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さよなら、私の愛した最低な世界




ただこの空気と一緒に混ざりたかっただけ、死にたくて飛び降りたんじゃない。死ぬというよりはこの空気と混じって、いなくなってしまいたかった。今ならこの世界と一つになれると思ったんだけどな。わたしはちゃんと死ねたのだろうか。






わたしが意識を取り戻した時、視界は真っ暗だった。自分がいる場所が真っ暗だからかそれとも目を閉じてるからなのか。しばらくすると、ほのかに明るくなったのを感じ、目を開けてみた。周りを見渡してみると、アンティーク調の家具で揃えられているお洒落な部屋にわたしは立っていた。これは現実なのだろうか、それとも夢なのだろうか。現実だとしたら、学校か病院以外にいることはあり得ないだろう。それとも此処は死後の世界?それにしては、わたしのイメージしていた死後の世界よりリアリティがあり過ぎる。一人悶々と考えていると何処からか声を掛けられた。


「お嬢さん、君は何処から来たのかね?」

「……え、」


声のした方向に顔を向けてはみるものの、人影すらない。あるのは、年配のおじいさんの絵画だけ。きょろきょろと周りを見渡したものの、声の主を見つける事が出来なかった。


「若いお嬢さんにじっと見つめられると照れる。」

「嘘、でしょ。」


声がした方向の絵画をじっと見ていたら、描かれているおじいさんが口を動かしていた。しかも、まるで生きているかのように頬を赤らめて照れている。わたしは驚きで口を閉じるのを忘れていた。そうだ、きっとこれは夢なんだ、現実のわたしは今眠っているに違いない。もしくは、やっぱりここが死後の世界なんだ。そう自分に言い聞かせながら、おじいさんを呆然と見つめていた。


「ところで、どうやって此処へきたんだい?服装からして、ホグワーツの生徒じゃあるまい。 」

「ホグワーツ……?それじゃあ、これは夢なんだ……。」


もしかしてわたしの想いが強すぎて夢にまで出てきてしまったのだろうか、だけど夢だと思えば絵画が喋るのもこの場所がホグワーツ魔法魔術学校の可能性があるのも納得がいく。そして 、これで一つ死後の世界という選択肢は消えた 。ということは、現実のわたしは死にきれなかったということか。その事実を悔やみながらも 、リアル過ぎる夢に動揺していた。この夢が覚めた後は、どうせくだらない人生が続くんだ。それなら、この夢を見ている間は楽しんでおくのが得策だろう。


「お嬢さん、どうしたのかね?」


自問自答を繰り返していたら、わたしはどうやら自分の世界に入り込んでいたらしく、おじいさんの問いには答えられずにいた。これが夢と分かった今わたしには、考えるべき事が、やるべき事が沢山ある。いつまでこの夢が続くかは分からないけれど。


「どうしたのかね?……アルバス、アルバスはいるか?」

「なんじゃ?」

「あのお嬢さんが……」


ずっと何も言わないわたしに痺れを切らしたのか、誰かを呼び始めた。聞いたことのある名だ 。すると、奥の扉から白髪で長い白い髭を伸ばした、半月眼鏡のおじいさんが出てきた。その人はわたしをちらりと見てから絵画の側へ行ってしまった。先程絵画が呼んだ名前に、この見た目、わたしはこのおじいさんのことを知っている。わたしが知っている姿より幾分か若いけれど。


「ほう……わしの予感が当たったのう。」


絵画の人の話を聞き終わったのか、綺麗に整えられた髭を触りながらわたしの元へやってきた 。ああ、この声も聞いたことがある。胸に湧き上がる興奮を抑えながら、努めて冷静を装った 。


「驚いたかの?」

「はい。でもこれはわたしの夢だから、何が起きても平気です。」

「ほう、お主これは夢だと思ってるんじゃな ?」

「それ以外に可能性は無いので。」


夢の登場人物にこれは夢だと言うのは失礼だったろうか、言ってしまった後にその事実に気付き、口を噤む。彼の方を見るとそんなこと気にしてないかのように、柔和な笑みを浮かべていた。だけど、彼の言った言葉が少しひっかかる 。それに気付いたのか彼は言葉を続けた。


「いくつもの可能性が重なって有り得ないと思われる事も起こるもんじゃよ。」

「それはどういう事ですか?」

「不可能と思えることも、現実に起こるということじゃ。」

「これが現実だと言うんですか?」


わたしの問いには答えずにただ悪戯っぽく笑う目の前のおじいさんは、どこか年齢を感じさせない親しさを感じた。彼は「まあ、立ち話もなんだから」と言い、わたしは彼の後に続いて奥の部屋へと入った。部屋に入ると、そこには部屋の中央に柔らかそうな椅子が二脚とテーブル 、その上にはティーカップが2つ置かれていた 。示された椅子へ腰掛けると、彼は杖を一振りしてカップに紅茶を注いだ。その様子に感激していると、楽しそうに彼は笑った。紅茶を飲み一息つくと、彼は話し始めた。


「まずは自己紹介でもするかの。わしの名前はアルバス・ダンブルドアじゃ。ホグワーツ魔法魔術学校の校長をしておる。お主はわしのこと知ってるやもしれんがのう。」

「なんでそれを……?」

「わしの勘じゃよ。次はお嬢さんの番じゃ。」

「名前はFirst name・Family nameです。 わたしはここで言うマグルです、あとは何を言えばいいでしょうか……?」

「この世界の事をどこまで知っておるんじゃ?」

「この時代が何年かによるんですけど、これから起こる未来まで知ってると思います。」


「そうか。」そう言ってダンブルドア先生は蓄えた髭を撫ぜながら考え込んでいた。夢ってこんなに意識がはっきりして、人と会話していたっけ?今でも覚えている夢はあるけれど、どれもこんなに現実感はなかったはずだ。ティーカップの暖かさも、紅茶の澄んだ味わいも、ふかふかのこの椅子もどれもが五感でこれは現実だと突きつけてくるようだ。彼が言うように、本当にこれは現実なのだろうか。でも、どうやってわたしはここにきたのだろう。


「今は1975年の8月1日じゃよ。Ms.Family name、君はどうしたいかのう?」


年月を聞いて、全身に電流が走ったように震えた。これが現実だとは今でも信じられないけれど、何れにしても目の前に起きてる事が真実な訳で。ダンブルドア先生の問いに自分自身に問いかける。歴史を変えるのは良くないだろうけど、もしここが違う世界線だとしたら違う結末になってもいいはずだ。この年にきたのもきっと何か意味があるはずだ。しばらく考え込んだ後に意を決して、ダンブルドア先生に希望を伝える。


「もし迷惑でないのなら、ホグワーツに編入させてほしいです。欲を言えば5年生に。」

「それくらいお安い御用じゃよ。魔力もあるようじゃし、問題ないだろう。」

「わたし魔力あるんですか?」

「そのように見受けられる。少しこの杖を振ってみなさい。」

「はい。……うわ!」


ダンブルドア先生から杖を受け取り、一振りするとランプが派手な音を立てて割れてしまった 。わたしが焦っていると、彼はくすくすと笑いながら杖を振りランプを元に戻した。さすが御都合主義よろしくで、魔力はついているものなんだな。原作や映画を見ていたおかげである程度魔法は覚えているけれど、5年生に編入となるとそれだけでは知識が足りない。その事を伝えると、不足分はダンブルドア先生が直々に教えてくれるそうだ。せっかくの夏休みを潰してしまって彼には申し訳なさを感じるが、今が夏休みで助かった。





約一ヶ月程朝から晩まで、勉強したおかげで基礎中の基礎は問題なさそうだ。この一ヶ月はあっという間だった、そして明日からとうとう学校に通う事になる。制服、杖、教科書、その他諸々必要な物は買ってもらった、トランクに荷物は積めたし、あとは明日を待つだけだ。期待と不安に心が溢れそうになりながらも眠りについた。





さよなら、私の愛した最低な世界

(私はずっと待ち望んでいた世界へ旅立ちます)



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