※時系列バラバラ 「うーん……」 庭の草むしりをしながらひとり唸るエレン。 春のあたたかい陽光のもと、こんなに気持ちのいい日ですら彼は庭掃除という仕事を課せられている。 しかし、今はそれどころではなかった。 「何にも考えてねぇんだよなぁ…」 ぶつぶつとつぶやきながらぶちぶちと草を抜く。 「すっかり忘れてたなんて言ったら、怒るんだろうな…」 頭の中に怒った彼女の姿が浮かんで気持ちがげんなりとした。 「誕生日か……」 そう、エレンがこんなにも悩んでいるのは誕生日を祝うものを何も準備していなかったからなのだ。 しかも恋人であるナマエの誕生日を祝うものを。 彼女の誕生日はあらかじめ知っていたがここのところ忙しく、いちいち日にちを気にして生活をしていなかった。 その所為で気付けば当日になってしまっていた。 というわけである。 「これは本当にまずいぞ」 「エレン」 悩むエレンの頭上から冷めた声が降って来る。 まさか、これは…… その声を耳にした途端にすーっと背中を汗が伝う。 この先に何が待っているのか分かっていたが、無視をするわけにもいかない。 いや、出来ないのだ。 ごくり、エレンは唾をのみ込み、おそるおそる上を見上げた。 「えっ、あっ……リ、リヴァイ兵長……」 するとそこには予想した通りのおそろしい表情のリヴァイがいて。 情景反射で「すみません」と口にしてしまう。 が、しかし。 エレンが謝罪の言葉を最後まで口にする間もなく 「余計なことを考えてる暇があんなら手を動かせ」 ガッ リヴァイのブーツがエレンの顎にクリーンヒットしたのだった。 「いってて……」 エレンは真っ赤になった顎を手でさすりながら箒を持って馬小屋の前の草をかき集めていた 「あんなに強く蹴らなくたっていいのに」 リヴァイはエレンが思った以上の力で蹴り上げてきて。 骨が折れたかと思ったほどだった。 このジンジンとした痛みはいつ消えるのやら、先は見えない。 「………にしても…」 エレンは自分の手に握った一輪の花を見る。 「なんでリヴァイ兵長が…」 あのあと。 リヴァイはエレンに一輪のピンク色の花を渡したのだ。 "ナマエに渡せ" そう、言葉を添えて。 なんでリヴァイ兵長が?と、おどろきつつも花を受け取り去っていく彼を見送った。 あれからぐるぐるといろんな思考がめぐり、複雑な気持ちになってしまっている。 なんでリヴァイ兵長がナマエの誕生日を知っているのか、なんで花なんて渡すのか、なんでそれを俺に頼むのか。 そして最終的には、まさか兵長はナマエのことが好きで自分から彼女を奪おうとしているのではないのかという結論に至った。 「まずい…これはもっとまずい…」 掃除なんてしてる場合じゃない。 エレンが箒を投げ出してナマエを探しに行こうとしたそのとき。 「よぉ、死に急ぎ野郎じゃねぇか」 「相変わらず兵長にコキ使われてんな」 振り返るとそこにはジャンとコニーがいて、馬鹿にしたような笑みを浮かべてエレンを見ていた。 そんな二人にむっとするエレン。 「なんだよ。俺はお前たちみたいに暇じゃねぇんだ」 「ははっただの召使いの癖に何言ってんだか」 「はぁ?なんだと!」 ジャンのひとことにカッとなってエレンが胸倉を掴みそうになる。 「あっ、こんなところにいたんですか二人とも!」 そこへやってきたのはサシャ。 そして彼女の手にはあのピンクの花が握られていた。 あれ……なんでサシャが…… 「ああ!だめですよ!そんなことしている場合じゃないんですから!」 「お、おお、そういえばそうだったな」 サシャがやってきたのと同時にコニーもいそいそと花を出す。 同時にジャンも同じように花を出した。 そして、3人はエレンへと花を差し出す。 「あのこれ」 「俺たちからのプレゼントだ」 「プレゼントって、まさか…ナマエに、か…?」 「はぁ?何言ってんだよ、今日はおまえの」 「あああ!そ、そうですそうです!ナマエに渡して下さい!私たちからだって!」 「お、おお…わ、分かった…」 異様に焦ってる二人を怪しい…と思いながらもエレンは花を受け取る。 そういえばと横目でジャンを見ればなぜか視線を逸らしてもじもじとしていた。 「おいジャン。お前のそれもナマエになんだろ?」 エレンが声を掛けるとジャンは勢いよく顔を上げて「あ、当たり前だろッ!」と声を荒げた。 その姿があまりに必死そうだったので、気圧されてしまう。 それでも花を受け取り、去っていく3人の背中を見つめた。 コニーがサシャに怒られているように見えたのは気のせいだったのだろうか。 「あー…いつになったら終わるんだ…」 次にエレンに待っていた仕事は窓ふきだった。 外側から窓を拭くため少し冷たい風が吹いてきた今、外は肌寒く感じられる。 マントでも羽織ってくればよかったかと後悔をしながらいそいそと窓を拭くエレン。 しかし頭の中はナマエのことでいっぱいだった。 みんなはこうして花を用意しているのに、自分は何も用意が出来ていない。 それにみんな同じ花を持ってきていることから、口裏を合わせていたことが分かる。 なんで自分だけ仲間はずれなんだ…と文句を言ってやりたくなったがそれを言う相手もいなく、エレンはひとりで掃除を続けていた。 「あっ!こんなところにいた!」 愛らしい声が聞こえて来て、それと共に二つの足音が近づいてくる。 エレンが拭いていた窓に金色の髪の毛と黒い髪の毛の二人組が写って、それがクリスタとユミルであることが分かった。 「お前らもナマエに花、渡してくれって頼みに来たのかよ」 最早言われずともわかってしまう。 それがなんだか悲しく思えた。 「えへへ、もしかしてもうみんなからもらっちゃったかな」 「さっきジャンとコニーとサシャが来た」 「なるほどね。そう、私たちからもお願いしてもいい?」 クリスタは明るい笑顔でエレンに花を渡す。 「本当は直接本人に渡した方がいいと思うんだけどね、ちょっとしたサプライズがあってもいいかなぁって思って」 「サプライズ?」 「そう。みんなが一輪ずつ花をエレンに渡して、それを最後にナマエにあげるの」 「なんで俺が」 「どうせ何も準備してねぇだろって思ってな。あたしたちからの助け舟ってわけだよ」 「なっ」 反論しようにも言い返すことが出来なかった。 なぜならそれは事実であるから。 確かに自分は今、ナマエのために何も用意をしていなくて、非情に困っていたところだ。 みんなからのこのサプライズの提案はユミルの言う通り"助け舟"だった。 「それじゃよろしくね」 「感謝しなよ」 二人はそう言って手を振りながらその場をあとにした。 悔しい…… 心の中でぽつり、つぶやいたエレンだった。 → BACK |