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料理を注文してウェイターが下がった途端、部屋には微妙な緊張感が満ちた。
ふたりともが意を決して口を開くと言葉の頭がかち合って、譲って、結局先に口を開いたのは五条だった。

「…僕からいい?」

ミズキが頷いた。
その個室は他の客や店員の気配をほのかに感じるもののとても静かで、よく手入れされた観葉植物が控えめに置かれ、白くあるべきものは曇りなく白く保たれていた。
ミズキはいつも金銭的な遠慮からチェーン店を希望してきたけれど、今回ばかりは丁寧に整えられたこの環境が有難かった。チェーン店の喧騒の中ではとても出来ない話を、今からしなければいけない。それに写真を撮られでもしたら、それこそ五条にも自分の関係者にも迷惑がかかる。

五条は所在なさげに後ろ首を掻いた。

「あー…その、今までごめんね。好きとか結婚とか、本気か分かりにくかったでしょ」

今度は曖昧な頷き。

「僕としては至って本気だったんだけど…改めて伝えときたいって思って、さ。歌手として応援してんのは勿論だけど、そんだけじゃない。好きで…僕の恋人になってほしい、ミズキちゃん、に。……好き、です付き合ってクダサイ…」

言っている内に、ミズキを真っ直ぐ見つめていた五条の青い目は泳ぎ始め、色白な頬が赤らんで俯いてしまった。

普段の余裕たっぷりで自信に満ちた五条からは想像出来ない有様に、ミズキは照れるのも忘れて見入った。彼女が答えの言葉を探していると、突然五条は天を仰いで濁った声を上げた。

「ア゛ー!!なんッで片言だよ格好付かねー!」

がりがりとやけくそに髪を掻き混ぜながら、五条はミズキを見ることが出来ないでテーブルに視線を逃がしている。

「…ミズキちゃんの前ではさ、余裕のある大人で通そうと思ってたんだよ。本当はこんなガキ臭い告白にするんじゃなかったのマジで。心臓バクバクだし手汗ヤベェの、今だって何白状してんだろって後悔しながら喋ってるしさ」

はは、と自嘲気味に笑って五条は手のひらを上にしてテーブルに乗せた。その大きな手は確かに汗でしっとりとしている風だった。
ミズキはまず五条の大声に驚いて、それからほんの少し、緊張の緩む思いがした。彼女にとってはいつもドギマギしているのは自分ばかりで、五条は飄々として本心が読めないし余裕そうに見えていた。
歩み寄れば受け入れてくれるのかもしれない、と思えたのは、初めてだった。

ミズキはテーブルの向かいから、手のひらを合わせるようにして彼女の小さな手を五条に重ねた。五条の喉がひゅぅと鳴った。
ミズキの指が五条の手首、親指の根本辺りを軽く押さえると、トクトクと速い鼓動が彼女の指先を打った。

「本当だ、速いですね」
「お゛っ!?ぁ…はい…?」
「私といっしょ」
「え、」

今度は五条の指先にミズキが手首を当てるようにすると、彼の指にも速い鼓動が伝わった。へにゃ、と少しぎこちなくミズキが笑った。

「今までずっとごめんなさい、その…ちゃんとお返事しなくて。『やっぱり冗談』とか、言わないでくださいね…?」

五条は隠しようもなく赤らんだ顔で口をはくはくと動かした後、ミズキの指先をおずおずと握った。強く握ると崩れてしまう砂糖菓子に触れるみたいにして。

「え、っと…ぉ…?ミズキちゃん、僕、の彼女…?」

ミズキが意を決して小さく頷くと五条の手が僅かに強張った。

「え…マジかどうしよ、何うそコレ死ぬ前の夢?」
「嘘なんですか?」
「嘘じゃないですガチの告白が今実りました記念に僕のクレジットカードあげる」
「よかった、けどカードは要らないです」

ミズキがくすくすと笑ったところでウェイターのノックがあって、ふたりは慌てて手を離すとテーブルに料理を迎えた。
ウェイターが退室して気配が遠のくと顔を見合わせて笑って、料理を頼んだ時とは違う気持ちで、それぞれカトラリーを手に取った。



食事が終えて個室の中で会計も済ませ、ふたりともが席から立ち上がったところで、五条がミズキの手首をそっと掴んだ。

「あー…ミズキちゃん、…これ持っててくんないかな」

五条の手のひらには彼の腕時計が乗っていて、きらりと光った。ミズキは首を傾げた。

「今日このまま帰ったら実感持てなくなりそうで…何かまだ信じらんねーの、ミズキちゃんが僕の、彼女って」

ミズキは恥ずかしそうにゆるゆると笑って「私もです」と言った。腕時計を受け取って、美しい文字盤のガラスを指先で撫でた。
しかしある時はたと気付いて顔を上げた。

「あっでもこれものすごい高級品じゃないですよね!?そうだったら怖くてとても、」
「はは、大丈夫そんな高いのじゃないよ。本当はもう指輪渡したいけど、それまでの繋ぎ」

「それなら…」とミズキは時計をハンカチに包んで大切にポーチに仕舞った。
このまま帰宅したら実感が持てなくなりそうというのは、彼女も同意するところだった。
五条を見上げると、彼の宝石のように青い目もミズキを見ていた。不安はお互い様、五条にとってミズキは長年の推しで御神体のようなもの、ミズキにとって五条は手の届かない美しい人である。
まだ触れ合うことに遠慮のあるふたりは子どものように照れくさそうに笑い合った。

時間をずらしてレストランを出て、この日はここまで。

翌日、レコーディングの準備を待つスタジオの片隅で、ミズキは預かった時計を出して眺めていた。金属ベルトに手首を通して留め具をしても、手がすり抜けてしまうほどサイズが違う。
五条さんの手おっきいもんなぁ…としみじみ噛み締めていた。

その時ミズキの近くを通りすがったマネージャーが激しく動揺して問い質したことで、彼女はその時計の価値を知ることになる。
五条の言う『そんなに高くない』は例に漏れず詐欺であった。




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