『ミス・レイシスト』 p2/p9


―――そもそもの原因はは一年ほど前に遡るだろう。

中畑と神崎が1年の時の夏休みに、例年通り高校見学が行われた。無論来年度の新入生向けである。中畑が所属するイラスト部はこの日、部誌の配布とカラーイラストの展示を昇降口前で行っていた。だが先程、カラーイラストを見ていた中学生が誰かに押されたか躓いたかして展示のボードに突っ込んでしまったのである。
イラストに被害はなかったが、ボードを支える柱が嵌まらなくなってしまった。そういうわけで中畑は新しい柱を特別棟まで取りに行く役割を買って出て、マイペースに廊下を歩いているのである。最も、中学生や高校生の汗や制汗剤の匂いと中学生の保護者の汗や化粧の匂いが不快に混じり合った、帰る人で賑わう昇降口の人混みに嫌気が差したという理由もあったのだが。

「梨羽、早く音楽室行こうぜ。地図見て早く俺に道教えなよぅ」
「…分かった…分かったからそんな急かさないで…」
「うるせぇな、下撲のくせに何だよ」

事務室の前を通り過ぎたところで――見学に来た中学生らしき二人組が右往左往するように辺りを頻りに見回していた。その二人組の片方――もう片方を下撲扱いしている方――を見た途端、今すぐ踵を返して昇降口に戻りたい衝動に駆られた。
中畑にとっては、だみ声でなくてもそういう台詞は痛すぎるキモヲタのもので、嫌悪の対象だ。口調を変えるなら(どちらにせよ気持ち悪いが)、ぶりっ子で通すか俺様キャラで通すかしろと思う。その中学生は悪い意味で中性的な顔と体型――どうやって詰め込んだのかと思うほどに紺色のセーラー服はぎゅうぎゅう詰め。傷んでいるので遠目から見てもごわごわしている髪を無造作に纏めている。顔は…考えないでおこう。肩にフケが散らばっていないだけまだマシ――いや、絶対無理。鞄にはじゃらじゃらと二次元のもののキーホルダー。どう見ても、中畑がよくアクセスする掲示板では痛いと叩かれていることが多いゲームや深夜アニメのキャラのそれだ。
その影響かは解らないが、冷房が効いていないのに立つ鳥肌を必死に抑えている中畑は、内心で盛大に溜息をついて真剣に呪う。

(頼むから此処を志望校にすんなし…万が一したとしても絶対受かんなよ……)

もう片方の子がとても綺麗に見える(あながち間違ってもいないかもしれない)錯覚を起こしそうだ。とりあえず、急いで通り過ぎて帰りは違うルートを通ることにしよう。あの、いかにもなキモいオタク、略してキモヲタをまた視界に入れるなど堪えられない。
近付くにつれて、そいつが大きな声で唸るように話しているのが解る。スマートフォンにイヤホンを挿して大音量で音楽を聴ければよかったが、イヤホンが鞄の中だ。盛大に溜息をつかざるを得ない。幸せが逃げるどころか不幸が舞い込んでいる気がしてならない。

(――うわ、こいつガチでドゥフフって言ったキモいつかこっち見んなし! 受験落ちろし!)

自分に素直だ、と自負している性格がこの時は悪い方向に出た。見た目の時点で、中畑に嫌悪感を思い切り抱かれているその中学生に罪はないのだが。いや、梨羽と呼ばれていた中学生にはあるのか。もう何だっていいあたしの視界から失せろ。中畑がそこを通り過ぎようとした瞬間、

「あのぉ〜、この高校の人ですよねぇ〜? 僕たち音楽室に行きたいんですぅ」

柱を取りに行くついでに自販機で炭酸でも買おうかと思い始めていたから、中畑は財布を持っていた。声を掛けたその声の主に、今すぐ何かを投げつけたい衝動に駆られる。この際、この財布を投げたっていい。大して綺麗でもない声でぶりっ子されても困る。
デブでブスな奴に上目遣いをされても吐きたくなるだけだ。後で神崎辺りに愚痴るかと決心し、ついでに悪霊退散と書かれたお札を飲み込む想像もしてみた。


20111218


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