『ミス・レイシスト』 p6/p9



池澤瑠依は、目の前で仲良く楽しそうに罵倒し合う2年の先輩2人をくすくすと笑いながら眺めていた。暴言雑じりの軽口が、とても面白い。

「えっと、イラスト部と文芸部どっちの見学かな?」

気を利かしたのか、先輩が声を掛けてきた。
上履きに走るラインは赤、つまり瑠依を此処まで連れて来た先輩――中畑憂理と同学年らしい。声は高く、媚を売っているようにも聞こえる。黒く細いフレームの眼鏡のせいか、顔がぱんぱんに見えるような気がした。実際に小太りだ。
何て言うか典型的なオタクだな、と一瞬軽蔑が表情に出たかもしれない。
先輩なので口には絶対に出さないが。

「んー、イラスト部で」
「やったぁ! じゃあ座ってよー、1年生も何人か居るしぃ」
「…はーい」

本人は人当たりのいいにこにことした笑みを浮かべているつもりなのだろうが、瑠依にはそれがにまにまとした下卑た笑顔にしか見えなかった。典型的なキモいオタク、キモヲタ。
そんな中学からの知り合いとこの先輩が重なって見えるのだ。
同じく見学に来た1年生と二言三言交わしたが、どうも会話が続かないというかテンションが合わない。クラスの中で目立つようなタイプ、と思われて怖がられているのだろうか。正直言って、心外だ。

(憂理先輩タメだったら面白いよなー)

ファッション雑誌や携帯ゲーム機を取り出して楽しそうにだべる中畑と、松嶋という先輩。それを見て、瑠依はそんなことを思った。羨ましい、と。
瑠依が座った席の真ん前に小太りの先輩が座る。

「名前聞いてもいい?」
「あ、池澤瑠依です」
「瑠依ちゃんかぁ、宜しく! ね、これ知ってる?」
「えー何ですかそれ」

黒をバックに、水彩風のタッチで描かれたモチーフたち。
剣を持つ少年に仮面をつけフードを被った怪しげな男。青い薔薇に、扉。

(中二…ッ!)

それだけではなく、赤い目をした腹の大きな少女。
ぞわりぞわりと生理的な嫌悪感が支配する。

「ワールドワイド・ミュージックって言うの。ワイミュね! このアルバムは『Utopia』でワイミュの5作目、Utopiaに限らずワイミュって凄いいい曲しかなくてさ―――」

滔々と語りながら豚のように小さな目を細めた先輩はケースを開ける。
ぶくっとした手が丁寧に歌詞カードを捲って、腹の大きな少女とそれを抱きしめる似たような容貌の2人が歌詞とおぼしき文字列と共に描かれたページで止まった。

「これ! うちUtopiaだと特にこの曲好きでさ、この男女の双子がね――」

近親相姦みたいな切ない描写とか萌えて、と楽しそうに語る目の前の先輩に瑠依は心底ドン引きした。マジこの人キモヲタじゃん、マジ気持ち悪いんだけど。
現実逃避に他の先輩の方を見渡してみる。
雑談しながらイラストを描く人が多いようだ。

「聞けばよさが分かるから!」

目の前の先輩が瑠依に音楽プレーヤーとイヤホンをずいと押し付けた。
…まさか、聞けと? 向こうからくすくす笑いが聞こえる。
中畑が一瞬瑠依の方――正確には小太りの先輩を見て嗤ったらしい。
目で助けを求めたが、ごめんと手を立てられた。

渋々イヤホンを装着した。甲高い女の声が、ロックとクラシックを混ぜたようなサウンドに乗せてきんきんと流れ出す。なぞるように追うオペラじみた男の低音。
ひたすらに、気持ち悪い。歌詞など考えたくもない。
脳が理解するのを拒否しているのだ。


20120514


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