応えがない訳では無い。けれど、緊張していた。二次試験までもうすぐだというのに、頭の中の知識がどんどん抜け落ちてゆくようだった。そんなとき、ポケットのなかで小さな振動。震える手で確認すると、電話。…成歩堂さんからだ。私は慌てて電話に出る。


「な、るほどうさん…」
"名前ちゃん、緊張してると思って"
「…」
"大丈夫だよ、この数ヶ月間頑張ってきたの知ってるから"
「…」
"自信を持って、がんばって"
「…はい」

"今日1日、全力を尽くすんだよ"
「……でも、もし落ちたら」
"コラ、ネガティブになってるだろ?発想を逆転させるんだ"
"今日1日、1日だけ頑張れば解放される。その解放のために、この数時間に全身全霊をかけたらいい"


短い、けれどその言葉たちは大いに私の緊張を解してくれた。大丈夫、大丈夫としきりに口にする電話の向こうの成歩堂さん。成歩堂さんから発せられるというだけで、偉大な言葉のように錯覚する。短い電話を切って、深く深呼吸をする。手の震えは止まっていた。





「おわ、った…」

やっと終わった二次試験。がたがたと周りの受験生が帰ってゆく中、私は魂が抜け落ちたような感覚になりながら帰り支度をする。自信は、正直いってない。けれど教えてもらったところはちゃんと出たし、ちゃんと解けた。ケアレスミスと、計算ミスやら何やらが不安だ。どうしよう。終わったことだというのに、後悔の波が押し寄せる。どうしよう、間違っていたら。落ちていたら。半泣きになりながら会場を出ると、受験生に混じって青いスーツが見えた。よく見なくてもわかる、彼だ。


「やあ、名前ちゃん」

へらり、といつもの笑みを浮かべて立つ成歩堂さんをみて、なんとなく泣きたくなった。こんなにも期待しているのに、もしも、もしも落ちていたら。相当情けない顔をしていたのだろうか、成歩堂さんが困った表情で頭をぽんぽんと撫でる。

「大丈夫さ。」

無条件に発せられるその短い言葉を、私はただただ受け止めるしかなかった。


△▽△


それから合否発表までは、本当に生きた心地がしなかった。成歩堂さん曰く、ずっとうわの空で何を話しかけてもぼんやり。私の大好きなお菓子を渡しても無反応でそれはもう恐ろしかったらしい。…失礼だ。兎にも角にも、今日はついに合否発表。予定より1時間も早く起きてしまった身体はまだだるさが残る。お母さんにも心配された。そのままぼうっとしながら準備をし、いよいよ家を出る。どうしよう、大丈夫かな。ぐるぐると嫌な想像を抱きながら扉を開けると、やはり見慣れた青いスーツ。


「ひとりだと怖いだろ?ぼくも行くよ」
「…ありがとう、ございます」

どこまでも私をわかっている彼と一緒に、1歩1歩会場へ足を運ぶ。やがて着くと、大きな紙に集まる人、人、人。泣いている声や喜んでいる声が入り乱れる空間に、怯む。そんな私の背中を、ぽんと優しく押す温かい手。おそるおそる、まさにそういう風に人をかき分けて紙を見上げる。心臓が、止まりそうだ。




「あった…」

私の番号は、ある。何度も何度も見直す。一つでも番号の間違えがないように。ひとつひとつ、見ていく。…間違いない。呆気に取られて動けない私の頭に、また温かい手のひらの感触。

「おめでとう、名前ちゃん」
「成歩堂、さん」
「ほらね。受かるっていっただろ」

にっとどや顔で笑いかける成歩堂さんを見て、初めて感動の涙が私の両の目に膜を張った。思わず、その大きな胸板に抱きつく。大きな衝撃でさえまったく動じずに吸収する身体。鼻をかすめる成歩堂さんの匂い。どうしよう、うれしい。嬉しい。お礼を言わなきゃ。ちゃんと、目を見て。

「成歩堂さん、ありがとう」
「ああ、どういたしまして」

「成歩堂さん、」
「ん?」

涙が溢れるのをぐし、と無理やり拭って、精一杯の挑戦的な笑みを浮かべる。言うことはただひとつ、前回のお返しをしなくては。


「社会人と大学生なら、セーフですよね?」

彼はまたしても一瞬だけ目を丸くする。そして、以前自分が言った言葉に自分で照れているようで、あー、と言葉を濁して目を逸らす。…でも、私にはわかっている。この問いの答えを。こほん、と小さな咳払いをして、成歩堂さんが笑みを浮かべる。私の知る限り、最高の笑顔だった。



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長くなりましたが激励ということで、些かニュアンスが違うかもしれません。申し訳ありません。


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