『トレス・ルージュの告解』 p3/p7


――不思議と、この空間が夢であることを美凪は認識していた。

ふわふわと真っ白な空間をたゆたう、宙ぶらりんの感覚。
穏やかなまどろみが、突如不愉快な声でぶち切られる。
知ってる不愉快な声と――もう片方は何故か美凪自身の声に聞こえた。

「聞いてよときかぁ! うち最近ちょー病んでてさー」
「何かあったの?」
「そーなの! あのねあのね、文化祭でトラブったって言ったじゃん? そしたら中畑ってのだけじゃなくて田中――認めたくないけど同じ文芸部で殆ど幽霊部員の癖に生意気なやつにも嫌われて病んでるって言ったでしょ? そんで何かその人にうちちょー嫌がらせされんの。ひどくない?」
「酷いね」
「でしょ!? さっすがときか、話が分かるぅ!! てゆーかさ、そういうのひどいと思わない? しかもまさとか未だにストーカーしてくるからちょー病むわぁ」

相変わらず、話題が同じ所に不快に飛んだりループしたり。
これ程までに人を苛立たせる話し方も中々ない。
あいつの言うてゆーかとちょーのいらつきは異常だわ、といつかの憂理が吐いた毒を思い出した。それに美凪が大いに同調したことも。だが松嶋美香の不愉快な声に『ときか』と呼ばれていた美凪の声は随分と松嶋美香に同情的だ。
事実は全く違うだろう、と張り上げようとした声を引っ込める。
痛々しい誤解をわざわざ解いてやる義理もないのだ。
夢の中なのに厭な気分のまま、目を閉じた。閉じた瞼の感覚が嫌にリアルである。
『ときか』と松嶋美香の会話が段々フェードアウトしていった。

それと共に、ざ、と厭な風が吹いた。
穏やかな浮遊感もなくなり、確と地を踏んでいる。目を開けた。

「っ――!?」

目の前が赤い――全てが赤い。
だが、よく漫画や小説で見掛ける表現のように血がどうのという訳ではない。
普通の景色を、彩度や明度の様々な"赤"に置き換えた異常な景色が、目の前に広がっているのだ。つまり、明らかなデジャヴュに困惑せざるを得ない。
同じ夢をまた見ているだけだろう、とは何故か思えなかった。
辺りをぐるりと見渡すと、夢で見ていたあのサイドテールの少女が、臙脂色のフェンスの上に危なげなく座って美凪の方を見ている。

「あんた田中美凪、だよね」

「―――え?」
その顔に視線を投げて、背筋が粟立ったような感覚に襲われた。
その少女は、まるで美凪そのものなのだ。
顔立ちも背格好も、サイドテールを結わう赤いボンボンのヘアゴムも。
違うのはどちらに髪を寄せているかと、着ている服くらいだ。
彼女は近隣の私立校である、晩翠高校の制服を着ている。
美凪が通う市立一高同様、女子のスラックス着用が許可されているらしく、彼女はモスグリーンのスラックスを穿いていた。此処で、ある意味どうでもいいはずの違和感が鎌首をもたげてきた。美凪は寝ていたのだから当然夜中の2時、3時は余裕で回っているはずだ。そんな夜中に、制服を着ているというのはどういうことだろう。
夢ゆえの、リアルとの差異なのだろうか。

「!」

向こうもこちらを見て驚いたような表情を作る。
ぶらぶらと揺らしていた足がぴくりと緊張するのが見えた。
彼女が猫のように音もなくフェンスから飛び下り、美凪に向き合ったのを見て息を呑んだ。
美凪の目の前に"在"る、晩翠高校の制服を着た美凪そっくりな人間。
何で、どういうこと――意味のない忌避感に脳髄が冷たく凍っていく。


20120921


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