入れ替わり話(おわり)
2013/05/11 23:24

「それで、相談って何アルか」

神楽ちゃんが、僕がくたくたになっ(た銀さんの体を使っ)て炊いたご飯をもさもさに食いながら言った。

「私はできる女アル。時間を取ると言ったからには、どれだけ多忙でも取る。それが、できる女」

「ああ…」

勝間和代的な本でも読んだのか、妙なスイッチが入っている神楽ちゃんを前に、僕が疲労しきった声を出すと、向かいでさもスッキリしたツヤツヤの顔で食事を採る新八君が、

「もういいんだよ神楽ちゃん」

と勝手に言った。

「なんでもないから」

と勝手に言った。

「そうアルか」

「そうだよ。ねっ、銀さん」

「………」

「ねっ」

ね。じゃねぇ。
と思ったが、疲れきった僕は反論する元気もなかった。力なく首を縦に振り、もうどうでもいいや、みたいな気持ちで自分で炊いたご飯をもそもそ食べた。

「神楽ちゃん。女の子がそんなにがっついて食べたらみっともないよ」

消耗した新八の前にいる新八君は、絶好調で新八君だった。
銀さんになった僕は銀さんになりきれず、ろくに喋れもしないのに、新八君になった銀さんは物凄く流暢に新八君だった。
なんでこいつはこんなに新八の真似が上手いんだ。

「やかましいネ。できる女は時間に追われているものアル」

「できる女は時間に追われても品格を失わないものだよ」

「おう、新八のくせになかなか言うアルな。これは一本取られたアル」

ハッハッハッハッ。
重役笑いをする神楽ちゃん。そしてその神楽ちゃんに、そつなくおかわりなどを勧める新八君な銀さん。

「ごちそうさま…」

僕は、目の前で繰り広げられる茶番に置き去りにされ、孤独だった。
食欲もなく、ふらつきながら食卓を立ち、和室に敷きっぱなしの銀さんの布団に潜り込んだ。

「なんアルか、あいつは。食べてすぐ寝ると牛になるアル」

「どうせ二日酔いとかでしょ。だいたい、銀さんなんか元から乳牛みたいな生活してんだから、今さら牛になったって大して変わらないよ」

「それもそうアルな。ハッハッハッハッ」

乳牛みたいな生活ってどんなんだ。
食って寝て、搾られるのか。

というか、僕はあんな酷い言い方はしないはずだ。この前だって銀さんがしんどそうにしてた時、

『どうせ二日酔いとかでしょ。だいたい、銀さんなんか元から牛みたいな生活してんだから、今さら牛になったって…』

…言ってた。僕、酷い事言ってた。
乳牛までは言ってないけど。
和室に行って襖を閉めて布団に潜り込んだら聞こえないだろうと思った僕は、確かにそんな事言った。
聞こえないだろうと思って言ったけど、つまり、バッチリ聞こえてやがったんか。

銀さんの陰湿な仕返しに殺意を覚えながら、僕は布団の中で丸くなって、心底拗ねた。




「銀さん」

「銀さんじゃねぇよ」

拗ねた銀さんの布団の枕元に、正座の新八君の膝が揃う。
銀さんは拗ねて布団を頭の上まで引っ張りあげようとするが、新八君の手がそれを阻止する。
阻止した上に、めくりあげて銀さんの顔を覗き込んだ。スッキリツヤツヤのお肌。優越感バリバリの表情。
畜生。
いいよな、お前は新八で。元はといえば、その席は僕のだったのに。なのに僕は今、銀さんだ。
ああ情けない。節々が痛む。

「ぱっつぁんよー」

新八君はそのように銀さんを呼び、そして引き続きニヤニヤ笑う。

「何ですか。ほっといて下さい。僕はもうぱっつぁんじゃありません。僕はもう、体力気力ともに衰えていくのを待つだけの悲しいアラサー、銀さんなんです」

「酷い事言うなよ」

「酷くないです。真実です。いいからあっちいけアラサー」

「アラサーじゃねぇし。体力気力しか取り柄がない、16歳の童貞新八君ですぅ」

「…あんたに突っ込んでるから童貞じゃないし」

「あん?野郎はノーカンだ。甘えんな」

そういうルールだったのか。…えっ、そんなんあり?

初めて聞くルールにびっくりする僕に構わず、布団をめくりあげた新八君は、僕が横たわる隣に図々しく潜り込んできた。

「何ですか。狭い。あっちいけよ」

拗ねきっている僕が肘で突くが、新八君は全く怯まなかった。脚を上げて僕の太股を跨いで挟んだ。

「なんでこんな事になったかは知らねぇが、取り敢えず元に戻るまではこのままでやっていかなきゃなんねぇ」

「そうですね。最低です」

ダッコちゃんのように抱き付く自分自身を見下ろし、僕は思ったままを嘆いた。
でかい目玉。丸い頭。意外にしっかりした骨格の体。
恋しい新八君。僕の新八君を返してくれ。

「最低でもねぇだろ。銀さんの体はよかっただろうが」

「………」

それには異論はない。
あんな感じになったのは初めてだった。そして初めてだというのにクセになりそうだった。いや、銀さんの体は既にクセになりまくってんだろうから、中身の僕がそれに引っ張られたのだ畜生。

「しばらくは、これで楽しくやってこうぜ。今まで通りにな」

新八君は唇の片端だけを歪ませて悪く笑い、手を、性懲りもなくまたAV男優のように動かして、銀さんの脇腹をぺろっと撫でる。
僕はイラッとした。

てめえ。
銀さんのクセに、てめえ。

「おっ、お?」

イラッとした僕は、エロい動きをする新八君の手を掴み、そして仰向けていた体を反転させた。
いとも簡単に体勢は逆転し、僕は新八君の上に覆い被さる。

「んだよ。なにすんだ」

僕は、改めてびっくりしていた。
新八君ボディの時に銀さんボディの銀さんをひっくり返すのは、結構な努力が必要だ。洗濯機の位置を変えようとするくらいの努力は必要だ。それなのに、銀さんボディの今、新八君ボディの銀さんをひっくり返すのは、あたかも倒れた自転車を起こすくらいの容易さだった。
もっと頑張れよ、新八。という悲しい気持ちは勿論ある。あるが、それとはまた別のところで、僕は新八君の容易くひっくり返されてしまう軽さや、掴んだ手首の細さなどをしみじみ感じてしまうのだった。

「………」

新八。
お前の事は僕が一番よく知っていると思っていた。だが、それは思い違いだったようだ。
僕は、お前の事を何も知らなかった。
お前が、こんなに、こんなに、…こんなだとは知らなかった。

「…銀さん、あんた言ったよね。今まで通り楽しくやってこうぜって」

「言ったね」

「納得いかないけど、僕も賛成です。戻るまでは、今まで通り楽しくやってきましょうね」

そう。
…今まで通りにな!

銀さんな僕は、銀さんの腕力で組み敷いた新八君な銀さんの普段より若干緩めに閉じた襟元を、一気にガバッと広げた。
広げたところには若くて元気そうな肌が滑らかに広がっていて、それを見た僕は、スケベなオッサンが若い女の子をいいと言う気持ちを一瞬で理解した。

「お、おおおお?」

ほんの少し慌てた様子の銀さんこと新八君に、僕はたまらない愛くるしさを覚え、その若く健やかな細胞が詰まった滑らかな肌を掌で撫で回した。
僕は新八君の事を知らなかったが、これは知っている。
新八君は脇腹が弱い。

「あ、ゥん」

新八君は今、中に銀さんを収納している。だから普段なら絶対に出さないような声を出した。
新八。テメーはなんつう声を出すのだ。

しかしそんな声を出そうがこれは自分だ。自分なのだ。
わかっているのか新八。
勿論わかっている。わかっているが、僕のパッケージになっている銀さんボディのせいなのか、自分などという最も萌えから遠い存在に今の僕はムラムラしてしまうのだった。

「お…っまえ、マジか?マジでか?つうか、すげえチャレンジャーだなお前」

「あんたが言うか?!自分の体に突っ込んで、中出しまでしたあんたが言うか?!」

「ああん?だって俺、自分の事が好きだもん。世界一好きだもん」

「ああそうですか。でも僕も自分が世界一好きなんですよね!」

僕は吠えた。
そして、縦結びに結ばれた袴の帯を手早く解いた。物凄く慣れた構造の着衣だ。脱がすのなんか超簡単だ。
解いた帯を緩めた隙間から、僕は躊躇いなく手を突っ込んで、この方向からは触れたことのない自分の下腹部に新鮮な気持ちで触れた。

「あっ、ちょ、ヤ」

新八君は布団の上でジタバタした。したが、銀さんのパワーが軽い本気を出せば、そんなもんはすぐに封じ込められるのだった。
遂に、新八君は焦った顔をあらわにした。
その表情に、僕は、銀さんは更に煽られた。

「…ねえ銀さん。あんた、こうなった時に考えなかったんですか?」

「あん?何をだよ」

「僕の体になろうが、あんたはあんたで、あんたの体になろうが、僕は僕なんですよ」

さっき銀さんは言った。
楽しくやってこうぜ、今まで通り。

「今まで通りなら、こっちもありじゃないですか」

焦って、悔しそうに顔を背ける新八君。

「だから、楽しくやってこうぜ。なあ、新八?」

僕は、顔を背ける新八君の柔らかい頬をでかい手で掴み、力任せに正面に戻した。
そうしながら思った。僕は出来ている。なかなか出来なかった銀さんの物真似が、物凄く堂に入っている。

「あんたさー、少しは考えなかったんですか?…そっちの可能性みたいなもんを」

僕は滑らかな皮膚に覆われた新八君の鎖骨にかじりつきながら言った。
新八君はまた、ん、みたいなカワイイ声を上げて体を強ばらせた。
その感じ。ちょっと怯えたようなその感じ。

そんな感じになりながら、新八君は真っ赤になった頬を恥ずかしげに歪めた。

「まあ…そりゃ、ちょっとはな」

「ちょっとは?」

「ああ。考えた」

そう言って、控えめな所作で銀さんボディである僕の胸に手を当てた。
そして、変わらぬ恥ずかしげな表情で言った。

「考えたし、…試した」

やっぱな。やっぱ考えたんか。
考えたし、試したんか。
やっぱ考えて、試し…。

え?
試した?




「た、ためし…?」

「試した」

恥ずかしげな新八君は、恥ずかしげに言った。

「…目が覚めたらお前になっててな、びっくりしたが、着てるもんが昨日のままで、なんか風呂入ってなさげな雰囲気だったから、取り敢えず風呂に入った。そんで、お前んちのでかい風呂に浸かりながら、色々考えたんだよ」

「な…何を」

「だから、お前が今、言ったような事を」

新八になった銀さんが突っ込むべきか、銀さんになった新八が突っ込むべきか。

風呂で俺は思った。
俺には選べねぇ。
選べねぇというか、どうでもいい。面倒くせぇ。
しかし俺が決めなくてもどうせ、ムラムラ小僧であるお前がどうにかしてくるに決まってっから、お前に決めさせようと思った。
果たしてムラムラ小僧がどう出てくるか。
俺にはわからねぇ。
わからねぇというか、どうでもいい。面倒くせぇ。
だが、童貞がその時のテンションに任せて、ワイルド&セクシーな銀さんボディを使って襲いかかってきたとしたら、貧弱&童貞な新八ボディである俺は到底敵わないだろう。
その時のために、今、俺が出来る事は何か。

それは、この何のエクスペリエンスもアビリティもないボディの中に収まっているがために辛い目にあわないよう、このボディに準備を施しておく事なのではないか。

「そう思った俺は」

「…ちょっと待って下さい」

…準備。
準備ってなんだ。

「あんた、まさか」

「折しも俺は風呂にいた。準備するにはいろいろ都合がよかった。都合がいいものが揃っていた」

ヴィダルサスーンか!
姉上のヴィダルサスーンとかか!

「…結論、俺は挫折した。これは無理だ。頑張れば無理じゃないのかも知れないが、俺は頑張りたくなかった。頑張るとか、面倒くせぇからな。それで、俺は思った。…先手必勝で、銀さんボディをいわしてやろう。そうすれば、チョロいお前の事だ。すぐにそっちに甘んじて、銀さんをレイパーに堕落させようなどという考えは捨てるだろうと」

「レイパーはお前だ!!!…て、ててててめえ、まさか僕の体に…」

「なんだよ。何か悪いか。確かに中身は俺だが、外身はお前なんだぜ。お前のためでもあんだろが」







追記につづく






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