『Missing Your Fate』 p4/p6


不気味な赤い砂が視界から消え去ると、其処には黒川と憂理が居た。黒川にもいくつか傷があり、憂理にも同じくらいの傷がある。どちらもかなりの重傷に見えるのに、黒川は何も無いかのように立っていて、憂理は息も荒く壁に手をついて辛うじて立っている。
先程の神崎の言葉と今の状況を見て、芽衣はふと思いついてしまった。

(俺は黒川憂理の依頼により中畑憂理への復讐を手伝っているよ)

黒川憂理の依頼。黒川の名は――黒川、憂理。憂理はまだ気付いていないのかもしれない。芽衣が気付いてしまったことに。それなら、教材室の前で、黒川の頬に傷がついたと同時に憂理も血を流したことに納得が行く。

―――黒川憂理と中畑憂理が同一人物であるのならば、ダメージが同時に来るのにも納得できる。"同じ"なのだから。

「憂理!!憂理、ダメ!!――逃げて…早く逃げてよッ!!」

声が届くように、叫ぶ。
何時の間にか芽衣の隣に立っていた神崎が、静かに首を振った。

「…ダメなんだ。俺たちの声は、あの2人には届かない。届かせない。それが――復讐する者から復讐される者への、多分黒川なりの礼儀だよ」
「………嘘でしょ……?じゃあ、憂理は、」

「死ぬんだよ」

人は殺したら死ぬんだ、と当たり前のことを諭すような口調で、神崎は微笑む。関節が白くなるほどに握り締められている短剣。それを見て、やはり彼はそうなのだとこの場ではある意味どうでもいいことを芽衣は直感する。
その証拠に、既に床に崩れ落ちている憂理を見る神崎の視線は、何処か後悔しているようにも見えた。本当は、憂理に向かってカッターナイフを振り上げている黒川を殴り飛ばしたくてたまらないのかもしれない。
神崎は近づいていく。芽衣は置いていかれて何かあってはたまらない、とばかりに神崎の後を追った。先程黒川と憂理が同じ存在であることを直感したのはいいものの、実のところ全く2人は似ていないように思える。

黒川は長めの黒髪をひっつめているだけ。
憂理はダークブラウンの髪で、両の耳元で髪を結んでいる。
黒川は亡霊じみた不気味でおぞましい半ば演技じみた雰囲気。
憂理は皮肉屋なところはあるがハキハキとして活発な雰囲気。

名前自体は"憂理"で同じとは言え、苗字は黒川と中畑でやはり違う。

「君が"私"を捨てたのが悪いんだよ。君も私なんだ。私も君なのに!」
「…虐められっ子がよく言うね。あたし高校に入ってまで虐められる気なんてないんだけど。過去の存在は黙ってろよ」

憂理の、言葉の刃が黒川を抉る。だけどそのダメージは憂理にも降りかかるのだ。全く同じ部位に作られた、深さも広さも同じ傷として。痛みで、憂理の体がびくりと痙攣するように跳ねる。対する黒川は、何も感じていないようだ。
赤黒い粘性の池に、波紋が広がっていく。

「苗字が変わったのは、まぁ仕方ないよね。離婚して親権を母親がもぎ取るのはよくある話だもん。…だけどどうして見た目と喋り方まで変える必要があるのかな?」
「あたしは、中学時代の3年間をあたしの人生とは認めない。どうして自分でもあんな根暗になれたのか今ではマジ理解不能だし」
「………………」
「宮本とかもさ、もう和解したんだよ。そして出来るだけ関わってない。この高校で、新しい友達とか沢山出来たし」
「……………」
「それも、あたしが"中畑憂理"として生まれ変わったからなのにね。"黒川憂理"なんか関係ないよ。何で今更水を差す訳?」

―――がん!

憂理が黒川をキッと睨みつける。
黒川は一瞬目を見開き、次にはカッターナイフの赤い柄で憂理の頭を思い切り殴りつけた。憂理の額が裂け、頬のガーゼにも落ちて不気味な文様を作る。

がん!

「どうして? どうしてそんなこと言うの!?」

黒川は泣いていた。涙こそ流していないが、心は悲鳴をあげていた。最後の味方でならなくてはいけないはずの存在に、否定されたのだ。ダメージを感じない黒川は、必死の形相で憂理をカッターの柄で殴り続ける。
そして何故かその打撃音は、強く強く聞こえるのだ。

がん!

当然、それに比例して憂理へのダメージも大きくなる。
既に憂理は何も聞こえていないようだ。何も喋らないし、抵抗すらしない。

がん!

芽衣はわっと顔を覆ったが、神崎はその惨劇を注視し続ける。からん、と神崎の右手から鞘付きの短剣が床に落ちて、その衝撃で鞘が跳ね再び刃が顕わになった。神崎はそれを拾おうとすらしない。手持ち無沙汰のまま、見続ける。

がん!

「……中畑…ごめん」

小さく、神崎は呟いた。頬の上を、一筋の水が流れる。

「俺の所為だ。俺を、恨んでくれていいよ――むしろ憎んでほしいな」

ぐい、とワイシャツの袖でその水を乱暴に拭う。

「ごめん。本当にごめん。でもね、俺――」

――がんッ!
一際激しい打撃音。紅に塗れたカッターの赤い柄が、黒川の手から力無く落ちる。
刃が出ていた反対側で床を跳ねて、ぱきんと刃が折れた。
残された柄はもう一度だけ床で跳ね、憂理と黒川の血を付着させて静かになった。



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