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五条さんにお返事をしなければ。

ミズキは机の上できゅっと手を握り込んだ。
新春特番で彼と初めて対面してから数ヶ月、つまりあの公開プロポーズから数ヶ月ということになる。最初はその場を盛り上げるための冗談だろうと思った。何せ相手は芸人である。
けれど、その後もカメラの回っていない所で食事に連れていってくれたり(しかも高級店にばかり)、熱っぽい目で「本気だよ」と念押しされてしまえば、どうやらこれは流していい類のものではないらしいと考えざるを得ない。

勿論不安は消えない。
返事をしようと思う度、『アハハ、ごめん本気にしちゃった?』と笑う五条をミズキは想像してしまうのだ。或いは『ただ歌手として応援してるだけなんだけどなぁ』とか。

五条とのトーク画面を開いて、やはり閉じた。
メッセージひとつで済ませてしまえるものではないし、直接会話をする機会を求めるにしても頭がまとまっていない。ただ、こんな状態がかれこれ数ヶ月続いている。保留という選択肢はそろそろ期限切れである。

ミズキの迷った指は何となくSNSを開き、祓本の公式アカウントがトップに現れた。祓本も参加する来週のお笑いライブは、まだ若干空席があるらしい。珍しいことだった。ジュジュワン優勝以来、彼らのライブは即完売が当たり前になっている。
自分のスケジュールを確認すれば、迎え入れるかのようにぽっかりその日が空いていた。
予約サイトのURLをタップするとサクサクと事は進み、ものの数十秒で予約完了の画面に至った。
はぁぁぁぁーーー…とスマホを持つ手を前に突き出し、ミズキは机に伏せた。買ってしまった。
ライブを観にいって、それでどうするのか、そこが本題なわけだけれども答えは出ていない。

扉が開いて、ボイストレーニングの先生が入室してきた。

「ミズキちゃんお待たせ、始めるよー」
「…はいっ!」

集中、集中。





かくしてライブ当日、会場は満員だった。2階左翼後方の席、完売間際の予約だったので一般的にはいい席ではないけれども、ミズキには丁度良かった。
開演して前座があり数組の芸人がネタを披露し、とうとう祓本の2人が舞台に上がると客席から黄色い歓声が上がった。
客席には女性が多く、熱の上がりようからして大部分が祓本を目当てに来ているようだった。
ミズキは舞台に立つ五条を見た。楽しそうにネタに集中している。照明を受けて彼の白銀の髪が輝いている。彼は夏油と一緒だと悪戯な子供のように笑う。艶やかな声は耳にすんなり入ってくる。
その時、客席に目を滑らせていた五条がピタリと止まった。

目が合った。

「…悟、おーい悟くん、もしかして寝てる?」

夏油が冗談めかして五条の肩を叩いた。

「…あ、悪ィ目ぇ開けて寝てたわ」
「おいおいしっかりしなよ。大丈夫?吐瀉物を処理した雑巾食べる?」
「僕の好物みたいな言い方辞めてくんない?ソレ好きなのお前だろ」
「嫌だな私は好きで食べてるんじゃないよ」
「食ってる流れになってるけど大丈夫か?」

会場から笑いが起こって、そこからは滑らかにネタに戻っていった。
ミズキはバクバクと心臓が打つのを、服の上から強く押さえた。客席は薄暗いし、2階席の後方の隅なんて舞台上からはほとんど見えないはずだ。加えて五条はいつものサングラスをしている。
それでも、間違いなくあの青い目と視線が交わった感覚があった。

その後も周囲は大いに笑っていたけれどミズキは気楽に笑うことが出来ず、祓本が舞台袖へはけたのと同時に席を立った。最後列の席は好都合だった。

階段を駆け下りて物販ブースも素通りして出口に差し掛かった時、スマホに着信があった。ディスプレイに五条の名前、迷っている間も着信音は続き、ミズキは目の前の出口から逸れて通路の端に寄った。

「ミズキちゃん観にきてくれてる?」

通話を始めるなり五条が言った。
じわじわと会場から出てくる人が増え始め、つい先程までのネタを繰り返して満足げに笑いながら近くを通っていく。
ミズキが返事を出来ないでいても、周囲の音で充分五条には伝わったようだった。

「…この後時間ある?ご飯いこ」
「あの、えっと…」
「価格帯には気を付けるから、お願い」

懇願する声色に、ミズキはまだ少し迷いながらも頷いたのだった。

一旦通話を終えた後、五条から送られてきた位置情報をタクシーに見せて移動すると、やはり例によってチェーン店とはかけ離れた外観の店が現れた。当たり前のように個室に通されて、座って待っていると10分もしない内に五条が現れた。
個室に入るなり「本当に来てくれた」と彼は感嘆するような声で言った。それからへらっと笑って、ミズキの正面に座った。

さて、何と言ったものか。




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