『ある晴れの日』 p1/p1


今日はいい天気だよね。え? うん、それだけ。
昨日に引き続き厭味にいい天気だな、ってね。太陽が眩しいな。
本当に眩しいよね、目が潰れそう。…そうでもないの?
まぁ今の俺にとってそうってだけだから、あんまり気にしないで。

うん、後悔してないって言うと嘘になるけどさ。
恋愛的な意味で好きだった、って訳じゃないと思ってるけどさ、やっぱり中畑のことは好きだったよ。物心ついた頃から俺には"聲"が聞こえてたから所謂性善説とかは偽善にしか思えなかった訳だし、"聲"の正体は人間って分かってたからなるべく誰にも深入りはしないようにしてたんだけどね。

あの"聲"ってある意味拷問だよ。
他の誰にも聞こえなくて、それでいて俺の知らない誰かへの怨みを延々と吐き出し続けるんだから。
だから中学とかでクラスによく居た霊感少女とかは気味悪く見えたな。
霊感が本当にあるなら、どうしてあの死者の聲が聞こえないんだろうって。
どうして"聲"に憑かれてる俺にそんなに平然と話し掛けられるんだろうってさ。
まぁ殆どの場合ただの構ってちゃんだって気付いてからはただ哀れなだけになったかな。
幽霊なんてそんな綺麗なものじゃない。
この世にとどまって、その怨嗟を聞き取れる人間に吐き続けるだけ。
聞き取れる人間が耳を塞ごうと彼らはそうし続ける。そういう存在なんじゃないかな。
それともそうしか出来ないのかは知らないけど。ほら、俺、一応まだ死んでないからさ。

この前のことがあってからさ、色々大変だったな。何より俺自身が、っつーの?
まだ何も考えたくないのに死者の聲は聞こえるし。
同業者的なのも来たよ。今まで優秀だったらしいね、俺。
だからこそ漸くがたが来たか、って言ってたな。まぁ優秀だなんだとかはどうでもよかったし、どうでもいいんだけど。同業者――ああ、要は『死者の味方』って感じになるか。
死者の聲を聞き取り、叶える者――ってすると聞こえはいい。
実際には死者の一方的な怨みを叶えて生きてる人を殺す、あるいは絶望を与え、あるいは発狂させる訳なんだけど。
何で俺がそんなことやってたかって?
うーん…"聲"が聞こえてて、それで組織がどうのって言う人が来たんだよ。
何年も前のことだからあんまり覚えちゃいないけど。
それでその人からあの短剣を貰って、それで始めたんだ、死者の味方を――キ***に人間を差し出す作業をね。作業をした後暫くはキ***の聲が聞こえなくなるから、最初の内は喜んでやってたよ。寝る時とか夢の中で"聲"が聞こえないのは新鮮だった。
暫くするとまた別な"聲"が聞こえてくるからまた同じ作業の繰り返し、だ。
つまり俺にとっては死者の味方になる、じゃなくて騒音を少しでも遠ざける、なんだよね。
そんな理由で差し出された人間にとっちゃいい迷惑だな。
ん…あぁ、今まで何人殺したのかなんて分からないや。
お前は今まで食べたパンの数を覚えているのか、っていうのと同じだよ。
覚えてる訳ないだろ。
何人の聲を聞いたのかも、何人の人を死者に差し出したのかも。
……はは、キ***は俺の方だな。

組織って何か?――悪いけど俺は何も知らないんだ。
死者の味方は何処の地域にも何人か居て、緩やかに纏まっているらしいよ。
例えばそうだな、ときかさんと田中さんの事件があったろ? 死者の頼みじゃないのに力を使うのはタブーだから、ときかさんはその後罰を受けた、って風の噂で聞いたよ。
あとは俺を死者の味方にした人が居たように、新しい"味方"を見つけるのが組織なのかもね。
"味方"は常に増え、常に減り続けている。
そりゃどんなに大義名分を掲げても人を殺すんだからいつか嫌になるのは当たり前だけどさ。
あるいは友人や親戚を殺さなくちゃいけなくなったりとかで"味方"が発狂したりとかね。
持つのは大体1ヶ月から3年程度って聞いたかな。
今までは淡々と死者の頼みを聞けていた俺は、だから優秀だって言われてたのかな。
珍しくもった期間が長いからね、8年程度だ。どうでもいいか。
何にせよ、俺は組織について何も知らないよ。
誰が束ねているのか、そもそも束ねる人間なんているのか。
いつから、誰が、どうして、何の為にキ***に人間を差し出す狂人のような真似事を始めたのか。知らないんだ。何も。

今更なのは分かってるけどさ、どうして中畑が死ななくちゃいけなかったんだろうね。
勿論中畑を差し出したのは俺で、殺したのは黒川憂理なんだけど。
何だかんだでさ、あいつはいいやつだったんだなって思うんだよね。
隠そうとしないんだよ、人に対する悪感情ってやつをさ。
だから誰より人間らしいなって思うんだ――そんな好かれ方だって知っても微妙だろうけど。
勿論あの口だから生きてる人に怨みは買ってるだろうけど、人を殺すほどじゃないと思うんだよね。そう思ってた。差し出さなくちゃいけない事態があるなんてね。
これが感情移入ってやつかな、今までそんなことなかったのにな。
"味方"が発狂する理由がやっと分かったよ。それが人間の情ってやつなんだね。
中畑が好きだとかそういうんじゃなくて、友達だと思ってたから、か。
男女とかそういうのなくて、割と長い間一緒に居たら情も沸くかな、そりゃ。
居心地もよかったしね。ああいう軽口の応酬、好きだよ。
…あぁ、確かに今までは、クラスが変わったらそれまでみたいな付き合いをしていたから新鮮だった、って言うのもあるかな。『友人』の名前も顔も、新しいクラスに馴染むと同時に忘れていく。"味方"だから情が移りそうな恋愛事には関わらない。
まぁそもそも大抵告白される前に噂が流れるからフラグを全力で折りに言ってたんだけどね。
だから…まぁ、松嶋さんのことはかなり新鮮だったけど。突然だったじゃん、あれ。
そういや、告白されるのは悪くはないけどあの顔はないな、って中畑に言ったら大爆笑されたよ。うん、流石にカバ顔呼ばわりは酷いと思ったな。女子って怖い。
…ん、あぁ、断った理由? 松嶋さんには「好きな人が居るから」って言ったけど、実際には"聲"のせいだよ。まぁ"聲"がなくても願い下げではあるんだけどね、ああいうタイプは。悪感情である程度脚色されてたかもしれないけど、中畑の話を聞く限りでは結構アレな人みたいだし。はは、女子って怖い。

色んなことがあったよね。十七年…十八年? の間。特にラスト三年間。
誰の味方でもない人間になれたら、って思ったのは初めてかもね。
そうしたら、誰も殺さずに済んだんだし。
とにかく、楽しかったよ、俺は。"聲"のせいで魂も心も擦り減ってて、人間にはなれてなかったかもしれないけど、それでもね。楽しかったな、高校生活。
だから…うん、ごめん、中畑。
勿論中畑だけじゃないはずだろうけど、俺はもう何も覚えてないから。
今までに食べたパンの数も、消そうとした騒音の数も、その騒音被害の為に消えた人の数も名前も――何もかも。

ねぇ、偽善者を気取るつもりはないけどさ、これでも組織も続くんだよね。
オカルトの秘密結社ともボランティア組織とも言える、"死者の味方"が集まるあれは。
次は誰が発狂するんだろうね。俺みたいに長くもつ人も、どのくらい居るんだか。
人間から感情を拭い去るなんて芸当、出来るはずがないんだからさ。
その点では俺はちゃんと人間だったのかなぁ。そうだといいよな。
関係ないけど、ときかさんの能力って結局田中さんに移ったんだよね。
迎えが来るのもそのうち、かな。どうでもいいか。
いつまでもつかな、あの組織。ちょっとは憎んだっていいよね?

ねぇ、誰かが死んでも世界は回り続けるんだな。
俺がこんなに後悔してても、今から死んだとしても、それでも。
世界は終わらないんだよね――時が来るまでは。
それって凄く悲しくて怖いことだよね。
俺が生きてる間は世界はある意味俺の物だったけど、俺が死んだら誰の物になるのかな。
考えるだけでぞっとする。
…そんな恐怖を、嫌でも味わうから人は死にたがらないんだよね。
勿論痛いのが嫌だしっていうのもあるけど。
無関係の人にまでその恐怖を伝播させるから殺人は悪なのかな。何も分からないや。
むしろもう何も分からなくていいか。全部塗り潰して、終わりにしよう。


あぁそうだ、明日も天気はいいのかな?
…どうでもいいか。俺の世界は、これで終わり。

それじゃ、さよなら。


20120921
20130216 修正


あとがき

これが本当の、最適で最悪の最終回。もちろん書きたいときにまたミッシングは書きに来ます。
だけど、それでもどう足掻いてもこの運命は定まっています。

神崎黎が一体何者だったのか。少しでもわかればいいなって←



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