噂の真偽
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これの続き)


俺のことをもっと頼ってほしい、と東さんにきちんと言ってからは、彼から仕事を渡されることが増えた。

もちろん俺ができるようなものだから、そこまで複雑ではない。せいぜい簡単な計算をしてくれとか、隊員のランクを見やすくしてくれとか。

ただ、俺がそういう雑用を引き受けているのを聞きつけてか、沢村さんとか、他の内勤の人にも仕事を頼まれるようになった。
頼まれるままにそれらをこなしていたら、巡り巡って東さんの仕事も減るようだ。前よりも増えたメールや電話、二人で会える時間ににやにやの止まらない今日このごろ。

別の意味で嫌なにやにやを携えたヤツらが、俺のもとを訪れた。

「よう、みょうじ」
「帰れ」
「みょうじ先輩きっつ!」
「帰れ3バカ」
「んなこと言うなよー」

のっしりと後ろから寄りかかられ、俺のこめかみがぴきりと動いた。

槍バカ米屋、弾バカ出水、迅バカ緑川。
A級3バカと称される3人が、東さんに頼まれた仕事をこなしている俺の周囲を固めていた。

別にこいつらが嫌いなわけではない。
気は良いほうだと思うし、同じチームで任務にあたってもさすがA級という感じ。緑川は完璧に俺をなめているとは思うが、見た目がやたら可愛いからかあまり怒る気になれない。

ただ、今のこいつらは別だ。
あのにやにや笑いは。

「なあ? 東さんの恋人さん」

人をからかってやろうという悪意に満ち溢れているからである。

東さんがこの間、へろへろになって俺に甘えに来た事件(俺にとっては事件だ)。
あの時に、周囲の話を遮ってまで俺のところに来たせいか、今ボーダーではある噂がかけめぐっている。俺が東さんの恋人なのではという噂だ。

「で、どうなんだよ実際。付き合ってんの?」
「どうでもいいだろ」
「と、思うじゃん? でもすげー噂なってるし、気になるじゃん」
「東さんやっぱ優しい? 前迎えに来たのってなんで? てか先輩そっち系の人だったの?」
「あーうるさいうるさい!」

矢継ぎ早に尋ねてくる3バカを、手に持ったファイルで追い払う。

しかし腐ってもA級、俺ごときのファイル攻撃をチューチュートレインのごとく躱して、再び質問攻めしてくる。めっちゃうっとうしい。

別に付き合っていると言ってしまってもいいけど、東さんに迷惑がかかる可能性がある。
だから言っていない。東さんもそういうことを言ってまわる人ではないし。

が、それを口にするのは、付き合っていると言うのに等しい。
結局黙るしか手段がなくて、うっとうしい3人を無視しながら仕事を続けようとした。

そして、それを助けるように、よく知る人物の声がした。

「何やってんだ、お前ら」
「あ、荒船先輩」
「ちーっす」
「おう。……ん? なんだみょうじか」
「助けてください」

進学校の制服姿で現れたのは、元アタッカーの現スナイパー荒船先輩。
俺の師匠でもある。

荒船先輩は3バカに囲まれる俺を見ると、首をひねりながらも腕を掴んで離さなかった緑川をよけてくれた。そう、そいつが一番邪魔だったんです。

「なんでまた絡まれてんだ?」
「ああ、えーと」
「ほら、今噂になってるじゃないすか。東さんとみょうじが付き合ってんじゃないかって」

いらないことを出水が口にして、それを聞いた荒船先輩の目が、面白がるように歪んだ。
なんというか、そう。捕食者の目だ。おもちゃ見つけた猫みたいな。

案の定、俺の首に腕をひっかけ、ストッパーになろうとしていた師匠がただのクソ野郎に成り下がった。

「そーいやあったなあ、そんな噂。どうなんだそれで」
「うぜえ……師匠でしょ、弟子助けてくださいよ」
「じゃあ俺にだけ教えろよ。師匠だぞ」
「泳ぎだったら俺のほうが上です」
「忘れろ」

去年の任務で、トリオン体のまま川に落ちた荒船先輩は、浮かんでこなかったどころかそのまま緊急脱出した。以来、彼をいじるネタは毎回これだ。

しかし向こうも強硬で、教えろ教えろとこれまたうっとうしい。
心強い味方を得て、再び絡まってくる3バカにはもはや殺意すら覚える。

仕事中だっつってんだろと怒鳴るのを抑えることが、限界になりつつある。不意打ちなら全員緊急脱出させられるだろうかと、トリガーに手をかけた、そのとき。

「みょうじ」

「! 東さん」

渦中の人物の声が聞こえた。

慌てて4人を振り払って椅子から立ち上がり、声の聞こえたほうを見る。ミーアキャット、と荒船先輩の口から聞こえたがすこぶる不快である。悪かったなチビで。

東さんは前よりは血色のいい顔で、手をふりながらこちらへ歩いてくる。
団子になっている俺たちを見、苦笑いしながら手元の端末を持ち上げた。

「みょうじ。頼んでたやつできたか?」
「はい。ただちょっと、わからないところがあるんですけど」
「わかった。じゃあ教えるよ。資料室で見ながらのほうがいいか?」
「あ、ぜひ」

コイツらから逃れられるのならなんでもいい。そんな思いで頷くと、東さんはようやく4人の中から俺を引っ張り出してくれた。
さすがに東さんにかみつく勇気はないのか、米屋たちはしぶしぶ俺の腕を放す。

が。

「東さんって、みょうじ先輩と付き合ってるの?」

全く空気など読まないやつが、一人いた。

「緑川!?」
「え、だって気になるじゃん。よねやん先輩もそうでしょ?」
「と思うじゃん!?」
「フツーそんな堂々と聞かねえよ!」

荒船先輩が俺から離れ、今度は緑川の首を固める。
出水と米屋ももうちょっと聞き方あるだろとか、一人先走った緑川をなじった。聞き方あるだろって、俺にはダイレクトだったのに。なんなのこいつら。

俺が再びトリガーに手をかけそうになると、東さんがコホンと咳ばらいをした。
騒いでいた4人はそれでぴたりと止まり、俺の隣を見る。東さんは苦笑いして、口を開いた。

「あんまりここで騒ぐなよ。勉強中のヤツもいるんだから」

言われてみれば、確かに教科書を開いている隊員もいる。

3バカプラス1は気まずそうに勢いをなくした。さすが東さん、鶴の一声。

「ちなみに、噂は事実だからな」

「はっ?」
「行こうか、みょうじ」
「え、あ……はい」

東さんはいつもと変わらない。
だから聞き間違いかなと、一瞬だけ思った。

しかし、固まった4人を見て、あ聞き間違いじゃねえわと悟る。

途端に顔が熱くなって、歩き出した東さんを急いで追いかけた。

「なんでぺろっと言っちゃうんですか……!」
「ははは」

力の入らない手で広い背中を軽く小突くと、彼は全く気にしていないように笑った。
それどころか、俺を見下ろし、からかうように聞いてくる。

「嫌だったか?」
「……いえ、嬉しいです……」
「よしよし」

頭を撫でられながら、俺はもう東さんの手のひらで転がされるよりほかにないのだと理解した。
だめだ、東さん大好きです。



泉様
企画ご参加ありがとうございます! 東さん夢でした、いかがでしたでしょうか?
荒船のことをクソ野郎だのなんだの言っていますが、一応尊敬はしている、はずです。たぶん。
リクエストありがとうございました!

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