『Missing』 p1/p4


約束したじゃないか。一緒に、同じ高校でリア充しようって。そりゃ、受験前に思い出作りって沢山デートとかしたけどさ。それだって、俺だけじゃないじゃん。お前だってそうじゃん。なら、どうして?

――あの日、一般入試の合格発表会場で、合格者の番号が貼り出された白い掲示板。遠目に見えた、大輪の花のような笑顔に駆け寄る気にはなれなかった。平均36度の固体ががこんなにも密集していなければ、自分はその場に膝を付いていたかもしれない。
ただ春の風が、無情にも暖かかった。咲くと同時に滅ぶ花を睨みつける。
睨みつけて、虚しさしか感じない。まるで自分ではないか、と。

死のう。そうだ、死のう。
自分で言い出した約束を、図らずとも破ったのは自分だ、そうだ死のう。
もう誰の顔も見たくない。自分は死ぬべきなんだ。だけど――

(だけど…どうしてさぁ、)


* * * * * *


芸術の秋、運動の秋、食欲の秋――読者の秋。
だが秋と言えど、残暑があって暑いのは変わらない。この市立図書館でも、未だに冷房がかけられているのだ。世間は環境破壊だ地球温暖化だのと騒ぐが、それなのにこれだ。
全体の為に苦痛を背負うよりは個々の快楽を優先するこの体たらく。どう思うかい神崎黎クン――とおどけた口調と半ばふざけた笑みで、先程わざとであるとはっきり分かる大仰な仕草で肩を竦めてみせたのは、自分の隣を歩いている中畑憂理。神崎はとりあえず笑って流す。憂理もそれ以上のリアクションは求めていないはずだ。

「神崎、そういや何か借りに来たの?」
「…かなり今更な質問だな…大学に関する本探してこいって親に言われててさ。」
「ふーん…あたしも手伝おうか?」
「いや、リストアップはしてきたから大丈夫。流石に図書館の中では転ばれたくないしね」
「………うん…まぁ、そうなんだけど…」
「あはは、15分くらいで戻るからちょっと待っててよ」
「えー、10分にしてよ10分。待つには15分って長いし」
「うん、分かった」

神崎が了承するなり、鷹揚にひらひらと手を振る憂理。すぐに神崎から興味を失ったかのように視線をスマートフォンに落とし、絆創膏が目立つ白い指をタッチパネルで滑らせ始めた。夕方で薄暗い図書館の中、頬にガーゼのある憂理の顔がタッチパネルのライトに照らされている。
神崎はそれに少し心配そうな視線を投げ、本棚と本棚の間へと姿を消していった。



固い素材のローファーで歩を進める度、静かな図書館に神崎の足音だけが響く。リストアップした全ての本が見事にないようだ。偶然にも貸出中か、それともそもそも図書館に置いていないのか。著者名で探して最後の文字まで行き着き、神崎はそう溜息をつく。どうしたものかと意味もなく辺りを見回してみる。自習スペースに、一人見知った制服の後ろ姿を見つけた。清楚な雰囲気の、女子。ページをめくる度、ポニーテール風にまとめられた黒髪がさらさらと揺れる。
そして、その周りに神崎がリストアップした本の何冊かが積まれていた。

「遠野さん?」
「…え、わ、神崎くん。どうして此処に?」
「本を探しに来ててさ。ねぇ遠野さん、この中で読み終わってる本ってある?」

遠野から見て右に積まれている本の山を指差して、神崎は遠野奈々に問い掛けた。遠野は一瞬不思議そうに首を傾げたが、すぐに合点がいったらしい。

「そっちなら一応読み終わったよ。借りたいの?」
「うん、まぁ一応。だから遠野さんがよければな、って思うんだけど…」
「あ、だったらいいよ。持って行って」

にこ、と遠野は笑い、神崎もつられて微かな笑みを浮かべた。ふと神崎は遠野が今手にしている本に目を止める。本のカバーが墨で塗り潰されたような漆黒に、銀色のイタリック体で書かれた表題の文字。

「それって、"失われた運命"?」
「うん、そうなの。好きな本だから…」
「そうなんだ」

一度読んでみたことがあったが、お世辞にもまた読みたいとは思えない稚拙なストーリーだったと記憶している。中畑がこれを読んだとき、「マジで見事なケータイ小説だわ。スイーツっつーの?中二っつーの?」という酷評をしていた記憶が鮮明である。

「…もう、私が持ってたこの本は戻ってこないから。買ってもらった本だったし、自分で新しく買い直す気にはなれなくて」
「大事な人に?」
「うん。確かにストーリーはつまらないかもしれないけど、これは私たちの――思い出だから」

それきり沈黙して、遠野は真っ黒な背表紙を愛おしむように指でなぞる。思い出が甦る、とでも言うように、何度も何度も。普通なら事情の意味不明に首を傾げて遠野に問いを投げかけるのかもしれないが、神崎は事情を知っていた。
彼女と彼の事情を、片方の視点から聞いていた。――半ば怨恨と傲慢に似た、叫びを聞いていた。

「…そっか。あ、じゃあこれ借りていくね」
「うん。ありがとう、神崎くん」
「何が?」

遠野は今にも消えそうな笑みを、浮かべていた。

「何も聞かないでくれて、ありがとう」

神崎は何も答えずに踵を返す。神崎の姿が消えた途端、遠野の表情から笑みが消える。いつの間にか真っ黒な"失われた運命"の背表紙を、関節が白くなるほどに握り締めていた。
…そう、戻ってこない。俯いた遠野は、静寂な図書館の中でそう呟くのだ。




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