鬼さんこちら、ここまでおいで


これの続き)


「久しぶりー 学校どう?」

「楽しいよ! ちょっとびっくりするようなこともあるけど…」

「そうなんだ でもよかったね緑谷、第一志望に入れて」

「ありがとう」
「あのねみょうじくん」
「かっちゃんと何かあった?」


「………」

そこまで読んで、俺は空を仰いだ。

頭が鈍器で殴られたように痛くて、眉間を指でもみほぐす。そんなことをしても痛みが和らぐわけがないのだが。
どう返信しようか悩んで、俺は結局そっけなく、「なんにもないよ」とだけ返した。
そのまま携帯の電源を落として、再び足を動かし始める。

今日は、朝から体調が悪くて寝ていたのに、親戚が来るから出掛けろと母に言われた。
俺は熱が出ないタイプなので、体調が悪いことを示す証拠もなく、仕方なく出かけたのである。

街路樹の桜はとうに散って、わずかに夏の気配が漂っている。今日はどんよりと曇って涼しいが、明日からは暑くなると天気予報が言っていた。
こういう日は嫌だ。高確率で嫌な事が起きる。

たとえば体調が悪いだとか。例えば仲の良くない親戚が遊びに来て、対応した母の体力が吸い取られるとか。その対応で俺が疲れるとか。朝の占いで最下位だったとか。

「おい、みょうじ」

たとえば、この場にいるはずがない人間がいたりだとか。

背後から聞こえた声は、何か月か前に聞いたのを最後にしていた。
そのときは、もっと荒ぶっていた気がする。

「あー、爆豪。久しぶりだね」

俺は肩越しに振り向いて、笑顔で返事を返した。眉間のしわが一層深くなって、爆豪の目に力がこもる。
それを見るのは久しぶりで、少しだけ嬉しくなった。

しかし、すぐに頭を切り替える。なんで俺が引っ越した場所を知っているのかわからないが、こうして呼び止めたということは、俺に用があるということ。
そして、爆豪が俺に用事というと、思い当たるのは一つだけだ。

わかっていても、俺はあえて話題をそらした。

「そういや、体育祭見たよ。1位おめでとう。有言実行だったね」
「…………」

爆豪は何も答えない。ただじっと俺の顔を睨み続けるだけだった。

「俺の顔に何かついてる?」
「クソ憎ったらしい目」
「……そりゃ申し訳ない」

目、という単語を聞いて、内心どきりとした。
やっぱり、爆豪は俺が思っていることでやって来たのに違いない。

卒業式の俺の告白を、思い出してしまったのだ。

頭の痛みはだんだんひどくなってくる。また眉間をもみほぐして、爆豪を見返す。
俺の目を見て少し身構えたようだったが、今は伊達眼鏡をかけているので発動はしない。
ガラス1枚でも間に挟めば使えなくなるザコ個性に、あの爆豪がおびえているのかと思うと笑えた。

「何の用。わざわざこんなとこまで来て」
「あぁ?」
「思い出したんだろ? 殴りたかった? それとも改めて振りたかった? 本当何しにきたんだよ」

ぐらぐらする。一気にしゃべったからだろうか。それとも熱が出ているのか。

俺が頭を押さえて俯くと、爆豪の足が動いた。
逃げなきゃ危ないと頭をよぎったけど、殴られて済むならそれでいいかとも思った。

ところが、予測していた痛みはやってこない。その代わり、頭を押さえていた手を取られた。視界がほとんど爆豪の顔で埋まって、こんな状況だというのに心臓が跳ねる。
爆豪はじっと俺の顔を見つめると、大きく舌打ちした。

「なに」
「行くぞ」
「は? ちょっ、」

俺の疑問に答えることなく、爆豪は大股で歩き出す。
転びそうになりながら、引っ張られて俺も歩き出した。

半ば引きずられるようにしてたどり着いたのは、ほど近い遊歩道。敷石がガタガタだったり、雑草がぼうぼうだったりで、あんまり人気がない。
爆豪は比較的きれいなベンチに俺を投げつける(比喩ではない)と、くるりと踵を返した。

かと思えば、俺を振り向き、鋭い目でにらみつける。

「逃げたら殺すからな」
「……あいさー」

いつの間に読心術を会得したんだろうか。

爆豪はそのままどこかへ歩いていき、ベンチには俺一人が残された。
携帯に手を伸ばしかけて、そういえば電源切ってるんだったと思い出す。緑谷とのラインを中途半端に終えたまま。
なんとなく気まずくて、伸ばしかけた手は再び膝の上に乗せた。

やることがなくて空を見上げると、さっきよりも雲が厚くなっている気がする。これは一雨来るかもしれない。
やがて、靴底が石をたたく音が響いてきた。
そちらに目をやると、爆豪が手に何かを持ってこちらへ向かっていた。

ずいと差し出されたのは、みんな大好きポカ○スエット。俺はアクエ○アス派だが。

「ん」
「ん? って何コレ」
「うっせーな、とっとと取れノロマ」
「はいはい、ありがと」

500mlペットボトルのそれを受け取ると、爆豪が隣に腰を下ろす。
俺がぎょっとしていると、向こうは気にしたふうもなく、自分の缶ジュースのプルタブを引っ張っていた。
缶に口をつけてから、爆豪は俺のことを横目でにらみ、また目を正面に戻す。

「鏡くらい見ろ」
「……さっきも聞いたけど、俺の顔になんかついてんの?」
「顔が死体みてえになってんぞ」
「死体? ……ああ」

要は、顔色が悪いということだろうか。
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