『Missing Your Fate』 p5/p6


――それきり、何の音も無くなった。
この不気味な鏡写しの世界での惨劇は、終息したのだろうか。橋本は、未だに顔を覆っている。友人に起こったことを、認めなくないのだろう。その対応は、正解と言えるかもしれない。正直、神崎自身もそうしてしまいたかった。
苦々しい気持ちがせり上がるのをぐっと堪えて、大声で泣き叫んでしまいたい衝動を堪えて。最後の最後で、憂理の口が微かに動いたところを見ていたのだ。
表情は見えなかった。彼女は――掠れて届かない声で、必死に呟いたのだ。

(神崎、…助けて)

水が床に零れ落ちる。頬を伝って伝って、流れ落ちて止まらない。ふらふらと半ば夢遊病患者のような動きで短剣を拾い上げ、惨劇の跡のすぐ側に膝をついた。スラックスが汚れるとしても構いやしなかった。
流れ続けるのを止めない水は、粘性の赤黒い池に透明な波紋を呼ぶ。

神崎は、泣いた。声を出来るだけ殺して、久しぶりに――己が罪の大きさに、泣いた。今までも、何度もこうして来た。復讐を願う死者の頼みに応えて、復讐される生者を"鏡"の世界へ導いて、本願を遂げさせてきた。
既に彼らが去った現世では彼らは思うように力を振るえない。だから、この世とあの世の狭間である、今神崎が膝を付いている"鏡写し"の世界へ誘い込むのだ。

神崎黎は、間接的な殺人犯なのだ。善良な、殺人鬼なのだ。

その事実を、神崎は今の今まで忘れようと意図的に心の奥底にと封じていた。だが、中畑憂理を間接的に殺した時――封じていたはずのその事実が、罪悪感という名の冷徹な刃となって神崎に牙を剥く。その痛みに、神崎はただ耐えるしかなかった。
それが――自分が今まで間接的に殺してきた人たちへの、これから間接的に殺してしまうかもしれない人たちへの贖罪だと信じて。

好意を寄せている、中畑憂理へ自分が出来る唯一の贖罪だと、信じて。

ひとしきり涙を流し、神崎はゆらりと体勢を変えた。その表情は、暗い。この光景は消したくなかったが、この世界は死者の復讐が終われば消さなくてはならない。だから、確りと脳裏に焼き付けておこう。この惨劇を。

短剣の鞘を片手に持ち、赤黒い粘性の池に突き立てる。
禍々しく綺麗な瑠璃色の光が、辺りに満ちて――モノトーンの世界が、反転した。

これで、終わりだ。終わらせて、しまった。
善良な殺人犯は、ふらふらとした足取りで高校を出るなり、天を仰ぐ。

その日の夜空は――厭味なくらいに、満点の星空だった。



――某県のとある高校で、女子生徒が1人、行方不明になった。当然高校側は騒然となった。2日ほど休校になったという。大多数の生徒は、休日が増えたと残酷なほど無邪気にはしゃいでいたのだが。行方不明になった女子生徒の友人の一部は、その休日を使って彼女を捜索したという。普段の休日も、時間があれば捜しているようだ。

その休校の数日後、女子生徒が失踪したであろう日の翌日から不登校になっていた、その女子生徒と部活が同じで友人であった別の女子生徒が、精神病院に入院した。彼女は今も、自傷行動をしてはぶつぶつとうわ言を呟いているという。

また、最後に――行方不明になった女子生徒とクラスメートで仲が良かった男子生徒が、突然高校に退学届を出して、その高校から姿を消した。そして退学届を出したその翌日に、彼はビルの屋上から自殺未遂を起こした。命は取り留めたものの、打ち所が悪かったのか未だに意識を取り戻さずに昏々と眠っているそうだ。
ただし、意識を取り戻す確率が低い訳ではないようだ。


女子生徒がどうして行方不明になったのかも、2人がどうしてそんな行動を取ったのかも。世間は、終ぞ真実を知ることはないはずだ。

"その日"のことを知っているのは、その3人だけなのだから。


20110904


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