×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

美しい時間



顔を冷水で洗っても、頬を強く抓ってみても、何処か夢見心地だった。ずっと頭の中がぽわぽわしていて、雲の中に埋もれているようなそんな感覚。こんな状態じゃあ仕事に支障が出るぞ、と両頬をパシッと叩いてみるも痛みは感じず、頬は緩みっぱなしだった。それもそうだろう、大好きな人からロマンチックな雰囲気の中告白されたのだから。有り得ないと思っていた事が現実に起きたのだから。いや、もしかすると全ては夢だったのかも、そう思って携帯を確認する。

『これから彼氏として、改めてよろしくお願いします。愛しい名前さん。』

「夢じゃない......。」

それは昨夜安室さんと別れてから送られてきたメッセージだった。そのメッセージの下には、可愛らしい犬のスタンプも送られていた。そのメッセージを読むだけでも、緩む頬を抑えきれない。多少台詞はクサいけれど、それでも素敵だと思ってしまう私は既に彼に対して盲目なのかもしれない。何気なく時刻を確認すると、いつも家を出てる時間が迫っていて慌てて支度を始めた。




今日の私は絶好調だった。今朝はこんな浮かれた気持ちでいくと、何かしらミスをしてしまうかもしれないと思っていたけれど違った。気持ちに余裕が出来ると、頭がいつも以上に回転して、自分の事だけでなく周りの事も気付けるようになった。そのせいか先輩にも褒められ、自分にご褒美をあげたい位だ。仕事が終わり駅に向かう道を歩いていると、何処からかわたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。

「安室さん!どうしたんですか、こんな所で。」

「仕事が終わって帰る所だったんです。良ければ乗って行きませんか?」

ふと横を向くとそこには、安室さんが車から顔を出して手を振っていた。仕事で何でこんな所に、と疑問に思ったけれど直ぐに謎は解けた。今日は喫茶店で働いてる時のようなラフな格好ではなく、スーツを着ていて、近場には警察庁がある事から本業の仕事だったのだろう。お礼を言ってから助手席に乗り込む。シートベルトを締め、何気なく彼の方を向くとニコッと微笑んでいて、一日の疲れが吹き飛んでしまう。これも今日一日頑張った私への神様からのご褒美なのかも。

「それにしてもすごい偶然ですね、びっくりしちゃいました。」

「僕もです。やっぱり運命なんですかね?」

「......安室さんサラリとそう言う事言えるの尊敬します。」

「ははは、僕は素直なので。」

ストレートに言われる事に慣れていない私は、どう答えたらいいか分からず、ただ熱くなる顔を冷やすのに必死だった。ちらりと安室さんの方を見ると、パリッと着こなされたスーツ姿も相まって運転する姿がとてもかっこいい。真っ直ぐ伸ばされた姿勢のいい背中、程よく血管が浮き出たハンドルを握る手、真剣な表情で前を見据える瞳。どれをとっても魅力的だ。

「そんなに見つめられると照れます。」

「え!何で分かったんですか!」

「熱い視線を感じたからです。嬉しいですけどね。」

前を向いていたから気付いていないと思っていたけれど、バレていたようで恥ずかしくなってしまう。さすが現役の警察官だ。此方を向かなくても視線に気付くなんて。慌てて顔を前に向き直すと、「もっと見ててもいいんですよ?」なんて悪戯っぽく笑うもんだから、恥ずかしくて彼の方を向くことが出来なかった。何度かこうして彼の車に乗った事はあるはずなのに、以前よりも緊張してしまうのは関係性が変わったからだろうか。






自宅に着き一息つくと、ドキドキと速く動いていた心臓が落ち着きを取り戻し始めた。すると、携帯が突然鳴り出しドキッとしながら画面を見ると、それは安室さんからの着信だった。

「安室さんどうしたんですか?」

『これからハロの散歩行くんですけど、一緒にどうかなと思って。』

「お誘いありがとうございます、着替えてから伺いますね。」

急いで仕事着から動きやすい服へ着替える。家を出る前におかしいところはないか確認する。もう少し可愛い格好の方がいいかな、でも夜だし散歩なら動きやすい格好の方がいいだろう。インターホンを鳴らすとすぐ安室さんとハロちゃんは出てきた。彼も似たような格好をしており、私の判断は間違ってなかったと安心する。

「早かったですね。じゃあ、行きますか。」

「はい。」

ハロちゃんもいるせいかさっきまで緊張していたのが嘘のように、普段通りに話す事が出来た。今日あった出来事だったり、ハロちゃんの話、話題は尽きなくて、なんて事のないただの散歩でさえとても大切な時間に思える。普段の散歩コースらしい河川敷を歩いていると、普段ここで特訓しているという事を話してくれた。どういう事をしてるのかと尋ねれば、実際行っている特訓を見せてくれた。それは細身の安室さんの体型では想像がつかない程の、筋力トレーニングだった。

「安室さんって意外と筋肉あるんですね!」

「ははは、意外ですか?名前さん位なら簡単に抱っこ出来ますよ。」

「いやいや、私そんな軽くはないので、ってうわ!」

一瞬何が起きたのか分からなかった。気付いた時には安室さんに所謂お姫様抱っこをされており、驚いて思わず彼の首にしがみついた。そんな瞬時に動けるなんて、ますます彼は完璧な人間なんじゃないかとさえ思う。

「全然軽いじゃないですか。」

「……っ!」

彼の首にしがみついてるせいか、彼の声がダイレクトに耳に響いて身体に熱がこもるのを感じた。耳にかかる彼の吐息がますます身体を熱くしていく。あまりの恥ずかしさに降ろしてもらおうと顔を上げると、顔の近さに言葉を失ってしまう。視線が絡み合い、自分の心臓の音が耳にうるさく響く。徐々に近づく顔の距離にギュッと目を瞑る。額に暖かい何かが当たったと同時に、チュっという音が聞こえた。目を開ければ、私と同じ位顔を赤くした安室さんが照れ臭そうに笑っていた。

「今日はこれで我慢します。」

「……はい。」

安室さんは私を地面に降ろし、「帰りますか。」そう言って私の手を引きながら歩き出した。まるで高校生かのような初心な恋だ。大人になってこんな恋愛をするとは思ってもみなくて、調子が狂ってしまう。ハロちゃんも何か感じ取っているのか、どことなく楽しそうだ。しばらく歩いていると、目の前から見覚えのある女の人が歩いてきた。その女の人も私の方を見て気付いたのか声を掛けてきた。

「あら、あなたは確か以前うちに占いに来た方ね?」

「はい、その節はありがとうございました。でも、よく覚えていますね。」

「ふふふ、あなたの星はとても興味深かったからね。どうやら例の運命の相手が見つかったようね。」

その人は以前友人と訪れた占い師さんだった。何十、何百人とお客さんを見ているはずなのに覚えていた事に驚いてしまう。その占い師さんは私と安室さんを交互に見て、くすくすと嬉しそうに笑った。安室さんは最初不思議そうな顔をしていたけれど、何か気付いたようで私に耳打ちをした。

「名前さんこの方はもしかして前に言ってた占い師さんですか?」

「そうです。」

「あなた達は相性診断しなくても分かるくらい、魂が共鳴しあってるわ。お幸せにね。」

そう言って占い師さんは去っていった。残された私達はお互い顔を見合わせ、笑い合った。あの占いに行った日にはまさかこんな未来が来るとは思ってもいなかったけれど、あの日から起きた出来事全てが運命だったのかもしれない。






美しい時間