『ミス・レイシスト』 p7/p9



「うっわ、また布教してるわあの人」

布教、のところで松嶋が嫌味ったらしくかぎかっこを空に指で書いた。
その為、モンスターを薙ぎ倒す手が一瞬止まる。

「ワールドワイド・ミュージックだっけ? あれ興味ない人には絶対拷問だって。うちだったら絶対死ぬ」
「そりゃそうだ、中二病の見本市みたいなもんでしょ。去年あたしがどんなに辛かったか…」

松嶋の描いたかぎかっこから直ぐに目を離し、携帯ゲーム機の画面に視線を戻す。
中畑がボタンを操作するのに合わせて、片手持ちの剣を緑色の髪をしたプレイヤーが飛竜にじゃきじゃきと攻撃していく。飛竜が転倒してもがく間に爆弾を設置し、即座に距離をとってから樽爆弾目掛けて石を投げた。起爆。
飛竜が悶絶するような声が片方だけしたイヤホンから聞こえる。
画面の中のモンスターに意識を向けたまま、松嶋と会話。

「タメに受け入れられなかったからって普通相手のこと考えずに後輩に布教する?」
「やっぱあれかな、デブって神経までデブなのってあれだよね。瑠依ちゃんマジかわいそー」
「瑠依ちゃんってんだ。…うっわ、マジ橋本さん無理矢理勧めてるようにしか見えないんだけど」
「今思ったんだけどワイミュって『猥雑ミュージック』の略じゃね。まぁ『猥褻ミュージック』でもいいけど。曲もファンも猥雑っつーか猥褻っつーか」
「ヤッバ中畑あんた超秀逸っ!」

笑い声と共に、松嶋のプレイヤーが、両手持ち剣による溜斬りを墜落した飛竜の脳天へ綺麗に決めた。回復薬を飲んだ中畑のプレイヤーがまた飛び込み攻撃を重ねていく。
数分経った頃、飛竜が高く飛び上がった。

「お、エリア移動じゃん。寝かせて爆殺しようよ」
「えー…うち溜斬りドッキリ! がいい」
「……じゃあ爆弾おいて溜斬り準備して、せーのでやるってことで」
「オッケー」

緑色の髪と、赤毛がそれぞれエリアから飛び降りた。エリアが変わる。
画面の中には、鼻提灯のように鼾をかく飛竜。
中畑はその頭付近に爆弾を2つ置いた。松嶋も爆弾をそこに置く。
そのポイントから赤毛の重戦士は離れ、尻尾付近で抜刀し、溜斬りの準備を始めていた。
緑色の髪をした軽戦士は設置した爆弾4つ目掛けて石を投げた。大きな爆風。
うぉぉん、と哀れな鳴き声を最後に飛竜は地に伏した。
『討伐完了』とテロップが流れる中で、松嶋のプレイヤーが漸く両手剣を振り下ろした。

「なーかーはーたー?」
「ああサーセン」
「一緒に、つったよね?」
「ごめん両手剣とか使おうと思ったことすらなくてさータイミングとかさー」
「このやろー!!」

倒したモンスターから素材を手に入れることすら忘れ、戦士2人が乱闘を始める。
石を投げたり、両手剣で空高く吹き飛ばしたり。空振りした溜斬りの隙をついて背後から襲い掛かったり。画面が切り替わった。
報酬の素材を回収なり売却なりすればクエスト終了だ。


「中畑、次どれ行く?」
「んー…これで緊急出たはずだからそれで」
「うっわこいつかよ…戦ったことないし」
「松嶋酒場やってなかったんだっけ?」
「ん、でもまぁ行けるっしょ。中畑、掲示板にクエ貼っといて」
「あいさりょーかい」

装備を整え、クエストを受注した。
ゴスロリチックな装備をした見慣れぬ戦士が居たような気がするが、気のせいだろうか。
松嶋の装備は大抵厳つい、いかにもな鎧ばかりだ。スキルやデザインより防御力を重視した結果らしい。中畑のは逆で、防御力が多少低くともスキルやデザインの方を追求している。
当たらなければどうということはない、というのが中畑の持論だ。

「ねー中畑、うちら以外にもこれ受けてるよ」
「別によくね? 邪魔になんないなら別にいいっしょ」

先程見たゴスロリの戦士は、どうやら第三者だったらしい。
松嶋も出発準備が整ったところで、クエストに出発した。
ちらりと松嶋に目を遣ると、明後日の方向を睨みつけている。小さな舌打ちが聞こえた。


20120514


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