『トレス・ルージュの告解』 p4/p7


「ふぅん…マジでそういうの"い"るんだ。…まさかあんたがとは思わなかったけどさ」
「…何の話?」

冷ややかにこちらを睨め続ける、美凪に似たサイドテールの晩翠生。
何で私がそんな目で見られなくちゃいけない訳? 初対面のやつに。
イライラしながらその晩翠生の発言を待つしかない。
それが更に美凪を苛立たせ、言葉遣いもつい乱暴になる。
それは相手も同じかもしれないが。

「んなことどうでもいいでしょ。…私にとって今重要なのは、あんたが私の友人を傷つけたことなんだけど」
「はぁ? 人の質問も聞けない根暗に友達が居たなんて意外だねー。…で、誰?」
「美香、だけど」
「……何だただのビッチか」

厭な夢だ、早く醒めればいいのに。
舌打ちを隠そうともしない美凪の様子に、彼女は怒りの気配を濃くしていく。
赤黒い雲が昏い影を落とした。現実でも雨に降られ、この悪夢でもか。最悪な日だ。
美凪は現実逃避のように内心で肩を竦める。

「…そういうこと言うんだぁ」
「当たり前でしょ、事実なんだし。…つかあんた誰なの? 名前くらい名乗れば」

あのさぁ、知らないやつなんかにどうして私がとやかく言われなくちゃなんない訳なの。あんたは私のこと知ってるみたいだけど。がんがんと鳴り響く頭痛じみた警鐘を無視しながら、美凪は吐き捨てるように言い募った。
正面に"あ"る、美凪の顔立ちをした、美凪の声が吐き捨てる。

「…ときか、だ」
「あ、そう。んで? ときかさん。私に何か用な訳?」

言い出して、少し後悔した。
その瞬間、赤い世界の空気が、蝕のように反転した。

―――ぞ、

とときかが放つ殺気じみた冷ややかな空気が、恐怖で心臓を凍らせる。
ときかは口を開く――少し躊躇うように溜息をついた後に。

「あんたを絶望させに来た」

そう、意味不明な―――非現実的なことを口にした。
ただ、その一言のせいでぴんと張り詰めていたものがおかしなものにしか思えなくなる。
ひくひくと痙攣する美凪の口の端を見て、ときかもそれを察したらしい。
…だから、と気怠げな表情の中に一点血が凍るような怒りを浮かべて囁く。
その囁きは聞こえなかったけれど。

「だから、さよなら」
「!」

猫のように俊敏な動きに、美凪は対処し切れなかった。
何処から取り出したのか、短い弓でしたたかにこちらを殴打してきたのだ。
咄嗟に顔を庇った腕からぶつ、と嫌な感触と、ぬるりと厭な熱さ。
思わず後ろに倒れ込み、手をついた。
ときかは件の短弓に矢をつがえて真っ直ぐこちらに向けている。
弓の中程を握る指の間から、禍々しい光を控えめに放つ宝石が見えた。


20120921


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